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VS〜コノヨノコトワリ〜  作者: TERIS
FILE4:『約束』
27/33

FILE4.1:出会い

 五月も下旬になり、蒸し暑い日が増えてきた。春のものとはどこか違う、肌にまとわりつくような湿気と熱気を時折感じる。もうじき梅雨に入るのだろう。そうして雨の季節を抜ければ、そこには本格的な夏が待っている。

 ああ、そうだ。もうじき夏なんだな。それはいい。夏は好きだから。しかしそれにしても……、

「あづい……」

 なんかもう、びっくりするくらい暑い。一足先に夏到来かってくらい暑い。ヤバい、これは、煮える。

 夜だからって油断した。家を出る前にみつきが「熱中症には気を付けてね?」と心配そうに言っていた訳を今更理解する。くそう、バイクを修理に出すんじゃなかったぜ。

 今日は土曜日で、時刻は十九時になろうかというところ。そしてオレは今、本町を外れたあたりをひたすら歩いている。

 ではなぜ、オレがこのクソ暑い中ひたすら歩いているか? その理由は、今日の昼にタカフミからメールが入ったからだ。ちょうどソファーに寝転がって雑誌を読みながらうだうだしていると、携帯が震えた。メールを開いてみると、本文には「サタデーナイトスペシャル開催」とだけ書かれていた。

 通常、サタデーナイトスペシャルと言えば、数十ドル程度で手に入るような低品質の粗悪銃のことで、手っ取り早く銃を手に入れたいチンピラなんかが使ったりするものだ。当然安物の為、弾道は安定しないしすぐ壊れるしでロクな物じゃないらしい。

 しかし、タカフミの言うサタデーナイトスペシャルとは、彼が土曜日の夜だけ、不定期に店を開けるバーの事を指す。それを開催する日は通常営業の【CARD】を休業し、別の場所に構えた店舗を開店する。店の存在を知っているのは、オレ達裏社会の、それもタカフミが認めた人間だけだ。開催日は今日のようにタカフミからのメールで知らされ、その知らせを聞いた裏の人間達が店に集まる。表社会でまともに生きるには汚れ過ぎた、どうしようもないような人間の集会。それをタカフミは、土曜の夜と安物の粗悪銃をもじってサタデーナイトスペシャルと呼ぶ。なかなか上手いネーミングだ。オレ達のような人間の集まりを表すのに、これほど最適な名前はそう無い。

 さて、問題はそれを開く場所だ。そんな一般人からすればワケのわからん店を、街中で開く訳にもいかない。だが、それを解決するのに最適な場所が一つある。

「もうちょいか……」

 本町の喧騒から離れて十分もすると、周囲の風景は一変した。大都会というほどでもないが、華やかな印象のある色づいた本町とは違い、荒廃した瓦礫だらけで灰色の景色。歩を進める度に街並みの破壊がはっきりとしていき、ここは本当に本町があるのと同じ守川市内かと疑いたくなる。どちらかというと幽霊街(ゴーストタウン)という呼び名がぴったりじゃないだろうか。

 このブッ壊れた街は、俗に廃都(はいと)と呼ばれる、過去に大犯罪の舞台となった場所だ。普通、大きな事件が起こった場所は、特警以外にも様々な組織や機関が協力して復興するが、破壊の程度がひど過ぎる場合には元に戻すことすら叶わず、そのまま町ごと捨て置かれることがある。そうして出来上がるのが廃都であり、こういう場所は全国にもいくつかあるらしい。当然一般人がそんなところに寄りつくはずもなく、アウトローな人間が集まることが多いが、一応は特警によって管理される土地であるために派手な犯罪が起こることはあまりない(規模の小さい犯罪はたまに起こるけど)。まあ、ごく稀に何も考えずにこの場所で凶悪犯罪を企て、実行するヤツがいるが、そういうヤツは速やかに特警によって粛正されることになる。

