FILE4.2:IT'S SHOWTIME!!
相当久しぶりです。相当長いです。
しかも書く期間がちょくちょく空いたため、クオリティーが大変なことになってます。
どうしてこうなったorz
突然の大きな音に、タカフミ、澤田さん、リョウ、小窪さん、その他店内にいる全員の視線が扉に向いた。両開きになっている扉のどちらもが全開になり、空調のきいた店内に外のむっとした熱気が入って来る。やけに眩しい光が見えたのは、車のライトが店に向かって点いているからだろうか。
通常、店の扉が開く時というのは、客が出入りする時だ。その扉が外から開いたということは、つまりはこの店に入って来る人間がいることになる。それだけ見れば何も不思議な出来事じゃない。ここが酒場である以上、酒を飲みに来る客はいるのだから。
だが曲がりなりにもオレ達は、今まで死線、生死の修羅場をくぐってきた裏社会の人間。多少でも自分の身に死が迫れば、それを感覚として感じ取る。シックス・センス、第六感。そんな不可視の力で、危機を察知するのだ。
そして、それがまさに……、
「っ!」
今だ。客が入って来る時の雰囲気じゃない。何かが来る。そんな空気を早くも読み切った店内の全員が、息を呑んで自分の武器に手をかけていた。
(なんだ……!?)
かくいうオレも、無意識のうちに背面のイーグルに手を伸ばした。酒やトランプ、世間話を堪能していた和やかな空気が、一瞬で強烈に張りつめる。戦場に立つスイッチを、ここにいる皆が入れ終えた。
その直後、開け放たれた扉から、ぞろぞろと武装した男達が入ってきた。無遠慮に、手に握った金属で鈍い光を反射させながら。一、二、三……、多いな。見えるだけでも十人はいる。店の外にはそれ以上の数がいそうだ。見たところ、軍隊のような重装備というほどでもないが、それでもそいつらの手には銃器という、人を殺す為の道具が提げられている。
(UZIにガバ、トカレフか……)
ざっとその男達を観察してみたが、武器はどれも場所によっては安く手に入りそうなものばかりだ。ボディアーマーを着てるヤツもいないし、とりあえずチンピラの類と見て間違いなさそうだな。
オレがそんな分析をし終えた時だった。おそらくカウンターの内側に置いたワルサーに手を伸ばしているであろうタカフミが、落ち着き払った様子で口を開いた。
「どちらさんかは知らないが、ウチの店は一見さんお断りなんだ。出て行ってもらえるかな」
左手の拳を握って親指を立て、その親指で店の外を指しながら、タカフミは言う。場の緊張が高まるのに反比例して、彼はどんどん落ち着いていくのがわかる。さすがは、腐っても店のマスターだ。
タカフミが発したその警告を聞いて、男達はまず下品にでかい笑い声を上げた。完全にバカにした笑いだ。聞いているだけで不快になるような、だがなぜかどこかで聞いたようなその耳障りな声を聴覚で感じていると、集団の一番前にいたUZI――9mmルガー弾をバラまく、イスラエル製のサブマシンガンだ――を持った三十代ほどの男が口を開いた。
「ハハハ、俺たちゃ酒を飲みに来たんじゃないさ。この店に、身長が百八十センチくらいで目つきの悪い、加えて大砲みたいな銃を持った男がいるらしいんだが、ソイツに用があるんだ。出してもらおうか」
UZIで自分の肩をトントンと叩きながら、男はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。他の男達も同じような表情をしており、見ているだけで気分が悪くなりそうだ。つーかよく見たらあのUZI、なんか安っぽい。多分安物のコピー品だな。周りの男達の銃もほとんど似たような安物のようだ。
しかし、身長百八十センチで目つきの悪い、大砲みたいな銃持った男ねぇ……。この場にそんなヤツいたか……?
と、思ったら、
「え?」
カウンターに座ったままの澤田さんが、どうしようもない物を見る目でこっちを見ていた。その隣に座ったリョウも、おまけにタカフミも全く同じような目でオレの方を向いている。
オイコラ、どういう意味だよ。
「ちょっ、なんだよみんなして。小窪さんもなんとか言って……、」
そう言いながら振り向いてみれば、その小窪さんも、更には同じテーブルについたあとの二人も、つかぶっちゃけ、店内にいる全員がオレをそんな目で見ていた。
ヤバいぞ。泣きそうだ。
「いや、何その目……、」
ん? ちょっと待てよ……?
(身長百八十で、目つきが悪い……? 大砲みたいな……)
…………。
――――?
(オレじゃん!)
