FILE1.3:ガッコウ
バトルが全然出てきませんね^_^;
ほんとはバトルメインなんですが…。
「おまたっせー!」
「おっ……」
頬杖をついていた状態から、頭がガクッと落ち、目が覚めた。どうやらいろいろ思い出しているうちにうたた寝こいてたようだ。中途半端に寝たせいか、窓から差し込む光が異常なまでに眩しい。
ぼんやりとした脳を必死に働かせて、前を見ると、制服に着替え終わったみつきが立っていた。胸部に黄緑色の大きなリボンが付いた紺色っぽいブレザーに、緑と黄色のチェック模様の入ったスカート。我が校指定の女子用制服だ。みつきはかなり気に入っているらしい。
しかし、なんとかは盲目とはよく言うが、そーゆーの抜きでもみつきはオレが知ってる女子の中で一番可愛いと思う。本人的には童顔は軽くコンプレックスらしいけど、オレは気にしてない。無口、無愛想なオレと違って愛想もいいし、基本誰とでも仲もいい。うん。実際オレにはもったいないくらいの女の子なのだ。みつきは。
ただ、可愛いからと言ってなんでも許される訳ではない。こればっかりはいくらなんでもマズいんじゃないだろうか。チラリと壁の時計を横目で見ると……、
八時二十分。
……、
辺りに『しーん』とでも擬音(音がない状態を表すのに擬音ってのもおかしな話だが)がつきそうな沈黙が流れる。
数十秒の後、
「みつき、」
オレはなんの屈託もなくニコニコしているみつきを呼んだ。
「なに?」
栗色の長い髪を揺らしながら、みつきが答える。
「学校まで徒歩何分だっけ?」
「三十分」
「チャリでも?」
「十五分」
「始業は?」
「八時半。だよ?」
だよ?じゃねぇよ。
「お前は……」
なんかもう呆れる気すら起きない。
「大丈夫! ゆう身長百八十センチもあるじゃん! なんとかなるって」
ぐっ、と親指を立ててみつきが自信ありげに言う。過去ここまで無謀な自信、いや、過信か? を、見たことがあっただろうか?
いや、ない。(反語)
「ならねぇよ。なにしてたんだよ今まで」
「髪といたり持ってくおやつ選んだりその他もろもろ?」
悪びれる様子は全くないようだ。だいたいそれにしても時間かかり過ぎだろ。
「どーすんだよ。遅刻じゃねぇか」
「バイクあるじゃない。学校バイクOKなんだから毎日バイクで行けばいいのに」
「仕事用だからあんま普段使いたくないの」
「でも遅刻はダメでしょー? ね、ゆう。おーねがい」
そう言って片目を瞑り、顔の前で手を合わせる。
なんと破壊力のある仕種だろうか。しばし、オレの中で本能とか理性とかいろんなものがせめぎ合った。いやいや、落ち着けオレ。
「……」
「?」
こっくりと小首をかしげるみつき。その可愛らしい行動を見た瞬間、善戦していた理性が本能にカウンターを喰らい、リングに沈んだ。
「……、はぁ……」
あー、くそっ。駄目だ。負けた。オレがこんなに甘いからみつきのわがままは治らないんだろうか。
「わーったよ。明日は早めに支度しろよ」
「はーい。やっぱ優しいなー、ゆうは」
満面の笑みで歩き出す彼女を見ると本気で怒れない自分がなんだか男として情けない。
心の中で軽くため息をついているオレとは裏腹にみつきは軽い足取りで玄関に行き、ローファーに足を入れた。
オレも続けてハイカットのスニーカーに足を突っ込む。
その間に、手鏡を覗きこんでいたみつきが言う。
「ゆーうー、」
「んー?」
なんとなく言うことは予想がついたから、靴ひもを結ぶ手を休めずに応える。
みつきはオレの顔を覗き込んで、
「どうかな? 髪とか変じゃない?」
若干不安げな表情で言った。
全然変じゃない。いつも通りだ。
「別に。変じゃねーよ」
いたって普通の答えを返す。
「つまんない。ちゃんと言って」
普通に答えたのに、みつきはぷい、とつまらなさそうに横を向く。
……。オレがそんなキャラじゃないの知ってるだろ…。
とは思ったものの、朝っぱらから機嫌悪くされたら困る。
「か、可愛い、と思う…」
「ふふふー。ありがと」
詰まりながら慣れないセリフを言うと、ニヤニヤしながらみつきは外に出た。
