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VS〜コノヨノコトワリ〜  作者: TERIS
FILE1:『意義』
8/33

FILE1.7:priceless

毎度遅くて申し訳ないです…。

 エレベーターを下りた途端、照明の眩しさが眼球を貫いた。先ほどまでいた地下一階の暗さとのギャップに、思わず目を覆う。

 広く、天井が高いフロア。床はコンクリートだが、面積だけ見ればまるで体育館だ。マットや跳び箱の代わりに、壁際に置かれた多量の作業用機械や計器類が工場らしさを醸し出している。

 しかし、見取り図で見る限りはもう少し広そうだったけどな。そう疑問に思ったものの、あまり視線を巡らせる事なくその疑いは晴れた。前方にシャッターが下りているのだ。恐らくは、あのシャッターがこのフロアを二分している。見取り図の広さ的に見ても間違いなさそうだ。向こう側に何があるのかは、あまり想像したくないのだが。

 そして、そのシャッターに向かって右側。ちょうど今オレがいる場所から20メートルほどのところで、一人の男が壁際の機械を操作していた。

「ああ、やっと来たか。計画はもういつでも実行できる。兵力は十分に…、」

 至って普通に言いつつ男は顔を上げ、こちらを向いた。

 瞬間、その表情が凍りつく。異形のものでも見ているかのように、恐怖すら窺える顔。まあ、無理もない。あれだけ厳重にエレベーターを隠していたのだから、ここに工場の関係者以外の人間が来る事など予想もしていなかっただろう。

 その男は、間違いなく狩野だった。さっき極に情報と一緒に顔写真を送ってもらって確認したからわかる。黒く短い髪に、歳相応の顔立ちの普通の男だ。

 そのまま固まっていた狩野が、数秒後に震える声で言った。

「だ、誰だお前…?」

 その誰何に答える代わりに、右手の自動拳銃を向け、引き金を引いた。

「!」

 ダン!

 発砲音がフロアに木霊する。唸りを上げて飛び出した弾丸は、

「うあぁぁぁ!?」

 狩野が反応した時には、既にそのふくらはぎに突き刺さっていた。突然の事態と、恐らく経験した事のないであろう痛みに悲鳴を上げて、穴が開いた自分の足を押さえて狩野が膝を突く。堰を切ったように鮮血が迸り、咲くはずのない紅い華がコンクリートに咲いた。

「くっ、クソっ…!」

 小さく悪態をつき、狩野は右手を伸ばして壁に付いているボタンを押した。そして近くの扉が開いている部屋に逃げ込もうとする。

「逃がすかよ…!」

 ダン!

 呟くように言ってもう一発撃ったが、それより早く狩野は部屋の中に逃げ込んだ。対象を無くした弾丸が虚しく床を削る。同時に部屋の扉が閉められ、カチリとロックのかかる音がした。

「チッ…!」

 舌打ちし、扉に向かって駆け出そうとした瞬間、視界が真っ赤になった。次いで、サイレンのようなけたたましい音が鳴り響く。

「なんだ…!?」

 若干戸惑いつつ辺りを見回すと、すぐに事態は呑みこめた。天井に等間隔で取り付けられた、パトカーに付いているような赤色の回転灯が作動しているのだ。サイレンの音は、これまた天井に設置されたスピーカーから発せられている。

 その音に混じって、ガシャン、と重い音がした。何か重量のある金属が立てたような音。ただ、この部屋にそのような音を立てる物体は一つしかない。見ずとも、音源が何かはわかった。

 確認するようにゆっくりと振り向く。目を閉じて一度深呼吸し、心を落ちつける。覚悟を決めた所で、再び目を開いた。

 シャッターが上がっていく。見ていてイライラするほどの遅いスピードで、耳障りな金属音を響かせながら。その向こうから何が現れるのかはわからない。それでも頭は驚くほど冷静で、まだ見ぬ存在の正体を考える事を楽しむ余裕すらあった。

 数分でシャッターは完全に開いた。フロアを真っ二つに分けていた金属の障壁が消え去った先にいたのは、

「人…、型…?」

 人型の、ロボットだった。間違いない。二本の足で自立している。

(アンドロイドか…!)

