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VS〜コノヨノコトワリ〜  作者: TERIS
FILE3:『再会』
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FILE3.7:相棒の言葉、親という存在

 病室を後にして建物の外に出た瞬間、視界いっぱいに緑が広がった。敷地を囲むように植えられた木々は、カーテンのように辺り一帯を覆っている。時折風が強く吹いて、その緑のカーテンを揺らしていた。それ以外に音はほとんど聞こえない。空高くを飛ぶ鳥の鳴き声が長く響いているくらいだ。

 ざわざわと、騒ぐような風の音をしばらく聞いてから、病院の裏手に向かって歩いた。ここには、少し開けたスペースにいくつかのベンチが置かれており、ちょっとした憩いの広場といった感じになっている。建物の裏に位置する場所だから、とても静かな場所だ。

 そのベンチのうちの一つに腰を下ろした。いつもは入院している人や、その見舞客が何人かここでくつろいでいるのだが、今日は誰もいない。

 まあ、バカ野郎に事情聴取するにはその方が助かる。あんまりでかい声で話せることでも無いしな。

 ジーンズのポケットから携帯を取り出して、電話帳を……、

「うおっ!?」

 と思ったら、先に端末が震えた。驚いて落としてしまったそれを拾い上げてサブディスプレイを見ると、そこには今しがた探そうとしていた名前が。

「あのヤロォ、ノコノコと……」

 少し強い力で通話ボタンを押した。すぐさまスピーカーを耳に押し当てる。

「テメェ極、ナメた真似しやがったなこの野郎」

『オイオイ、開口一番罵声とはずいぶんご挨拶だぜ、相棒』

 うるせぇバカ野郎。

「ちょうどこっちからかけようとした時にノコノコかけてきやがって。テメーはエスパーか」

『ベタな言い回しだな、それ』

 うえるせぇバカ野郎。

『まあそうイキんなよ。何をそんな怒ってんだ。藏城大先生が相談に乗ってやるぜ? ほら、言ってみ』

「とぼけやがって。昨日みつきに余計なこと喋ったろうが」

『ああ、その事か。喋ったけどそれがどうした』

 悪びれる気はさらさら無いんかいこんちくしょう。

 頭をガリガリと掻きながら質問を続ける。

「あのよォ……、お前知ってるよな。オレがみつきにあんま仕事関係の話したくないの」

『おお、知ってるぜ。で?』

 で? じゃねぇ。

「ならなんで喋んだよ、ったく……。理由はあるんだろうな? なんとなくとか言いやがったらブッ飛ばすぞ」

 いつもなら問答無用でサブミッションの刑だが、極はオレとみつきの間、ましてや仕事関係でのことをテキトーに引っ掻き回すようなことはほとんどしない。何か理由があるのかもしれないと思って、一応言い分は聞くことにした。

 オレの言葉を聞いて、極はまずすさまじく大げさなため息をついた。うざい。これだけでヤツをブッ飛ばす理由に十分なり得るが、なんとか我慢した。

「おうコラ、ナメたため息つくじゃねーか。怒るぞいい加減」

『それはこっちのセリフだぜ愚か者。お前この期に及んでまだそんなこと言ってんのか。男の風上にも置けねぇヤツだ』

 うるせぇバカ野郎。

『お前はいつもそうやって光月を(こっち)の話から遠ざけようとするがな、それをされる側の気持ちを考えたことがあるのか?』

「考えたからこそなんだよ。世の中にゃ知らなくていいこともある。お前だってわかるだろうが」

『ふん、浅はかだな。政治家の失言より浅はかだ。むしろお前という存在が浅はかだ』

「黙れ変態」

『黙れバカ。とまあ冗談はこれくらいにして、一つ聞こう。お前が光月に仕事のことを話したくないのは何故だ?』

「さっきも言ったろ、知らなくていいことだからって。関わったらロクなことにならないのが裏社会だ。出来ればみつきには一生何も知らずにいて欲しいんだよ」

 本心をそのまま口にする。その言葉に偽りはない。事実、不用意に裏社会に関わって命を落とした人間を今までにも見てきた。それならば、みつきが裏に関わる原因をなるべく作らないようにするのは当然、だと思うが……。

