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VS〜コノヨノコトワリ〜  作者: TERIS
FILE1:『意義』
7/33

FILE1.6:疑念と理由

すみません。遅くなりました。

「はぁ、はぁ、」

 荒い息を深呼吸で整える。動悸が激しい。腹の奥を圧迫しているような緊張感がなかなか抜けない。

 今まで何度も極限状態での命のやりとりは経験してきたが、だからといってそれに慣れるわけではない。そりゃあ、初めの頃に比べればかなり落ち着いてはいるが、自分の命を敵の眼前に晒しているような感覚は、やはり気持ちのいいもんじゃないのが本音だ。

「ふー」

 ある程度呼吸も安定してきたところで、リボルバーのシリンダーを横に振り出す。さっき二発撃ったので六発装填のシリンダーは空になっていた。

 主がいなくなった六つの穴に、一つずつ弾丸を込め直していく。既に弾を装填してある替えのシリンダーもあるのだが、そちらは戦闘中に素早く再装填(リロード)する時の為に取って置かなければならない。今みたいに余裕のある時はわざわざ弾を手作業で詰める事にしているのだ。

「さてっと…、」

 あまりぼやぼやしてもいられない。膝にぐっ、と力を入れ、ゆっくりと立ち上がる。

 壁に背中をもたれさせ、現状を整理し始めた。無骨な鈍い光を反射させている壊れた蜘蛛を一瞥し、暗く、複雑に入り組んだ廊下を見回す。

 殺人兵器をこの工場で作っているといっても、こんな入り組んだ狭い場所でバカでかい機械を作るのは無理だろう。どこか広い作業場が必要になる。そう結論を出した。とすれば、思い当たるのは…、

「地下二階か…」

 今、オレがいるのは地下一階。この下にもう一階層あるはずなのだが、エレベーターどころか階段すら見つからない。通常は一階から下りてきた階段と同じ場所に地下二階への階段はあるはずだが、それも無い。

 携帯を取り出し、見取り図を表示する。地下二階の存在は確かに認められるが、そこへ至る手段は記されていない。

「変だな…」

 疑問に思うがすぐに首を振る。何の意味もなくフロアが存在するわけはないのだ。見取り図を見る限り、地下二階はほとんど何もないただっ広い部屋。ここに生産ラインがあると読んで間違いないだろう。

(まずは、下のフロアに下りる手段の探索…!)

 リボルバーをしまい、自動拳銃を右手に提げて、鉄塊となった蜘蛛の死体に踵を返した。






 足下にしか灯りのないこの場所は、夜の学校のような居心地の悪い、嫌な雰囲気で溢れかえっている。その上、さっきのような殺人マシンが徘徊しているのかと思って警戒するのだから、より一層不気味さは増した。不安と緊張感が混ざり合って、体にべっとりと纏わりついているようにも感じる。その嫌な雰囲気の中、壁に身を隠しながら、暗い廊下を進む。壁から壁に移動する時は、刑事ドラマでよくしているように、通路に銃を向ける事も忘れない。

 そうやって探索しつつも、地下へ至る手段に求められる要素を考えてみた。

 まず一つ目は、見取り図にも記されていない、ということ。そうなると、やはり隠されていると考えるのが妥当だろう。隠し通路的な物か、それとも隠し階段か…。とにかく、簡単にはわからないように設置されているはずだ。

 二つ目。さっきの機械蜘蛛の大きさを見るに、作った巨大な兵器を地上に至らせる手段が必要となる。一般のホテルや会社でも、荷物や備品を運搬する為に大きなエレベーターを設置しているという。その類のエレベーターなり地上への直通通路なりが必ずあるはず。テロでもやろう、というのなら尚更だ。現に機械蜘蛛は地下二階よりも上にあるこのフロアで暴れていた。つまり地下二階からこの地下一階までなんらかの方法で運ばれたのだ。裏を返せば、蜘蛛が来たルートをたどってオレも下のフロアへ行けるという事になる。

 しかし、いちいち探してたらキリなさそうだ…。とはいってもオレが工場内の情報を知ることができる手段は見取り図以外に無いし…。おとなしく探すか極からの連絡を待つしかないのか…。

