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VS〜コノヨノコトワリ〜  作者: TERIS
FILE1:『意義』
6/33

FILE1.5:夜の蜘蛛

自分にしてはかなり早いペースで更新している気がするんですが、今は時間がある為、できるだけ早く書いていこうと思います。

「この辺か……」

 キィッ、と高い音を響かせながらいったんバイクを停める。ヘルメットを外し、到着した場所を見回した。





 みつきと別れた後、オレはバイクを走らせて、所長の指示通り東地域の工場街に来た。本町よりも遠くにあるこの場所は、海に面している為に工場の多く建ち並ぶエリアとなっている。

 一言、色で例えるとしたら、「灰色」が一番しっくりくるだろう。派手さは全くといっていいほどなく、ただ機能性だけを求められた建造物が所狭しとひしめき合っている。曇った空の暗さも、そのイメージを助長していた。

 ある意味本町と正反対の場所だ。さっきまでいたきらびやかな通りとのギャップに少し戸惑う。

「さてと、」

 誰もいない廃工場の陰にバイクを停めて、これからの作戦を練る。今回の任務は中型工場の制圧だ。てっきりチームで乗り込むのかと思ったが、一人でやれとのことらしい。当然抗議したものの、所長の「人員不足だ」の一言でその抗議は無意味と化した。

 まあ、グダグダ言ってても意味はない。今まで何度もあったことだ。

 とりあえず、装備を確認する。オレのメインウエポンは、拳銃が二丁。

 .357口径オートマチック、黒いデザートイーグルに、改造して.45口径にしたリボルバー、コルト・パイソン6インチ。一応、連射性の自動拳銃、威力のリボルバーということらしい。両方父さんの形見だ。今までの三年間、ずっと一緒に闘ってきた。その拳銃を、リボルバーは右腰のホルスターに、オートマチックは背面のベルト部分に付いたホルスターに、グリップを上にして装着する。

 あとは、手榴弾やナイフ等、特警隊員としてはオーソドックスな装備だ。人によってはライフルやサブマシンガンなんてのを使う隊員もいるが、オレの戦闘スタイルは両親仕込みの近接戦闘(CQB)メインの為、こういった身軽な装備にしている。

 弾が装填されている事、安全装置がかかっている事を確認し、立ち上がる。ここからは歩きの移動になる為、バイクはしっかりとロックをかけ、目立たない工場の奥に停めた。

 と、ちょうど立ちあがった瞬間、仕事用携帯に電話がかかってきた。

 ディスプレイを見ると、『極(情報管理部内電話)』の文字があった。

 ピッ。

「はい、日向」

『こちら藏城。どうだ? 着いたか?』

 どうやら今日は極が駆り出されているようだ。普段はふざけていても、極は情報管理においてはプロフェッショナル。仕事の相棒としては心強いことこの上ない。

「ああ。エリアには着いてる。詳しい場所は所長から聞いてないんだけど、そっちで上がってるか?」

『当然。その為に電話したようなもんなんだからよ。お前、その辺の地理は頭に入ってるよな?』

「おう。だいたいの場所言ってくれればわかる」

 極は「わかった」と言うと、どの辺りに目的の工場があるか言い始めた。

『今GPSでお前の位置確認したけど、お前がいる廃工場から近いぞ。西に歩いていって三番目にある工場だな』

 西に三番目……。確かに近いな。

『加えて、今んとこ入ってる情報を言っとく。まず、建物自体は結構広い。一階層ごともそうだが、全部で上に三階、地下に二階だな。問題になってる機械兵器の製造は地下でやってるらしいから、上の方は無視していいそうだ。あと、チンピラ雇ってるって話だが、地下を警備してるのは数人らしいぞ。多分機械の情報を外部の人間に知られるのはマズイとかそんな理由だと思うが。代わりに、開発された機械兵器の完成品がその辺りを守ってるとの情報が入ってる。とりあえずこのくらいだ』