 それを聞いた極は、あろうことかさっきより更にでかいため息をつきやがった。しかもその後、鼻で笑いやがった。

『下らん。実に下らん。そんな結論に達するとは、ある意味超エキサイティングな頭をしてやがるなお前』

「よくわからん皮肉を吐くな」

『ならばこの天才極様が、お前のかわいそうな脳みそに懇切丁寧、噛み砕いて説明してやろう』

 今もし極が目の前にいたら、間違いなくオレは懐のホルスターに手を伸ばしていただろう。ヤバい、そろそろキレそう。

「いい加減、ただでさえ容量の少ない忍耐力のタンクがエンプティー寸前なんだけどな。よっぽど自信があるみたいだから一応聞いてやるよ。ただし明日学校でサブミッションの刑だ」

『え?』

「明日学校でサブミッションの刑だ」

『…………、まあいい。話を本題に戻そう。お前は回りくどい言い方してもわかんないだろうからな。噛み砕くどころか、単刀直入に言ってやる』

 そこで極はいったん言葉を切り、数秒経過してから再び口を開いた。

『お前のしていることはな、光月に「自分のことは放っておけ。オレは一人で生きる」と言っているようなものだぞ。ただでさえお前にべっとりな、あの光月にな』

 電話口の向こうにいる相棒の言葉には、相変わらず呆れたような響きが籠もっている。だが先ほどまでのようなふざけた感じは微塵もなく、ということはどうやらオレは極に、冗談抜きで失望されているらしい。しかしこの状況でも、オレには極の真意が理解できなかった。

「……どういうこったよ」

『お前、光月と暮らし始める前にオレに言ったな。所長に辞めてもいいって言われたけど、特警に残る。自分は光月を世の中から護る為に生きて、戦うことに決めたって』

「ああ」

『つまりそれは、仕事がお前の生きる意味と同義であると解釈していいんだよな』

「そうだよ」

『ならもう一つ、逆に聞く。お前の仕事と同じように、光月が生きる意味はなんだと思う』

 極は数学の証明問題を解くように、オレに一つ一つの質問を投げかけてくる。その問を解いていけば、オレが正解にたどり着けるようになっているのだ。こういう時、実感してしまう。アホでも、変態でも、コイツはやっぱり聡い人間なのだと。すげぇよな。光夜さんも極も、いざという時には頼れる顔を持っている。

 数秒思考して、通話口に向かって返答する。

「改めて言葉にしろって言われると、よくわかんねぇな」

『そこだな、お前の駄目なところは。答えは単純明快。口にするのも恥ずかしいが、友、お前を愛することだろう』

 当然のことを言わせるなとばかりに、極はすんなりと言った。そして更に続ける。

『まあ、ヤツはあの性格だ。生きがいというより素でそうなっている感もあるが、それでも生きる上での最優先事項がお前の存在であることに変わりは無い。そこは理解しているか?』

「まあ、な」

『ならばわかるだろう。光月は常時お前に生きる上での意義を精一杯ぶつけている。それなのにお前ときたら、自分のエゴで光月を精神的に拒絶しているんだぞ。せめて自分に起こった最低限のことくらいは話してやってもいいんじゃないのか。聞くとマズイことだけ避けて話すくらい、お前にだって出来るはずだ』

 極の述べた理由は、ぐうの音も出ないほどの正論だった。さっきまでオレをおちょくっていたヤツと同一人物とは思えないほどの誠実さで事実を浮き彫りにしてくる。コイツが優秀なスナイパーだということは知っているが、真実を射抜くことに関してもそれと同じか、あるいはそれ以上に優秀だ。

 そうだ。極の言う通り、オレは目を逸らしていた。揺るぎないまっすぐさでオレを見るみつきに背中を向けていた。いつの間にか、自分を見せることに憶病になっていたんだ。死にかけたことも殺したことも、見せればオレとみつきを繋ぐ何かを失うんじゃないか。人の命を奪うという、決して許されないことを繰り返しているうちに、そんな形の無い恐怖が自分の中に芽生えていた。

(けど……、違う)

 よく考えろ。相手はみつきだ。光に生きつつも、全身全霊をかけてオレのような人間にまっすぐ向き合ってくれる唯一の存在だ。アイツは、オレの闇の部分を見たくらいで繋がりを壊してしまうような、そんな脆い人間じゃない。だからこそ三年前のあの日、死にどっぷりと飲み込まれていたオレに手を差し伸べてくれたんじゃないのか。そのおかげで、オレは今こうして生きているんじゃないのか……!