オレだった。
いや、けど待て。あんなガラの悪いおっさんに面会希望されるようなことなんかしたかオレ? してないだろ。だからみんなそんな白い目で見てくるのやめてマジで。誰か誤解だと言ってくれ。
自分でも何を考えているのかよくわからないほどパニくってきたが、これに関しては本当に身に覚えがない。だいたい、呼び出されるんならオレじゃなくて澤田さんとかリョウの方がまだしっくりくるだろ。ギャンブルでコテンパンにしたとか女たぶらかしたとかで。
ここは毅然とした態度で誤解を解くべきだと思い、座っている椅子から立ち上がった時だった。喋っていたおっさんの後ろから、鼻がひん曲がった男が二人、顔を覗かせた。恐る恐るといった感じで出てきたその男達と目が合った瞬間、
「……、あー……」
全てを悟ってしまった。立ち上がったままでがっくりとうなだれる。
そりゃオレが呼ばれるわ。アイツら、さっきボコったヤツだ……。
二人の男は、オレと目が合った瞬間、先頭のおっさんに何かまくし立てた。オレを指さしながら言ってるから、まあ十中八九さっきのことをチクってるんだろう。十数秒後、話を聞き終えたおっさんがゆっくりとこっちを向いた。
「よォ、お前さんか。見たところガキだが、ウチのモンがえらく世話になったらしいなぁ」
またもUZIで肩を叩きながら、悪役の見本のようなセリフをおっさんが紡ぐ。どうやら、見た感じこのおっさんがボスらしい。
うぜぇ。何が世話になっただ。強姦魔の親玉がよく言うぜ。
下卑た笑いを浮かべるそのおっさんに、中指を突き立ててやった。
「うるせぇよカス野郎。手下の管理もロクに出来ねェような能無しがボス気取って報復のつもりか? 笑わせるぜ。ここは動物園の猿山じゃねーんだよ。とりあえず、その安物コピー銃より更に安い脳みそ絞って、手下には常識と日本語くらい教えとくんだな」
そう言い終えると同時に、店内が静まり返った。澤田さんとリョウ、その他大多数の人間は笑いをこらえるような表情をしている。ただ一人、タカフミだけは呆れたように頭を抱えていた。
一方、オレの露骨な挑発を聞いたおっさんのこめかみは、ひくひくと動いていた。マンガだったら青筋立ってるんじゃないだろうか。銃を握った手も小刻みに震えているし、とりあえず完全にキレたのは間違いないようだ。
その予想通り、おっさんはUZIの銃口をオレに向けながら叫ぶ。
「遠慮すんなテメェら! あのクソガキをブッ殺せ!」
その声を合図に、周りのチンピラ達も一斉に銃口をオレに向けてきた。図星過ぎて返す言葉もないらしいな。
ま、この店が廃都に建っている以上、撃ち合いは珍しいことじゃない。多分、ここにいる全員が既に臨戦態勢だ。いっちょ派手にやろうじゃねーの。
オレがダッシュでカウンターの向こう側に飛び込んだのと、薄明るい店内に銃声が響き渡ったのが、ほぼ同時だった。ゴングだ。
次いで照明や、棚に並べられた酒のボトル、グラスが割れまくる音がやかましく響く。カウンターにも遠慮なく銃弾がブチ込まれていくが、土地柄の為に防弾仕様になっており、弾は貫通してこない。ただとりあえず、店のマスターであるタカフミには謝っとこう。ごめん、店壊して。
「友、随分と行儀の悪い友達だな。どこで知り合った?」
心の中で謝っていると、オレと同じくカウンターを盾にしているタカフミが、ベネリを構えながら皮肉を投げてくる。見ると、リョウと澤田さんも銃を手に持ちながら隠れていた。
「るせーな。好きであんな猿野郎と友達になるかよ。ちょっとばかし面倒事に巻き込まれただけだっつーの」
「アホ言え日向。事情を説明しろ。まさかただのケンカとかじゃねェだろうな」
イーグルを抜きながら答えると、澤田さんがマジ顔でそう問うてきた。正当防衛が成立する状況とはいえ、こういう状況になってしまった理由をオレが握っているのだから当然だ。訳もなくケンカしてその報復がきました、では特警隊員として許されない。
銃の安全装置を解除しながら答えた。
「いやまあ、なんつーか、オレ今日ここ来るの遅かったじゃないすか。実は来る途中、さっき喚いてた二人が中学生くらいの女の子に乱暴してまして。それを助ける為に一暴れしたみたいな……」
まあ、もう少し穏やかな手段で解決することができなかった訳じゃない。ただ相手もナイフ持ってたし、急いでたし、仕事のせいで体が勝手に動くのは職業病っていうか……。
意味もなく自分に言い訳しながら、おそるおそる澤田さんをチラ見すると、予想に反して彼は深くうなずいていた。タカフミも生温かい視線を送ってくる。リョウはこんな状況でもケータイでおそらく女子からのメール見てるからスルー。
澤田さんが、深く感心したような様子で口を開く。
「よくやった日向。それでこそ男だ。お前もまんざらクズじゃなかったんだな」
ということはオレの評価は今までただのクズだったんですかそうですか。
オレがへこんでいる間にも背後では、店内にいた客と、招かれざる敵との銃撃戦が続いている。そこへこれから、ウチの支部第二のジョーカーが降臨するらしい。死神の鎌の代わりにその手に握られた二挺の銃は、猛獣の牙のように鈍い銀色を反射している。もし殺気が目に見えるなら、きっとこの銀色が、この人の殺気の色なんだ。そんなことを思った。
「最高じゃねェか。酒の肴に派手なケンカ。これ以上はないってくらいの贅沢だ。さてと――、」
