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VS〜コノヨノコトワリ〜  作者: TERIS
FILE1:『意義』
5/33

FILE1.4:戦場へ

時間があったので、早めの更新。

次でバトルに入ります。

 飯も食べ終わり、喋ったりトランプやったりしていつも通りの昼休みを過ごしていると、昼休み終了を宣告するチャイムが鳴った。

「お、もう時間だな」

 極が腕時計を見ながら言う。周りの生徒達もバラバラと移動を始めていた。

 パンの袋やジュースの紙パックを片づけ、ゴミ箱に放り込む。

「さて、教室帰ろうぜ」

「そうだね」

「私先に行くね。ウチのクラス次移動だから」

 徐に美咲が立ち上がる。

「極、帰りはさっさと迎えに来てよね」

「了解」

「それじゃね、光月」

「うん。じゃーね美咲」

 ひらりと手を振ると、美咲はひと足先に戻っていった。

 残ったオレらは、話しながら教室に戻る。テレビの話だったり、オレとみつきの事だったり、来週のテストの事だったり。他愛のない話題でも楽しいものだ。

 しかし、楽しい時間はすぐ終わるというのが世の常。すぐに二年生の廊下に戻ってきた。悟は2-1なので、教室の前で別れる。

 教室に入ると、クラスの三分の二は席についていた。

 オレ達も自分の席に座る。

「五時間目なんだっけ?」

「数学だな」

 座った瞬間、みつきが誰となしに問い、極が答えた。

 やだなー数学。教科自体は嫌いじゃないけど、センセが絶対からかってくるし…。

「なんだ。嫌そうだな友」

「そりゃあんだけ授業中ネタにされりゃ嫌にもならぁな」

 マジメに授業受けてるこっちの身にもなって欲しい。

「私は数学はあんまり好きじゃないけど、玉本先生の授業は好きだよ? 楽しいし」

「みつきはな」

 何されるかわかんないからおとなしくしとこう。

 そう決意を新たにした時、ちょうど玉本先生が入ってきた。日直の指示に従い、起立、礼、着席の流れを終える。

「おーし、プリント出せー」

 前の時間に出ていた宿題のプリントの事だろう。先生の一言でみんなバラバラと動き始める。

「みつき、出してくる。貸しな」

「あ、ありがと」

 みつきはまだ教科書とかを準備している途中のようだから、いっしょに出してやることにした。差し出されたプリントを受け取る。

「友、オレのは?」

「お前は自分で出せ」

 後ろから文句言う極はスルー。

 規則正しく配置された机の間を縫って教卓に向かい、プリントを提出する。

「センセ、これオレとみつきのな」

「おうおう。優しーなカレシさん。その仏頂ヅラは照れ隠しか? ん?」

 先生がニヤニヤしながら言う。のっけからかよ。うぜぇ……。

 真面目に反応するのもバカバカしい。テキトーに愛想笑い浮かべ、軽く肩をすくめてさっさと逃げた。

 行きと同じく机の間を縫って自分の席に戻る。前の方の席で、今のオレと先生のやりとりを見ていたヤツにニヤニヤしながら二、三回小突かれた。

 やっとの思いで席に着き、ため息を長めに吐く。

「どうしたのゆう? 具合でも悪い?」

 右隣からみつきが心配そうな顔でオレに尋ねた。本気で心配しているようだ。どうもみつきは、普段ふざけててもオレの体調とかはマジに考えるらしい。

 余計な不安も与えたくないから、少し表情を緩め、その頭に手を置いて、

「いや、なんでもねーよ」

 なるべくいつも通りに聞こえるように言った。悪いのはアホの玉本先生だ。

 みつきはまだ腑に落ちないような表情をしていたが、頷いて「ならいいけど……」と呟いた。安心しろみつき。何度も言うが悪いのはアホの玉本先生だ。

「んじゃ、授業を始める。とは言っても他の授業もそうだったと思うが、今日は一年時の復習だ。前の時間に言ったから去年の教科書は持ってきてるな。忘れたヤツはテキトーに隣のヤツに見せてもらえ」