 タカフミは、この廃都に土曜の夜のバーを構えている。土地柄、たまに武装した集団が店に乗り込んでくることもあるが、タカフミの招集を聞いて店に集まるのは腕の確かな実力者ばかりだ。今までにも幾度となくそんな奴らを返り討ちにしている。

 そんなどうしようもない、クズのような場所なんだ。ここは。もしかしたら本当のサタデーナイトスペシャルは、この廃都そのものなのかもしれない。

「ははっ、くだらねぇ……」

 自然に出た笑いは、自嘲的なものになった。

 廃都に入ってさえしまえば、店まではそう遠くない。歩くペースを少し上げようとした、その時だった。

「――さい!」

 不意に、どこかから声が聞こえた。どこかで聞き覚えがあるような気がしたその声は、切迫していたように聞こえ、思わず足が止まる。

(なんだ……?)

 声は女性、それもかなり若いものだった。こんな場所に一般人がいる可能性は限りなく低い。となると、何か事件だろうか。

 少し不穏な雰囲気を感じ、背面のホルスターからデザートイーグルを抜いた。ここではあらゆることに対して用心するに越したことはない。安全装置(セーフティ)を解除して撃鉄(ハンマー)を起こし、いつでも銃弾を撃ち出せるようにする。

 耳を澄ましながら、声のする方に急いだ。音の発生源に近づくほど、はっきり聞こえなかった声が聞こえるようになる。

「~~!」

「あの、やめてください……」

 っと、見えた。半壊したビルの中に、男が二人と女性、というより女の子という感じの年齢か? おそらく中学生くらいのその女の子が、男の一人に押さえつけられている。男は二人とも東南アジア系っぽいな。下卑た笑い声を上げており、非常に耳障りだ。

(これは、どう見ても穏やかじゃないな……)

 男達の腰にはナイフが見えるが、女の子の方は丸腰だ。はっきりとは見えないが、表情も怯えているような感じだし、腰が抜けているのか、へたり込んでしまって逃げ出そうとする様子もない。

 さて、これはなんとかしなければならない。この場所で事件(トラブル)は日常茶飯事だが、ここが特警の管理下に置かれていることを忘れているヤツには制裁が必要だ。幸い男二人もただのチンピラっぽいから、銃はいらないだろう。そう判断し、イーグルは安全装置をかけてホルスターに戻した。拳を一度開いてまたすぐ握り、壁や天井の大部分がブッ壊れたビルに足を踏み入れた。

 足音を潜めることもなく男達に近づくが、下品な笑い声がでか過ぎてオレの接近には気付いていないようだ。とうとう穿いているカーゴパンツのベルトにまで手をかけ始めたし、さっさと終わらすか。

 コイツらが何言ってるかは全くわからんが、一応英語なら通じる、かな?

「Hey!」

 そう言いながら、ベルトをカチャカチャやっている男の肩に手を置く。振り向いた男は、顔にニヤニヤした笑いを張り付けたままだ。その顔面に、

「っら!」

 遠慮なく右拳をブチ込んだ。男はニヤニヤから表情を変化させる間もなく、一瞬で数メートルの距離をフッ飛ぶ。何かを粉砕した感触があったから、鼻の骨でも砕けたのかな。男は更に地面を数メートル滑っていくと、倒れたまま動かなくなった。

 クリーンヒットの一撃を出し終えて拳を振っていると、もう一人の男は驚愕した表情で、女の子は何が何だかわからないといった感じで目を丸くしてオレを見ている。が、すぐに男の方は我に帰り、何かよくわからない言語で激しくまくしたて始めた。