 ここまで聞いて、極の真意がやっとわかった。つまり……、

「もっと、信じろってことか……」

『ようやく理解したか愚か者。いいか。どうやっても光月はお前の仕事中はお前に関われないんだ。ならばその間お前を生かし、無事に光月のもとに返すのはオレの役目になる。まったく、本来お前が自分でするべきその報告をわざわざしてやっているというのに、感謝こそされても罵倒されるいわれは無いぞ』

 三度(みたび)、大きなため息をついた極。だが最初の二回とは違い、その中には安心したような響きがあった。証明完了、といったところだろうか。

 その証明に、素直に感謝したい。極に諭されなければ、オレは一生みつきに背を向けて生きるところだった。それはつまり極の言った通り、みつきを拒絶することになる。そうして知らず知らずのうちにみつきを傷つけてしまうことが、オレは自分の命を失うより恐ろしい。

 オレがこの世界にいる以上、いずれはみつきも裏の事情を知ることになるんだ。オレはそれを、みつきを護りながらも上手く伝えていかなければならない。

 小さく息を吐いた。

「悪い。ありがとな、極」

『ふん、調子のいい野郎だ。理解力の無さは災いを招くぜ。ま、わかればいい。オレも以前は美咲に喋るかで悩んだものさ』

 極がいったん言葉を切ると、スピーカーから金属同士が軽くぶつかるような、聞き慣れた音が聞こえた。ライフルの整備でもしてるんだろうか。

『つー訳で貸し一な』

「じゃあその貸しでサブミッションの刑無しにしてやるよ」

『チッ。覚えてやがったか。仕方ない。そういう事にしておいてやる。じゃあ、また明日な』

「おう」

 そう返答し、【切】のボタンを……、

「あーいやいや、ちょい待て」

『あんだよ』

「あんだよじゃねーよ。元はと言えばオメーがかけてきたんじゃねーか」

『あ、そだった』

 いつも思うけど、コイツ真面目とふざけの切り替えがホント早いよな。

「ったくよ……。んで? なんの用だったんだ?」

『姐さんに見舞いの言葉を頼もうと思ったんだった。お大事にと伝えておいてくれ。まったく、お前のせいで本題を忘れるところだったぜ』

「ああ、姐さんに……」

 勝手なイメージだが、オレ達は光夜さんのことを姐さんと呼んでいる。オレも極も昔からあの人には頭が上がらないのだ。

「わかった。伝えとく。他には?」

『特に無いな。強いて言うならお前が早く聡明な人間になるように祈るのみだ』

「うるせぇバカ野郎」

 あ、とうとう口に出ちまった。

『はっはっは。褒め言葉だと受け取っておくぞ。じゃあな』

 オレの悪態など意にも介さず、極は電話を切った。後に残る電子音を数回聞いて、端末をポケットにしまう。

 再び小さく息を吐き、ベンチの背もたれに大きく体を預ける。上を向くと、視界いっぱいの蒼い空の中を、鳶が独特の高い鳴き声を響かせながら飛んでいった。極の言葉、みつきの愛と同じく、まっすぐと力強く、生を誇示するように、雲一つない空を切り裂いていく。