 オレが心の中で毒づいているとも知らず、先生は教科書とチョークを手にし、普通に授業を始めた。

 何も起こらないことを願いながらノートをとる。しばらく説明を聞いた後、練習問題に入った。

 しばらくオレも順調に問題を解いていたが、応用で少し詰まった。

「あれ……? どだったっけ?」

 確か一年の時によくわからずに放置した単元だったような…。ちゃんと理解しとくだった……。意味はないと知りつつ、去年のオレを呪う。

 まあいい。オレの後ろの席にはムダ頭脳がいる。教えてもらうとしよう。

 くるりと振り返り、

「極、ここ教え……、」

 途中まで言いかけたが、止まる。

 極は寝ていた。窓から射し込む陽光を布団に小さくいびきをかいて。わざわざメガネ外してるってことは、居眠りじゃねーな。寝る気で寝てやがるコイツ。

 クソ……。これだから天才は嫌いだ……。

 ムカつくから、少し椅子を引いて、その頭に肘を落とした。結構いい音がして、それを聞いた周りの席のヤツが声を殺して笑っているのが見える。

 にも関わらず、極は起きなかった。何事もなかったかのように規則正しい寝息を立てる。どうやら爆睡タイムの模様。

 使えねえ…。普段どーでもいいことばっかり言ってるくせに……。

 しかたない。先生に聞くとしよう。先生だって一応教師なんだから。

「センセ、」

 ちょうど近くを通った先生を、手を挙げて呼ぶ。それに気付いた先生がこっちに歩いてくる。

「どうした?」

「ここ教えて下さい。2倍角の公式、でしたっけ? この時のsinってどうなるんスか?」

 わからない問題の部分を指さして問う。先生はそこを覗きこむと、二、三度頷いた。

「公式がsin2α=2sinαcosαだろ? だから、こっちの式を変形してな……、」

 先生の説明をシャーペンをくるくる回しながら聞く。生徒の人気だけでなく、教師としても優秀らしい玉本先生の説明はさすがというべきか、かなりわかりやすい。

「んでこうなる」

「あー、なるほど」

 教科書の解答と見比べて答えを確認する。確かに一致していた。

「ありがとうございます。わかりました」

「いいってことよ。それが仕事だからな。さて、ところでだ日向」

 礼を言って他の問題にかかろうとしたところで、先生がニヤニヤしながらオレの名前を呼んだ。

 しまった……! やっぱ無理矢理極起こして聞くんだった……!

 しかし、時既に遅し。何か始まりそうな空気を察知し、クラスのほとんどの視線がオレと先生に集まった。

「お前も知ってると思うが、オレはいつでも生徒の味方だ」

「そうですね。オレ以外のですが」

 そうそうに切り上げたい。テキトーに返答する。

「何を言ってる。オレはお前の味方でもあるぞ日向。しかしだ。頑張って恋してるけなげな乙女は一番に応援したくなるじゃん? わかるな日向?」

「そうですね。先生は自分に向かってくる恋する乙女をなんとかして下さい」

 明らかに劣勢だが、諦めずに皮肉を返す。

「フッ……。確かに受け止めてやりたい愛は多いが、オレも教師のはしくれ。そうもいかないのが現実だ。なら、その代わりに人の愛を応援してやりたいとは思わないか日向?」

「思いません。オレは自分の事で手いっぱいです」

「ははは。自分の事で手いっぱいで大変だから、お前を愛してやまない人間を手伝ってやるんじゃないか。なあ、愛本?」

 あれ!? なんかいつの間にか墓穴掘ったみたいになってやがる!

