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VS〜コノヨノコトワリ〜  作者: TERIS
FILE1:『意義』
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FILE1.2:罪…過去と決意

遅くなってしまいました……。

 まあ、厳密に言えばオレが殺したわけではない。不幸な事故だとも思える事件だったから。

 ただ、母さんを銃で撃ったのはオレだ。その事実だけは、何があっても揺るがない。

 オレの両親、父さんの名前は日向 友喜(ひゅうが ともき)、母さんは日向 優奈(ひゅうが ゆうな)。同級生だった二人は十九歳で結婚し、その一年後にオレを産んでいる。

 まあ、俗に言うバカップル、というヤツか? とりあえず無駄に仲のいい夫婦だった。仕事が忙しくて、いつも一緒という訳にはいかなかったが、二人ともオレにも優しかった。そんな両親に憧れて、オレも特警に入ったのだから。

 その父さんが死んだのは、オレが十三歳、特警に入ってすぐだった。任務で、敵の巧妙かつ残酷な罠にはまり、父さんは命を落とした。

 特警という組織にいる以上、受け止めなければならない事実。それでも、当時のオレはまだ入隊して日も浅く、しかも小学生から中学生になったばかりだった。泣いてもどうにもならないとわかっていても、溢れる涙を止めることができなかった。

 母さんは、そんなオレを気丈に励ましていたが、夜になると一人で泣いていたのをオレは知っていた。それほど、父さんの死というのは、オレと母さんにとって大きな出来事だったのだ。

 そして、十四歳の夏、親子で同じ任務についた。特警にとっても、オレ達親子にとっても重要な任務だった。

 ターゲットは、ある巨大な犯罪組織の人間。特警もなかなか手を出せずにいたが、とうとう捜査網にひっかかった。

 オレと母さんは、ターゲットがわかった瞬間に、出動を自ら希望した。理由は簡単。そのターゲットが、一年前に父さんを殺したヤツだったからだ。

 しかし、たいしたもんだと思う。特警の捜査網を1年もかいくぐってたんだから。

 とにかく、出動したオレと母さんは、何がなんでも仇を討つ為に、死に物狂いで相手を追い詰めた。今でもよく覚えている。






「母さん! そっち!」

「わかってる! 友、一気に行くわよ!」

「了解!」

 正直、手強い相手だった。特警隊員は、現場で生き残る為にとにかく過酷な訓練を課される。そのオレ達二人とまともに殺り合ったのだから、かなりの手練れだったんだろう。

 人気のない路地裏に追い詰めて、オレが銃をそいつに向けた。母さんはそいつの後ろから首にナイフを突きつけた。

「はぁ、はぁ……、やっと……、捕まえた!」

 今になってよく考えれば、オレも母さんも重大なミスを犯している。いくら逃げられないようにする必要があるとはいえ、拳銃を向けた延長線上に味方を置いていたんだから。それだけ焦っていたんだろうが、まさかこのミスが原因でオレ自身の人生が狂うとは思っていなかった。

「友……、撃ちなさい……!」

 引き金に指をかける。背中を冷や汗が伝う。

「早く!」

 母さんの声に急かされるように、オレは引き金を引いた。

 感情を殺さなければならない任務で、私怨を込めて人を殺そうとしたからだろうか。恨みを籠めて人を撃ったということは、その時のオレは犯罪の為に人を殺す殺人者となんら変わりなかったことになる。

