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ヴォロディア仙導戦記  作者: 萬井 歌舞人
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第1章 アイゼニアの姫のこと 3-4

 今や二体の死霊兵は完全に立ち上がり、再びジェイとユリウスの方へと歩き始めていた。

足をひきずって歩く奇妙な歩き方は、痛みを感じない死霊兵特有のモノである。

「心臓だ!心臓を破壊せぬ限り、奴らは動き続けるぞ!」

 ユリウスは繰り返し言う。

「そうは、おっしゃいますがねぇ・・・」

 ジェイは大剣を握りなおした。

 ヘビーメイルで覆われた心臓に一撃を加えるのは、簡単なことではない。結果、力任せに振り回したジェイの大剣は、首の曲がった死霊兵の頭部を強打し、切断した。斬り飛ばされた死霊兵の頭が、数メートル先の木の幹に当たって転がる。

 しかし、首のない状態でも死霊兵は止まらない。

 動きは遅いが、一歩一歩間を詰めてくるのだ。これにはジェイもあせった。

「何だオメェは!!!」

 無理もない。首なしで動くモンスターなど空想の物語でしか知らない。

 恐怖が湧き上がってくる。

 戦場ではこの感情と向き合うことが求められる。恐怖に体をすくませたのも一瞬のことで、次の瞬間には森の中に金属の打ち合わされる物凄い音が鳴り響いた。

 ジェイの振るった大剣が死霊兵の胴を薙ぎ払ったのである。無数の戦闘経験が体を動かした結果であろう。

だが一瞬の戸惑いの隙に、もう一体の死霊兵が背後からジェイに肉薄している。手斧が振り降ろされた瞬間、二人の間にユリウスが割って入る。

 転瞬、左手の魔方陣のひとつから緑色の光が広がる。緑光は手斧が触れるや否や死霊兵を体ごと数メートル弾き飛ばした。


(なるほど、盾の魔法か・・・)

 闇の中で男が呟いた。声にもならないほど小さな呟きである。

 盾の魔法は、剣による攻撃も魔法による攻撃も等しく弾き返す。だたし、その効果は一秒程度なので発動するタイミングが難しい。

(老いぼれめ、流石になかなかやる・・・)

 闇の中の男はレイドールという名で呼ばれている。

 本名ではない。ただ彼を本名で呼ぶものなど、この世には既にいない。そういう意味では、レイドールというのが彼の唯一の名であると言えなくもない。

 彼は「じっ」と待っていた。

 ユリウスには、もう少し右に動いて欲しい。この一帯には、彼の用意した罠があちこちに仕掛けられている。そのいづれかの場所にユリウスが立つのを「じっ」と待っているのだ。

 レイドールは狩人である。

 レイドールは剣士である。

 レイドールは魔法使いである。

 そしてレイドールは暗殺者である。

 超一流とは言えないまでも、それらのスキルをかなり高いレベルで習得している。

 彼は、雇用主であるラズリーの指示に従って、この場所でユリウスを暗殺すべく、罠を仕掛けて待っていた。

 狙いはユリウス・アークレイただ一人。他の者は逃がしても良い。否、最低一人は逃がさなくてはならない。主からそういう指示を受けている。

 九十%以上の確率で老いぼれた魔法使いは、彼の仕掛けた罠のどれかに足を踏み入れるはずだった。そういう場所に仕掛けたのである。簡単な仕事のはずだった。ところがなんの偶然か幸運か、当代一の魔術師は、その全てをかいくぐってしまったのだ。

 この一帯を通り抜けさせてしまっては、任務の達成は不可能に近くなってしまう。

 そこでやむを得ず姿を晒して魔法攻撃したのである。自分の存在を明かしてしまったことで仕事の難易度は急激に上がったが、罠があるこの場所でなら任務は完遂できる。いや、この場所でなくてはやり遂げられない。

 レイドールは、闇の中に身を潜め、ユリウスを仕留めるための一瞬のスキを覗っているのである。そして・・・。

 ユリウスもまた油断なく自分を探しているのが分かる。僅かな気配で見つかりそうな予感がある。

 と・・・。

 その時、何かが肌に当たるのを感じた。

 それが非常に細かく無数の魔力の粒だと認識したかどうか。

(ここはマズい!)

 危険を察知したレイドールが飛び退るのと同時に、ユリウスの左手から発した数十の赤い閃光が、彼がいた空間を飛び抜けていった。

(なんて恐ろしいジジイだ・・・)

 レイドールの背筋が凍った。直観を信じて逃げていなかったら、死んでいたかもしれない。

 レイドールは理屈でなく感覚として、ユリウスが細かい粒子のような魔力を照射して、こと細かに周囲の様子を観てとったのだと悟った。

 そんなことができる人間がいるとは思えなかった。しかし実際にユリウスはやってのけているのである。

(このジジイ相手では、隠れられない)

 また急激に難易度が上がった。

 魔力の粒子が追いかけてくる。レイドールは走り続けた。老魔導士の左手から次々と発する赤い閃光が彼を追いかけるように空間を薙いでいく。完全に姿を晒してしまった。もはや魔力の粒子を飛ばす必要もあるまい。レイドールは気配を殺すこともできずに、ただひたすら走った。

 魔法を連射しているにもかかわらず、ユリウスが左手に重ねた魔法陣の球は一向に減る気配を見せない。一つ一つがゆっくりと回転しながら球体を維持する深紅の魔法陣をみて、今や自身のアドバンテージが完全に消失したことをレイドールは悟った。

 二体の死霊兵がいても、むしろ状況的には不利になったような気さえする。

 それでも任務を放棄して逃げるわけにはいかない。

 走る勢いをそのままに一本の大樹に方向を定めると、一息に駆け上がった。



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