第1章 アイゼニアの姫のこと 3-5
レイドールの目の端に驚くべき光景が飛び込んできた。
ユリウスの放った数十の光線がカーブを描き、木の幹を駆け上がるレイドールを追って進行方向を変えてきたのである。
自動で対象を追尾する魔法なんて聞いたこともない。
レイドールは死を覚悟した。これほどの相手とは思わなかったと敬意をこめてユリウス・アークレイを見た。
そして気づいた。
ユリウスが彼の仕掛けた罠の射線上に足を踏み入れているではないか!
その瞬間レイドールには二つの選択肢があった。
一つはユリウスの追尾魔法から身を守るというもの。もう一つは一切の守りを捨てて罠を発動し、ユリウスを攻撃するというもの。
(自分の身を守れば今のこの攻撃をかわせても、またすぐに同じ危機に晒されるに違いない。ならば攻撃を受ける覚悟で罠を発動すべきだろう)
(これは千載一遇のチャンスだ)
(あの手のひらサイズの小さな魔法陣ならば、威力はさほどでもないに違いない)
(結果はどうあれ自分の命さえあれば、後は逃げの一手だ)
と、瞬時に思考を巡らせる。レイドールが歴戦の中で培った戦いの勘ともいうべきものが、彼に次の行動の選択をさせた。
百分の一秒にも満たない時間の中で、レイドールは罠の発動を選んだのだ。
次の瞬間、草むらや木の枝に仕掛けられた七つの短弓から、数十本の矢が放たれた。
全ての矢には猛毒が塗ってある。
その全てがユリウスをを目掛けて飛んで行った。
その数分前、ジェイは大剣を振り回して二体の死霊兵を交互に弾き飛ばしていた。
いつまでもこんなことを続けていられるわけもない。フルスイングする腕や腰が疲労を感じている。
戦闘中、アドレナリンが脳内麻酔となっている間は疲れは感じないという。ただそれは進展があってのことだ。
何度も何度も向かってくる死霊兵を弾き飛ばすだけ、という進展のない繰り返しに疲れを感じ始めているのだ。
ユリウスからは心臓を狙えと指示されたが、ジェイは細かい剣技など持ち合わせていない。
ただ力に任せて豪快にぶっ叩くのが彼のスタイルなのである。
命ある者が相手であれば、一撃必殺とも言える彼の剣は脅威であったであろう。しかし、命を持たぬ者には・・・。
(自分には分厚いプレートアーマーに守られた心臓を、鎧の隙間を縫って貫くといった器用な真似などできない。どうする?)
先ほどから自問自答を繰り返している。
「捉えた!ジェイ、あとわずかの辛抱だ」
後ろから声がかかった。ユリウス・アークレイである。どうやら攻撃してきた敵の魔導士を見つけたらしい。
ジェイには魔法のことは全く分からないが、世間の言う通りこの老人は魔導士として他の追随を許さないほどの天才なのだろうと思う。だが自分は彼の護衛なのだ。守る方であり守られる方ではない。このままで良いわけはなかった。どうすればいい?
首なしの死霊兵を見て、ふと思った。
(でけぇ穴が、あるじゃねぇか!)
大剣を地面に突き立てた。
そして身近に迫っていた死霊兵の斧の柄の部分を素手で受け止める。そして大きな体をかがめて潜りこむように懐に入ると、一息に持ち上げて投げ飛ばした。剣で弾くよりも遥かに遠くに飛ばされた死霊兵は、二、三本の木々に激突し跳ね返るが、すぐに立ち上がる仕草を見せている。
しかしそれは、ジェイの中では計算された出来事だ。
首なしの方の死霊兵が近づいてくるのを横目に見ながら、地面から逆手に大剣を抜き取るとタイミングを見計らって柄頭で首なし死霊兵の腹を突いた。
衝撃で死霊兵の体が「く」の字に折れ曲がり首元に「ぽっかり」と空いた穴がジェイに向けられる。
その瞬間を逃さず、ジェイは逆手のまま大剣を振りかぶり、柄頭に左手を添えて首の穴から胴を貫くように突き込んだ。
勢いよく突き刺された剣は、死霊兵の心臓を貫通して、鍔の部分まで埋まる。
まさに串刺しである。
次の瞬間、死霊兵の体は呪縛から解き放たれ、糸が切れた人形のように重力に抗う力を失った。
「こういうことかい!」
両手で剣の柄を握ったまま串刺しの死霊兵の肩のあたりに右足をかけて力を籠めると、わずかな抵抗の後に「ずるり」と抜ける。
「お前もだ」
気合をそのままに横薙ぎにした剣で、向かってきていたもう一体の首を跳ね飛ばした。
その時であった。
「うぐっ!」
ぐもった小さな声が背後から聞こえた。死霊兵を繰り飛ばしながら振り向いたジェイが振り返る。目線を下げるとユリウス・アークレイの脇腹に一本の矢が突き立っているのが見えた。
そこから少し離れた木立の中では・・・。
キースは一緒に戦場を離脱するはずの若い魔法使いが付いて来ないことに気づいた。足を止めウォルフの姿を探す。すぐに数メートル離れた木の向こうに彼を見つけた。素早く戻ってウォルフの肩をつかむと
「早く離れないと」
と、小さく声をかける。
「危ない!」
その瞬間、四方八方からユリウスを目掛けて数十本の矢が飛来したのを見たウォルフの口から、悲鳴にも似た声が漏れた。
ひとりで捌くには、あまりにも数が多すぎる。
キースが思わず目を向けると、ユリウスの右手が弧を描きシールドを成型するのが見えた。その年齢に見合わず素早い動きだ。数本の矢が弾き返されたのが見えた。
ウォルフが安堵したのも束の間、ユリウスの腕が中空で何かに当たったかのように不自然に止まった。
次の瞬間、タイミングをずらして放たれた矢が、ユリウスの左脇腹に突き立った。
「うぐっ!」
ユリウスが堪えきれず小さな声を漏らした。
「馬鹿な!師父!」
今度はウォルフから本当の悲鳴がこぼれでた。