 つくづく頭脳関係じゃオレは無能だな。なんか情けねぇ…。

「あーあ、ったくよー…、」

 ま、無能でもしょうがない。ここは学校ではないのだ。わからない事をわかるまで考えている時間は今のオレにはない。素直に極に協力を求めよう。

 軽くため息をついてポケットから携帯を…、

(いや…、待てよ…)

 取り出そうとして、手を止める。不意に、何故だかわからないが今日の国語の授業を思い出した。

 一年の時にやったことわざについていくつか復習したのだが、その時にみつきと冗談交じりに喋っていたのだ。必死で記憶を探ると、だんだんと会話の内容が浮き上がってきた。

『ゆう、これ、意味わかる?』

『んー? 餅は餅屋?』

『うん。おいしそうだよねー』

『…、みつき、マジで言ってる?』

『あはは、冗談だよー。物事は専門家に任せるのがいちばん! みたいな意味だよね!』

『そうそう。さすがだな』

『えへー。でも、それを言うなら私はゆうの専門家だよねー。“ゆうはみつき屋”かなー?』

『ふーん』

『ふーん、って…。もっと照れるなり取り乱すなりしないの?』

『生憎モットーは冷静沈着だからよ』

『ゆうはそんなところもカッコいいねー』

 …という会話を、後ろで極がうんざりするのも無視して展開したのだ。オレもうんざりとまではいかずとも、多少呆れてテキトーに返事をしていただけなのだが、みつきは全て惚気に変えてしまっていた。

「なるほど…」

 餅は餅屋、か…。物事は専門家に、ねぇ…。

 この工場の専門家は…?

「工場の人間…?」

 そうか。無理に探したり、わざわざ極に聞いたりしなくても、この工場の関係者から聞き出せばいいのだ。なんで今まで考え付かなかったんだろう。

 オレは無能じゃない、と思って少しテンションが上がったが、こんな当然なことを思いつくのに時間かかり過ぎだと思い返してやっぱりテンションが下がった。






 関係者に聞こうと思っても、工場に人間が残っていなければ意味がない。だが、一階での戦闘時にあまり人がいなかった事を考えると、まだ残党がいる可能性も十分ある。見つけてさえしまえば、相手が対尋問、拷問のプロでもない限り情報を吐かせること自体は容易い。

 足音を立てないことに細心の注意を払い、暗黒の廊下を壁から壁へと素早く移動する。その度、緊張感が再び腹を圧迫するのを感じた。

 視界は相変わらず悪い。夜目は効くものの、やはり足下の灯りだけでは心許ないというのが本音だ。暗視スコープを持ってくるべきだったと、今更ながら強く後悔した。それでも、洞窟のような暗闇の中を己の感覚だけを頼りに進んでいく。

 いくつかの角を曲がると、通路の先に光が見えた。廊下に面していくつもある部屋のうち、一つの部屋のドアが閉じきっておらず、中の灯りが暗い通路に漏れているのだ。暗い中に走る眩いまでの光は、闇を切り裂く白銀の刃のようにも見える。

 慎重な足取りで部屋に近づいてみる。息を殺し、耳を澄ますと、カタカタという音が微かに聞こえた。毎日、極のおかげで聞き慣れた音。これはPCのキーボードを叩く音だ。

 間違いない。中に人間がいる。しかも複数人だ。キーボードの音に混じって足音も聞こえる。二、三人ってところか…。

 まあいい。雑魚が相手なら何人いようと関係ない。一瞬で決めてやる。

(よし…)

 自動拳銃を構える。心を落ち着かせる為に、頭の中で五秒のカウントを開始始めた。

 5…、4…、3…、2…、1…、

(ゼロ!)

 5つの数字を数え終わると同時に、一気に部屋に突入した。

 部屋には三人の男がいた。全員白衣を着ており、皆一様に驚いた顔をこちらに向けていた。一人は椅子に座ってPCをいじっている。

「なんだおま…、」

 ダン!