 快活に笑い、先生がみつきの方を向く。そのみつきは大きく頷いた。

「その通りですよ先生。まったくゆうったら、かっこよくて優しくて素敵なんだけど無愛想だから時々私、ほんとにゆうは私の事好きなのかなー、って不安になるんですよー」

 わざとらしくポケットからハンカチを取り出して泣き真似まで始めやがった。いつも以上にノリがいいなどうしたみつき。

 それを聞いた先生は腕を組んでうんうんと頷き、「それは問題だな」と芝居がかった口調で言った。

 そして、うんざりしているオレを振り返り、

「だそうだぞ日向」

 しょうがないヤツだとでも言いたげな視線を向けてきた。しょうがないのはアンタだ変態イケメン教師。

 逃げれるもんなら逃げ出してしまいたいところだが、教室内の空気がそれを許さない。オレは石像のように椅子に張り付いているより他なかった。

「とすると、愛本。日向はお前に何をすればいい?」

 先生が再びみつきを振り返る。なんでだろう。先生が死神に見えてきた。

 みつきはハンカチをしまうと、思案するように頬に人差し指を当てた。その仕草はものすごく愛らしいものだったが、次の瞬間その形のいい唇から発せられた言葉は悪魔のセリフそのものだった。

「うーん、そうですねー。やっぱり、ゆうがホントに私の事を愛してるか知りたいかなー? ゆう自身の口から」

 そう言って、口元だけで二ヤリと笑いながらこっちをチラリと見てきた。同時にオレの頭の中で、さっき昼休みにみつきが言っていたことがリフレインし始める。

『なんなら今度教室で言ってもらおうかな? ゆうに』、『「愛してるぜ、みつき」って』

 危険だ。冗談で済む話じゃなくなってきた。

 それを聞いた先生はまたもうんうんと頷き、

「なるほどなるほど。じゃあ、日向はなんて言えばいい?」

 笑いをこらえているであろう顔でオレの方をチラチラ見ながらみつきに問うた。激しく先生を殴りたい衝動に駆られたが、すんでのところで抑えた。

 みつきが頬に当てた指を外す。長く揺れる髪を少し耳にかけて、口を開いた。

「言って欲しいことだったら、やっぱり『愛し――、』」

 もはや本能としか言いようのない速度で危機を察知したオレは、ルーズリーフにボールペンで文字を書いてカンペのように掲げた。

 それを見たみつきの大きな目が更に見開かれ、死刑宣告が途中で止まる。

 黒のボールペンでくっきりと書かれた言葉は、

『帰りにケーキ食いに行くか? この前仕事入って行けなかったからその代わりに!』

 である。

 目は見開かれたまま、文章を読解するためにみつきの顔が横に滑っていく。最後まで読み終えると目は元に戻り、先ほど言いかけて止まったセリフの続きを紡ぎ始めた。

「――てるぜ、みつき』って言って欲しかったけど、ゆうは照れ屋さんだし、クールなところもカッコいいから、ここの問題教えてくれるだけでいいです」

 満面の笑み、天真爛漫とか天衣無縫とか、辞書を見ないとわからないような言葉で形容するのがぴったりな笑顔でみつきは教科書の一部分を指さした。

 こんな状況でもその笑顔を見て『かわええ……』とか思ってしまったオレはダメ人間だろうか。

 先生は全てを理解したような顔でオレの方を向くと、

「だってよ日向? クールキャラもいいが、それで彼女を不安にさせてたら男が廃るってもんだぜ? まあ、その彼女からのリクエストだ。しっかりと問題を教えてやるように」

 ニヤニヤが顔に張り付いてんのかってくらいニヤニヤして教科書でオレの頭をポコンと叩くと、教卓に戻っていった。

 同時に、教室内にもクスクスと無理矢理抑えたような笑いが響き始める。中には冷やかしのセリフを書いてこっちに紙を丸めたのを投げてくるヤツもいた。『余計なお世話だ』と返事を書いて、苦笑いしながら投げ返してやったが。

「ふー」

 なんとか危機を脱して、安堵から大きく息を吐き出す。さすがに悪ふざけが過ぎるぜみつき。

 そう思いながらみつきを見ると、「早く早く」と言って頬を膨らませながら教科書をしきりに指さしていた。

 やれやれと思いながら肩をすくめ、椅子をガコガコと動かして、みつきの机に寄せる。

 すると、制服のズボンの右ポケットの中で振動があった。みつきに手を挙げて、「ちょいタンマ」と言うとそのポケットからケータイを取り出し、先生に見つからないように机の下で開く。