一瞬の呼吸の後、澤田さんは勢いよく立ち上がった。
「ショータイムだぜテメェら!」
二挺のベレッタM92Fが火を吹いた。凄まじい速度で9mmルガー弾が連射され、金色の空薬莢が舞い踊る。すぐさま澤田さんはカウンターから飛び出し、そのガタイの良さからは想像もつかないほど身軽に動きまわりながら敵に銃弾をブチ込んでいく。その正確さたるや、まるで敵とベレッタの銃口が一本の線でつながれているかのようだ。
通常、二挺拳銃というのはマンガや映画の演出としての技法であり、実際は反動等の問題で敵に弾を命中させるのは至難だという。しかし澤田さんは、元々の天才的な射撃センスに加えて異常なまでに強い手首で反動を無理矢理抑え込み、銃の型としては邪道な、ウチの所長ですら出来ない二挺拳銃を完全に使いこなしている。犯罪者の間では、その戦闘スタイルと使用している銃から、マンガのキャラになぞらえて『二挺拳銃』とも呼ばれているらしい。
「オラオラ、せっかく来てんだからもっと楽しく踊れや!」
一発の銃声と、敵の断末魔がほぼセットで聞こえてくる中、澤田さんは台風のように店内で大暴れしていく。どこまでバグキャラなんだあの人は……。
敵も必死に反撃しているようだが、こっちには澤田さんだけじゃなく、店にいた客達もいるのだ。チンピラ程度の連中では、ほとんど何も出来ずに次々と倒されていくのが見える。
「まったく……。澤田さんにあやかるけど、ここはイエロー・フラッグじゃねぇぞ」
銃撃を迂回してカウンターに攻め込もうとしたチンピラの一人をショットガンでブッ飛ばしながらタカフミが悪態をついた。そしてジト目でこっちを見る。
「友、」
「わーってるよ。悪いとは思ってる」
バツが悪くなって目を逸らす。ヤツらが店にまで押し掛けてくるのはさすがに予想外だったが、それでもこの騒動の原因がオレにあるのは確かだ。店主であるタカフミからしたら、こんな事態はいい迷惑だろう。
とりあえず、これ以上被害を大きくしない為にもオレは外に出なければならない。銃を強く握り、タカフミの方を振り返る。
「という訳で、今日はもう帰る。なんか悪かった」
「悪いが、そうしてくれ。このままじゃウチの店は相当風通しが良くなりそうだからな」
「金は今度修理費といっしょに持ってく。よし、リョウ、行こうぜ」
さっきした送迎の約束を施行するべく、リョウに声をかけると、彼からはふざけた返事が返ってきた。
「はー? アホ言うなよアホ。こんな危ない状況で連れて帰れる訳ないじゃん。他あたれ、他」
未だケータイをいじりながら、手の甲で払うような動作を見せるリョウに思わずキレそうになるが、なんとか踏みとどまった。
「テメー、約束が違うぞバカ野郎」
「状況が違うんだから約束だって違ってくるさアホ野郎」
よくわからん理屈を吐きやがるなこの変態は。アホアホうるせぇし。
しかし、オレ一人でここから脱出するのは非常に危険だ。敵は数だけは多いらしく、澤田さんが大暴れしても、次から次へと店に増援が入ってくる。さすがにオレも、店から出た途端に大人数に囲まれたら対処しきれないかもしれない。
(仕方ねぇ……)
我関せずのこの男を動かす方法は、今のところ一つしかない。
「わかった。ならお前を雇う。逃がし屋としてな」
仕事として頼むのなら気分では断れないだろう。コイツの商売にも信用ってモンは大事だろうからな。
オレの雇う宣言を聞くやいなや、リョウは一つ舌打ちをして、「そうきやがったか」と呟いた。ケータイを閉じてから問うてくる。
「金はきっちり払うんだろうな」
「当たり前だ。いくらだよ」
「悪戯分割引の百五十万で勘弁してやる」
相変わらず高けぇ……。けど四の五の言ってられる状況でもない。
「わかった。それでいい」
「んじゃ契約成立。出るぞ」
リョウが銃を抜いて立ち上がる。シルバーのデザートイーグル.50AE、10インチモデルは、澤田さんのベレッタとはまた違う凶悪さを込めた銀色を反射いていた。拳銃にしては長過ぎる銃身から発せられる威圧感がそう感じさせているのかもしれない。
「じゃ、悪いけどタカフミ、あと頼むな。澤田さん、出るんで道の確保をお願いします!」
よく体力が続くなと感心するほど暴れ続けている澤田さんに向かって叫ぶと、彼は銃を握ったままで右手の親指を立てた。注文通り、突破口を開いてくれるらしい。
澤田さんは両手に握った二挺の銃の両方からマガジンを抜き、すぐさまポーチから次の弾倉を取り出した。しかしそれは普通の四角い箱型マガジンではなく、大柄なドラムマガジンだった。かさばるのが難点だが、拳銃としては破格の三十発以上を装填できる弾倉だ。そして澤田さんがアレを使うのは、あの改造ベレッタの真価を発揮する時……!
グリップにドラムマガジンをセットすると、澤田さんはそれぞれの手の親指でセレクターを操作した。そのまま銃口を店の出入り口方面に向け、
「ほらよ、」
そして、引き金を引く。
「お望みの突破口だ!」
瞬間、連続した発砲音と共に、9mm口径の拳銃弾がフルオートでバラまかれた。ベレッタのスライドが凄まじい速度でブローバックし、その度に空薬莢が乱れ飛ぶ。途切れることのない激しい音、マズルフラッシュ、火薬のにおいを辺りに撒き散らしながら銃口から伸びるのは、人を射殺す鉛のライン。身を護る為に敵が悲鳴を上げながらそのラインから退避していき、店の出口までに誰もいない、一本の道が生まれた。注文通りの突破口だ。