 アンドロイド。日本語で言えば人造人間。さすがに驚いたが、よく考えればおかしな話じゃない。未だ完璧な人工知能が開発されていない以上、人間と同じ思考等を持った高度なアンドロイドは作れないものの、限られた用途に用いる為のものなら既に実用化していると聞いた事がある。

 さしずめ、目の前のアンドロイド群は兵隊用という事か。頭部はフルフェイスのヘルメットのような物で覆われており、全員が所々に鎧のような金属装甲を纏っている。装備は20体中、小型の斧が8体、大型ナイフが6体、拳銃が3体、サブマシンガンが3体といったところか…。意外に銃器が少ない。まあ、閉所である上に頭数が多い時にあんまり銃を増やすと、味方同士での相討ちが多くなるから仕方ないのか。

(にしてもコイツら、なんか変だな…)

 なんなのだろうか?上手く言い表せないものの、なんだかこの機械の軍団には微かな違和感がある。アンドロイドのはず…、なのだが、どこかはっきりそう思えない。感覚としてはわかっているのに、頭で理解できないような、そんなすっきりしない感じが頭蓋の中で渦巻く。いったいなんなのだろうか。

 そう思ったが、すぐに首を振る。今考えるべき事じゃないだろう。任務を遂行し、生きてみつきのもとに帰る。オレに必要なのは、それだけだ。

(サブマシンガンが多い…。流石にちょっと厳しいな…)

 そこまで思考を巡らせた時、機械兵達が一歩踏み出した。ゆっくりと、しかし確実に歩を進める。その度に、ガチャガチャと不協和音が響く。機械に表情もクソもあったもんじゃないが、ヘルメットに隠れてなんの意図も読めない軍勢には不気味な物を覚えざるを得ない。

「気味の悪ぃ…」

 ポツリと呟いた時、サイレンの音が止まった。同時に赤い光も消える。

 代わりに、スピーカーから声が発せられた。

「命令!総員侵入者排除!」

 狩野の声だ。隠れた部屋の中で言っているのだろう。命令というのは目の前の機械軍団に出されたものだし、侵入者というのは間違いなくオレだ。ともすれば、この後の展開は考えなくてもわかる。

 予想の通り、20体もの機械兵が襲いかかってきた。

「チィッ!」

 ダン!

 銃を構え、すぐ前の機械に一発撃つ。が、

 ギン!

 甲高い音を響かせて弾丸は弾かれた。

「マジかよ…。っと!」

 動じる事もなく接近してきた機械が、手斧を振り下ろしてきた。慌てて右に転がって避けると、空を切った斧が地面に突き刺さり、鈍い音を立てる。

 コイツらに銃はあまり意味が無さそうだ。なら…、

(これだ…!)

 戦闘用(タクティカル)ベストの左肩部分に取り付けられた(シース)から大型のナイフを抜いて、右手に逆手で持つ。ついでにこの場で一番効果的であろう、手榴弾の残り個数を確認した。

(あと二つか…)

 あまり無駄撃ちできる数じゃないな。なるべく温存しねぇと…。

 先ほど手斧で攻撃してきた機械が再びこちらを向くのと同時に、地を蹴って一気に間合いを詰める。

「ふっ!」

 相手が動くのよりも速く、腹部に拳を入れて突き上げる。ミシリと、確かな手ごたえが拳に伝わり、相手の体が少し浮いた。

「はああ!」

 ゴッ!