 その一瞬の罪で、オレは自分の最愛の家族の命を奪ってしまった。







 乾いた発砲音と共に、銃口から弾丸が放たれる。

 直進する弾丸は、ターゲットの左胸に突き刺さり、その体を炸裂させて死に至らせる。

 はず、だった。

 全てが終わるはずだったその瞬間に、最悪の時は訪れた。

 そいつは一瞬で首に突き付けられたナイフを払い、身をかわしたのだ。

「え……?」

 オレの銃が狙った対象が避けたということは、当然その後ろには母さんがいる。その心臓に、銃弾が吸い込まれる様子が、スローモーションのように見えた。

 目の前に広がる紅い噴水。

 驚愕を顔に張り付けたまま倒れていく母さんの表情。

 ナイフが地面に落ちて立てた乾いた音。

 次の瞬間オレの目に映ったのは、左胸から紅い液体を流しながら倒れている自分の母親と、混乱に乗じて逃走を始めたターゲット。

「あ、ああ……、」

 父さん……、母さん……。

 オレは――、

「あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!」

 その後のことはよく覚えていない。怒りと混乱にまかせて犯人を撃ち殺した後、オレは気を失った。





 目を覚ますと、見えたのは病院の白い天井だった。

 途端に、脳裏に焼きついた悪夢がオレの精神を襲う。

 夢だと思いたかった。しかし、夢だと思うにはあまりにリアル過ぎた。

 ショックが大きかったからか、オレの精神は不安定の域をこえていたらしい。全く動かず、飯さえ食わなかったと、後から聞いた。

 その時のオレには、母さんを撃ってしまったという事実以外のことを考える余裕など、体中のどこにもなかった。飯なんか喉を通るはずがない。口に入れた瞬間吐きそうだった。

 自分の過ちで最愛の人間を失った。他に頼れる人もいない。絶望を身をもって知った。生きる意味など無いと思った。

 病室には特警の関係者以外誰も来ない。当然だ。親戚もいなかったし、事が事だけに、友達も来るはずがない。

 その内、死ぬことまで考え始めた。起きているときは常に慙悸の念に駆られ、寝ている時は悪夢に魘される。そんな状況でまともな精神状態が保てるはずがなかった。

 どのくらい時間が経っただろうか。本格的に死への覚悟を固め始めた時、担当の医者が言った。

『面会者が来ている』

 耳を疑った。めんかいしゃ? メンカイシャ? すぐには単語の意味が理解できなかったことを覚えている。考えても、誰が来たのか皆目見当がつかなかった。

 医者が病室を出ると同時に、誰かが駆け込んで来た。しばらく知り合いらしい知り合いに会っていなかったから、見た瞬間誰だかわからなかった。

 みつき、だった。そうとう急いで来たらしく、肩で息をし、いつもは白い頬は真っ赤に染まっていた。浮かんだ汗で、綺麗な茶髪が額に張り付いている。

 なぜここにみつきがいるのだろうか。わからなかった。その当時のオレとみつきは、家が近く、親同士が仲のいいただの幼馴染にすぎなかったから。

 病室に入ってきたみつきは、変わり果てたオレを見て少し驚いたような表情を見せ、それからひどく心配そうな顔をした。

 沈黙が流れる。静かな病室には、外から聞こえる蝉の鳴き声と、時折吹く熱を帯びた風が木の葉を揺らすカサカサという音だけが響いていた。

 何か言おうとしたが、言葉がでてこなかった。

「ゆう?」

 やがて、みつきの方が先に口を開いた。その瞬間、瞳から大粒の涙をこぼす。

 なんで泣くんだよ……。お前が泣くところじゃねーだろ……。

 そのままみつきはしばらく声を殺して泣いていた。まるで自分が怖い思いでもしたかのように。幼子が叱られでもしたかのように。

 戸惑い、何もすることができないオレは、ただただその様子を見つめることしかできなかった。







 数分が経過すると、みつきの様子も落ち着いてきた。そこでなにか気のきいたことを言うべきだっただろう。しかし、オレの口から出たのは、

「お前……、学校は……?」

 そんなしょうもないセリフだった。しかし、その日は確か木曜日。しかも午前中だ。現にみつきは中学校の制服を着ていたし、本来なら学校というのは間違いないはずだった。

 やっとの思いで尋ねたそのしょうもないその問いに、みつきは顔を上げ、

「飛び出して来ちゃった」

無理に笑顔を作って言った。なんともいじらしく、儚い笑みだ。

