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ヴォロディア仙導戦記  作者: 萬井 歌舞人
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第1章 アイゼニアの姫のこと 3-7

 以上がウォルフが実際に起きたと思っていることだ。

 だから、これより一月ほど後になって、アイゼニア王城の謁見の間で、英雄王に対して預言者ユリウスの死の顛末について、そのまま述懐している。

 ウォルフだけではない。

 その場にいたキースやジェイも、当事者であるユリウスでさえも、それで正しいと思っていた。

 故に後の歴史書やユリウス・アークレイを扱った英雄譚には、かなり美化され脚色された物も含めて、「敵と相打ちになって絶命した」と記されている。

 しかし、誰もその場で起きたことを正しく理解してはいなかったのである。

 確かにその場にはもう一人の男がいた。

 だが、誰ひとりとして、それを認識していなかった。

 ユリウスに至っては、まさに触れるほど近くにいながら、いや、実際に体を押されていたにも拘わらず、全くその存在に気づかなかったのだ。


 時を少し戻そう。 

 実際に起こったことはこうである。

 ローブのフードを目深にかぶった男が、うっそうとした木立の闇の中から「するり」と現れた。

 そのまま無造作に死霊兵とジェイの真横を通り、ユリウスの背後に近づいていく。

 しかし、すでに述べたように誰にも、ウォルフら四人は無論のこと、レイドールにも死霊兵にすらも、その存在を認識されることはなかった。

 ユリウスの左手の魔法陣が茂みから飛び出したレイドールを追ってかざされた瞬間、男はユリウスの背中を「ぽん」と軽く押した。

 ユリウスは、押されたことに気づかぬまま、半歩足を踏み出した。

 その半歩でユリウスの体が、仕掛けられた短弓の射線に入ったのだ。

 半歩踏み出したまま魔法を発動させ、幾条もの光線をレイドールに向かって放つ。

 攻撃から逃れようと加速したレイドールが、木の幹を蹴って垂直に駆け上がる。

 闇から沁みだしたフードの男は、右手を僅かに持ち上げる。そして手招きでもするように人差し指を「くいっ」と曲げた。

 次の瞬間、七本の短弓が次々と矢を吐き出したのだ。

 なんと罠を発動したのはレイドールではなく、フードの男だったのである。

 ユリウスが飛来する矢に気づいて右手のシールドを展開する。

 その時、またフードの男が動いた。

 左手の人差し指と中指を真直ぐに突き出して、何かを挟みこむように閉じた。

 すると見よ!放たれた短弓の数十本の矢のうち1本だけが、まるで時が止まったかのように中空に停止したではないか! 

 同時に右の人差し指で木を駆け上がるレイドールを指差すと、上から下と軽く振った。

 転瞬!何もなかった空間に赤い光が現れて、レイドールの目の中に飛び込んだ!

 赤光はレイドールの目の中で炎を発し一瞬で脳を焼いた。

 既に死亡したレイドールの背中に、ユリウスの魔法が連続して当たり発火する。それらはマントの皮に阻まれて上手く着火できずに消えていく。

 一方、ユリウスは魔法のシールドを連続で発動しながら毒矢を弾き落としている。

 老いたりとはいえ、これ以上ない絶妙なタイミングである。早すぎず遅すぎず展開されたシールドで、全ての矢を受け切った。・・・と、見えた。

 発動された魔法のシールドが消える。

 しっかりと閉じられていたフードの男の左手の二本の指が、再びブイの字に開かれた。すると微動だにせず宙に止まっていた最後の矢に、再び時が流れ始めた。

 弓弦を放たれた時の勢いを取り戻して、一本だけ遅れて飛んできた矢が、瞬く間に老魔術師の脇腹に突き立ったのである!

 これが真相である。

 二人は相打ちになったのではなかった。二人とも、誰の記憶にも残らなかった第三の男によって殺されたのである。

 しかし・・・。

 二本の指を閉じるだけで触れてもいない矢の時を止めていたとでも言うのか。

 時間に干渉できる人間など、この大陸には存在しない。

 またフードの男は、魔法陣などの媒介を一切使うことなく、発火魔法を使った。

 他の大陸も含めて、世界中どこを探しても、こんなことができる人間などいない。

 まさに神の領域である。

 そして、そのフードの男は一月と少したった後に、アイゼニアに現れるのである。

 この夜の森よりもずっと明るく、ずっと視野の開けた王城の中で、またしても誰にも気づかれることなく・・・。






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