 僅かに後ろにステップして力を溜め、即座に前蹴りを繰り出し溜めた力を解放する。

 完璧に入った。まともに蹴りを受けた機械は、オレの足から受けた運動エネルギーのままにふっ飛んでいった。途中で他の機械も一体巻き込み、轟音を響かせて壁に衝突する。

 驚いている、はずはないのだが、それでも機械達の動きが一瞬止まった。

 接近戦のパワー勝負でオレに勝てると思うなよ。これでも支部内(ウチ)じゃ馬鹿力で通ってんだ。

中指を立て、挑発するように動かす。

「来な。まとめて相手してやるよ」






「おおおぉぉぉあ!」

 銃弾走り、刃飛び交う戦場の中、オレはまさに鬼か修羅の如く動いていた。振り下ろされる手斧をかわし、飛来する数多の銃弾の軌道上から身を外し、カウンターの一撃をお見舞いする。

 相手が機械である以上、打撃だけで決定打を与える事は難しい。一般人ではそうだろうが、オレには長年の努力で積み上げた筋力と両親仕込みの近接戦闘(CQB)がある。どんな相手であろうと、例え武器を失っても己の身一つで戦う。その為にガキの頃から鍛えてきてるんだ。機械だろうと何だろうとカンケーねぇ。

「っとぉ!」

 振り下ろされたナイフを、左半身を引いてかわす。勢い余って機械は体勢を崩した。

 手近にあった作業台に左手を突く。そのまま左手を支点にし、両足で軽く地面を蹴る。空中で右足を振りかぶり、

「せい!」

 力を込めて振り切る。変則の空中回し蹴りがクリーンヒットした機械は、数メートルふっ飛んで仰向けに倒れた。

 調子はいい。体も軽いし、力はいくらでも溢れてくるようだ。しかし、

(妙だな…)

 おかしい。確かに、オレの筋力は馬鹿力とかなんとか呼ばれるように、常人の域は超えている。ただ、それにしてもこの機械達は軽すぎる。いくら技術の進歩で軽量、強固な素材が次々開発される時代とはいえ、これだけの高度な機械ならもっと重量があるはずだ。

「っつ!」

 水平に振られた斧の刃を、バックステップでかわす。瞬時に相手の懐に入り、肘を叩き込んだ。が、金属装甲に阻まれて有効なダメージは与えられなかった。

 不意に空気の裂ける音がして、背後に気配を感じた。振り向くと、装甲を纏った脚が、唸りを上げて眼前に迫っていた。

「チィッ!」

 咄嗟に腕をクロスし、ガードの体勢をとる。ミシリと鈍い音を立てて脚がガードにぶつかり、自分の体が後ろに引っ張られるのを感じた。

 次の瞬間、ふっ飛んでいた。体はけっこうな早さで動いているはずなのに、流れる景色はスローモーションのようだ。そんな事を考える余裕があるのが自分でも不思議だった。

 地面に派手にぶつかりそうになるが、なんとか受け身はとる。

「やっぱり…」

 変だ。あまりにも攻撃が軽い。普通機械との戦闘では、ガードした部位の骨が軋むような衝撃は覚悟しなければならない。なのに、ただふっ飛ばすだけの蹴り。これじゃまるで人間の、しかも素人の蹴りだ。バットで殴られた方がまだ堪える。

 武器での攻撃をメインに考えて、格闘術にはあまり重点を置いていないんだろうか?ますます増えた疑問に首を傾げる。

「っと、」

 視界に入った銃口の延長線上から体を逸らす。コンマ数秒遅れて、今までいた場所を銃弾が走った。お返しにその銃弾を放ったヤツに走り寄って空中右回し蹴りをブチ込む。

 脚を振り切って相手を薙ぎ倒し、着地した時だった。またしても疑問が頭を擡げた。

(そういえば…、)

 このフロアで戦闘が始まってから、オレが空中の回し蹴りを放ったのは合計3回。無意識に相手の頭部の高さに合わせてジャンプしていた為に気付かなかったが、改めて思い出すと一回一回ジャンプした高さが違うような気がする。

 そう思って機械の群衆に目を向けると、その訳はすぐに理解できた。同時に、最初にこの軍団を見た時に感じた違和感はこれだったかと納得した。

 機械兵達の大きさが、少しずつ違っているのだ。一番大きいものでオレくらい、小さいもので170cmくらいか。そこまで大きな差はないものの、これは明らかに不自然だ。寸法の誤差の範囲ならまだしも、大量生産された機械の大きさがばらつく事なんてありえない。

(待てよ…!?)