「~~! ~~~!」

 何言ってるか全然わからん。

「あー、えっと、I can’t understand,what do you say?」

 あんたが何言ってるかわかんねー、って言いたかったんだけど、合ってるかな。英語は苦手だから自信ないわ。

 しかし、男には英語自体が通じないようだった。再び何かわめきたてると、いきなりナイフを抜いて襲いかかってくる。

 んだよこのヤロー。無い知恵絞って英語喋ったのがアホみたいじゃねーかよ。にしても遅せぇな。こんなのツジに比べりゃスローモーションだ。

 横一直線に振られたナイフをスウェーしてかわし、男の手に向かって素早く蹴りを繰り出す。一瞬にしてナイフは弾け飛び、ビルの外に飛んでいってしまった。

 男がひるんだ隙に一気に接近し、ナイフを失った右腕をとってすぐさま肘の関節を極め、そのまま一瞬で折った。あり得ない方向に曲がった男の腕を放り出し、更に腹部へと右正拳を叩き込む。

「っし」

 フィニッシュを決め、小さく息を吐く。正拳を受けた男は一人目の男と同様に数メートルフッ飛んだ。しかし気絶するまでには至らなかったようで、何かを叫びながら悶えている。やっぱり何言ってるかはわかんないけど。

(終わりかな……)

 なんとか格闘だけで戦闘を終えた。とりあえず放っておくわけにもいかず、へたり込んでいる女の子に事情を聞こうと思い、一歩踏み出そうとした時、

「っ!」

 何か背中に悪寒が走った。自分の身に危険が迫った時に感じる、特有の感覚。これは、何か来る……!

 そう考えた瞬間、後ろで空気が裂ける微かな音が聞こえる。反射的に頭を左に動かすと、顔のすぐ横あたりを銀色に光る物が鋭く通り抜けた。コンマ数秒遅れて鋭い風圧が顔を撫でる。

 見ると、中型のナイフ。今しがたフッ飛ばした男のナイフは蹴り飛ばしてるから、最初にボコった方の男が起き上がって背後から突いてきたのだろうか。意外にしぶといな。

(なかなかいい奇襲だったけど、相手が悪かったな……)

 ナイフを握った男の腕は、オレの右肩の上を通っている。おあつらえ向きにちょうど肩の真上に敵の肘があるし、またへし折ってやるか。

 相手の腕が伸びきったその僅かな時間を見切り、

「はっ!」

 右肩を少し突き上げながら、ナイフを握った男の手に、両手を堅く組んで叩き落とす。

 耳元で、ベギンと嫌な音が響いた。オレの右肩上にある相手の肘を支点、急激に力を加えられた手を力点にテコの原理が働いたが、その作用点は男の体にはならなかった。男の体が持ち上がる前に、そのテコが支点から折れてしまったからだ。

「~~~~~~っ!」

 男が痛みに絶叫するが、知ったこっちゃない。すぐに振り向いて左のショートアッパー。男の体が浮いたところで高速の右ストレートを繰り出し、またも男をブッ飛ばした。

「よし」

 フォロースルーと共に残る手応えを確かめてから拳を解いた。そのまま数回グー、パーと握っては開く動作を繰り返しながら視線を前に向けると、そこには二人の男が打ち上げられた魚のようにのたうち回っている。大の男が二人揃って身悶えする様はなかなか滑稽だったが、いつまでも見ている訳にはいかない。こっちも忙しいんだ。さっさと終わらせてしまおう。

 使うつもりのなかった銃、今度はパイソンを右腰のホルスターから抜く。これで威嚇にはなるはず。

 オレが銃を手にした瞬間、男達の目には明らかに怯えが走った。そこから更にハンマーを起こしてやれば、カチリという動作音が死神の足音であるかのように体を震わせる。絶望のどん底に突き落とされた。そんな表情をした奴らの足下に銃口を向け、引き金を引いた。

 途端にマグナム弾特有の、龍の咆哮が如く発砲音が響く。発射炎(マズルフラッシュ)が咲き、弾頭が吐き出され、男達の足下の地面を荒々しく削った。半壊しているとはいえ、ここは屋内。轟音が壁に反射し、不思議な響きを作りだす。反響しながらだんだん小さくなっていく発砲音は、一撃を放った龍が去って行く音にも聞こえた。