ちきしょう、と思いながらオレもバイクのキーを持って出て、家の鍵を閉める。
「すっかり春だねー」
眩しそうに空を見上げながらみつきが言う。雲一つない青い空には、春の日差しの発生源が浮かんでいる。この前までコタツに入って寒い寒い言ってたのに、今はもう空気が暖かい。
その春の陽気を体の表面に微弱に感じながら、アパートの駐輪場から中型のバイクを引っ張り出す。ホンダの250CCスクーター、フォルツァZ。オレの愛車で、色々と改造してある。燃費もデザインも最高な相棒。コイツならぶっ飛ばせば5分で着く。
みつきにヘルメットを渡してかぶらせ、エンジンをかける。アパートの庭に、排気音がうるさく響く。
「飛ばすぞ。しっかりつかまっとけよ」
「うん」
そしてバイクを発進させる。
オレ達の住む守川市は、都会っちゃ都会だけど、まあ自然はそれなりにある住みやすい町だ。そうはいっても他と変わりなく犯罪は多発してるんだけど。
そして、その守川市にある国立麻里布大学附属高校にオレとみつきは通っている。
ブッ飛ばしたおかげで、学校にはギリギリ八時二十九分に到着。なんとか始業には間に合った。
ちなみに、ウチの学校の規律はかなり緩い。ほんとに必要最低限のことしか決められていない。そのせいあってかレベルは普通よりちょっと上くらいなのに、割と人気がある。そういうわけで別に遅刻してもそこまでひどく怒られるということは無いが、やはり遅れそうになると急いでしまうというのが学生の性というものだろうか。
階段を駆け上がり、2‐2の教室に入った瞬間にチャイムが鳴った。
きーんこーんかーんこーん。
「っぶねー」
ギリセーだ。先生はまだ来ていないものの、もう数秒で形式上遅刻になるとこだった。
「おっはよー!」
みつきは元気に教室に入っていき、自分を迎えた友人と喋り始めた。
オレも自分の席に向かう。窓側の列の後ろから二番目。席の場所はくじで決めたのだが、隣はなぜかみつき。よくもまあ都合よく隣になったから、先生に頼んでくじの内容操作でもしたかと思ったが、違うらしい。本人いわく、「くじ引きでも執念でなんとかなる」そうだ。
「ふー」
席について、窓から遠慮もなく射し込む朝の陽ざしに照らされて不思議な色合いを作っている机にカバンを放り出すと、後ろから声をかけられた。
「毎朝大変だなナイトは」
「まあな」
オレの後ろ、PCをいじっているこいつは藏城 極。こいつも幼馴染で『一応』親友。身長はオレと同じくらい。メガネで結構な美形のパソコンヲタク。そして、勉強しなくても学年トップになれる頭の持ち主。そんな人間が存在すると認めたくはないが、現にオレの目の前にいるのだからしょうがない。
黙ってりゃいい男なんだろーが、ヲタクという要素のせいで色々と残念なヤツ。
「満更でもなさそうな顔してんな」
「そんなことねーよ」
「おうおう。照れるな少年」
ニヤニヤすんじゃねえ。しばかれてーのかこの変態。
実際しばいてやろうとかと、机の中の英語の教科書を取り出して筒型に丸めた時、
「そういや読んだぜ、今朝の新聞。大変だったな」
PCをパタンと閉めた極が、さっきとは打って変わって冷静な声で聞いてきた。
新聞と言っても膨大な量の記事が載っているが、間違いなくオレが出ていた記事のことだろう。こんな冷静な言い方で聞いてきたのがテレビ欄のことだったりしたら、オレは二度とこいつを信用できなくなりそうだ。
「まあ、それなりにな。特殊の方は?」
カバンから筆箱やファイルを出して机に突っ込みながら答え、質問を返す。
「昨日はなんもなかったな。お前の仕事の後は大概オレが解析とかに呼ばれるけど、なんでかね。珍しい」
「あっそ」
極も特警隊員だが、主な仕事は特殊工作、情報管理部。つまり、オレ達のように戦闘員ではなく、事情がある時や人員不足の時以外は現場に駆り出されることはない。
……はずなのだが、こいつはそんな役職に就いていながら、ライフルを用いた狙撃の腕は戦闘員をも凌ぐ。ホントになんでもすんなりやりやがるムカツク奴なのである。