『メール受信1件:極』

 極? 起きてたのか。

 受信ボックスを開き、メールを開いた。

『男が廃る(笑)』

 オレは即座にケータイを閉じ、先生ばりにニヤニヤしていた極の頭に再び肘を叩き落とした。





 魔の五時間目を無事に(?)終え、五分の休み時間を挟んで六時間目、本日の最終授業の国語に洒落込もうとしたが、担当の先生が出張とかで自習になった。

 まあ、自習と言って真面目に勉強する高校生は進学校でもない限りそうそういるもんじゃないだろう。現にウチのクラスでもグダグダタイムが始まった。好き勝手喋ったり遊んだり。課題としてプリントが出ていたり、監督する先生がいたらこんなことにはならないはずだが、今日はどちらもなかった。オレは自習ということを知った瞬間に極をボコボコにしにかかった。

 しばらくすると鐘の音が、そんなフリーダムな時間、並びに今日の学校の終了を知らせた。それと同時に、皆がバラバラと帰り支度を始める。

「あー、終わったー」

 首をゴキゴキ言わせながら立ちあがって、体を伸ばす。ポキポキと関節が音を立てた。

「ゆうー!」

「あだっ!」

 両手を上に組んでいたせいで無防備になっていたオレの胴に、少々強い勢いでみつきが抱きついてきた。

「やっと終わったね! 早く行こ!」

「あーはいはいケーキな」

 ひとまずみつきを引き剥がし、カバンに筆箱やらファイルやらを突っ込む。みつきも同じように帰り支度を始めた。

「じゃ、じゃあな友……、光月……」

 ボコボコになった極がカバンを持ってオレ達に声をかけた。誰がそうしたかは言うまでもない。

「ん? ああ、お疲れ。今日は早いお帰りだな」

 別に悪びれる必要もない。至って普通に受け答える。

「美咲迎えに行くからな。あんま遅いとゴネるからよアイツ」

「極が無関心だから悪いんだよー。もっとゆうを見習ったら?」

 支度を終えたのか、みつきがまたもオレに抱きつきながら言った。

 極はものすごい嫌そうな顔をした。

「こんな体力バカの暴力男をオレに見習えと言う……、いや、嘘だ友。ウソウソ。ウソだから拳をベキゴキ言わすのやめろ」

 全然懲りてないバカにもう一発喰らわせてやろうかと思ったが、こんなやりとりを二歳くらいの時から繰り返してんのかと、長い時間を振り返ると激しくバカバカしいからやめた。

 握っていた拳を解いてひらひらと振ると極は安堵したように息を吐き、んじゃな、とだけ言って急いで教室を出て行った。

「ゆう、」

「ん?」

「極って頭いいのかバカなのかわかんないね」

「完璧な脳みそを持ったクソ馬鹿だろ」

 極が消えていったドアを見ながらみつきと会話する。本人がいないと好き勝手言えるもんだ(いやまあ、本人がいても好き勝手言うけど)。苦笑しながらみつきに「行こうぜ」と声をかけると、頷いてついて来た。

 廊下に出ると、部活に向かうのであろう悟とその友人の集団とはち合わせた。オレ達の前を通り過ぎる瞬間、悟と目が合った。「練習頑張れよ」という意味を込めて軽く手を挙げると、悟も二コリと笑って手を挙げ返してきた。みつきも隣で手をふっている。