 最初に口を開いた男の眉間に狙いを定め、言い終わる前に撃ち抜く。口の形を「ま」の状態で止めたまま、男の体はスローモーションのようにゆっくりと後ろに倒れていった。

 動きを止めず、今度はPCの男に銃を向ける。急な事態に対応していないのか、呆けた顔のままフリーズしていた。狙いが自分に向いた所でやっと恐怖心を覚えたらしく、表情が面白いくらい瞬時に引きつった。きっと今、男には銃口が深い洞穴にでも見えていることだろう。その奥から、自分をこれから射抜く小さくも獰猛な獣が出てくるのもわかっているはずだ。まあ、いつ恐怖を覚えようがそれは大した問題じゃない。オレが銃口を向けた時点で結末は決まっている。

 ダン!

 再び発砲する。今度は椅子に座っていた男の心臓を撃ち抜いた。男の体と、椅子の背もたれを貫通した銃弾が、床に刺さって弱く硝煙を上げている。

「あ…?」

 胸に穴が開いた男は数秒、何が起こったのかわからないといったようにその穴を見つめていた。その間にも、白衣を紅い物が染めていく。ちょうど白衣の胸ポケットが全て紅くなった時、息絶えた男はドサリと音を立てて椅子から転がり落ちた。

(あと一人…!)

 その一人に目を向けると、

「うわああああああ!?」

 逃げようと考えたのだろうが、今、扉の前にはオレが立っていてそれは不可能だ。その結果相手が取った行動は…、

 チャキ…、

 オレに銃を向ける事だった。もしもの時に、とでも言われて支給されていたんだろう。しかし、震える手で握られたそのガバメントは、オレにとっては玩具に等しい。殺す、という意思のない銃なんて、市販のエアガンと大差ない。

 無理だな。そんなんじゃ、オレは殺せない。それどころか、傷を負わせる事すらできないさ。

 瞬時に地を蹴り、自分に向けられた銃など気にせず突っ込む。

「く、く、く…、」

 パン!

 来るな、とでも言いたかったのか。言葉になってないセリフと共に、乾いた銃声が響いた。

 が、狙った先はあさっての方向だった。震える手で握られ、不安定な状態にあった銃口から放たれた弾丸は、オレの頭上1メートルの何もない空間を通過していく。

(終わりだぜ…!)

 一瞬で間合いを詰めると、

「ふっ!」

 ガッ!

 右のハイキックで相手の顔を捉え、そのまま蹴りの勢いで床に薙ぎ倒した。衝撃で、男の手から離れたガバメントが転がっていく。すぐに組み伏せて背中に膝を乗せ、左腕を捻じり上げる。

「動くなよ。余計な事した瞬間に頭が吹っ飛ぶぞ」

 そう言って後頭部に自動拳銃を突きつける。

 男の体の震えが銃越しに伝わる。しかし手は緩めない。

「さっきはアンタらの飼い蜘蛛に世話になったよ。ペットに挨拶させるたぁ、随分趣味のいい歓迎だな」

 皮肉を並べつつ、銃口を強く押し付ける。その度に、男は情けない声を上げながら更に体を震わせた。

「まあいい。今から二、三質問するから、簡潔に答えろ。言っとくけど、この銃は玩具じゃないし、オレはアンタみたいに狙いを外したりはしねえぜ」

 転がっていったガバメントに目を向けながら言う。

 男は黙っている。静かな室内には、点けっぱなしになっているPCのハードディスクが時折立てるカリカリという音だけが無機質に響いていた。

 男の震えが収まってきた頃を見計らって、再び口を開いた。

「まず一つ目。この工場の生産ラインがあるのは地下二階か?」

 抑揚のない声で問う。狭い部屋の中で反響した自分の声は、驚くほどに冷徹だった。

 男はすぐには喋らなかった。言うか言うまいか迷っているのか、それとも無理矢理逃げる方法でも考えているのか。コイツの意図は読めないが、オレは黙って答えを待つ。

 数十秒経ってやっと男は口を開いたが、内容は笑えもしない物だった。

「お、お前はこんな事が許されるとでも思っているのか?どこの組織の下っ端か知らないが、お前のようなヤツに、は、話すことなんか…、」

「あっそ」

 研究員は口元を歪めて嘲るように言ったが、それ以上、言葉を紡ぐことは許さなかった。最後まで言い終わらないうちに、

 ベギン!