 オレもあの鳶のように、みつきに対してまっすぐ生きていかなければならない。誤魔化してばかりで本心を見せない関係は、みつきが一番嫌がるだろうから。

「っし」

 ベンチから立ち上がって、大きく体を伸ばす。気のせいかもしれないが、懐にしまった銃が、さっきより軽くなった気がする。

 遠くに飛んでいった鳶が見えなくなってから、病室に戻る為に歩き始めた。






「あ、ゆう! おかえり!」

 病室のスライドドアを開けると、笑顔のみつきにお出迎えされた。いそいそと、さっきまでオレが座っていたパイプ椅子まで出してくれる。

「ん? ああ」

「こら友!」

 右手を挙げて感謝の意を示したら、なんか光夜さん、もとい姐さんに怒られた。

「なに」

「ほんっとあんたはもう、無愛想にもほどがある! せっかく可愛い光月がお出迎えなのよ? 『ハハハ、ただいま光月。つかやっべ光月超可愛い。さすが私……、じゃなかった光夜さんの娘だぜ!』くらい言ったらどうなのよ」

「今思いっきり主観が混ざったよな」

 だいたい、もしそんなことを言ったらそれはオレじゃない誰かだ、親バカめ。とは本人には口が裂けても言えない。

 オレには愛本一族に逆らえない呪いでもかかってるんだろうか、などと意味のわからないことを考えていると、ジャケットの裾をくいくいと引っ張られた。反応して左下を向くと、そこにはかの親バカの娘、みつきがいる。

「ああ、悪い。どした?」

「お昼、食堂に頼んだんだけど、ゆうは牛丼でいいよね?」

 みつきが指さした方向に視線を向けると、光夜さんのベッド脇にあるサイドテーブルに一杯の丼が置かれており、その中には美味そうな牛丼が盛られている。この病院には一階に食堂があるが、頼めば部屋まで運んでくれるのだ。オレが外に出てる間に頼んでおいてくれたらしい。

 しかしヤバい。今、自分が牛丼たった一杯で幸せになれる安い人間って自覚して泣きそう。

「おお、さんきゅ。牛丼でいいっつーか牛丼がいい」

「そぉ? よかった。あ、いつもみたいに二杯頼もうかと思ったんだけど、今日は朝ごはんが遅かったから一杯でいいかなーって思ったの。足りないようだったら頼む?」

「いや、ナイス判断。一杯でちょうどいいわ。ありがとな」

 ポンポン、とみつきのすべすべした頭に手を乗せると、彼女は気持ちよさげに目を閉じて黙って撫でられた。猫みたい。

「いやん、ラブラブじゃん。見てるこっちが恥ずかしい」

 光夜さんがわざとらしく両目を手で覆う。オレから見たら姐さんの親バカも十分恥ずかしいんだけどな。自分棚上げで何言ってんだかこの人は。

 ちょうど腹も減っていたので、箸を手にし、椅子に座って牛丼をぱくつく。二人はもう昼食を食べ終えたらしく、土産に持ってきたマドレーヌとクッキーをデザートとして食べている。すごい幸せそうな顔してるから、どうやら甘党親子にはストライクな土産だったらしい。

「あ、そういや姐さん」

 半分ほど牛丼を減らしたところで呼びかけると、クッキーを咀嚼していた光夜さんがこっちを向いて「何?」と返した。

「極に見舞いの言葉を頼まれた。お大事にってよ」

「極? なんでまた」

「さっき電話かかってきたんだよ」

「へー。意外に律儀ね極って」

 そりゃまあ、姐さんですし。

 丼を空にしてからも、のんびりと過ごした。みつきは相変わらず光夜さんに甘えてるし、光夜さんは親バカだし、オレは影薄いしで、だいたいいつも通りの光景が広がっていた。

 光月が一通り近況報告を終えたところで、光夜さんがうんうんとうなずきながらオレ達二人を順に見た。

「うん、安心したな。二人とも仲良くやってるみたいで」

「いっつも言ってるよな、それ」

 少し茶化しながら答えると、光夜さんは穏やかな表情で目を細めた。

「当たり前でしょ。親が自分の子供たちが仲良く暮らしてるか気にするのは」

「オレは姐さんの息子じゃないぜ」

「同じようなものよ。あんたも、みつきも、それから極だってね。小さい頃からずーっと見てきてるんだから、みんな私の子供同然。特に友、友喜さんも優奈姉(ゆうなねえ)も亡き今、あんたの親代わりは私しかいない。そうでしょ?」