 さすが特警情報管理部。仕事が早い。それだけの情報があれば、オレ達戦闘員は随分と闘いやすくなる。

「今回は機械か……」

 人ではない分、気持ち的には楽なのだが、銃弾が効きにくい為に若干闘い辛い相手ではある。

「わかった。またなんか情報が入り次第連絡くれ」

『あいよ。またな』

 ピッ。

 「切」を押し、通話を終了した。すぐに携帯を閉じ、ズボンのポケットにしまう。

 さて…、

「行くか……」

 西に向かって歩き始めた。





 建物の陰から、目的の工場を観察する。

 極の言った通り、結構大きな工場だ。中型と言っても、ギリギリ中型といったところか。

 上の方に位置する巨大な煙突からは、黒なのか灰色なのかよくわからない色の煙が絶えず空に昇っていた。

 当然だが、正面玄関の前にはガードマンがいる。こっちも正面からのこのこ入る予定はないからさしたる問題ではないが。

 どっから入るか……。

 セオリー通りに行くならやっぱ裏からだよな…。そう思っていると、携帯に再び着信があった。振動がすぐに止んだことから、メールであるということがわかる。

 受信ボックスを確認すると、やはり極からだった。本文を開く。

『建物内部の見取り図が手に入った。添付しとく』

 文章と共に数枚の画像ファイルが添付されていた。一枚一枚確認する。

 特警の携帯は通信用としての機能はもちろんろこと、その他にもいろいろな機能がついている。

 その機能のうちの一つとして、『超画質』がある。その名の通り、ディスプレイに表示しているとは思えないほどもの凄い画質で画像や映像が見られるのだ。拡大、縮小しても小さな文字までくっきり見える。地図や証拠映像などのやりとりがある為に付いている機能だが、改めて昨今の日本の技術力には驚嘆させられる。

 その他にもボイスレコーダー、簡易通信妨害機能、声紋記録、変声機能等、用途は限定されるものの、そこらの安いパソコンよりは確実に高性能にできている。

 極から送られてきた見取り図も、その『超画質』の恩恵に与って綺麗に見ることができた。裏手に通風用の金網が張られた窓があり、そこからなら金網をブッ壊せば入れそうだ。

 『了解。助かった』と簡潔な内容で返信し、携帯を閉じる。

 工場をチラリと一度見て一歩を踏み出した。






 ガードマンに見つからないように、他の建物を大きく迂回して目的の工場の裏手に回り込んだ。まずは金網を……、

「うおっと!」

 すぐさま工場に接近しようとしたが、慌ててやめる。裏には安そうなスーツを着たガラの悪い男が立っていた。十中八九例のチンピラだろう。

 しかし、幸いにも相手は一人。うまくやれば中にばれることはない。

「よし……」

 地面に落ちていた石を手にとる。しっかりと建物の陰に身を隠し、その石を斜め上に投げた。

 約四十五度の角度でオレの右手から放たれた石は、チンピラの頭上を通過し、オレがいるのとチンピラを挟んで反対側の地面に落ちた。

 カツン。

 地面との衝突によって石が立てた音に反応し、「ん?」と声を出しながらチンピラがそっちを向いた。

 その瞬間を見逃さず、オレは隠れていた場所から飛び出し、隙だらけのチンピラの心臓に後ろからナイフを突き付けた。

 ドス。

「っぐ……!」

 小さく呻く声が聞こえた。同時にナイフが刺さった体がビクンと震える。数秒後には絶命するであろう男の最後の脈動が、ナイフ越しに伝わる。

「かっ……、はっ……!」

 とどめを刺す為にナイフを捻じる。男は吐血し、数秒の後に動かなくなった。

ナイフを死体から抜き、既に動かない男の服で血を拭う。

 特警の任務は、鎮圧と名がつこうが制圧と名がつこうが、基本的に全て目標は殺害することが仕事となる。かなり乱暴な言い方をしてしまえば、死刑になるような犯罪者しか相手にしないオレ達の仕事は、公開処刑も同然なのだ。その為特警隊員は、「躊躇いなく人を殺すこと」を徹底的に叩き込まれる。

 おかしな話だ。人を殺す犯罪者を、殺しをもって排除する。いくら警察でも手に負えないような凶悪犯罪者を相手にするからといって、暴力に暴力で対抗して何になるのか。

 だが、オレはそんな中でも生きていくと誓った。このバカげた世界から、世の中から、生活を護る為に。理不尽と知っていてもオレは立ち止まることなどできない。

 倒れた男を一瞥して、オレは侵入作戦を始めた。




 金網はすぐに見つかった。ちょうど頭の上くらいの場所に、通風口をふさぐように取り付けられていた。

 通風口と言ってもそこそこ大きく、人が一人なんとか通れそうなほどのスペースはありそうだった。

 問題はどうやって金網を外すかだ。手榴弾をブッぱなしてもいいが、あまり派手に暴れると侵入する前に警戒されて、中に入るどころではなくなってしまう。入ってしまえばこっちのものだが、そこまでのプロセスは重要と言える。