 呆けた表情をしている男達は、自分の足下を見て、反動で跳ね上がったオレの右前腕、その先に握られた銃を見てを数回繰り返す。恐らく何が起こったかよくわかってないんだろう。しかしゆっくりと、目覚まし代わりに銃口を一人の男の額に向けてやると、二人とも悲鳴を上げながら転がるようにして逃げて行った。

 雑魚二人が一目散に走り去る音が完全に消えると、その場には静寂だけが残った。騒動を終え、首をゴキゴキと鳴らす。

「あー」

 やっと片付いた。あいつら、雑魚のくせにしつこい。てか威嚇射撃ならイーグルでよかった派手だからってパイソン使うなよ弾高けぇのに……。

 自分のアホさに自己嫌悪しながら、そういえばこの場には人がもう一人いたんだと思い出し、後ろを振り返った。月が雲に隠れている為、暗くて顔ははっきりとは見えないが、壁を背にへたり込んだ女の子は、信じられないようなモノを見る目でオレを見ている。

「えーっと……、」

 どうしていいかわからず、頬を掻いた。

 ヤバい、目の前で折ったり殴ったり撃ったりはさすがに刺激が強過ぎたか。つーかどうしよう、オレどうすればいいのよこの状況? 勢いに任せてボコったはいいが、その先を考えてなかった。

(まあ、まずは安否の確認だよな……)

 とりあえず、手を差し出してみる。

「立てるか、っつーか大丈夫か?」

 なるべく穏やかに聞こえるように言う。なんか慣れないなぁ、こういうの。

 慣れないことを慣れないなりに頑張っていると、女の子はようやく驚愕状態から回復したようだ。おそるおそるといった感じで、目の前に差し出されたオレの手を握った。

「は、はい。あの、ありがとうございます……」

 まだ若干震えている声で礼を述べられながらその小さな手を引っ張ると、なんとか女の子は立ち上がった。

 その時だった。雲が晴れ、大きな穴が開いて空が見える天井から、月光が降り注いだ。それによって女の子の顔がはっきりと見えたが、

「っ!?」

 瞬間、心臓が止まるほど驚いた。いや、一瞬本当に心臓止まった。あまりに予想外の出来事がそこにあったからだ。

(みつき……!?)

 無意識に脳内を走った言葉は、たった一言。だがオレの驚愕の理由は、全てその言葉が表している。

 大きく丸い目、長いまつ毛、小さく形のいい口元、白い肌、それらがバランスよく並ぶ童顔。そして、見上げてくるどこか小動物を思わせる視線。そこにあった女の子の顔は、みつきとそっくりだったのだ。

 いや、そっくりなだけならまだわかる。世界には何十億もの人間がいるんだ。一人や二人そっくりな人間がいたって不思議じゃない。

 しかし、それでも他人をみつきと間違えたことは過去に一度もない。実際、顔のつくりは娘とほぼ一緒、後ろ姿にいたっては全く同じな光夜さんとみつきですら見分けがつかなかったことはないのだ。数年同じ家に住んでると、なんかこう、顔云々ではなく雰囲気で判断できるようになった。だというのに、その雰囲気すら間違えた。そういう意味では、たった今起こった出来事は過去に前例がないほど異質ということになる。

 びっくりしまくって固まっているオレを、女の子は不思議そうに見ている。その表情だけでなく、

「あの、どうかしたんですか……?」

 オレに問う声までそっくりだ。考え方がベタだが、ドッペルゲンガー、って訳じゃ無さそうだな。ちゃんと人間だし。

 その問に、(かぶり)を振った。

「いや、悪い。ちょっと知り合いと似てたから」

 落ち着け。よく見ると違うところもある。みつきの髪が栗色のロングヘアなのに対してこの子は若干赤みがかった黒いショートヘアだし、瞳の色だって違う。そもそもみつきがこんな所にいる訳ねぇだろ。他人のそら似ってヤツだ。