「あっ、いだあああああああああああああ!」

 捻じり上げていた左腕の関節を極め、そのまま折る。絶叫が静かな空間に響き渡った。力なく垂れ下がった腕を放り出し、ナイフを取り出して男の首筋に当てる。

「状況理解してんのか?さっきの質問の答えはYESかNOだ。アンタの説教聞きに来たんじゃねえんだよ。さっさと答えろ。次は耳がなくなるぜ」

 抑揚も感情も込めずに、低い声で脅す。動かない左腕を投げだしたまま、男は小さく悲鳴を上げた。

「もう一回言う。生産ラインがあるのは地下二階か?」

「そ、そうだ」

オレの問いに、間髪いれず答える男。軽く苦笑してしまう。さっきの気丈な態度はどこへ行ったのやら。まあ、こんな状態で尚も抵抗するような人間はよっぽどの手練かただのバカかどっちかだろうが。

「二つ目だ。この工場のトップは誰で、どこにいる?」

 銃でわざとらしくチャカチャカと音を立てつつ、更に問う。これも重要な質問だ。仮に工場内を殲滅しても、トップの人間を殺さなければ意味がない。リーダーを押さえれば、組織は大体解散するし、捕らえたヤツから他の犯罪組織の情報を得られる事もある。

「せ、責任者は、狩野 庄司(かりの しょうじ)…。今は地下二階にいるはずだ…」

 狩野、ね。名前に聞き覚えはないな…。極に言って調べてもらうか…。

 さて、残るは一番肝心な質問。

 「もういいだろう」とでも言いたげな怯えた目でこっちを見ていた男に、最後の質問をする。

「これで最後だ。エレベーターか、階段か。とにかく、下に行く道はどこにある」

 言い終わると、男が息を呑むのがわかった。おそらく、部外者に最も与えてはならない情報だろう。しかし、この状況では吐かざるを得ないはずだ。その確信がオレにはあった。

「……」

 沈黙に逃げる男に、

「とぼけても無駄だぜ。生産ラインが地下二階にあるのに、このフロアでお前らのペットは暴れてたんだからな。何かしらの手段がないとここへは運べないはずだ」

 追い討ちをかけ、同時に眼前にナイフをチラつかせた。蛍光灯の光をその身に受け、ナイフは猛獣の目のごとく鋭い銀色の光を反射する。それだけで恐怖心を煽るのには十分だったのか、観念したように男は口を開いた。

「この部屋を出て、右に進むとT字路に出る。そこを左に進んで、更に次の角を右に曲がると、突き当りにただっ広い場所がある。その場所の正面の壁に付いてる入力機に暗証番号を入力すれば、壁が開いてエレベーターが作動するはずだ…」

「本当だな」

「ほ、本当だ!ただ、オレには番号まではわからない…」

 なるほど。まあ、そっちはどうにでもなる。

「お、オレが知ってるのはここまでだ…。他に喋れる事はもう…、」

「ありがとよ。じゃあな」

 ダン!

 響く発砲音。火薬の爆発で発生したガスの圧力により強力な運動エネルギーを帯びて撃ち出された弾丸は、鋭い矢となって皮と肉を突き破り、心臓という人間の根幹を射抜いた。白衣に開いた穴から、すぐに紅い液体が溢れ始める。

 男は何がなんだかわからないといった驚愕の表情を顔に張り付けたまま、死に至った。

 さっきまでもたげていた男の頭が、ゴトリと音を立てて落ちる。銃弾という名の獣が飛び出した洞穴から、鼻を突く臭いの硝煙が立ち昇る。ゆっくりと細くたなびき、やがて虚空へと消えゆく。