「さっすが澤田さん。よし、出るぞ依頼主」
「あいよ」
リョウと同時にカウンターを飛び越え、フルオート射撃で弾を撃ち切ってマガジンを替えている澤田さんのサイドを駆け抜けた。そのまま出口に向かって、バラまかれた空薬莢を踏まないように気を付けて走る。
「ふざけんな死ねクソガキ!」
扉まであと少しというところまで走った時だった。澤田さんの猛攻をかろうじてしのいだらしいチンピラの一人が倒れたテーブルの陰からガバメントで狙ってくるのが見えた。
いつもなら即座に反撃できるタイミング。しかし、足下に注意を向けていた為か、反応が遅れた。オレがイーグルを向けるより、相手が銃口をオレの頭に向け、引き金を引く方が早い。
(しまっ……、)
せめて受けるなら頭以外の箇所でと思い、腕でガードしようとした瞬間だった。どこからか轟音が響き、相手のガバメントが弾け飛んだ。敵の手から離れたガバメントは、店の壁に跳ね返ってどこかへ消えてしまう。
銃が飛んだのと反対方向に視線を向けると、十メートルほど先で小窪さんがリボルバーを構えていた。その銃口から硝煙が細くたなびいているから、おそらく小窪さんが敵のガバメントをリボルバーで撃ってブッ飛ばしたのだろう。強力な.357マグナムで撃たれりゃそりゃ銃も飛んでくわな。
突然武器を失って呆けている相手に銃弾をブチ込んでから、小窪さんに軽く頭を下げる。
「サンキュっす小窪さん! 助かりました!」
「おう、トランプの続きはまたやろうや! 藏城とかによろしくな!」
ローダーで弾丸を再装填しながら小窪さんはそう言った。その快活さに感謝しながらもう一度会釈し、ついに店の外に出た。
途端に、蒸し暑い熱気と眩い光がオレ達を出迎えた。店の前のただっ広い空間に、十台以上の車が止まっており、そのライトが店に向かって伸びているのだ。
「つかオイ、マジかよ……」
だがその光の眩しさも、そこにあった光景に比べればなんでもなかった。呆れから、自分の顔が勝手に苦笑いしているのがわかる。
店の中でも、どんどん入って来る敵を三十人近く倒したはずだ(まあ、そのうち二十人は澤田さん一人で倒しているが)。だというのに、外には更に五十人ほどのチンピラが待機していた。しかも全員が全員、何かしら武装している。銃を持っていないヤツもいるが、ソイツらもナイフなり鉄棒なり、穏やかでない何かを持っていた。
パチモンUZI持ってたあのボスっぽいおっさん、意外と人望あったんだな。ここまで大人数とは思わなかった。
唖然としていると、リョウがヘラヘラ笑いながら皮肉を投げてきた。
「友達少ないヤツかと思ったら、意外に多いんだな、友」
「うるせぇほっとけ。あんな友達ならいらんわ。で、リョウ。車はどこだよ」
「店の裏。とっとと行ってとっとと帰ろうぜ」
こっちだ、と言って駆け出したリョウに走ってついていく。オレ達を視界に捉えたチンピラも怒声を上げながら追ってきた。
「待てコラガキィ!」
「うっせぇボケ!」
撃ってきたヤツには遠慮無しに撃ち返す。そんな凶悪なコミュニケーションを繰り返していると、視線の先にリョウの車が見えてきた。ホンダのシビック。優雅に光る真っ赤なボディが、荒廃した街の景色にはなんだか不釣り合いだ。敵がオレ達に向けて撃った弾丸が狙いを外して車の窓に当たっているが、そこはやはり裏社会仕様の改造車。強化防弾仕様のガラスが飛来する鉛をやすやすと弾き返していた。
「あーあーオレの愛車に好き勝手しやがって。ほら友、さっさと乗れ」
「わーってるよ」
運転席に乗り込んだリョウに続いて、助手席に滑り込む。扉を閉めると、数秒と待たずに車は発進した。
全弾撃ち切って、ホールドオープンしたイーグルからマガジンを抜き出し、新しい物をセットしてスライドストップを押し下げる。初弾が薬室に送り込まれたのを確認してから窓を開け、車の進路上にいる敵に向かって連射した。
「車だ! 残ってるヤツぁ全員車であのクソガキを追いかけてブッ殺せ!」
とりあえず、近場の敵から蹴散らしていっていると、どこかから怒鳴り声が聞こえた。声のした方を見れば、ボスのおっさんが多数停められた車のうち一台に乗り込みながら叫んでいる。
姿が見えないと思ったら、外にいたのかあのおっさん。
「見たかよリョウ。あのおっさんまだ生きてたぜ」
「ああ。とっくにくたばったのかと思ってた」
敵が撃ってきたのを車内に引っ込んでかわしながら言うと、リョウはハンドルを切りながらそう答えた。
しかし、おっさんが部下に怒鳴っていたのを聞く限りは、車上戦になりそうな予感がする。カーチェイスって言うのか? 映画なんかでよくある展開に巻き込まれそうだ。
「リョウ、お前運転しながらでもやれるよな。さすがにあの数を一人じゃキツイわ」
次々と発進し始めた敵の車を呆れながら見て言うと、リョウはなぜか驚いたような顔でこちらを見てきた。
「んだよそのリアクション」
「いや、なんで俺まで戦闘参加することになってんの?」
「はぁ!? おま、ちゃんと雇うって契約しただろ!?」
話が違うと食って掛かると、彼はまったく動じた素振りも見せず、
「いやー、だって俺が雇われたのはあくまで逃がし屋としてだし、当店では戦闘を行う用心棒は別料金となっております」
そうのたまった。
「てめっ……」
この商売上手が……!