 背丈が違う機械群に、人間の、素人のような蹴り…?人間の…?

(!)

 スイッチを入れるように。カチリと頭の中で音がして、一つの可能性が閃いた。いや、可能性というよりも、ほとんど確信したといった方が正しい。

 もしかして…!

「無きにしもあらずだな…」

 機械という固定観念に捉われて予想もしなかった事だが、この予想が当たっていれば全ての辻褄が合う。尤も、当たっていて欲しくないというのが本音なのだが。

 確かめる価値はある。そう思い、リボルバーを抜く。その瞬間、すぐ前にいた機械がナイフを振り下ろしてきた。その刃を、こちらも左手のナイフを使っていなす。強化素材で出来た刃と刃がぶつかって火花が散り、高い金属音が響く。勢いのついたまま体を受け流されたそいつは、踏みとどまる事ができずに少しよろけた。

 隙が生じた機械の左肩の部分、接合部に、突き刺すようにしてリボルバーを強く押し付ける。銃口の先は、人間でいう心臓の位置に向けた。これでゼロ距離。いくら金属装甲があろうと、この改造(カスタム)されたコルト・パイソン6インチから撃ち出される.454カスール弾の威力には耐えられないだろ…!

引き金に力を込める。殴り上げられたように強力な反作用で右腕が跳ね上がり、龍の咆哮の如く銃声と共に強力なエネルギーを持ったマグナム弾が発射された。金属の鎧に衝突した弾丸は、障子に指で穴を開けるように容易くその鎧を射抜いた。オレの予想が正しければ、弾丸はその先に存在するであろう、ある物を射抜く。そしてその『ある物』を貫かれれば…、

 その時、ピチャリと音がして、頬に何かが付着するのがわかった。確認するまでもない、今まで何度も浴びてきた生温かい液体。はずれて欲しかった予想が見事に的中し、心の中でため息を漏らす。

 肩に穴を開けたアンドロイドが、後ろに倒れ始める。同時に、その穴から紅い液体が噴水のように溢れ出した。

「血…!」

 そう、紛れもなく血液。頬に付着した返り血を拭うと、べっとりとした紅だった。

 またも空気の避ける音が聞こえ、反射的に身を屈める。頭上を手斧が水平に通過していった。即座に振り向いて、立ち上がる勢いと共に拳を突き出し、攻撃してきた機械の顔面、ヘルメットのような防具のバイザーシールドの部分に叩き込む。

 かなり威力が乗ったみたいだ。強固なはずの素材が粉々に砕けた。ガラスを殴って割ったようなものなので、拳に血が滲んで痛む。しかし、砕いた先にあるものを見た途端に、そんな痛みはどこかへ吹き飛んだ。

 バイザーの向こうにあったのは、人間の顔だったのだ。所々に機械部品が付いているが、それでも元は人間だったということは隠しきれない。そこに表情というものは存在せず、死んだような瞳は何もない虚空を向いている。

 刹那、脳内に電流が走る。全ての事柄、疑問が一本の線につながった。

 思わず目を閉じて天を仰ぐ。

「ああ…、」

 こういう事だったのか…。

 これだけ大きな工場なのに少ない人員。

 前科もないのに特警という組織にマークされる理由。

 資金的な余裕がないのに大量生産。

 機械の割にやけに軽い体と攻撃。

 血、そして人間の顔。

 そうか…、

「そういう事かよ所長…!」

 そう呟いた次の瞬間、脳内に走った電流は電気火災を起こしたようだ。頭の中が熱い。その熱が体中に伝わっていく。全身の体液が沸騰しそうだ。固く噛み合わせた歯が、ギリッと音を立ててずれる。銃のグリップを握った右手は、力の入れ過ぎで変色していた。それでもどこか冷静な頭の奥の方は、この事態の結論を導き出す。