そんなことを考えながら内心でブツクサ文句を言っていると、教室の前のドアが開いて先生が入ってきた。
オレらの担任の、玉本 智貴という先生だ。25歳。担当は数学。そして、ありえないほどのイケメン。あんたどこのアイドルだ、と思わず聞きたくなるのはオレだけではないだろう。告白しては教師と生徒という関係のせいで散っていく女生徒が後を絶たないという。気さくな性格から、クラス全員から好かれている今時珍しい教師。まあ、ウチの学校にはそんな先生が多いのだが。
「よーし、ホームルームやるぞー」
先生の声に反応し、好き勝手喋っていたみんながばらばらと席に着く。
全員座ったところで日直が号令をかけ、起立、礼、着席という一連の流れを終えると、先生が手元のファイルを見ながらホームルームを開始した。
「えー、今日は連絡事項が一個だけだな。来週の高一復習テストの日程を発表しとく」
先生が黒板に日程を書いていく。
1日目:数学、英語
2日目:世界史、政経
3日目:科学、国語総合
ぎゃーーー!?
クラス中からホラー映画でも見ている時のような悲鳴があがった。つーか内容から言えば学生のオレ達にとってホラーに等しい。そりゃそうだろう。なんだこの鬼畜日程は。一日目になぜかメンドくせー教科が固まっている。
「まあまあ落ち着け。今回は範囲が広い分簡単だから。ちゃんと勉強してれば点とれるよ」
先生が励ますように言ったが、クラス内からの不満の声はしばらくやまなかった。
オレはメンドくさいとは思いながらも、頭の中で簡単にテストに向けて計画を立て始めた。
オレの成績は半分より少し上と下をいったりきたりするくらいだ。理数系はそこまで苦手でもないが、なぜか英語が壊滅的にわからず、そんな微妙な位置に落ち着いている。
みつきも似たりよったりで、得意教科はオレと正反対。英語と国語はかなり出来るが、理数系はイマイチ。
ちなみにあまり言いたくないけど、極のヤローは毎回トップ。最近アイツの答案が九十五点を下ったところを見た事がない。
まあ、適当に頑張ろう。英語はみつきに教えてもらえばいいし。
そう思いながら頬杖をついてぼんやりと前を見た。
「何か質問とかあるやついるか?」
ようやく不満の嵐がやんだのか、先生が軽く苦笑いしながら口を開く。とは言っても、先生もほぼ事務的に聞いているだけだろう。こういう時に質問する奴はあまりいないし、現に今回も誰も手を挙げなかった。
先生はざっと教室内を見渡して挙手した者がいないことを確かめた後、持っていたファイルをパタンと閉めた。
「んじゃ、ホームルーム終わり。一時間目は科学だな。早く科学室に移動するように。以上!」
自分もどこかのクラスで授業があるのか、先生はそう言うと急いで教室を出て行った。
次第にざわざわと声が響き始める。教室移動の為に腰を上げつつ、昨日のテレビについて話したり、再びテスト日程についての不満を漏らしたりと、そこにはありふれた教室での風景が広がっていた。
オレも机の中から科学の教科書や資料集を引っ張り出す。銃の入ったカバンはさすがに放置できないので、後ろのロッカーに入れてしっかりと鍵をかけた。
「行くぞ、みつき」
「はーい」
準備を終えて声をかけると、同じく準備を終えたらしいみつきが返事をして立ちあがった。そのまま並んで科学室まで歩きだす。
歩き始めて数秒もしないうちに、
「ゆーうっ」
みつきが腕に引っ付いてきた。
「……、みつき」
「なになに?」
「やめねぇ? いい加減に」
嫌というわけではない。みつきは愛情表現が素直(本人談)だし、オレも別にそれを拒む理由はない。クラスの連中……、というよりも、学校全体がオレ達がこんなだというのを知っているから、冷やかされこそするものの、今さら驚かれたりはしない。生徒だけならまだしも、先生までほぼ全員そんな状態なのだからどうしようもない。(特に玉本センセはよく冷やかしてくる)
が、オレも今年で十七になる高二男子だ。しかも人前だ。恥ずかしいもんは恥ずかしい。