 賑やかな声を響かせながら悟の一団が去って行くと、オレ達も連れだって廊下を進み始める。

 ほどなくして、みつきがオレの服の裾を引っ張った。「どした?」と問いながらそっちを向く。

「悟ってさ、」

「うん」

「どっからどう見ても女の子よね」

 みつきがしみじみと言う。オレの思い過ごしかもしれないが、哀れむような声にも聞こえた。

 確かにその通りだが、そこはどうしようもない。オレが初めて悟と会ったのは高校に入ってからだが、実際女子かと思ったし。学ラン着てなかったら絶対間違えてたと思う。

「なんであんなにかわいいんだろうね?」

「遺伝だろ」

 前に悟の家に遊びに行った時悟の母親を見たが、そっくりだった。ただ、父親の方は結構なイケメンだったから、やはり母親に似たのは男として不幸だったのだろうか。

 ぼんやりとそんなことを思いながら、階段を下りる。

 下駄箱で上履きを脱ぎ、朝と同じくハイカットのスニーカーに足を突っ込む。

 校庭に出ると。傾き始めた太陽と、部活中の生徒の声がオレ達を迎えた。途中出会ったクラスメートと軽く挨拶を交わしながら、駐輪場に向かう。

 目的の店がある駅前の大きな商店街はここから自転車で二十分くらいだ。バイクならすぐ着く。数台のバイクが並べられた場所から相棒を引っ張り出し、シート下の収納スペースを開けてヘルメットを二つ取り出す。空になったそのスペースに、オレの物騒なカバンと、みつきの軽いカバンを入れ、しっかりとロックする。

「準備いいか?」

「うん」

 みつきがヘルメットを被ったことを確認し、エンジンをスタートさせた。





 駅の駐車場にバイクを停め、ロックがかかっていることを確認する。カバンを取り出し、ヘルメットをしまった。

 オレ達は本町とよんでいるこの駅前の一帯は、この辺じゃ一番都会で賑やかな場所だ。大型のショッピングモールや映画館、レストランにカラオケなんかが点在している。今は時間もあってか学校帰りの学生の姿が多く、結構な賑わいを見せていた。

 みつきがよく行く目的の喫茶店までは、歩いて五分ほど。

 ガヤガヤとうるさい通りを、ポケットに手を突っ込んで歩く。何人かウチの学校のヤツの姿も見受けられた。

 カバンの中に入っているモノの重みを感じながら歩いていると、みつきが空を見上げてオレを呼んだ。

「ねえ、ゆう、」

「ん?」

 顔をそちらに向ける。みつきも空から視線をこっちに向けた。まっすぐオレを見る大きな瞳の中に、自分の顔が映っているのが見えた。みつきの長い髪が、時折吹く風を受けてサラサラと揺れる。

「なんか寒いね。曇ってきたからかな?」

 言われてオレも空を見る。そういえば、暗くなってきたような気がする。昼に見た時に遠くの方にあった雲が移動してきたのか、ひと雨きてもおかしくなさそうな天気だった。灰色の空は、圧力が感じられるほどに重々しい雰囲気を醸し出している。

 それに伴って気温も下がったようだ。確かに少し肌寒い。

「ほんとだな。降らなきゃいいけど」

 やはり天気予報は当たっていたのだろうか。

「ゆう、」

「んー?」

「寒いから手つないで」

 寒さのせいか、はたまた照れたせいか、みつきは頬を軽く紅潮させ、少しはにかんで言った。

「はいはい」

 苦笑しながら左手でみつきの右手をとった。外気に触れていたみつきの小さな手は、痛いほどに冷たい。「冷たいな」と言うと、「手の冷たい人は心があったかいって言うでしょ」と笑って返してきた。

 談笑しながら歩いていると、すぐに目的の店に到着した。『マリーナ』という名前の小洒落た喫茶店だ。店先に出された小さな黒板には、色鮮やかな文字で『本日のオススメメニュー』が書かれていた。

 ドアを開けると、上の方に付いていた鈴のようなものが小さく音を立て、オレ達の入店を知らせた。それに気付いて歩いてきた店員に人数を伝えると、「こちらへどうぞ」と言って席に案内してくれた。メニューを渡され、「ご注文お決まりになりましたら、こちらのチャイムでお知らせください」という決まり文句を言うと、店員は去って行く。

 軽く店内を見回す。みつきに付き合って何回も来ているから、もう見馴れた景色だ。

 若者向けの店の割にあまり派手な印象は無く、木材を基調とした落ち着いた内装といった雰囲気がある。外の喧騒と比べると静かな店内は、どこか異空間といった感じもした。メニューも豊富で、男性客も気兼ねなく入れる為かいつも客は多く、けっこう繁盛しているようだ。今は時間帯もあって、学生が客の割合のほとんどを占めていた。