「まああれだ。追加料金で引き受けてあげてもいいのよ」
ヘラヘラと笑って、リョウは再び前を向いた。どうやら本当に一人でこの状況を凌がないといけないらしい。
(薄情者め……)
心中で毒づいてから、後部座席に目を移した。よく手入れされているシートの上には、巨大な木箱が鎮座している。中に人が一人楽に入れそうな、棺桶と言われても不思議じゃないようなサイズのものだ。
腕を伸ばしてその木箱の蓋を開けた瞬間、オイルの臭いが車内に広がった。それもそのはず、中に収まっていたのは、複数の銃器だったのだ。窓の外から入ってくる僅かな街の灯りを反射し、獰猛にその牙を見せ付けている。
「借りるぜ」
「弾代は後で請求するからな」
運転手に声をかけてから、雑多に入れられた銃のうち一つをチョイスする。敵ボスのおっさんが持ってたのと同じ、UZIだ。ただ、向こうのパチモンと違ってこっちはちゃんとした純正品らしい。目には目を、SMGにはSMGをだ。
「っし!」
拳銃と同じようにグリップ内にマガジンを叩き込む。正直、命中精度はあまり期待できないが、まさしく下手な鉄砲数撃ちゃ当たるってヤツだな。
窓を開け、後ろの様子を伺うと、十台以上のボロ車が追ってきていた。どんだけ大人数で来たんだよ。
「っらえ!」
セレクターをフルオートポジションにしてから、引き金を引いた。瞬間、手首に走るガツガツとした反動を伴って九ミリパラベラム弾が勢いよく撃ち出される。発砲音とボルトの動作音がうるさく響き、火薬の臭いが鼻をついた。それに合わせて排莢口から空薬莢も大量に吐き出される。金色に輝くそれは、地面に落ちた後に軽い音を響かせ、流れる景色とともに消えていった。
「どうだコラ!」
一気に全弾撃ち切り、空になったマガジンを抜きながら敵を振り返る。が、
「撃て! ブッ殺せ!」
敵は全員無傷でピンピンしていた。いや、それどころかヤツらの車にもほとんど弾痕が残っていない。何事もなかったかのように反撃してきているということは、つまり数十発撃った弾丸は全て外れたらしい。
ふと運転席に目をやると、リョウがかわいそうなモノを見るような目をこっちに向けていた。
「お前、射撃に関しちゃホントにセンス無いよな」
「う、うるせぇ。フルオートなんか普段やらねぇからしょうがないだろ」
「それにしても普通全弾外すか?」
侮辱は無視して再びマガジンをグリップ内に叩き込む。次こそ当てる。
「あー待て待て」
と思ったら、運転手がそれを手で制してきた。
「んだよ」
「お前に任せてたら弾がいくらあっても足りねぇよ。ヘボはおとなしく運転でもしてろ。オレがあいつら片付ける」
「運転してろって、どうやって」
走行中に運転替わるのは無理だし、だからと言って止まったら蜂の巣だ。コイツは自分が何を言ってるのかわかってるんだろうか。
などと思っていると、リョウはこちらに何か投げてよこした。慌ててキャッチし、見てみるとそれは、
「……おいリョウ、」
「どしたよ、早くしな」
「コレどう見てもゲームのコントローラーじゃねーか!」
しかもリモコンをハンドル型の装置に装着して操作するヤツ。何年前のゲームだよ!
「ギャグやってる場合か!」
「何言ってんだ大マジメだぜ? 運転中に急遽戦闘参加することになった時の為に、助手席にも運転機能付けてんだよ。ためしに操作してみろ。あれだ、亀の甲羅とか飛ばしたりするレースゲームと同じ操作だから。アクセルとブレーキはそっちの足元にもある」
そう言うとリョウは、ハンドルとアクセルから手足を離してしまった。
「うおお!? ちょまっ!?」
慌ててコントローラーを操作してみると、一瞬ぐらついた車体がすぐさま安定した。握ったハンドル型装置を右に傾ければ右に、左に傾ければ左に車は動く。ホントに操作と動作が連動してやがる。
「な? 問題ないだろ?」
ドヤ顔で言うリョウを見ていると、言い返すのがメンドくさくなってきたから、もう知らん。言われた通りオレは運転に専念しよう。
ハンドルから両手を離したリョウは、腰のホルスターから銃を抜いた。拳銃としては規格外のサイズを誇るデザートイーグル.50AEの10インチモデルが鈍い色の光を反射するのを、視界の端に捉える。
「用心棒は別料金じゃなかったのかよ」
「バカ言え。お前に任せてたら料金より弾代の方が高くついちまうぞ」
「くっ……」
図星過ぎて言い返せない自分が憎い。
「安心しろ、さっき澤田さんが普段より高値で情報買ってくれたから、その分安くしといてやるよ」
こちらを向かずにそう言って、リョウは銃の安全装置を解除した。そのまま表情をすっと引き締め、グリップをしっかり握って構える。
「スコープは?」
「いらん。あんなヤツらアイアンサイトで十分だ」
いつもは付いているのに、今日は姿の見えない照準器の所在を問うと、自信たっぷりのセリフが返ってきた。だがそれは慢心ではないことを、オレは知っている。裏社会のハンドガンスナイパーの実力は伊達じゃない。澤田さんに勝るとも劣らない射撃の腕でコイツが敵の頭を正確に撃ち抜く様を、今までに何度も見てきた。
しばらく道路に合わせて車を右に左に動かしていると、不意にリョウが手のひらを下に向けた状態で左手を上下させた。これは、速度を落とせというサインだ。
それに従って少しスピードを緩めると、今までついて来るのがやっとだった後方の敵勢が、これをチャンスと見たのか一気にアクセルを全開にして接近してきた。その様子をバックミラー越しに確認して、リョウに「来たぜ」と声をかけると、ヤツは無言でうなずいた。そして、開け放した窓の外に銃口を向ける。まだそこには何も現れていないというのに、まるで流れる風景を射抜こうとでもしているかのようにオープンサイトを覗き込んでいる。
なるほど、オレに速度を落とさせた狙いがわかった。どうやら敵が並んでくるのを待ち構えて撃つつもりらしい。