「なんで……、」

 こんなとこ来てんだよ、と言おうとしたが、

「さっきホームルームで先生が、『五日ほど前に、日向君が凶悪犯の殺人現場に居合わせた』って……、」

みつきが先に続ける。そういえば、特警の誰かに、明日学校に事情を説明するって昨日言われた気がする。五日前ってことは、オレは五日も人と会話していなかったってことか。

「それで、心配になって……、」

 そう言ってみつきは再び涙を流す。

 信じられなかった。こんなオレを心配しただけで、授業すっぽかしてまでみつきがここに来たことが。

 当時のみつきはオレが特警にいることを知らなかった。だから、純粋にオレが被害に遭ったと思ったのだろう。

 しかし、現実はそんな生易しいもんじゃない。もっと残酷なことが、実際にオレの身に起こったんだから。

 みつきの悲しげな瞳を見て、オレは真実を話すことを決意した。わざわざ学校を飛び出してまでここに来たみつきに、これ以上黙っておくこともできない。

「居合わせただけじゃねぇよ」

「え?」

 低い声で呟くように言うと、みつきは驚いたように顔を上げた。何も知らない無垢な瞳。その瞳を見て決意が揺らぐが、意を決して続けた。

「オレは――、」

 本当は秘密にしておきたかった。幼馴染というだけではなく、一人の女子として好きだったみつきには、オレが人を殺せる事も、母さんを撃った事も、知らずにいて欲しかった。それでも、自分を心配して来てくれた人間に嘘はつけない。だから、全て話した。

 みつきは多分凄く驚いていたと思う。当たり前だ。自分の幼なじみが人を殺せると聞いて、驚かない人間の方が珍しい。

 十数分ほどで、全ての事実を話し終わった。不思議と後悔はしなかった。唯一の心残りは、もうみつきはオレをまともな人間として見てはくれないだろうということだけ。しかし、それも覚悟の上だ。

「……、」

「……、」

 しばらく、部屋の中に重苦しい沈黙が充満した。互いに口を開くこともなく、じりじりと時間だけが無意味に過ぎてゆく。

 五分ほどして、みつきがぽつりと言った。

「それでも、」

「……、」

「ゆうが生きてて良かったよ……」

 おそらく、みつきの本心だったのだろう。テキトーな慰めや、上辺だけの気持ちではない。心からオレの為を思って言ってくれた言葉だ。

 しかし、その時のオレはまともな状態じゃなかった。自分に向けられる優しさのこもった言葉は、全て自分を責める要因にしかならなかったのだ。正直、そんな言葉をかけられることは、死んでしまった母さんへの冒涜にしか思えなかった。

 頭の中が熱くなり、その熱が全身に急速に伝わっていくのがわかった。カッとなるっていうのは、おそらくああいう感じを言うんだろうと、冷静な今ならわかる。

 その熱を一気に放出するかのように、いつのまにかオレは語気を荒げて叫んでいた。

「いい訳ねぇだろ!」

 拳を壁に叩きつける。室内に鈍い音が響き、みつきの肩がビクッと震えた。そこでやめればよかったのに、熱を帯びた体と精神は止まらなかった。

「オレが、この手で、母さんを撃ったんだよ! 父さんがいなくなってからの最後の人との繋がりを、自分の手で壊したんだ! あそこで死んでりゃよかったよ、オレも……! なのに……、」

 八つ当たりだ。わかっていた。みつきは何も悪くない。オレなんかのために、自分のことほったらかして来てくれてるのに。それでも無意識のうちに真意を吐き出してしまっていた。

「はあ……、はあ……、」

 息が上がる。ここまで必死になって何か叫んだのは、初めてだった。

 許せない。こんなことになる原因を作った世の中も、こんなことを引き起こした自分自身も。己の体が罪の塊でできている気さえした。

 そうとう強く壁を殴ったようだ。今さらになって、右の拳がじんわりと痛んできた。しかしその痛みさえ、自分に与えられた戒めと思えばしかたないと思った。

「いい訳ないだろ……」

 もう一度だけ繰り返した。先ほどまで凄まじい速度でオレの体を支配していた熱が、それと同じ速度で今度は引いていく。

 だんだんと冷静さを取り戻しつつある頭が、事実を改めて認識した。

 『オレは独りだ』と。

 全てを失った。父さんが死んでも、オレには母さんがいた。なのに、その母さんとの繋がりを、自らの手で断ち切った。残ったオレはどうすればいい? 罪の意識にさいなまれて生きていくのか? いや、そのくらいならいっそ……、