 視線を前に戻す。みつきは足をブラブラさせながらメニューを覗き込んでいた。時々「うーん」とか「むー」とか唸っている。

 その様子を見て一度小さく息を吐くと、オレはカバンから文庫本を取り出した。みつきが食べる物を決定するまで読書に入る事にする。本当はミュージックプレーヤーも併用して完全リラックスタイムといきたいところだが、目の前の彼女をほったらかしにするのも気が引けるからやめておいた。

 五分ほどページをめくっていると、みつきがメニューから顔を上げた。それに気付いたオレも本を閉じる。

「決まった?」

「うん!」

 閉じた本をしまいながら問うと、みつきは満面の笑みを浮かべて答えた。「どれ?」と聞きながらメニューを見ると、みつきはカラフルな写真や文字で飾られたメニューの森の中から一つを選択して、オレにわかるように指さした。

「これ!苺のタルトとホットミルク!」

 迷っていた結果がどうなったかと少し楽しみだったが、結局店先に出ていた『本日のオススメメニュー』だった。笑いそうになるのを必死でこらえ、「了解」と返事をして了承の意を示す。

 その様子を見たみつきは怪訝な顔をしたが、すぐにオレにメニューを差し出した。

「はい。ゆうは何にする?」

 メニューを受け取りはしたが、見ずに閉じて簡潔に答える。

「ブラック」

「食べないの?」

「甘いものあんまり好きじゃないの知ってるだろ」

 そう言って苦笑いする。軽食もあるにはあるのだが、時間が中途半端だから食べないことにした。メニューをしまい、テーブルに備え付けられたチャイムのボタンを押す。店内に電子音が鳴り、すぐに店員が注文をとる為の機械みたいなのを持ってこっちに来た。

「お決まりですか?」

「苺のタルトとホットミルク、あとブラックコーヒーで」

「かしこまりました。ご注文繰り返します。苺のタルト、ホットミルク、ブラックコーヒーがそれぞれお一つでよろしいですか?」

「はい」

「では少々お待ち下さい」

 注文の確認に肯定の意を込めて頷くと、店員は厨房の方に引っ込んだ。

 本の続きを読もうかと、再びカバンに手を伸ばそうとした時、

「あ、そうそう。ゆう、」

 何か思い出したようにみつきがオレを呼んだ。

「ん?」

 手を引っ込めて反応する。話がある時はちゃんと聞くと決めているからだ。

「テスト勉強、今日からする?」

「その予定だけど」

 小首をかしげてみつきが問う。その問いに、軽く頷いて答えた。

 すると、みつきは猫だましのように顔の前でパンと手を合わせた。

「お願い、三角関数教えて。まだよくわかんないの」

「ああ、いいよ」

 オレとみつきは勉強の得意不得意がうまい具合噛み合っているから、テスト前はよく教えあっている。あまり頭がいいわけじゃないオレ達が真ん中ちょい上くらいにいられるのは、この教えあいによるところが大きい。

「オレも不定詞のとこ教えてくれ。用法がいまいちわかんねー」

「うん。いいよ。得意なとこだから」

 オレもみつきのマネをして顔の前で手を合わせると、みつきは笑顔で了承してくれた。

「お待たせしました」

 その後の数分間も今日の学校の事とかを話していると、不意に頭上で声がした。声の方を向くと、さきほど注文を聞いた店員がケーキと飲み物が乗ったトレーを持って立っていた。

 「どうも」と言って頭を下げると店員は軽くほほ笑んで会釈を返し、トレー上の物をテーブルに置き始めた。その一挙一動を見るたびに、みつきの目が輝きを増していくのがわかる。