「えー、迷惑?」
みつきが不満げに頬を膨らませる。そうは言ってないだろ。
「いや、そういうわけじゃねーけどな、お前恥ずくねーの?」
「全然。ずっとこうしててもいいくらい」
うっとりするような表情で言うみつき。オレを困らせようとかそういうのじゃなくて、純粋にそう思っているらしい。まったく、素直なんだか神経が図太いんだか……。
まあ、よしとしよう。みつきが幸せならオレも幸せ、などとカッコいいセリフは言えないが、オレにできることならできるだけしてやりたい。
「ゆーう?」
「んー?」
呼びかけに、前を向いたまま反応する。
みつきはえへへと笑い、
「大好き」
満面の笑みを浮かべて更に強く腕に抱きついてきた。女子特有の甘い匂いが鼻腔をくすぐり、精神を浮つかせる。
あー、オレがみつきにガツンと言える日はくるんだろうか?
くそっ。かわいいな……。
校内に響くチャイムが午前中の授業終了を告げ、同時に教室内の空気が弛緩する。昼休みに入るこの瞬間は、学生にとってのささやかな幸せだと思う。その幸せの恩恵に与ろうと、さっきからちょくちょく鳴っていた空腹状態の腹が、早く満たせと更に自己主張を始める。
授業内容は、来週のテストを考慮してか一年時の復習が主だったが、いくつか忘れているところもあった。テストまでにはしっかり思い出そうと決意し、ノートを閉じる。
さて、勉強のことはひとまず置いといて飯だ飯。いい加減腹の音が鳴るとかそんなレベルを通り越してうるさくなってきた。
今日はみつきが弁当を作ってない。よって昼飯は購買で調達することになった。財布をポケットに突っ込み、喧騒に包まれた教室を出る。
当たり前だが、廊下は人が多い。購買の辺りも、昼食を求める生徒でごった返していた。
「あー、人マジで多いな」
みつきとはぐれないように気をつけながら人の波をかき分けて進む。
「みつき、大丈夫か?」
「うん。大丈夫」
平気だよ、と言わんばかりにみつきは繋いだ手をきゅっと握ってきた。
「それに私、人混みはそんなに嫌いじゃないよ?」
ほー、そりゃまた珍しい。
「なしてよ?」
なんとなく興味深いから聞いてみる。
「えー? だってー、えっとー、」
しばらく「だってー、えっとー、」を繰り返した後、「きゃっ、恥ずかしっ」と言って両手を頬に当てるみつき。なんなんだいったい。
「恥ずかしいんなら無理に言わなくていいけど……、」
つーかその様子を見てると何言うか予想がついた。
「もぅ! 鈍いなぁゆうは!」
みつきはぷくっと頬を膨らませた。が、すぐにはにかみながら、
「ゆうと引っ付いとけるからだよー」
頬を紅潮させ、踊るような口調で言った。周囲の喧騒にかき消されそうな小さな声だったが、オレの耳には確かに届いた。
よく恥ずかしげもなくそんなセリフが出てくるな…。呆れるどころか感心してしまう。
「みつきさ、」
「なになに?」
「スゲーよな」
「なにが?」
「いや、オレには絶対言えねーわ。そのセリフ」
「ふふ。ゆうは照れ屋さんで可愛いなー」
照れ屋っつーか、オレのキャラじゃない。
「なんなら今度教室で言ってもらおうかな? ゆうに」
「何を?」
みつきがふふふ、と不敵に笑う。嫌な予感しかしない。
「『愛してるぜ、みつき』って」
「却下」
絶対言わねえ。そんなこと言った日にはオレの教室での、いや、学校内での立場が崩壊する。
「照れることないのに」
そう言ってみつきは屈託なく笑う。無邪気な笑顔だ。童顔も相まって余計中学生に見える。
そうこうしていると、やっと購買前に到着した。周りの人数から、もうあまり買う物が残ってないかとも思ったが、まだ選べるだけの品物の種類はあった。
「ゆう何にするの?」
「むすび三つと焼そばパンとコロッケパン」
「相変わらずよく食べるね」
「そーでもねーだろ。これでも少ない方だぜ。んで? みつきは?」
「私はクリームパンといちごオレ」
少ねえ……。逆にそれでよく足りるな。
むすび三つとパン三つ、いちごオレの代金を払い、まだ人の多い購買を抜けた。
「あれ? ゆう飲み物は?」