 コツコツと金網を叩いてみる。強度はかなりありそうだが、網目の一つ一つは小さかった。となると……、

「切るか」

 防弾ベストの胸ポケットから道具を取り出す。オレ達が『万能ナイフ』と呼ぶこの道具は、見た目は普通のツールナイフとか、何徳ツールとか言われるものが少し大きくなったようなのだが、これも日本の技術の賜物。やはり多くの機能が付いており、その数も強度も通常のものとは比べ物にならない。

 そのうちの一つ、金属切断用のブレードを引っ張り出す。黒く塗られたブレードは、持っているオレでさえ、不気味だという印象を抱いてしまう。

 近くにあったプラスチック製の小型コンテナを踏み台にして、顔の目の前に金網がくるようにした。その網に刃を突き付ける。

 力を込めて押したり引いたりを繰り返す。ギリギリという音と共に、削られた金属粉が落下していく。網目が小さいおかげで割と楽に刃は進んだ。

 十数分その作業を繰り返すと、金網は外枠だけを残して外れた。通行可能となった通風口は、先がまったく見えず、深い洞穴のようだった。

 まあ、侵入の手立てはこれで整った。あとは中で暴れるだけだ。

「っし」

 夜光塗料でぼんやりと光る腕時計で時間を確認し、通風口に手をかける。懸垂の要領で体を持ち上げると、そのまま侵入を開始した。

 現在時刻、五時二十分。






 本来なら風の通り道だから当たり前なのだが、灯りがない通風口はやはり暗い。狭い中でなんとか体を捻って、ベルトに付けたポーチから小型のLEDライトを取り出しスイッチを入れる。白い光が伸びて、暗黒の空間を照らした。

 数分そうして進んでいると、やっと先の方に光が見えてきた。ライトのスイッチを切って、急いでその光に接近する。

 やはりこの通路は中につながっていたようだ。行きついた先にはさっきと同じように金網でふたがしてあり、その向こうは工場内の一階になる。

 音をたてないように金網越しに内部を覗く。中は薄暗い。申し訳程度の照明の下、先ほどのヤツと同じようなチンピラが二、三人うろうろしていた。

 侵入する時は慎重に事を運んだが、入った後は派手に暴れて混乱させた方が戦いやすい。ここもいっちょド派手にいくか……。

 出口(通風口に出口も何もあったもんじゃないが)をふさいでいる金網を見る。建物側から見れば今オレがいるのは金網の内側になる為、ネジがついていた。

 再び万能ナイフを取り出す。この道具の凄いところは、こんなにコンパクトで多機能なのに、いくつかの機能は電動であることだ。どういう仕組みになっているのか興味はあるが、今はそんな事を気にしているヒマはない。

 ネジに合わせてプラスドライバーを引き出す。スイッチを入れると、音も立てずにそのドライバーは高速回転した。

 作動確認を終えると、ドライバーの出っ張った十字を、ネジの窪んだ十字に合わせる。軽く押しつけ、スイッチを押す。ほとんど音を立てずにネジは回転した。

 その作業を八回繰り返すと、全てのネジが外れた。あとはこの金網を蹴破って突入するだけだ。

 狭い中で、関節が外れるんじゃないかと言うほど体を無理矢理縮めたり伸ばしたりして、金網の方に足を向ける。右手には自動拳銃、左手には手榴弾を持って準備完了。

 一度深呼吸して気を落ち着かせ、縮めた足をバネのように勢いよく伸ばす。

 オレの足からの運動エネルギーをまともに受けた金網は、けっこうな勢いで建物内部にふっ飛んでいった。

 一瞬の後に、

 ガラン!

 床に衝突した金網が激しい音を立てる。チンピラが何か叫んでいるのが聞こえるが、構わずピンを引き抜いた左手の手榴弾を投げ込んだ。

 ドバン!

 金網が立てた音など比ではないほどの爆発音を上げて、手榴弾は爆発した。同時にオレも建物内に踊り込む。

 床に着地すると、まず目に入ったのは間近で手榴弾を喰らって既に絶命した三人の男だった。うち一人は腕が飛んでいる。

 どこからかビーと耳障りな音が聞こえた。警報が作動したらしい。

 その音か、はたまたさっきの爆発音を聞きつけてきたのかはわからないが、数人の男が角を曲がってきた。

 が、

 ダン!ダン!ダン!