 全ての物をトレーから下ろし終えると、金属製の筒にレシートを挿し、「ごゆっくりどうぞ」というセリフと共に店員は去って行った。

「さ、食え」

 瞳の輝きが最高潮に達して、待ちきれないといった雰囲気を隠しきれないのであろうみつきに声をかける。

「いただきまーす」

 手を合わせて行儀よく食前の挨拶を終えると、みつきはすぐさまフォークを手にしてケーキにかかった。そのあどけない笑顔から、純粋に嬉しそうな様子が溢れ出ている。

「うまい?」

 つられてオレも少し表情を緩めて問う。

「うん! すごいおいしい! ありがとゆう!」

「いえいえ」

 満ち足りた気持ちでみつきの表情を見ていた、まさにその時だった。学ランの内ポケットで振動があった。

 そこに入っているのは、携帯電話。さっき極のメールを受けたものとは違う。オレとみつきのこの平穏を崩す、仕事用の携帯電話。

 煩わしく振動を続ける携帯を取り出す。なんの飾り気もない黒い端末は、無骨としか言いようがない無機質な暗い光を反射していた。

 みつきに断りをいれてから通話ボタンを押し、スピーカーを耳に押し当てた。

「はい。日向です」

「仕事だ、日向。東地域の工場街にある中型工場で、テロまがいの事件を目論む集団が機械兵器を大量生産しているとの情報が入った。研究員だけじゃなく、チンピラも警備代わりに雇ってるらしい。既に証拠は多数掴んだ。すぐさま現地に赴いて壊滅させて来い」

 スピーカーから、端末と同じように無機質な所長の声が響いた。ただただ冷静としか例えられない、特警守川支部所長の声。その声はオレに任務を告げた。平穏な時間を捨て、人を殺して来いと言っているのだ。

「……、了解」

 もう四年も聞いている声と内容だ。今さら驚きなどしない。いつも通り答えて、通話を終了した。ツー、ツーという電子音が虚しくオレの耳を刺した。

「仕事?」

 携帯をパチンと閉めたオレに、みつきが聞いてくる。さきほどまでの楽しげな表情は、最初から存在しなかったかのような寂しそうな顔をしていた。

「ああ。悪い」

「そう……」

 俯いて小さな声で呟く。

 みつきはオレの仕事に関しては一切わがままを言わない。例え今みたいな久しぶりのデートの時でも、寂しさを顔に出しこそするものの、不平不満はほとんど言ったことがないのだ。

「ごめん、みつき」

「しょうがないよ。仕事だもん」

「家のあたりまで送る。先帰っててくれ」

「うん」

 悲痛な表情を浮かべながらも何も言わないみつきを見ると、いつも罪悪感に見舞われる。こうやってなんども一人にしてきたから。






 店で支払いを済ませ、駐輪場に向かう。その道中、一言も会話を交わさなかった。多分それは、口を開いてしまったら、お互いの真意を吐き出してしまうからだと思う。腹の中で渦巻く自我を抑えるには、黙っているしかなかったのだ。

 みつきを後ろに乗せてバイクを発信させ、まだ賑わいを残す本町を後にした。






 数分バイクを走らせ、みつきを家の前で降ろした。

「じゃあ、行ってくる」

 制服から、防弾ベストや黒いオープンフィンガーグローブ等、戦闘用の服に着替え、ベルトに拳銃入りのホルスターを吊ってみつきにそう言った。

「うん。気をつけて」

 バイクにまたがると、みつきは無理をしているのが丸わかりな微笑を浮かべていた。

 心は痛んだが、オレは止まるわけにはいかない。

 バイクをスタートさせようとした瞬間、

「ゆう、」

 みつきが小さな声でポツリとオレを呼んだ。

 無言で振り向く。

「何か私に言うことは?」

 はっきりと問うた。その問いに対する答えは、もう出ている。いや、いつも持っている。

 いつものことだ。帰ってこれなくても、後悔しないように。

「愛してる。みつき」

 教室みたいに照れる必要も、かわす必要もない。今、真意を伝えなくていつ伝えるというのか? プライドなんかカンケーない。後悔するくらいなら、全部伝えて行ってやる。

 オレの、たった一人の彼女に。家族に。

「私も」

 オレの答えに、穢れを知らないみつきはおそらく今この状況で出せるであろう最高の笑顔を、堕ちた人間であるオレに向けた。天使とでも女神とでもとれそうなその笑みは、この世界のどんなモノより、美しい。

 そう、みつきの笑みは、ただ、美しいのだ。

 オレは前を向いて、バイクを出した。



どうにも読みづらいですね^_^;

次回もなるはやで更新したいです。

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