 ――かなわねぇな、この人には。

 みつきと二人で暮らしてとっくに自立してるつもりでも、結局はこの人が心の拠り所になってるんだ。今のオレ達には理解できない、親としての存在感をもつ人間。悔しいけど、ホント、この人にはかなわない。多分一生だ。

「まあ、ね。そうなるかな」

 改めて言われるとちょっと照れくさいな。

 少し気恥ずかしくなってそっぽを向いていると、みつきが「はいはーい」と手を挙げた。

「おかーさん、私はゆうのお嫁さんだよ?」

 ハハハ、みつき、ちょっとニュアンスが暴走してるぞ?

「そうねー光月。悔しいけど私はこんな体だし。友じゃ役不足もいいとこでも他に代わりがいないし、しょうがないから私がいなくて寂しい時は思いっきりこの甲斐性無しに甘えてやりなさい?」

 うるせー悪かったな甲斐性無しで否定はしねーけどなんかもうほっといてください……。

 体育座りでへこんでいると、みつきが頭を撫でてきた。彼女なりの気遣いだろうが、今はやめてくれ光夜さんが調子に乗る。

「かいしょーなしかいしょーなし」

 自分で言った言葉がお気に召したのか、光夜さんが楽しげに繰り返す。ノリで人を侮辱するとは、なんて嫌なヤツだ。この数分でこの人をホントに尊敬していいのか不安になってきた。

「うるさいよ光夜さん」

「なにが? かいしょーなし?」

「人の話を聞け」

 誰かこの親バカをなんとかしてくれ。

 呆れ顔で嫌になっていると、光夜さんは「冗談よ」と言って笑った。しかし、すぐにマジ顔になって一言付け加えた。

「けど私がこんな状態で、光月といっしょにいられないのはホントだからね。あんたが光月に寂しい思いさせたらブッ飛ばすから」

 ベッドに上半身だけ起こした状態で、光夜さんはシャドーボクシングのように拳を振るう。冗談だと思いたいが、みつきの事に関してはこの人はホントにやりかねない。

「わーってるよ」

「そうだよ、おかーさん。ゆうなんだかんだで優しいから。ね、ゆう?」

 指でオーケーサインを作って返答すると、みつきがそう付け加えてオレを見上げた。ね、とか言われても自分の事だからな……。なんて答えていいのやら。

 苦笑いしていると、再びニヤニヤし始めた姐さんが、また思い出したように真顔になった。さすがみつきの母親だな。この人も表情が忙しい。

「あと、たまには墓参りに行ってあげなさいよ。友喜さんと、優奈姉と、月也(つきや)の分」

 月也、というのは、今は亡き光夜さんの旦那さん、つまりみつきの父親のことだ。みつきが五歳の時に亡くなっている。大人しい人だったから、みつきの性格は父親譲りだと思う。

 だが、それについては問題ない。手をひらひらと振る。

「それなら姐さんの見舞いと一緒。月一で行ってるよ、墓参り」

「そ。ならいいの。私の分もしっかりお参りしといてね」

 懐かしむような表情で、光夜さんはオレにそう言った。月也さんについては自分の夫だからというのがあるのだろうが、姐さんは親類でもなんでもないオレの両親の名前もたびたび上げている。光夜さん曰く、オレの両親、特に母さんに世話になったかららしい。十六歳でみつきを授かり、右も左もわからなかった光夜さんを親身になって面倒見たのが、オレの母さんだったと聞いた。

 けど、そんな目に見えない縁があってこそ今こうしてオレはみつきと幼馴染として、家族として過ごしていられるんだよな。うまく言葉で言い表せないけど、そういう縁って凄いと思う。オレ達がこうやって見舞いに来たり親の墓参りに行ったりするのは、ただ昔を懐かしんだり、供養する為じゃない。自分をかけがえの無い存在と出会わせてくれた事への感謝をする意味合いもあるんだ。

(うん、ホント、凄げぇ……)