 素早く三連射したオレの銃弾によって、その男達もすぐに息絶えた。白い廊下のところどころに紅い花が咲く。

 極の話だと、問題になってるのは地下だ。メールに添付されていた見取り図を思い出す。

 警報が作動した今、おそらくエレベーターの使用は望めない。ならば…、

「階段……!」

 血の海を乗り越えて、オレは階段に向かった。






 右手に自動拳銃を提げたまま廊下を疾走する。途中、数か所に設置されていた防犯カメラは全て銃弾で粉砕した。

 いくつかの角を曲がったところで、拳銃を構えた男とはち合わせた。こっちを見て「いたぞ!」と声を上げる。同時に構えていた銃の引き金を引いた。

 距離はそんなにない。死にはせずともどこかしらに弾が命中するほど近さだ。しかしオレは、

「っふ!」

 かわした。殺傷対象を失った銃弾が、オレの後ろの壁を削る。

「な……、」

 発砲した男が驚いているのがわかる。それなりに近い距離で外したのだ。驚くのも無理ないだろう。

 が、特警が凶悪な犯罪者に対抗できる理由はこれにある、と言っても過言ではない。戦闘員は特に、相手の武器の『軌道を見切る』訓練に莫大な時間を費やす。オレのような近接戦闘型ならなおさらだ。両親が特警だったこともあって幼い頃からその訓練を積んできたオレには、相手の銃口から、弾丸の軌道が一直線に、まるでレーザーポインターでも伸びているかのように見える。相手が撃つ瞬間にその軌道から体を外せば、銃弾はかわせる。

 ダン!

 男が呆然としたその一瞬の隙をオレは見逃さなかった。カウンター気味に銃弾を放つ。

「が……、」

 眉間を撃ち抜かれた男は、小さく声を上げた。銃を構え、腕を前に出したままの体が、ゆっくりと後ろに倒れていく。

 その様を見ていると、向こうの方からバタバタと足音が聞こえた。増援が来たらしい。

 その増援が、オレがいる場所から数十メートル前の角を曲がろうとした瞬間、手榴弾のピンを歯で引き抜いて投げる。

 ドバン!

「ぐあ!」

「くっ……!」

 爆発音が響き、数人の断末魔の叫びも聞こえた。自動拳銃から空になった弾倉を外し、ポーチから新しい物を取り出す。グリップ内に押し込みコッキングすると、カシャン、と乾いた音を立てて薬室に一発目が送り込まれた。

 再装填(リロード)を完了すると、手榴弾を投げ込んだ曲がり角に向かって走る。

 その角を曲がると、床に原形を失った人間が数人倒れていた。血液や脳漿が飛び散っている。

 無言でそれを一瞥すると、階段を探して再び走り出す。






 ダラララララララララララ!