 狩野は人間を、私兵を作る為に改造したのだ。つまりこの機械達は人造人間(アンドロイド)というよりは改造人間(サイボーグ)。元はこの研究所の人間だったというわけだ。機械で模倣するのにも限界がある人間の優れた部分、視覚や思考といったところはそのままで、逆に人間に足りない部分、例えば耐久力、筋力なんかを補っているってとこか…。それなら機械の弱点ともいえる柔軟な判断力は克服できる。洗脳をかけるか、もっと残酷なところで人格そのものを破壊して戦闘用のプログラムを組み込めば、元が素人でもそれなりに戦えるようになるらしい。その戦闘用プログラムも、日夜開発が進んで裏社会じゃ専用の売人もいるって話だ。手に入れるのは簡単だろう。

 これだけ人の命を好き勝手にいじくって、挙句テロまで目論んでいようものなら、オレ達が駆り出されても不思議じゃない。ふざけやがって。命をなんだと思ってやがる。

 人の命を絶っている、という行為だけを見れば、オレ達特警の仕事も大差ないかもしれない。しかし特警が設置された目的は、激化する犯罪を止める為だ。昔のように、犯人を殺すのを躊躇って無関係な一般民衆を犠牲にしない事。手段を選んでいられない時代だからこそ、オレ達のような組織がある。

 特警が人を殺すのは、犠牲者を無くす為。しかし、こいつらのやっている事は犠牲者を増やす為の殺人に他ならない。特警隊員は誰でも、その思いを拠り所にしてしたくもない人殺しを行っている。それがエゴで、間違った行為を無理矢理正当化しているだけだという事をわかっていてもだ。

 誰かが止めなくてはならない。オレだって、その誰かのうちの一人。両親を、うち一人は自らの手で亡くしているだけに、人の命の重みは誰よりもよく知っている。だからこそ、オレは狩野を許さない。

「胸糞悪ィ…!」

 目を開け、再び頭を冷静な状態に戻した。恐らく狩野は、この改造人間(サイボーグ)達に任せておけば、オレを勝手に殺してくれるだろうと思って安心しきっているはずだ。これだけの数に兵装。そう思い込むのも無理ないが、相手が悪かったな狩野…!そうは問屋が卸さねぇってヤツだぜ…!

 本当は隙を見て手榴弾で全員無力化するつもりだった。しかし、相手の素体が人間だというのなら話は速い。いつもの、つまり対人間と同じ立回りでいいってこったろ!

 右側から迫ってきた拳を、体を捻ってかわす。すぐさまリボルバーの銃口を、相手の装甲が薄い部分にねじ込む。迷う事はない。もうそこに心臓があるのはわかっている。

 引き金を強く引く。さっきと同じように、撃ち出されたマグナム弾は薄い金属板など存在しないかの如く軽々貫き人体を炸裂させた。臓器が飛び散り、形容し難い嫌な臭いが鼻を突く。それでも止まらずに、上半身の大部分が大破したそいつを蹴り倒す。

「っぐ!」

 突如、背中に強い衝撃を感じた。重量のある物体で力任せに殴られたような、骨が砕けるのではないかというほどの衝撃。一瞬呼吸が止まりそうになるが、なんとか持ち直す。

 振り返ると、十数メートル先でサブマシンガンの銃口がこちらを向いており、そこから硝煙が立ち昇っている。

 しかし、特警の技術開発部によって作られたボディーアーマーを装備したオレを、拳銃弾ごときで殺す事など不可能だ。

 小賢しい。

 後ろから突き出されたナイフをかわし、その持ち主を、先ほどサブマシンガンを撃ったヤツの方に蹴り飛ばす。

「5人か…」

 上等。

 今蹴り飛ばしたヤツ含め、その近辺にいる改造人間(サイボーグ)達は5人。対象としては十分な数だ。

 残り二つとなった手榴弾のタイマーを2秒にセットし、ピンを歯で引き抜いて投げる。

 見本のような放物線を描いて飛んだ手榴弾は設定した通り、きっちり2秒後に炸裂した。赤、黄色、オレンジ。そのどれともとれる爆風が発生し、そこにいた5人の肉を焼き、裂き、骨を砕き、溶かし。人間という原形を失わせる。さっきより更に強烈な異臭が漂い始め、形容し難い色をした内臓や脳が壁にグチャリと音を立てて張り付く。吐き気を催しそうな光景だ。今まで何度も見てきてはいるが、だからといって慣れる訳は無い。尤も、そんな状況を作り出している自分には、もっと吐き気がするが。