人混みを離れるなりオレの左腕に引っ付いてきたみつきが問うた。
「ん? ああ、自販でブラック買う」
今はブラックコーヒーな気分なのだが、売店には売ってなかった。
右手に買った昼飯、左腕にはみつきを携え、廊下を歩く。向かう先は屋上だ。我が校は珍しく、昼休みに屋上が解放される。かなり広いため、昼飯をそこで食べる生徒も多く、オレ達もその一員というわけなのだ。
途中あった自動販売機でブラックコーヒーを買い、階段を上る。ここは一階。屋上へ行くには、階段を三回上る必要がある。
数段上ったところでやはりというべきか、左隣のワガママ娘が何か言いだした。
「ゆうー、階段疲れたー」
まだ半分も上がってませんが。
「まだ二階だろうが。我慢しな」
「お姫様抱っこ」
なんかとんでもない案が出てきた。
「絶対やだ」
「ひどい! ゆうは私が嫌いなのね!」
「んなこと言ってねえ」
その後も「普通に抱っこ」とか、「せめておんぶ」とかぶつぶつ言っていたが、気合いでかわし続け屋上に到着。
両開きの重い扉を開ける。その瞬間、廊下の無機質な空気に、春の陽気が流れ込んできた。一瞬にして体の周りを心地よい暖かさが包む。緩やかに吹く風が、みつきの栗色の長い髪を揺らした。
「いい天気ー」
「だな。天気予報ハズレか?」
雨が降る気配など微塵も感じさせない空を見上げる。雲は遠くの方にうっすら見えるだけで、オレ達の頭上には深い青が広がっていた。
体を軽く伸ばして、再び前を向く。広い屋上にはもうだいぶ人が入っていた。座れるか座れないかギリギリといった感じだが、極に場所取りを頼んでおいたはずだから多分大丈夫だろう。辺りを見回していると、
「こっちー。おせーぞ二人とも」
左の方から声がした。そっちを向くと、そこそこ日当たりのいい場所で極が鉄柵にもたれて座り、PCをいじっていた。
手を挙げて応え、そっちに向かう。
「わり。売店混んでてよ」
そう言って腰を下ろすと、極は納得したように頷きながらPCを閉じた。
「あれ? 悟と美咲は?」
オレに続けて座ったみつきが極に問う。
「悟は家に弁当忘れたから取りに帰ったってよ」
PCをカバンにしまいながら極は答える。
「悟の家ってけっこう遠いんじゃない?」
「アイツの足なら五分で帰ってくるよ」
「美咲は?」
「センセに呼ばれたとかでまだ来てないな。そのうち来るだろ」
辺りの陽気に眠気を誘われたのか、極があくびをしながら答えると、
「バカっ!」
みつきが極をしばいた。
「いってーな。なんだよ」
頭を押さえた極が非難の声を上げる。
「あんた彼氏でしょ! 迎えに行きなさい!」
みつきがプンスカしながら反論した。
「だって友が場所取っとけって、」
「じゃあ今すぐ行きなさい!」
「へーへー、わーったよ」
極が立ち上がり、屋上出口の扉に向かって歩き出した。
しかし、ふと足を止めてこっちを向く。
「光月よ、」
「何よ」
「友と二人になりたいからってオレ追い出すわけじゃなよな」
極のメガネの奥の目が、疑うように細くなる。
「それもある」
なんの躊躇もなく答えるみつき。素直なヤツ……。
極は呆れたようにため息をついて再び扉に向かっていった。
オレも若干呆れながら缶コーヒーを開け、黒い液体をのどに流し込む。冷たく苦い味が体内を通る感覚を楽しんだ後、軽く息を吐いて鉄柵にもたれる。
そうしていると、みつきが何か言いたげにこっちを見ているのに気がついた。
「どした?」
袋から取り出したいちごオレにストローを挿し、みつきに渡しながら聞いた。
受け取ったみつきは二口ほどそれを飲み、
「あの……、今日ゴメンねゆう。お弁当忘れて」
少し下を見ながら後ろめたそうにそう言った。
なんだかんだ言っても、反省はしているようだ。別にオレは怒ってないし、悪いと思ってるんならそれでいい。
「いや、いいよ。それにオレは作ってもらってるんだしな。文句は言わねーって」
「怒ってない……?」
上目遣いでこっちを見ながら申し訳なさそうに問う。
「ないない。そんな風に見えたんならこっちこそ悪かった」