 途切れることのない射撃音と共に、隠れている壁がカンキンと音を立てて削られていく。

 見取り図を頼りに進み、ようやく階段を見つけたと思ったら、サブマシンガンを持った研究員に見つかってしまった。

 普通ならそんなもの工場にあるわけがないが、テロ機械に搭載する為のものだと考えれば合点がいく。

 さすがに拳銃でサブマシンガンに突っ込んで勝てるわけはない。さっきから弾切れの瞬間を狙おうとして隠れているが、相当の装弾数があるようでなかなか射撃音が止まない。

 一瞬でも引き金から指を離させれば反撃できる。さてどうするか……。

 思案しながらポーチを探っていると、手を触れたものがあった。

「お……」

 それを取り出す。限界まで小型化された為に、掌に収まるほどの大きさになった卵型の物体。黄色のボディーに小さく「L」と書かれている。閃光弾だ。

 地面にぶつけたり、銃で撃ったりして衝撃を与えると破裂し、強烈な閃光を発する。主に攪乱用だが、この薄暗い通路で注意を逸らす為にはもってこいだ。

 右手にリボルバーを持ち、左手で閃光弾を投げ、目を腕で覆う。

 それに注意が向いたのか、無意味に壁を削っていた銃弾の嵐が宙を舞う黄色い卵へと対象を移し、一瞬のうちに射ぬいた。

 刹那、眩い光の奔流が溢れ出し、狭く薄暗い廊下を白く染める。昼夜が逆転したかのように、一瞬で明と暗を入れ替えた。

 その光の奔流は始まった時と同様、刹那の間に止んだ。目を開けると、射撃音は止まっていた。

 即座に飛び出す。今までサブマシンガンを操作していたであろう研究員は不意の出来事に呆然としており、オレを認識するのが遅れた。慌てて銃を構え直すが、もう遅い。

 体勢を低くして走り寄り、右足で相手が持っていたサブマシンガンを蹴り飛ばす。ガシャンと耳障りな音を響かせて、黒光りする銃が落下した。

「くそっ!」

 武器を失って逃走を始める研究員。その背中に、

 ずだん!

「か……、」

 リボルバーで一発発砲。背中に向かって左側、つまり心臓部分を撃ち抜かれた研究員は、物言わぬ死体となって床に倒れ込んだ。すぐにその床を紅いものが染めていく。

「ふー」

 一階の制圧は完了かな。

 床に落ちたサブマシンガンを拾う。一応持っていこうかと思ったが、残弾が中途半端だったからやめた。

 再び床に置き、リボルバーで機関部を二発撃つ。他の人間が拾っても使えなくする為だ。弾倉も抜いて、近くのゴミ箱に捨てた。

 しかし、さっきから派手に暴れているが、予想していたほど攻めてこない。もっと大勢でかかってくるかとも思ったけど、考えすぎだったか?

 少し疑問に思いつつ、階段を下り始めた。






 長い階段を下り終えると、そこは一回よりも更に暗かった。足下に申し訳程度についている灯りのおかげで、かろうじて床が見えるくらいだ。

 元々電気がついていないのかと思ったが、小型ライトで天井を照らしてみるときっちり蛍光灯は設置されていた。警報が作動すると消えるようになっているのだろうか?

 耳を澄ます。音どころか、人の気配すらしない。オレが入った混乱に乗じて逃げたのか、それともうまく潜伏しているのか?はたまたこの工場に最初からそこまで多くの人間がいなかったのか?現時点では定かではない。

 とりあえず、ライトは消した。暗い中では、ライトを使って敵を認識するより先に、こっちが見つかってしまう。訓練のおかげで、暗い中でもすぐ視界は確保できる。暗視スコープがあるとなおよかったが、生憎今日は持ってきていない。

 数秒すると、視界がよくなってきた。少し先までなら見通せる。右手のリボルバーを自動拳銃に持ち替え、慎重に歩を進める。

 しばらくそのまま歩いていたが、ふとした拍子に、見取り図に「動力室」の文字があったのを思い出した。暗いのに慣れていても、やはり明るいにこしたことはない。探して電気を点けてしまおう。

 そう思って携帯を取り出し、見取り図の添付ファイルを開こうとした時だった。

「!」

 通路の先の方で、何かが赤く光った。同時に、バシュッと音がする。

 本能的に危険と判断し、携帯をしまって横に転がってかわした。立ちあがってライトを点けてみると、グチャリと気持ち悪い破裂音を響かせて、さっきまでオレが立っていた場所の後ろの壁に何かがべっとりと付いていた。

 耳を澄ますと、その壁からシュー、と小さな音が聞こえた。よく見ると、融け始めている。

「酸か……!?」

 その何かを撃ち出したであろう赤い光に目を向ける。気づけばその光は少しずつこちらに接近していた。

 でかい蜘蛛だ。第一印象はそれだった。だんだんと近寄って来たそいつを、オレはそう認識した。

 体長二メートルほどの機械の蜘蛛だ。六本の長く細い足が生えている。ギチギチといびつな音をたてながら、本物の蜘蛛のように歩いてきた。見ただけでは機械とはにわかに信じられないが、体を覆う黒い金属板が反射する不気味な光と、不自然に赤い光る目がそれを物語っている。

 歩き方に全く違和感がない。見た目さえ近づければ機械とは誰も思わないだろう。

 その機械蜘蛛は、まるでオレが見えているかのようにこっちに頭を向けると、口だと思われる部分から再び何か撃ち出した。

「チッ!」

 またも転がって避ける。

 撃ち出した瞬間、見えた。ヤツが撃ってるのは野球のボールほどのカプセルだ。中には酸、それもかなり強力なものが詰まっていると、さっき融けていた壁の様子を思い出して予想をたてた。

 人間がほとんどいなくなったのはコイツに戦わせる為か!?