数秒もすると、急激にスピードを上げた敵の車がオレ達のやや後方にぴったりとついてきた。チャンスさえあればいつでも攻勢に出られる位置だ。隙あらば一気に攻撃をしかけてくるつもりなのだろう。中には当たりもしないのに無駄弾をバカスカ撃ってくるヤツもいるものの、敵のほとんどは発砲の機会を静かに窺っているようだ。その判断は賢明だが、ヤツらはわかっていない。自分達が敵を射線に捉えるということは、つまりその敵が自分達を射線に捉えるのと同義なのだ。銃という、直線上のみを殺傷範囲とする武器は、射程内であればお互いに敵を殺す機会を有する。
そしてヤツらにとっての敵とは、これまでに幾度となくターゲットの頭を射抜いてきた百戦錬磨のハンドガンスナイパー。その照準線に入ったが最後、引き金にかけた指を動かす間も無く頭に大口径の穴をこしらえることになるだろう。気の毒な話だな。相手が悪いにもほどがある。
そしてついに、十数台で固まった状態で走行していた敵の車のうち一台が飛び出した。更に速度を上げて、オレ達の真横に迫ってくる。
訪れた、二台の車が並ぶ瞬間。その車の運転手と、助手席から銃でこちらを狙っている敵の姿を視界の隅に捉えたのは、ほんの一瞬だった。次の瞬間には、腹の奥底に響くような轟音を伴って運転手の頭に巨大な穴が開いたからだ。操縦する者の絶命によってコントロールを失った車は、カーブを曲がれずに崩れたビルにぶつかって視界から消えていった。遅れてやってくる火薬のにおい。金色の空薬莢が車内に落ちるのと同時に、後方で爆発音が響き、オレンジ色の光が見えた。
隣を見れば、今しがた一瞬で敵の頭を射抜いた男が、微動だにせずそのまま銃を構え続けている。自分が撃たれた訳でもないのに、その姿に薄ら寒いものを覚えた。自分と相手。お互いが車に乗って動いている状態だというのに、拳銃で正確に頭の一点を撃ち抜くという行為は、深く語るまでもなく達人技だ。それをこいつは、息をするのと同じようにやってのける。ただでさえ当てることの難しい拳銃、それも反動の大きい.50口径の弾でここまでの精密な射撃能力を誇る人間は、おそらくリョウだけだろう。
「ホント、気の毒だよあんたら……」
小さく呟いてバックミラーを見ると、更に数台の車が一気に加速するところだった。数で攻めれば勝てると思っているのだろう。
しかし、そんな幻想をオレの隣に座る死神は許しはしない。一発も外さず、一発も無駄にせず、リョウは次々と迫る車の運転手の頭を射抜いていった。その度に主人を亡くした車が、ある時は壁にぶつかって、ある時はくるくると回転しながら、いずれも後方に消えては爆発する。
広い廃都の中を思いつくままに逃げ回っているうちに、敵の数はずいぶんと減った。それでもしつこく追ってくる敵にある種の感動を覚えていると、リョウが弾倉を抜きながら声をかけてきた。
「あと何台残ってる?」
「だいぶ減ったな。五、六台ってところか」
バックミラーに映る車の数は、最初の三分の一ほどになった。リョウの銃の装弾数は八発。全て外さず一撃で敵を仕留めてるから、チャンバーに一発入れていた分を合わせて九台もの車をスクラップにしたことになる。
オレからの返答を聞いたリョウは、新しい弾倉をセットはしたものの、スライドストップを押し下げた後にセーフティをかけて銃をホルスターに戻した。つまり、もう戦闘に参加する気は無いらしい。用心棒タイムは終了なのだろうか。
「残りどうすんだよ」
「面倒だから一気に片付ける。友、マガジン一本分はサービスしてやるから、UZIの用意しな」
そう言うと、リョウは自身もSMG、Vz.61を取り出した。スコーピオンとも呼ばれるコンパクトなSMGだ。
しかし、再びSMGを持てとはどういう指示なのか。悲しいかな、オレの射撃能力の低さは先のフルオート射撃で証明されてしまっているのだ。
(さっき散々バカにしやがったくせにこの野郎……)
しかし、ここで文句を言うと「じゃあさっさと降りてとっとと死ね」などと言われかねないため、しぶしぶ後部座席からUZIを手に取った。まあいい。この期に及んで狙って当てろなんてことは言われないだろう。
オレがUZIのセーフティを解除したのを見て、リョウが再度ハンドルを握って口を開く。
「運転はもういいから、よく聞けよ。今からソレで敵を撃ってもらうが、当てる必要はねぇ。まあ、お前は狙っても当たらんだろうけど。ぷぷぷ」
何コイツうざい!?
「え? 何? つまり殴っていいんか?」
「ジョークだよジョーク。いいか、お前はただ後方に向かってフルオートで弾をバラまけばいい。射線から逃げた相手をオレ達の真後ろに誘導するんだ」
「おいおい、何する気だ?」
「なーに、ちょっとした世紀のビックリショウを見せてやるだけさ。数台の車がまとめて吹っ飛ぶ感じのな」
なんか知らんが、コイツは何かとんでもない策を考えているらしい。だがしかし、世の中には知らなくていいこともあるだろうから、オレはあえてツっこまない。
仕方ないか。どうせあいつらをどうにかしないと家には帰れそうに無いんだ。まとめてブッ飛ばせるんなら見せてもらおうじゃねーの。
お互いの射撃用意が完了し、いつでもリョウのビックリショウとやらが始められる状態になった。バックミラーをちらりと見やったリョウが、ハンドルを切りながら指示を出してくる。
「この先の直線で始めるからな。合図したらとりあえず後ろに向かってブッぱなせよ」
「あいよ」
リョウが言っているのは、廃都がまだ壊れる前、普通の都市だった頃にメインストリートだった場所のことだろう。広くて長い直線が、ビルの群れを突っ切るように走っている、この幽霊街の中心地だ。もう数分もしないうちにそこに到着するが、どうやらそこでケリをつけるつもりらしい。
そしてついに目の前の角を曲がれば決戦の地という場所で、リョウは左手でハンドルを握り、右手には銃を携えた。それを見てオレもUZIを構える。
「さて、ショウの始まりってヤツだ」
隣でそう呟いたのが聞こえた瞬間、不意に体が大きく右へ引っ張られた。
「ちょっ!?」
バランスを崩して銃が手から離れるのを、慌てて空中でキャッチした。危ねぇ、暴発するとこだった!