 気分を仕切り直す為に一度咳払いし、再び女の子の方を向く。どんな理由かは知らないが、夜に廃都を一人でふらつくなんて不用心過ぎるし、特警として一応注意はしておかないと。

「えっと、まあなんつーか理由はわかんないけどさ。さすがにこんな時間にこの辺にいるのは危ないから。特に女の子は。基本的には自衛手段を持った人間しか立ち入っちゃいけないことになってるんだ、ここ。さっきみたいなのもいるし」

 やっぱり慣れずに、たどたどしい口調で説明したオレに対して、女の子はこくんとうなずいた。

「ごめんなさい。知らずに迷い込んじゃったんです……」

 申し訳なさそうに言った女の子に、軽くうなずいて見せる。知らずに入ってしまうか、興味本位で入って来るか。一般人が廃都にいるとしたら、そのくらいしか理由がない。後者ならぶん殴ってでも意識改革する必要があるが、そうでないなら仕方ないな。

「いや、たまにいるから。間違って入って来る人。ま、次から気を付けてもらえれば」

 またも頬を掻きながら言ったオレに、女の子は小さな声で「はい」と返した。よし、注意終了。

 と、目の前で暴れたことは謝っとかないと。トラウマになったらマズイだろう。

「あー、それはそうと、なんか悪かった。いきなり折ったり殴ったり、挙句銃ブッ放したりして。相手もナイフ持ってたから、手加減出来なくて」

 手っ取り早い手段を取っただけで、本当は銃使う必要は無かったが。それでも一般人からしたら普段見ることのない、銃という武器。音もうるさいし、目前で発砲したから怖かっただろう。

「いえ、危ないところを助けていただいて……。本当にありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げる女の子。なんか凄い感謝されてしまった。特警としては当然のことをしただけなんだけど。

 まあ、人に感謝されるのは悪い気分じゃない、かな。

 よっしゃ。注意も謝罪もしたし、あとはここから出ればこの女の子も大丈夫だな。

「さて、とりあえず本町まで送るよ。廃都(ここ)に近寄るのはホント、これっきりにしな。今日みたいにいっつも助けが入るとは限らねーから」

 拳を握った状態で親指を立て、その親指で廃墟の外を指す。さすがにここに女の子一人ほっぽって帰る訳にもいかない。どうせ乗りかかった船だ。最後まで安全な所に連れて行こう。

 女の子はこくんと一つうなずくと歩き出そうとしたが、不意に何かに気がついたようで、足を止めた。なんだろうと思ってオレも立ち止まると、女の子は数メートル歩き、そこに落ちていた何かを拾い上げた。