「っらえ!」

 ダン!

 転がった状態から即座に膝立ちになり、自動拳銃で発砲する。

 が――、

 ガキン!

「な……」

 弾かれた。強固な金属装甲に守られたボディーにはキズ一つ付かなかった。

(マジかよ……)

 テロ機械の名は伊達じゃないってことか!

 そう考えている間にも、蜘蛛は酸のカプセルを撃ち出す。横にステップして避ける。銃で撃ち落とすことはできるが、中の酸が飛び散る恐れがある為利口な選択とはいえない。

 敵の攻撃はそこそこ激しいが、避けてばかりではいられない。極が前に言っていた対機械戦闘のコツを思い出す。

『とりあえず、テキトーに接合部狙えばなんとかなる気がする。ウィッシュ!』

 なにげなく言われたことだったが、ひどくグダグダかつムカツク説明だったからよく覚えている。それと、もう一つ。

『センサーの感度には注意を払った方がいいな。鈍いセンサーだったら戦いやすいだろうし、感度のいいやつだったら苦戦すると思うぜ』

 そこで教えてくれたのは、きちんと人間を感知する『感度のいい』センサー、動くものを認識する『今の技術力からすると鈍い』センサーだけだった。「もっと教えろ」と言うと、「今資料がない。だいたいそれが人に物を頼む態度か。バーカバーカ。教えて欲しかったら『教えてください極お兄様』と言ってみ……、」と言っていた。途中でセリフが途切れているのは、無論オレが殴ったからである。

 攻撃あるのみ、か。自動拳銃を構え、蜘蛛の左前脚の付け根、すなわち接合部に狙いをつける。

「なんとかなるんだろ極ィ……!」

 ダン!

 発砲する。

 ギン!

 甲高い音を響かせて狙い通りの場所に命中した。が、まったく止まる気配がない。

「チッ!」

 ダダダン!

 一発にしか聞こえないほどの速さでもう三発連射するが、機械蜘蛛は一瞬ぐらついただけで止まることはなかった。

 やっぱ生半可な攻撃じゃ意味ねーか。ならまずはセンサーの見極めだな。目の前で何か物体を動かしてやればどっちのセンサーかわかるだろう。囮にする為に、さっき銃から抜いた空の弾倉を取り出す。

 こいつを投げて……、

 そう思って蜘蛛の方を向いた。

 しかし――、

「あ!?」

 蜘蛛がいない。さきほどまで狭い廊下を這い回っていた殺人兵器が、まるで神隠しにでもあったように姿を消していた。

「どこだ…?」

 耳をすますと、どこからかカサカサという微かな音が聞こえた。わずかな物音にも隠れてしまうほどの小さな音だ。動きを止めなければ絶対に聞こえなかっただろう。

(上か!)

 バシュッという音がするのと同時に、バック宙からのハンドスプリングで後ろに下がる。コンマ何秒か前までオレが立っていた場所が酸に融かされていく。

「天井とか、ありかよ……」

 変にリアルな機械。ふざけた技術だ、と呆れたとき、天井にはりついた蜘蛛からガチャン、と機械音がした。目の部分の赤い光が、緑に変わる。

(なんだ……?)

 蜘蛛の中の何かが変化したのは明白だが、音と光だけでは判断できない。警戒し、身構える。

 次の瞬間、

 ダラララララララララ!

「っぶね!」

 弾丸の雨が降り注いだ。マシンガン。さっきの音は武器を変更する為のものだったようだ。

 反射的にかわし、近くの壁の陰に隠れる。途端にマシンガンの連射は止まり、再びカサカサと天井を這い回る音がし始めた。

 まあ、ちょうどいい。これでセンサーを見分けられる。

 さきほどサブマシンガンを持った男に閃光弾を投げたときのように、空の弾倉を廊下に向けて投げる。もしこれに反応して撃てば鈍いセンサー。無反応なら高性能なセンサーということになる。

 空中に投げだされた弾倉は、

 ダラララ!