何が起こったのかよくわからなかったが、気づいた時には目の前に直線道路がまっすぐ伸びていた。そこでようやく理解する。リョウはほとんどドリフトと言っていいほど急激に車を左カーブさせたのだ。オレはその遠心力に引っ張られてあやうく車内で銃をブッぱなすところだったと。このバカやる前に一言くらい言えっつの。
「あっぶねーな。ここはサーキットじゃねえぜ。カーレースがしたけりゃここをおん出てモナコへ行けよ」
「ジョークが寒いぜ依頼主。ほれ、ヤツらが全員来たら始めるぞ」
運転手の言葉を聞いて後ろを見ると、いきなり急カーブしたオレ達を数台の車がなんとか追ってこようとしているところだった。ほぼ直角の曲がり角をギリギリで曲がり、若干フラつきながらも直線に乗っている。ボロ車で無茶するぜアイツら。
呆れながら隣を向けば、リョウがうなずいている。いよいよだな。
「合わせろよ。三つ数えたらだ。三、」
UZIのトリガーに指をかける。
「二、」
右手を窓から突き出す為に、体を右側にひねった。
「一、」
銃口を窓の外、後方に向け、
「GO!」
トリガーを引く。
二挺のSMGが火を噴いた。運転席と助手席から、後方へ向けての一斉掃射。鉛のラインがフルオートで撃ち出され、連続して咲く発射炎が、既に二十二時を回った夜の廃都にストロボスコープのように光を落とす。
すぐさま小さく悲鳴が上がり、射線を避けるように動いた車の群れがオレ達の車のほぼ真後ろに固まった。計画通りの流れだ。
「リョウ、固めたぞ!」
「見りゃわかる!」
答えつつリョウは、足元にある何かを引っ張った。ここからじゃよく見えないが、レバーのような物のようだ。
すると次の瞬間、すぐ後ろの方でいきなりでかい音がした。
「うおっ!? なんだ!?」
「騒ぐんじゃねーよ。トランクが開いただけだっつの」
言われて後ろを見ると、確かにトランクの扉が開いている。いやつーか、開いただけって、これじゃ後ろから撃たれるだろ!?
「何考えてんだバカ!」
「うっせーアホ。黙って見てろ」
まったく焦る素振りを見せずそう言うと、リョウはいきなりアクセルを踏み込んだ。スピードが一気に上がるその刹那の間に、更に彼は、先ほど引っ張ったレバーの先端に付いているボタンを押す。
「ショータイム」
小さな呟きが隣から聞こえるのと同時に、開け放たれたトランクの方からゴトゴトと何かが動く音がした。何が動いた音なのかその時はわからなかったが、その三秒後、オレはそれを理解した。
突如、後方で凄まじい爆破音が響いたのだ。闇夜の黒の中を、黄色とも赤とも、その中間のオレンジともいえるような炎が生き物のように蠢き、爆風を作り出す。強烈な衝撃と唸る爆風で車は一瞬グラついたが、リョウのコントロールによってすぐに安定を取り戻した。
その爆発によって、後方に固まっていた車の集団が吹き飛ぶのも見えた。巨大な物体同士がぶつかってやかましい音を響かせ、あるものは横転し、あるものは回転しながら廃ビルに衝突する。それを見ているうちに、ガソリンに引火でもしたのか、更に二台ほどの車が爆発した。
スクラップの塊と化した元自動車が激しく燃え上がるごうごうという音を背後に聞きながら隣を見やると、リョウが再びレバーを操作してトランクを閉めるところだった。
「お前、何したっつーか、車に何仕込んでんだ……?」
突然の、あまりに衝撃的な光景を引き起こした原因に、若干引き気味で問うた。ビックリショウってより、ただの大惨事じゃねーか。
しかし当の本人は涼しい顔でハンドルを切りながら返答してきた。
「いやー、オレの車がちょっと粗相しただけだって。クソ野郎共にクソをくれてやったっていうか」
「お前の車のクソは爆発すんのか。笑えねーよそのジョーク」
「まあ種明かしするとしたら、お前も任務中に持ってるだろ。アレを十個ほどトランクからバラまいたんだよ。ピンを抜いたヤツをな」
何のことだかわからなかったが、ピンを抜いて、という表現でピンときた。いや、ダジャレじゃなくてマジで。
「さすがにそのギャグはないわー」
「違うっつってんだろ! つか心読むな!」
まあとにかく、コイツはトランクに仕込んだ何かしらの装置で手榴弾、ハンドグレネードを後方に向けてバラまいたらしい。いくら裏社会じゃ車両を多少戦闘用に改造することが多くても、この改造は意味不明だ。戦争でもする気かコイツ。
なんか、急にどっと疲れた。両手を後頭部で組んでシートに体を大きく預け、足をダッシュボードに投げ出す。
「ったくよ、むちゃくちゃってレベルじゃねーぞ」
「いいじゃねーか、あとは帰るだけだろ」
笑みをこぼしながらリョウが本町方面に向けてハンドルを操作しようとした、その時だった。
小さくだが確実に、遠雷のような低い音が響いているのが聞こえた。聞き違いかと思ったが、違う。かなりの速度でこちらに迫ってきている。
この音は、間違いない。
「っ!?」
「んだと!?」
車のエンジン音だ。
すぐさまリョウはバックミラーを、オレは開け放した窓から後方を覗き込む。そこには、あるはずのない光景が映っていた。
たった一台だけ、オレ達を追いかけている車がいた。その車体に爆発の影響を受けた様子はない。銃撃戦による弾痕が複数ついているだけのボロ車だ。
「マジかよ……、一台抜けてきてやがる。リョウ!」
「ああ見えた! 亡霊って訳じゃなさそうだな」
そう言うとリョウはどこからか単眼鏡を取り出し、こっちに投げてよこした。すぐにそれを目に当てて後ろを振り返る。
ピントを合わせると……、見えた。つーかオイ、マジかよ!?