 ベッドの脇には銃の入ったアタッシュケースが置いてある。ほぼ無意識のうちにそのケースに手を伸ばしていた、その時、

「独りじゃないよ」

 不意にみつきが言った。なんの前触れもなく、しかし、まるでそれが世界の常識であるかのようにはっきりと。

「え……?」

 どういう意味かわからなかった。が、それでも、アタッシュケースに伸びかけていた腕は止まった。

 呆けた表情をしているであろうオレの目をまっすぐ見つめて、みつきは続ける。

「私がいるでしょ? ゆうは独りじゃない。最後の繋がりなんかじゃないよ。だから……、」

 そこでみつきはいったん言葉を切った。苦しそうな顔をして、一度息をのみ込み、

「死ねばよかったなんて言わないで……」

注意していなければ聞き逃しそうな声でそう呟いた。その間にも、ぽろぽろと涙が落ちる。

 その涙を拭う為か、みつきは下を向いて目をごしごしとこする。しばらくそうしていたが、やがて顔を上げ、濡れた目でオレを見据え、

「これからは、私がゆうと一緒にいてあげる」

 決然とした口調で言った。

 事態が飲み込めない。

「お前、何を……、」

 必死で頭を回転させ、何か言おうとするが、

「本気だよ。私はゆうが大好き。だからゆうが『オレは独りだ』って言うんなら、私がゆうと一緒にいる。ううん。一緒にいたいの」

 それを遮ってみつきは続ける。軽く圧倒され、本気で驚いた。みつきにそんな風に言われるなんて思ってもみなかったから。

 嬉しくないといえば嘘になる。オレだってみつきが好きだ。本来なら喜ぶところだろう。

 でも――、

「だめだよ」

 目を閉じ、首を横に振る。

「どうして?」

 みつきは戸惑ったような表情でオレに聞いた。

 どうして、か。

 オレは黙ってみつきの前に自分の右手を差し出した。

「この手が何かわかるか?」

 静かに問うと、みつきはふるふると首を横に振った。

「殺人者の手。人を殺せる、いや、殺した手だ」

 右手を下ろしてゆっくりと言った。

 みつきはオレのことが好きだと言った。それはもちろん幸福なことだ。ああそうさ。オレだってみつきが好きなんだから。

 好きな相手には幸せになって欲しい、というのは、誰でも思うことだ。オレも同じ。みつきには、誰より幸せになって欲しい。

 だから、駄目だ。オレじゃあ、人殺しのオレなんかじゃあ、みつきを幸せにすることなんてできるはずがない。

 またも、目を閉じて首を振る。

「だめだよ、みつき。オレじゃあ。自分から不幸な選択をするこたぁ……、」

「不幸なわけないでしょ?」

 不意に、下ろした右手が握られる。とても温かく、柔らかい感覚。

 驚いて目を開けると、少し拗ねたようなみつきの顔があった。

「好きな人と一緒にいられて不幸なわけないじゃない」

 当然のように言い、みつきはほほ笑んだ。そして椅子をガコガコ響かせながら体をこっちに寄せ、ベッドに座ったままのオレの背中に腕を回して抱きしめた。

 突然のことに戸惑うオレの耳元で、

「だから、生きて。一緒にいよ? ゆう」

強い口調ではっきりと言った。

 とくとくと、みつきの心臓の音が聞こえる。その音に導かれるようにして、体になにか心地よい感覚が広がるのがわかった。言葉では形容できない、しかし確かにそこに存在する感覚。

 生きて、と言われた。全て失ったオレに与えられた新たな希望。まだ自分が必要とされている。半ば信じられなかったが、みつきの目は本気だった。

 生きたい。そう思った。いや、ただ生きるんじゃない。オレにもう一度命を与えてくれたみつきを、何が何でも幸せにしたい。不幸から護りたい。そんな強い思いが全身に満ちていく。

 気のせいか、視界がさっきよりも鮮明になった気がした。灰色だった世界が鮮やかな色に染まっていく。

「どうかな?」

 抱擁を解き、オレを正面から見据えると、みつきはにこりとして問うた。

 応える。

「ああ。ありがとう、みつき」

 その時、オレは決めた。今、この国では、絶対の安全が保障される場所はどこにもない。いつ誰がどこで犯罪に巻き込まれてもおかしくない世界だ。当然、みつきもその例外ではない。

 だから、オレが護る。自分は特警にいる。いつ死ぬかわからない。その上、オレは人殺しだ。だが、このバカげた世界からみつきを護る為なら、死のうが手足がフッ飛ぼうが、いくらでも感情を殺す。

 その日から、オレはもう一度みつきによって生かされたんだ。

次話はなるべく早く更新したいと思います…。

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