「あの、これってひょっとして……」

 その手に握られていたのは、オレの携帯。さっきの戦闘時に落としたんだろうか。表面に特警のマークが描かれた端末を見て、女の子はオレの立場を察したようだ。

 差し出された携帯端末を受け取ってポケットにしまい、右腰に提げたホルスターを軽く叩きながら苦笑いする。

「まあ、そういうこと。一応特警隊員なんだ」

 これで銃まで持っていた理由は納得してもらえただろう。

 その後、廃都を出て、本町の喧騒の中まで女の子を連れて行った。ここなら人も多いし、事件はそう起こらない。女子一人でも無事に帰れるはずだ。

 オレは腰に銃を吊ってるから、あまり人前に出て行けない。賑やかな空気の一歩手前、といった場所で、女の子に見えるように本町を指さす。

「ここまで来たら大丈夫だよな」

「はい、何から何までお世話になりました」

 深ぶかと頭を下げた女の子に、「気にすんなよ」と声をかけ、オレは再び廃都に足を向ける。

「じゃ、オレは行くから。帰り気を付けて」

「はい」

 ふわりと柔らかい笑みを浮かべてそう返答した彼女に背を向け、オレは再び歩き出したのだった。






 だが、オレは知らない。オレがその場を立ち去った後、彼女が表情を暗くしたことを。

 そして――、

「ふぅん。特警、なんだ……」

 何かを悟り、悲しみを含んだ声でそう呟いたことを。

 それをオレが知るのは、まだずっと先の話だ。






「だーっ、遅くなった! てか暑い!」

 再び歩き出したっつーか、予想外の事態で時間食ったから、走った。当然空気はジメジメして蒸し暑い訳で、その中で走ればどうなるかはもはや語る必要もない。オレはとんでもないほどに汗だくだった。バイク無いんならせめてチャリで来るべきだったぜ……。

 両手を両膝について、息を整えるために深呼吸を繰り返す。仕事があるから鍛えてはいるけど、やっぱ全力疾走したら疲れる。ヤバい、吐きそう。

「と、とりま……、水……」

 目の前にあるのは、街の一角に収まる【CARD】よりも随分と大きい建物。周りは壊れた建物ばかりで、この建物もそれに合わせたかのように飾り気はほとんどなく、機能重視といった感じに見える。店名を示す看板すら出ていない。ただ扉に【OPEN】の札が掛かっているだけだ。中からはガヤガヤと賑やかな声が聞こえる。そりゃそうか。店自体は十九時開店で、現在時刻は十九時四十分だし、中はもう盛り上がってるところだろう。

 扉に手をかけ、一気に押し開ける。

「うーっす」

「おう友、遅い到着だな。来ねーのかと思ったぜ」

 店内に入ると、カウンターの客と何やら談笑していたタカフミが、話を中断してこっちを見た。というか、その客よく見たら澤田さんじゃねーか。

「なんだ来たのか日向。時間に遅れるヤツはクズだぜ。いっぺん死んでこいや」

 澤田さんも挨拶代わりに罵声を浴びせてくる。その両脇下にはいつも通り、二挺の改造ベレッタが。左腕に諜報部部長を示す腕章が付いてるから、仕事帰りにそのまま来たんだろう。

「いや、まあちょっと色々ありまして。タカフミ、とりあえず水くれ。走ってきたから疲れた」

 一応弁解し、タカフミに注文を伝えながら澤田さんの隣に座る。澤田さんは枝豆をつまみにテキーラを瓶で飲んでいた。どういう組み合わせなんだ。

 タカフミはグラスを一つ取り出すと、水を注いでオレの目の前に置いた。すぐさまそれを一気に飲み干す。冷たい液体が、喉を通って体内を冷やしていく感覚。あー、美味い。

「ったく、水一つで何美味そうにしてやがんだ。男なら酒飲め、酒」

 澤田さんはそう言いながら枝豆を一個くれた。口は悪いが、なんだかんだでいい人だ。

(しっかしまあ、なんていうか……)

 枝豆を口に放り込みながら後ろを向いて、店内を見回してみる。間接照明の光によって照らされた、薄明るい空間の中で談笑している客達は皆、何かしら武器を持っている。拳銃、ナイフ、中にはソードオフ(銃身を切って全長を短くすること)のショットガン持ってるヤツもいた。こういう風景を見てると、ここが本当に日本なのか疑いたくなるよな。ホント。

 その後は三十分ほど、スコッチを注文してちびりちびり飲んでいると、店の扉が開く音がした。澤田さんのギャンブル談義を聞いていたオレは気にも留めなかったが、

「んー? ああ、リョウじゃねーか。珍しいな、こんな遅いの。いつもは開店と同時に来るのに」

 タカフミが口にした名前を聞いて無視するわけにもいかなくなった。

「あぁん!?」

「うおっ!? どうした日向?」

 いきなり悪態をつきながら振り向いたオレに、さすがの澤田さんもちょっとビビっている。

 閉じた扉のすぐ前にいたのは、黒ぶちの伊達メガネをかけたチャラ男だった(極ではない)。アイツは……、あの変態は……!(重ねて言うが極ではない)