 ちょうど一番高く上がったところで蜘蛛が撃ったマシンガンに射ぬかれた。ボロボロになった金属の箱は、どこかへ転がっていってしまった。

(よっし。なんとかなりそうだな)

 どうやら、『鈍い方の』センサーだったようだ。動くものは無差別に攻撃する。その単純な性質なら、まだオレでも対抗できる。

 問題はどうやってトドメを刺すかだ。あの強固な装甲の前では、拳銃はたいして意味をなさない。セオリー通りに体内に強力なエネルギーを叩き込むしかなさそうだ。

 ならばオレができることは一つ。さっきの脚への集中連射で、接合部はぐらついてるはずだ。敵の眼前で手榴弾をブッぱなしてセンサーを壊すのと同時に脚の一本を無力化し、天井から引きずりおろす。落ちてきたところでヤツの武器射出口からリボルバーをブチ込んで、ゲームセット。

 ただ、この作戦では初撃の手榴弾を、『相手がオレを認識するより早く当てられるか』が重要になってくる。スピード勝負に負ければ、オレはマシンガンでハチの巣にされて終了。一瞬の判断で生死が決まる。しかし、現時点ではこれがベストの選択だと思う。リスクを気にしては勝利はない。

 そうときまれば早速準備だ。ポーチから手榴弾を取り出す。

 最近の手榴弾は技術の進歩もあってか、爆発までの時間を0~5秒までの間で任意決定できる。ピンを抜いた瞬間に爆破、といった芸当も、いちいち専用の物を持ってこなくても可能なのだ。

 ピンの根元に付いているダイヤルを「0」に合わせる。あとはピンの輪っかに長いワイヤーを結び付ければ準備完了。

 準備を終え、リボルバーを抜いた時だった。天井を這い回る音が大きくなったかと思うと、しゃがんでいたオレの周りに黒い影が落ちた。

 ハッとして動きを止める。目だけ動かして上を見ると、巨大な蜘蛛が角を曲がって頭上を這っていくところだった。暗闇に浮かぶ緑の光がなんとも不気味だ。

 呼吸を止めて蜘蛛が通過するのを待つ。とりあえず動かなければ安全だ。

 そうしていると、ついにオレの上に蜘蛛がきた。やるなら今しかない。

 機械は確かに、痛みも感じない。感情もない。人を殺すという事においては、最も適した存在かもしれない。

 しかし、機械にオレ達が勝る唯一のモノ。それは経験だ。経験があるからこそ、現場で生き抜く為の柔軟な対応をとることができる。

 この一瞬の勝負がそのいい例だ。機械はプログラムされた速度を超えることはできない。だが、オレは自分次第でそれを超えることができる。

 なら、超える……!

 立ち上がり、手榴弾を天井の蜘蛛に向けて投げた。同時に蜘蛛はこちらに頭を向ける。

(よし、オレの方が速い!)

 蜘蛛の眼前に手榴弾が位置したところで、オレはピンに結ばれたワイヤーを勢いよく引いた。

 慣性の法則によって爆弾は空中で動きを止めたが、直接力を加えられたピンの方はそうはいかない。キン、という軽い音と共にワイヤーによって爆弾本体から引き抜かれ、起爆装置を作動させる。

 ドバン!

 ダイヤルを「0」秒に設定された手榴弾は、その設定に従って爆発した。溢れ出した爆風が、蜘蛛の目の前で炸裂する。

 バキン、と音がして何か落ちてきた。見ると、蜘蛛の細長い脚が一本落ちていた。同時に、センサー部を覆っていたガラスと思しき物がパラパラと降ってくる。

 天井に張り付いていた状態で脚を一本失った蜘蛛は、バランスを崩して天井から離れた。それはつまり重力に身を任せたということであり、金属の巨体は自由落下を始める。

 ドガシャン!

 一秒もかからないうちに蜘蛛は地につき、凄まじい衝突音を立てた。落下の衝撃で脚が変な方向に曲がっている。

 が、それをぼんやりと観察しているヒマはない。即座に、スクラップになりつつある機械蜘蛛に駆け寄る。

「夜の蜘蛛は殺すと不幸になるとかなんとか言うけどよ……、」

 酸のカプセルやマシンガンを吐き出していた口の部分にリボルバーの銃口をねじ込む。

「……、元々堕ちてる人間なら関係ねーよな……」

 ずだん!ずだん!

 体内に向けて高威力、高貫通力の弾丸を二発撃ちこむと、微かに機械音を立てながら目の光を消した。それはすなわち、動作の停止を表し、機械にとっての死である。

 人間を殺す為に作られた蜘蛛は、オレという人間の手によって、死んだ。


バトルに入りはしたんですが、描写が難しくて困ってます…。

次回もバトルの予定です。

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