 倒れた男の白衣が、他の二人と同じように紅く染まっていく。じわじわと、紅の領域が広がっていった。まるで、真っ白の画用紙に誤って赤い絵の具をこぼしてしまったように。

「悪ィな。言い忘れてたけどよ…」

 自動拳銃をホルスターにしまう。

「オレは特警だ」

 答えが返ってくるはずはない。それでもオレは誰かに語りかけるように独りごちて、三つの死体に背を向けた。






 研究員から得た情報通り進むと、確かにただっ広い行き止まり出た。

 まず視界に入るのは高く聳える壁。加えて、何もない空間という不自然さを誤魔化す為か、あたかも物置きとして使っているとでも言いたげな雰囲気でダンボール箱が隅の方に数個積まれている。さりげなさを演出してはいるものの、真実を知った人間から見れば余計に不自然に見える。

 なるほど。ここなら巨大な機械を下から運んできてもスペースに困ることはない。隠されたエレベーターホール、という訳だ。

 一応敵の潜伏を警戒しながら、ゆっくりと壁に歩み寄る。足下の灯りだけでぼんやりと浮かび上がり、物々しい威圧感を放ちながらこちらを見下ろす障壁。触れてみると、冷気に晒されていたかのようにひんやりとしていた。

 先ほどの男の話によると、この壁のどこかに暗証番号か何かの入力機があるらしい。それを正しく作動させれば下のフロアに下りることができる、という事だ。

 まあ、パスワードなり暗証番号なりを知らない以上、『正しく』作動させる気はさらさら無いのだが。

「さてと…、」

 なんとなく声を出して、軽く息を吐く。

 まずは入力機を探さなくてはならない。あまり期待せずに壁を視線で撫でるが、それらしき物は見当たらなかった。当たり前といえば当たり前だ。あっさり見つかったらエレベーターを隠している意味がない。

 片手でパントマイムでもするかのごとく、壁のあちこちをライトで照らしながら左手だけで触っていく。セオリー通りに考えれば、壁のどこかに埋め込んで隠すのが定石だ。今まで見てきた中でも、そのパターンが一番多かった。

 探しながらも、右手で握ったデザートイーグルは通路側に向け、警戒を緩めない。ここは行き止まりだ。襲われたら逃げ道は無いし、大勢で囲まれたらさすがに危ない。神経という体中のセンサーを総動員して周囲の気配を探る。針を落としたような小さな音でも聞き洩らすつもりはなかった。

 やがて、壁に向かって右側の隅の方で、左手が僅かな窪みを探し当てた。指が一本入るか入らないかといった感じの、「少し傷付いてるだけ」と言われてもうっかり信じてしまいそうな本当に小さい窪みだ。よくよくライトで照らしてみると、その窪みのある位置を上底とした縦12cm、横10cmほどの四角形の筋がうっすらと確認できた。携帯電話のACアダプタを挿す場所を大きくした感じ、だろうか。

 ここを開ければ何かがあるというのは明白だ。そしてその何か、というのも、今さら言う事でもないだろう。

 ごくりと唾を飲み込み、微小な窪みに左手人差し指の爪を掛け、ゆっくりと手前に引っ張る。思いのほか軽い力で開いた。

 蝶番によって取り付けられた薄い金属製の扉を開くと、中は入力機という主が住まう、奥行き3cmほどの小部屋だった。

 電卓のような入力機には、10桁の数字が表示される横に細長いディスプレイ、0~9までの数字の書かれたボタンとEnterキー、そして…、

「よっしゃあった…!」

 USBコネクタ。プログラムの修正や暗証番号の変更の為に設置されているのだろう。しかし、このコネクタがあるおかげでオレは簡単にエレベーターを作動できる。

 携帯を取り出す。端末の側面のカバーを開けて、その中からケーブルを引っ張り出す。掃除機のコードのように、適当な長さまで出して固定した。

 携帯のメニューから【ソフト】を選び、引き出したUSBケーブルをコネクタに挿入して準備完了。

 開いたメニューの中にあるいくつかの項目から、【UNLOCK】と表示されたものにカーソルを合わせ、決定ボタンを押す。

 すぐに携帯のディスプレイが黒くなり、円の軌道をくるくると回る孤を描いた2つの青い矢印が、【CONNECTING】という文字とともに表示された。数秒後、その文字は【プログラム実行中】に変わる。