「こいつぁビックリだな。リョウ、お前のショウより驚きだぜ」
「あん? 誰だよ」
「あのボスのおっさんだよ。まだ生きてたのかアイツ」
しばらくすると、おっさんの車がオレ達のすぐ後ろ辺りまで接近してきた。数発の発砲音が聞こえたのは、おっさんがエセUZIをブッぱなしたからだろうか。
「ふざけんな待てコラぁ!」
と、距離が詰まったから怒号も聞こえてきた。あの執念はある意味尊敬に値するな。
「すげぇな」
「ああ。根性っつか執念だけなら一流の殺し屋ともタメ張れるぜ」
リョウの手榴弾をかわしただけでもけっこう凄いが、その上諦めずに追ってくるとはさすがに予想外だった。ちょっと侮ってたわ。
ホルスターから銃を抜こうと、腰に手を伸ばした時、スピードを上げたおっさんの車がオレ達の隣、助手席側に並んだ。チャンスと思ったのも束の間、オレが構えるより早くおっさんが撃ってきた。
「っとあぶね!」
三発の9mmルガー弾が、後部座席の窓に当たって激しい音を立てた。間一髪でリョウがハンドルを操作したために射線が逸れたが、それが無ければオレの頭に弾丸がブチ込まれていただろう。
(射撃も、下手って訳じゃないんだな……)
悔しいが、少なくともオレよりは上手い。
「ヘイヘイ、さっさと決めちまいなよ依頼主」
「わーってるよクソ!」
イーグルを抜き、おっさんの車に向かって連射するが、オレにはリョウのように、互いが動いている状態で銃をコントロールするほどの射撃能力はない。トリガーを引く度に撃ち出されるマグナム弾は、地面を削るかおっさんにかわされるかを繰り返すばかりだ。
「クソがぁ! あいつらの仇は絶対討つ!」
おっさんも必死に叫び、車を操縦しながらなんとか反撃してくる。全てリョウの運転によって外れてはいるが、狙いはどれもなかなか正確だった。
「なんか、あのおっさん見てたらオレらが悪者みたいに思えてきたんだけど……」
「あー、それちょうど思った……」
リョウとうなずき合う。部下がアホだっただけで、おっさん自体は悪いヤツじゃないのかもな。あんだけ部下がいたってことは人望あるんだろうし。
そんなことを考えながらもしばらく銃撃戦は続いた。互いに弾丸が相手を捉えることはなく、車に傷をつけるか、狙いを外して地面や廃ビルの壁を削るかの膠着状態が続く。
「友ー、もうガソリンがあんま無い。帰れなくなるぞー」
「っせーなバカ野郎! こっちだって残弾あと二発しかねーっつの!」
「威張るとこかよヘタクソ」
くっそ! いつもみたいにワンハンドで撃つから当たらないんだな。ここはしっかり両手で……。
グリップを握った右手を、左手で包むように握り、滅多にやらない精密射撃の姿勢を取る。さっきのリョウと同じ。しっかり構えて敵を待ち、照準器にその姿が入った瞬間に撃つ。この一発で終わりにしてやるよ……!
リアサイトにフロントサイトを重ね、そのまま固定する。あとはこの延長線上におっさんが入るのを待つだけだ。
(迷うな……。タイミング勝負の撃ち合いならオレに分がある)
狙いは粗くても、早撃ちなら負けねぇ……!
蜘蛛が巣を作って獲物を待つかのように罠を張り終え、同じ姿勢を保ったままで、十数秒。ついに後方で、エンジンが唸るのが聞こえた。おっさんがアクセルを踏んだのだ。
(来る……!)
全ての意識を目と指先に集中させた。見たら、撃つ。それだけの為に他の感覚全てを消し去る。オレが戦闘において最高に集中した状態だ。
視界の端に、車のヘッドライト部が見えた。もう数秒もしないうちに、おっさんが射線に入る。向こうもオレに向かってエセUZIを構えているだろう。しかし、引き金を引くのはオレの方が速い。
――あばよおっさん。ただのチンピラにしちゃ手強かったぜ。
心中で呟き、とうとう射線上に姿を現したおっさんに弾丸を撃ち込むためにトリガーを引いた。
あとは.357マグナムの弾頭が、おっさんの頭を射抜く。
はずだったのだが……。
「わっ」
ちょうどその瞬間、道路に石でも落ちていたのか、その上をタイヤが通って車体が僅かに揺れた。当然、構えていた銃もそれに合わせて揺れ、狙いの場所から銃口はブレる。
だがしかし、既にオレはトリガーを引ききっているのだ。弾丸の発射が止まるはずはなく、ブレた銃口の先へ弾は飛んでいく。
「あ」
吐き出された弾丸の向かう先は、おっさんの頭じゃない。心臓でもない。それでもどこへ行ったかは、すぐにわかった。
突如、パン! という何かが破裂するような音が響いた。一瞬、なんの音だかはわからなかったが、それを考える間もなくみるみるおっさんの車が離れていくのを見て、状況を理解した。なぜなら、おっさんの車は動作を停止していたからだ。
どうやらオレの撃った弾はおっさんの車のタイヤを射抜いたらしい。そのせいで走行する機能を停止してしまった車の中から、こちらに向けて何か叫んでいるおっさんが、バックミラーに映っている。
やがてその姿も見えなくなり、辺りは静寂に包まれた。騒動を終えて、元々の廃都の空気に戻ったのだ。
数秒後、ハンドルを握って前を向いたまま、リョウが小さく呟く。
「なんか、最高にショボイ終わり方だったな」
「自分がやっといてなんだけど、マジでそう思うわ」
何このスッキリしない感じ。
さっきまでのうるささが嘘のように静まり返った中で耳を澄ましてみるが、自分達が走るエンジン音以外は聞こえない。今度こそ本当に終わったのだ。
「……帰るか。リョウ、家まで頼むわ」
「あいよ」
オレの注文にそう答えて、リョウは車を本町方面に向けるのだった。
今回更新が遅れた理由は、正直に申し上げましてやる気低下によるサボりです。
タイトル通りにカーチェイスが書きたくて(マンガの影響)いざ書き始めたまではよかったですが、なんか、思ってたのと違うorz
くっそ時間空いた(四か月ってなんだよ)にも関わらず、お気に入りは増えたりしてて嬉しかったです。やる気も回復してきたので、これからはなるべく早い更新を心掛けたいです。