これはオレの悪い癖だ。ほとんど感情を出さない上にいつもブスッとした表情になってるらしく、今みたいに「怒ってる?」とか「機嫌悪いの?」とかよく言われる。
直したいところだが、三年間、皮肉にもみつきと付き合い始めた日からこの表情で過ごしてるからなかなか直らない。
まだ不安げな顔をしているみつきの頭を撫で、髪を指で梳く。サラサラとして全く引っかからない。よく小説とかで見る『絹のような』という表現は、言い得て妙なものだと思った。
それで緊張が解けたのか、みつきは嬉しそうに頬笑み、
「うん。ゆう大好き!」
頬を薄赤く染めて抱きついてきた。
こーゆーとこはホントかわいい。わがまま言っても憎めない原因は、みつきのこういう素直で無邪気なところと相殺してるからなんだろうな。
胸のあたりにしがみついているみつきを見て苦笑し、その頭にポンと手を乗せる。一分ほどそうしていると、屋上入口の扉がゆっくりと開くのが見えた。
「お、来た来た。さとるー、こっちー」
オレが呼ぶと、入って来た小柄な人影がこっちに向かって走って来る。
「ごめーん。弁当忘れちゃってー」
こいつは、増倉 悟。女子、じゃなくて男子。背が低く声が高い上、顔立ちが中性的より女子寄りな為に、しょっちゅう女子に間違われるというある意味男として不幸なヤツ。
「だからって走って取りに帰ることねーだろ」
乱れた呼吸を整えながらオレの横にトスンと座った悟に、呆れるように笑いながら言う。
「だって走った方が早いじゃん」
あははと笑いながらみつきのような屈託ない笑顔で悟が答える。
本人の言う通り、悟は異常なまでに足が速い。去年の陸上インハイで一年ながら出場。足に違和感を感じた状態でコーチの反対を押し切って走り、それでも二位だった。しかもトップとの差は僅かだったという。そういった実績と、その、まあ可哀そうだが、少女のような愛らしい外見とで一時期結構有名になっていた。
「そりゃお前だけだろ」
「あははは。そーだね。というかみつきはさっきから何やってんの?」
悟が別段驚いた風でもなく普通に問う。もはや見なれた光景になっているからすごい。嬉しむべきか悲しむべきか……。
「んふふー。やっぱりゆう大好きだなーと思って」
みつきがトロンとした目で夢でも見ているかのように言う。その髪からシャンプーのオレンジっぽい香りが漂ってきた。
悟が「相変わらずだね」とでも言いたげな視線をこちらに向ける。オレはただ苦笑いを返すしかなかった。
しばらく好きなアーティストの話とかで盛り上がっていると、またも屋上の扉が開き、一組の男女が入ってきた。極と、もう一人女子。
「すまんすまん。遅くなった」
極が手をひらひら振りながら謝る。
極と一緒に来た女子は、天谷 美咲。さっきみつきが言っていた通り、極の彼女。プラス、みつきの親友。色々と特徴はあるが、とりあえず無茶苦茶美人。お前ホントに高校生か?と誰もが思うくらいだ。少し都会の方に出ると、よくモデルとかにスカウトされるらしい。その他にも成績優秀(極に次いでいつも二位)、運動神経抜群、モデル体型のスタイル最強、実家金持ちでお嬢様となんでもござれだ。まさに才色兼備を絵に描いたようなヤツ。ただ、そんな事が気にならないほど性格もよく、同級生はもちろん、先後輩や先生からの信頼も厚い。ある意味、極以上の無敵超人なのだ。オレには美咲の欠点が見当たらない。それどころか極の本性を知っても付き合えるから尊敬すらしている。
「やっほー光月。相変わらずラブラブねー。羨ましい」
極とみつきの間に座って美咲が楽しそうに笑う。その姿すらも上品に見えるのはやはりそこはお嬢さんだからだろうか。
ちなみに、「羨ましい」とか言ってるけど極と美咲もオレとみつきに劣らぬほどのバカップルだ。みつきと違って人前ではデレデレしないが、極曰く二人でいる時は「みつきを少し軽くした感じ」だとかなんとか。
「えへへー。だってゆうだもーん」
そう言ってぐりぐりとオレの胸に頭を押し付けるみつき。そろそろ飯食うから離れねーかな?