 十数秒待つと、今度は文字が【COMPLETE】に変わり、携帯はメニュー選択の画面に戻った。同時に、入力機のディスプレイに10個の『*』が表示される。それを見て、コネクタからUSBケーブルを抜いた。

 Enterキーを押すと、『*』が『認証中』の文字に変わった。2秒ほどして更にそれは『OK』となり、番号の認証を示した。

「さすがだな」

 携帯をしまいながら呟く。

 さきほど携帯で起動したソフトは、特警情報管理部開発の、俗に言うパスワード破りのプログラムソフトだ。USBや赤外線で通信できるタイプの機器なら、大概のパスワードや暗証番号はこれで突破できるらしい。

 目の前の壁が割れた。普通のエレベーターと同じく真ん中から分かれ、音もなく左右に開いていく。

 開ききった壁の中にあったのは金属の箱だった。天井に取り付けられた蛍光灯で、中は明るい。

 最後にもう一度通路を警戒して、出現したエレベーターに乗り込む。『閉』のボタンを押そうと指を伸ばした時だった。

 携帯が鳴った。






 飾り気も何もない金属の箱に乗って、ゆっくりと下降していく。ゴオオオオ、という唸りにも似た音を鼓膜に感じながら腕を組んで壁にもたれ、前を見ると、目に入るのはぴったりと閉まった扉と『開』、『閉』、『緊急用』のボタンだけ。それらの全てが、古い蛍光灯に照らされて淡いオレンジ色に光っていた。

 軽くため息をついて、目を閉じる。今さら緊張などしていないが、気がかりな事がある。さっきの電話の内容だ。

 携帯の着信は極からだった。要件は、新しい情報の通達。まずこっちの状況を聞かれたので、蜘蛛を倒した事。尋問の後、首謀者の所に向かっている事を告げた。

 極は「なるほど」と言って、しばらく電話の向こうでPCを操作し、話し始めた。

『それがな、どうも変なんだよ』

『変って?』

 釈然としないといった様子の極に問う。

『お前が今いる工場、今までに前科がないんだわ。前科があってこれから更になんかしよう、ってんなら納得いくけど、何もない組織がまだ起こしてもない犯罪でターゲットになるっておかしくないか? いくら情報が入ってても』

『言われてみれば…』

 確かにその通り。特警が担当するのは、単純に警察ではすぐに対処できない凶悪犯や、極悪としか言いようがない非道な事件等、発展した技術によって起こされた犯罪。基本的には激しい戦闘、もしくは強力な武力による制圧が必要と予想される時だ。いくら予想を超えるほどの犯罪ばかり起こる世の中とはいえ、よっぽどの理由がなければオレ達に仕事が入ることはないはずなのだ。

 突如現れた疑問に首を捻っていると、極は更に続ける。

『それだけじゃない。その工場、ちょっと前に何かのプロジェクトで失敗して、元からある機械を改造するとかならまだしも一から機械を大量生産する余裕なんてないはずなんだ。今お前から聞いた蜘蛛タイプの機械なら、せいぜい3体が限界だな。最近まとまった金が入ったなんて話もないし、前からそんな機械を作ってたなんて情報もない。どうもそこが腑に落ちないんだよな』

『そうか…』

 これも理にかなっている。何か元となる素体に手を加えるのであればコストは抑えられるものの、一から全て作るとなると無理だ。大量生産なんて口では簡単に言えるが、高度な機械を作ろうと思えばそれだけ金もかかる。

 さっきの蜘蛛を思い出す。切り替え式の兵装に、天井を這う能力、本物の蜘蛛のような滑らかな動き。あれだってかなり高性能な機械兵器だろう。所長は確かに電話で『大量生産』と言った。3体が限界なのに大量生産というのもおかしな話だ。そう考えると、極の疑問は的を射ている。