「テメェ、リョウ!」

「おー、なんだ友じゃん久しぶ……、」

「黙れこの変態キャバクラ野郎!」

 即座にスツールから立ち上がって走り、ハイキックをかましたが、その変態は紙一重でかわした。手をひらひらと振りながら、へらへらとした笑みを浮かべてくる。

「おいおい何言ってんだ。オレが何したってんだよ」

「うっせえバカ野郎。テメー前回ここ来た時に余計な事しやがったな」

 半ギレでオレが言うと、そいつは「うーん」と声を出しながらしばし考え、そしてほざいた。

「ああ! マッチのこと……、」

「死ね!」

 右アッパー、左フックと順に素早く繰り出すが、どちらもかわされた。

 この男、通称リョウは本名不明の変態で、趣味特技キャバクラとか意味のわからん事を自称しているほどの女好きだ(そもそも特技キャバクラってなんだよ)。コイツはサタデーナイトスペシャルの常連だが、前回ここに来た時にオレのポケットにこっそりどっかのキャバクラのマッチ仕込みやがった。オレは帰ってからそれに気付いたのだが、その時にもう少しでみつきにまで見つかりそうになり、非常に危ない思いをした。

 そんなバカな悪戯を仕掛けるヤツを、オレは許さねぇ!

「だから死ね!」

「やなこったい、この後も行く店があんだよ。タカフミー、オレ烏龍茶なー」

「あー? 飲まねーのか?」

「車で来てんだよ」

「テメー余裕ブッこいて注文してんじゃねーよ!」

 ミドルキックもかわされた。

「ゆっくり飲ませろやー」

「うっせえいいから一発喰らえ!」

 打ってはかわされ、打ってはかわされをしばらく繰り返した。他の客達からも「日向に二万!」、「リョウに一万!」などとはやし立てる声が上がり始めたが、タカフミが呆れたようにため息を漏らす。

 タカフミはそのまま自分の足下から何か取り出すと、

「あーもーうるせぇぞテメーら。死にてーのかコラ」

 銃口をオレ達に向けて、笑顔でそう脅した。何かと思えば、手に持っているのはベネリ社の傑作散弾銃(ショットガン)にしてタカフミの愛銃、M4スーパー90。アメリカ軍でも正式採用されている。機械的で厳ついボディに、銃口の暗い穴。示威効果だけでも十分な銃だ。

 屋内でこそ、ショットガンは絶大な威力を発揮する。しかもタカフミはキレると冗談抜きで発砲しかねない。ぶっちゃけ、そんな事態に陥ったら間違いなく死ぬ。

 リョウと顔を見合わせ、お互いに舌打ちをして、大人しく席に座った。本ギレのタカフミを呼び起こしたらマジでヤバい。

「おう、命拾いしたな変態」

「ほざけクソガキ」

 席についてなお、中指を立てながら悪態をつきあうオレ達を見て、タカフミがまたもため息を漏らしながらリョウの前にウーロン茶入りのグラスを置いた。澤田さんはテキーラをラッパ飲みしながらその様子を楽しそうに眺めて笑っている。

 スコッチを飲み干してもう一度舌打ちした。

「クソッ。腹の虫がおさまんねぇ。おいリョウ、お前車で来てるんなら今日送ってけ」

「はぁ? お前オレの愛車をタクシー代わりに使う気かよ」

 ふざけんなとばかりにリョウがオレに対してそう答えると、タカフミは再び起こりかねない争いの芽を摘む為か、空のグラスを拭きながら割って入ってきた。

「いいじゃねーかリョウ。友はバイク修理に出して今日歩きなんだとよ。だいたい、お前がした悪戯で光月ちゃんが泣いててみろ。友がお前の手足の最低でもどっか一つはブッ飛ばしてるぜ。それに比べりゃ安いもんだろ」