 硝煙と爆風、肉の焦げる臭いを掻い潜り、オレは人を殺し続けた。





 時間がどれほど経ったかはわからない。ただ、気付いた時には視界に動くものが映らなくなった。

 辺りを見回す。紅い。どす黒い紅色が床を埋め尽くし、壁に落書きのように張り付いて。まさしく血の海。形容や比喩ではない。本物の地獄が目の前に広がっていた。

 視覚には血と屍、嗅覚には死の臭いを例えようのないくらい強烈に感じている中、聴覚だけは穏やかだった。先ほどまでの銃声や爆音、肉を突き破り、骨を斬る音から解放され、今は室内の機械が微かに立てる駆動音が鼓膜を震わせている。

 足下に転がっている屍に目を向ける。元が人間だった事はわかるが、にわかには信じられない状態になっている。少なくとも、『原形』という言葉には程遠いだろう。

 この改造人間(サイボーグ)達は、人間であった時はどのような人物だったのだろう。狩野の目的を知って、それでも研究に加担していたのだろうか?あるいは何も知らないまま、改造されてこんな姿になったのだろうか?どうしたら、オレが殺す必要がなかったのだろうか?

 そんなことに思いを馳せたが、すぐにやめた。やらなければやられる。止めなければ犠牲者が出る。この数年で学んだことだ。例え知らぬままこいつらが犯罪に加担させられていたとしても、罪の結果であることに変わりは無い。オレ達が、銃口を向けた相手に感情を持つことなど許されないのだ。

 それに、

「……、」

 まだ、仕事は終わっていない。

 一歩踏み出そうとしたその時、

 カラン…、

「ん…?」

 足に何かが当たった。視線を下に向けると、今しがたオレが蹴ってしまったであろう、小さなビンがコロコロと転がっている。茶色いガラスの、錠剤なんかが入っていそうな大きさのものだ。普段なら気にも留めないであろう物体。しかし、そのビンに貼られたラベルに、目が吸い寄せられる。

「あれは…!?」

 ビンを拾い上げる。すぐにラベルを確認するが、間違いない。『OYSM‐731』と書かれた青いラベルの貼られたビン。少し前にあった、国内集団拉致事件に使われた物だ。

 『OYSM‐731』。簡単に言えば、超強力な睡眠薬。飲まされればほぼ確実に昏睡。専用の装置でガス状にして撒けば、広い範囲の人間にも効果を及ぼす危険な薬品だ。正規の方法じゃまず手に入らないし、一般人が使う事なんてあり得ない。よほど特殊な用途にしか使われないのだから。もしその目的以外で使う事があるとすれば…、

 人間を、無理矢理黙らせる必要がある時だ。

 ぎりっ。

 硬く噛み合わせた歯がずれる。渦巻く怒りと、それを抑えようとする力が拮抗し、せめぎ合い、体内に溶岩をブチ込まれたかのように、体中が熱い。正義感だとか、そんな考えからくる怒りじゃない。もっと本能が叫んでいるような、獣じみた感情が、心臓から毛細血管の先まで、暴れまくっている。

 右手のパイソンを、手が紫に変色するほど強く握る。痛みなど微塵も感じない。今の状態なら、握られたパイソンの方が悲鳴を上げるのではないか。そんな事を思った。

 ビンをポケットにしまい、今度こそ一歩を踏み出す。コツコツと高い音を響かせながら、静寂が支配する地獄を進む。

 右足を出すたび、怒りが一つプラスされ。左足を出して、冷静に怒りを一つマイナスする。一歩一歩のその動作で、なんとか自分を保った。そうでもしないと、ターゲットを前にして冷静でいられる自信がない。殺傷圏内に入れた途端、目の前に原形を失った死体が転がっている、といった事態になるだろう。