『確かに変だな。所長もまさかたった3体で大量生産なんて言わないだろうし』

『うーん、所長…。所長なぁ…』

『どしたい』

 不意に唸り始めた極に若干驚きながら聞く。

『いやな、所長、なんか知ってそうなんだよ』

『なんかって?』

『どうも腑に落ちねーから、今の話所長にも聞いてみたんだけどよ。したら、なんとなーくはぐらかすんだよなー。無理に核心に触れないようにしてるっつーか』

『核心ねぇ…』

 なるほど。間違いない。所長は全て掴んでる。さっきも電話で『証拠は既に掴んだ』とは言いつつその内容は何も言わなかった。気にはなるが、今は知る必要がない、という事だろう。あるいは、その時になれば自然とわかるという事か。いずれにせよ所長の口から言う事ではないようだ。

『いいよ。それだけわかれば十分だ。ところで、ちょっと調べて欲しい事がある』

『何? 人物関係ならすぐに出るけど』

『察しがいいな。狩野庄司、ってヤツのデータ。この工場の責任者らしい』

 要求を伝えると、極は「ちょっと待ってろ」と言ってPCを操作し始めた。電話口の様子が見える訳ではないが、カタカタとキーボードを叩く音で察することができる。

『出た。狩野庄司、35歳。当然ながら男。経歴は…、』

 十数秒で再び端末から極の声が聞こえた。

『けっこうスゲーな。海外の一流工業大学卒業の後、日本で今お前がいる工場を設立。また、独学ながらも人体、生物に関する知識に精通しており、そのレベルは医師免許の所得も可能と言われるほど。その知識を生かして生物的な機械の開発による事業を行う。なるほど、蜘蛛型の機械ってのも経歴を見れば頷けるな』

 オレから見ればその経歴は『けっこうスゲー』なんてレベルじゃないのだが、極くらいの人間から見ればそんなもんらしい。なんかムカつく。

 しかし、そういう事なら極の言う通り、機械蜘蛛という存在にも納得がいく。となると、地下で大量生産しているとされる兵器もなんらかの生物に関した機械である可能性が高い。

 あんまり凶暴な生物を模してあったら嫌だなー、とか思っていると、極が口を開いた。

『と、お前に関係ある情報はこんなもんだ。特に戦闘訓練を受けてたって記録もないし、頭で生きてきたタイプだな。まあ、オレくらいのレベルになれば頭だけじゃなくて多様な才能を発揮した素晴らしい人生を…、』

 ピッ。

 鬱陶しい自慢話が始まる前に通話を終わらせる。黒い二つ折りの端末を閉じ、ポケットにしまう。

 そうして今に至る訳だ。目を開けて再びため息をついた。地下二階は相当深い場所にあるらしく、エレベーターを未だ下降を続けている。

 正直、疑問が増えすぎて頭がこんがらがってきた。大きな工場にしては少ない人員、前科もなしにターゲットになる理由、大量生産における資金面の問題等、考えれば考えるほど深みにはまっていく気がする。現時点での情報では結論を出せそうにない。所長も黙ってないで教えてくれればいいのに…。

「百聞は一見に如かず、って事か…」

 真実は自分の目で確かめろという事だろうが、土壇場で戦闘員に余計な疑問を持たせてどうすんだ。組んでいた腕をほどき、呆れて首を横に振る。

 腹の中で毒づきながらも、徐に視線を下に向け右腰に吊ったリボルバーに触る。銃口の向いた相手に容赦無く牙を剥くそれは、発砲時の熱など忘れているかのように金属特有の冷たさを右手に伝えた。黒光りする金属の銃身が、その牙をこちらに見せつけるかの如く威圧感を放つ。まるで、オレに「迷うな」とでも言っているようだ。

 ああ、そうだよな。グダグダ言ってる場合じゃねぇ。もう一暴れしなきゃな。

 心の中で呟き、深呼吸を二、三度繰り返すと、体の中を程よい緊張感が満たしていくのがわかる。コンディションが抜群な時に試合に臨むような気分。なぜだか負ける気がしない。そんな感じだ。

「上等だぜ所長…!」

 アンタが言わないなら、望み通り自分の目で見て理解してやろうじゃねーか。

 背面のホルスターから自動拳銃を右手で抜き、安全装置を外す。同時に、ポンと軽い電子音が機内に響き、目的のフロアへの到着を告げた。

 扉が、乗った時と同じように真ん中から左右に開いていく。壁によりかかった体を起こし、ゆっくりと戦場へ踏み出した。


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