 タカフミの鶴の一声に、何か言おうとしていたリョウはバツが悪そうに押し黙った。この店のマスターはタカフミ。つまり、ここでは彼がルールなのだ。そのマスターに言われては、あまり強く反論出来ないということだろう。

 不貞腐れながらウーロン茶を煽るリョウに「ざまぁ」の意を込めた視線を送ってやった。これで帰りの心配はしなくてよくなったな。

 タカフミにスコッチをもう一杯注文し、ついでに焼き鳥も頼んで、のんびりと飲み食いし続けた。途中、リョウが澤田さんに呼ばれ、オレは別の客からトランプの誘いを受けたから、カウンターを離れてそっちのテーブルに座った。

「なあ日向、今日は辻山とか真田はどうしたんだ?」

 同じテーブルでポーカーに興じていた四人の中で、オレ以外の三人、その内の一人である小窪さんが手札の交換をしながらオレに問うた。ちなみに彼は裏社会の運送屋を生業としており、腰にはS&W(スミス&ウェッソン)社のリボルバーであるM66、4インチモデルを吊っている。堅実な仕事ぶりに定評があり、人柄も朗らかないい人だ。

 オレも手札を一枚換えながら答える。

「二人とも、今日は遅くまで部活だってさ。一応高校生してるんだよ」

「藏城は?」

「アイツは知らん。美咲とデートじゃねーかな?」

「あー、あのハイパー美人の」

「そそ」

 げ、ノーペアだ。ワンペアあったのにストレート狙いにいくんじゃなかった……。

 手札を公開すると、やっぱり負けだった。欲張るからだよ、と小窪さんに肩を叩かれてがっくりしながらふとカウンターに目を向けると、澤田さんとリョウが何やら真剣に話し込んでいるのが見えた。時折、酒を少し口に含みながら、険しい表情で会話を続けている。

(仕事、かな……)

 リョウという、年齢20代中間(推定)、本名は誰も知らない怪しさ爆発の男は、『裏のマルチプレイヤー』という異名を持っている。その名が示すとおり、裏社会で様々な仕事を請け負っているのだ。情報屋や運送屋、逃がし屋ゲッタウェイドライバー作戦立案者オペレーションプランナー。それだけでなく、体を張った用心棒まで引き受けることもあり、その時には今も腰に吊っているデザートイーグル.50AEの10インチシルバーモデルを使って、的確にヘッドショットを狙うハンドガンスナイパーとして恐ろしいほどの射撃能力を誇る。まあ、依頼料はかなり高いが、その分万能で確実な仕事をこなしているらしい。

 ちなみに、彼が提示する割高な依頼料を回避する方法が一つある。どんな仕事でも、女の子一人紹介すればそれで引き受けてくれるのだ。このタラシめ。

 まあ、リョウから得られる情報は確実な物が多いし、それが原因で特警からも情報屋として依頼を受けることがあるようだ。実際、オレも何回か彼から情報を買ったことがある。

 あれだけ異様な雰囲気で二人が話してるってことは、何か情報交換でもしているのだろう。まさかあの表情で脚フェチトークしてるワケじゃあるまい(二人とも重度の脚フェチという変態だ)。

「小窪さん、も一回」

「ああ、いいぞ。つか、それより日向。お前最近光月ちゃんとはどうなんだよ」

 人差し指を立てて「1」を示しながら勝負を申し込むと、快諾した直後に小窪さんは茶化すように言った。カードを混ぜ始めた他の二人もニヤニヤしながらこちらに視線を向けてくる。

「どうって……、そりゃ仲はいいよ」

「かーっ、羨ましいなぁ。いいよなー可愛い彼女。おっさんにはもう眩しい話だよ」

 おっさんって、あんたまだ三十代前半だろ。

 ヤケ酒だ、とばかりにビールを煽った小窪さんに苦笑いを向けた、まさにその時だった。

 激しい音を伴って、店の扉が開いた。

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