「まあ、友も友だけど。よくこんな状態でその無表情クールフェイス保てるよね」
美咲が今度はオレに微笑ましいといった感じの視線を向けた。
「こんくらいでうろたえてたらみつきとは付き合えねーだろ」
慣れって怖いな。
「幸せね。光月」
「うん。凄い幸せ」
「みつき、『凄い幸せ』なのはいいけど、そろそろ飯食いたいから離れな」
ぽんぽんとみつきの頭を叩く。
「そんな……!」
心の底からショックとでも言うような顔でみつきがオレを見る。別に悪いことしてないのに何この罪悪感?
「美咲ー! ゆうに拒まれた嫌われたー!」
今度は美咲に泣きつくみつき。美咲はその頭をよしよしと言いながら撫でている。
「ふっ……、皆が腹を空かせているというのにそれを差し置いて女を泣かすとは…。えげつないヤツよのう」
やかましい極。聞こえが悪すぎるわボケ。
まあ、一部不適切ながら極の言っている事も本当だし五人揃ったということで、飯を食い始めた。
焼そばパンの包装を解く。袋の内側に引っ付いていた紅ショウガをつまんで口に放り込んだ後、パンにかぶりつく。
んー。美味い。ソースと紅ショウガのバランスがたまらん。
とか一人で思っていると、みつきがオレの服の裾を引っ張ってきた。
「ん? どーした?」
そっちに顔を向ける。
「ゆう、パン貸して?」
軽く首をかしげながらみつきが手を差し出す。かわええ…。
つーか食べたいんなら貸して、じゃなくてちょうだいって言えばいいのに。
「食いたいんならさっき買えばよかったじゃん」
そう言いながら一口かじった焼そばパンを渡す。
すると、みつきは首をふるふると振った。
「ううん。食べたいんじゃないよ」
「んじゃ何よ?」
その問いに、みつきはいつものように「えへへー」と笑うと、オレの前に受け取った焼そばパンを差し出す。
「はい、ゆう。あーん?」
あー、これがやりたっかたんかい。つーか二人ん時ならまだしも目の前に三人いる時にするなよ。
さすがに恥ずかしいから目を逸らしてむすびを取り出す。
みつきはムッとしたような顔をすると、なおもパンを差し出す。が、オレはかわす。
しばらくその応酬が続いたが、ついにみつきは諦めたのか、一口パンをかじるとオレに返した。
珍しいな。いつもなら意地でも続けるのに。
そう思いながら帰ってきた焼そばパンを口に入れる。
その瞬間、三人の視線がオレに向いた。本当に気持ち悪いくらい三人同時だった。
「んだよ」
もう一口パンをかじりながら聞く。
「間接」
極が言った。
は? 関節?
「間チューだ」
悟まで言う。寒中? 寒いのか?いや、まあ言いたいことはわかるけどさ。
「間接キスだ」
美咲が締めた。
当のみつきはやってやったぜ、とでも言いたげな目でこっちを見ていた。やけにあっさり引き下がると思ったらこれが狙いか。
「ちなみに友、間接キスと言っても、肘や膝にちゅーする事じゃないぞ?」
黙れ極。
もう1、2話でバトルになると思います。
いつも遅くて申し訳ないです。