 十数歩、最後に左足を踏み出して、狩野が逃げ込んだ扉の前に来た。

 グリップをへし折らんばかりの力で持っていたパイソンの握りを、少し緩める。残り装弾数は一発。しかし、それだけで十分だ。

 丹田を意識し、大きく息を吸って、吐く。たったそれだけの動作で、体の中の余分な熱や感情を捨て去る事ができた。意識は氷点下にあるも同然な今のオレなら、相手が人間だろうと(グリズリー)だろうと関係無い。

 扉を見る。戦闘時の流れ弾が当たったのか、オレが蹴り飛ばしたヤツがぶつかったのかはわからないが、金属製の扉はボロボロだった。強い衝撃を一回与えれば外れてしまうはず。

 左足を軸に、右足を少し下げ、僅かに後ろへステップする。下げた足に力を溜め、

「ふっ!」

 次の瞬間、前に出しながら一気に解放する。極限まで肉体の連動を追求したモーションから繰り出された前蹴りは、ほぼ百パーセントの効率を以て運動エネルギーを扉に伝えた。

 ドゴッ!

 鈍い音を響かせ、蹴破った扉は部屋の中にふっ飛んでいった。直線運動を続けた扉が、壁にぶつかって再び鈍い音を響かせるのを聞いてから、部屋の中に入る。

 どうやらモニタールームのようだ。入室して左を向くと、壁一面に、格子状に並んだ多数のモニターが設置されている。監視カメラの映像が表示されているらしく、いくつかの画面には倒れ伏した改造人間(サイボーグ)達が映っている。ここに来るまでにオレがカメラを壊した為か、この階以外の映像は無い。

 そして、そのモニター群の前。コントロールパネルに背を預けて床にへたり込み、馬鹿みたいに口をパクパクさせている男がいた。隣には、横転した椅子が転がっている。

 紛れもなく、ターゲット、狩野庄司だ。顔には恐怖、驚愕、絶望等、人間にとっての負の感情が、多数混ざり合った状態で張り付いていた。絶体絶命。いや、この場合、コイツにとっては絶対《・・》絶命だな。

 もはや狩野の目には、オレは人間として映ってないだろう。まともにこちらを認識できているかも怪しいが、もしできているとすればその認識は…、

「ば、化け物…!」

 歯をガチガチと鳴らしながら、震える声で狩野は言った。

 そう。お前の言う通り。化け物だ。あるいは死神だろうか?どのみちロクな存在でない事に変わりは無い。

 化け物、もとい死神のオレは、怯える狩野などお構いなしに歩を進める。腰が抜けているのか、狩野は小さく悲鳴を上げはするものの、逃げる事は無かった。

 カツカツと音を響かせながら歩き、狩野の前2メートルほどの所で止まる。緩慢な動作でパイソンを持った右腕を上げ、対象の心臓にその銃口を向けて、固定した。

「特警だ。一つ聞く。改造人間(アレ)を作ったのは誰かの指示か?」

 無音の空間で、ピアノの鍵盤を一つ叩いたように。オレの声は部屋の中で重く響いた。情状酌量の余地は無いが、情報が得られるかもしれない以上、聞かない訳にはいかないのだ。例え、相手がどんなに非道な犯罪を行った人間でも。

 撃鉄(ハンマー)を起こす。カチリ、という音と共に、回転式の弾倉が回り、最後の一発が発射可能となる。

「答えろ」

 抑揚の無い、低い声で言う。狭い室内では声がよく響き、狩野の精神的な逃げ場すら無くす。

 その狩野は、しばらく口をパクパクさせたまま、何やら言おうとしていた。喋ろうとしては、また口を閉じる。どう見ても、咄嗟に言い訳を考えているようにしか思えない。誰かの指示で、つまり自分から進んでやったわけではない奴はほとんどの場合、身の潔白を証明しようと必死に喋り出す。すぐに言い出さないということは、頭の中で存在しない事実を作り上げている証拠。その違いを、オレ達が見逃すわけがない。

 案の定、狩野は黙りこんだ。上手い言い訳は浮かばなかったのだろう。これ以上は情報が得られそうもない。そう判断し、再び口を開いた。

「何も言えないって事は、自発的なものとみなしていいな」

 引き金に力を込めた、その時だった。

「…だ」

 微かに声が聞こえた。ひどく不明瞭ではっきり聞こえなかったが、僅かでも聞こえた以上、無視するわけにもいかない。あまり期待はせずに聞き返す。

「聞こえねぇな。はっきり言え」

「…、いくらだと言ってる」

 狩野が繰り返した。その瞬間、ほぼ予想通りの答えに思わずため息を吐く。

 一度言葉を発して緊張感が薄れたのか、狩野は堰を切ったように喋り始めた。

「いくら出せばいい!? 金ならまだある! あんたが望むんなら、役所の給料なんかよりは高い額を…、」

「priceless」

 ずだん!

 あまりに稚拙な命乞いを、銃声で遮る。聞くに堪えないし、聞く価値も無い。そんな雑音(ノイズ)を、これ以上発するんじゃねぇ。

 様々な物理法則に従って、銃弾は撃ち出され、そいつの左胸を貫き、狙い通り生物の根幹を射抜いた。その反動で右腕と共に跳ね上げられた銃身は、黒く鈍い光を獰猛に反射し、(アギト)から硝煙をたなびかせている。

「ぁあ…?」

 小さく呻き声を上げ、狩野は自分の胸に開いた穴を見た。痛みを感じる間も無かっただろう。もう塞がらない穴。その穴から入った小さな金属の獣は、強力なエネルギーを撒き散らしながら、一瞬のうちに体内を破壊した。

 溢れ出した赤黒い液体が、まるで晴天を覆っていく雲のように、狩野が着ている白衣を染めていく。そして雲から降った雨が水溜まりを作るように、滴った血が床に溜まっていった。

 一、二回狩野の体はビクンと震え、やがてその命を閉ざした。力を失った死体が、ずるずると倒れていく。

「どんな命だろうと、価値なんて付けられねぇんだよ。例え…、」

 右腕を下ろし、パイソンをホルスターにしまう。

「お前みたいなヤツの命でもな」

 独りごちて、しまったリボルバーの代わりに、携帯を取り出して右手に持つ。電話帳から【特警守川支部:所長室】を選び、ダイヤルボタンを押した。

 プルルルルル、というコール音が三回続いた後、ガチャリと音がした。

『はい、特警守川支部所長室』

 なんの感情も籠っていない、ただ冷静な声が応答した。

「オレです」

『日向か。どうした』

 目の前の屍にチラリと目をやる。

「任務終了。工場制圧完了、及び殺人兵器、責任者の狩野庄司を射殺しました」

 淡々と、任務の成果を述べた。

『了解。よくやった。いつも通り、処理班を送る。それまで待機する事』

「了解」

 ピッ。

 通話を終了する。昨今の携帯電話にしてはゴツい端末を、ポケットにしまった。

 最後にもう一度屍を一瞥し、部屋を出る。脇目も振らず地下二階のフロアを直進し、エレベーターに乗り込んだ。

 自身が作り出した惨劇の間を縫って、工場の外に出た途端に、体を冷たいものが包み込む。ザー、という音と共に、空から降り注ぐ水。

「雨か…」

 そのまま雨中に飛び込んだ。体はどんどん濡れるが、構わない。暗い空から休むことなく降り続ける雨に、浴びた返り血が洗い流されていく。

 ふと空を見上げると、雨雲に覆われているはずの空に、光が見えた。ほんの僅かにできた雲の隙間から、大きな月が顔を出している。闇夜を照らす一筋の月光。何故か暖かく、心が癒されるその光は、みつきの頬笑みを思わせた。


 これが、オレの仕事。

感想等ありましたら、是非よろしくお願いします。

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