 そして、その縁によってオレはみつきに生かされた。オレ達の親は、死してなお、病床に就いてなお、不可視の力で生を与えてくれる。こんな世界に生きているからこそ実感する。親って、本当に大きい存在なんだ。

 しみじみと実感していると、光夜さんは「ふふ」っと笑った。

「わかるでしょ? 親のありがたみ。もっと感謝しなさい」

 いいところで心を読まないでください。

 その後も、三人でうだうだと過ごした。特に変わった事もなく、かといって無駄でもない、そんな穏やかな時に身を任せる。

 そうこうしているうちに時間は経ち、いつの間にか時計は十七時を示そうとしていた。だいたいいつも帰る時刻だ。気付けば窓の外も暗くなり始めている。帰りの電車もあるし、特に今日はナオさんとこに行く予定もあるから、あまり長居は出来ない。

「よし」

 膝を軽く叩いて立ち上がり、みつきの方を向いた。

「みつき、そろそろ帰るぞ」

 その呼びかけに、みつきは一瞬ぴくりと反応した。しかしすぐにうつむいてしまう。返事もしなければ立ち上がることもない。

(これは……、まさか……)

 なんだか不穏な予感がする……。

 その予感を確かめるため、もう一度みつきを呼んだ。

「おい、みつきー? 聞いてるかー?」

「や」

 一文字で予感を確信に変えられてしまった。まあ、否定だろう十中八九。

 やっぱり始まっちまったか……。あまり意味は無いと思いつつ、更に続ける。

「嫌じゃない。帰るの。ほら、さっさと立つ」

「まだ帰らない。おかーさんと一緒にいる」

 そう言うと、みつきは光夜さんにしがみついてしまった。ヤバい。マザコンが本領発揮しやがった。

 見舞いに来て帰ろうとすると、だいたいいつもこうなる。そりゃ、気持ちがわからないでもない。あまり会えない唯一の肉親に会えば、離れがたくもなるだろう。けどもういい加減慣れようぜみつき……。

「いつもこの時間に帰るだろ」

「やだ。泊まるの」

「何バカ言ってんだ。明日学校だぞ」

「やーだー」

 あー、くそう、駄々っ子め。オレじゃお手上げだ。仕方ないからその母親に助力願おう。

 なんとかしてくれ、と視線にメッセージを込めて姐さんを見ると、その意図を読み取ったらしい光夜さんは「任せて」とばかりにうなずいた。なんか楽しそうだったけど、ホントに任せて大丈夫だろうか……。

 早速動いた光夜さんは、聖母のように慈愛に満ちた表情でみつきの頭を優しく撫でた。そして、同じく優しくみつきに語りかける。

「光月、友が『今夜は寝かさないからさっさと帰ろうぜ』だって」

「オイ待てコラ」

 任せたらなんかとんでもねー事態になった。

 何が任せてだ。思いっきり意図の捏造じゃねーかふざけんな。だいたい誰だよ。みつきがオレといっしょに住みたいって言った時に「いいよ。だって友紳士じゃん」とか言ったの。言ってる事が百八十度逆だろ。

 慌て半分、キレ気味半分のオレを数秒見て反応をひとしきり楽しんだらしい姐さんは、ニヤニヤしながら「冗談よ」と涼しく言うと、再びみつきに語りかけ始めた。さっきからタチの悪い冗談が多いな。

「それに、光月。さっき言ってたじゃない。今日は友がナオさんの所に行くんでしょ? もう約束してあるんだから、相手を待たせちゃダメよ?」

 そこまで言って、光夜さんは一度言葉を切ると、少しきつくみつきを抱きしめた。

「私はいつでもここで待ってるから。またおいで。ね?」

 本当に子をあやすという表現がぴったりな言い方で、光夜さんはみつきを諭した。まあ、実際に子供をあやしてるんだけど。

 光夜さんにしがみついたままで、みつきの表情はわからない。それでも、その言葉を聞いてみつきが小さくうなずくのが見えた。やっと納得したようだ。さすがは母親といったところか。

 同時に、姐さんはもの凄いドヤ顔でこっちを見てきた。こっちも素直に感心したいのはやまやまだが、先の悪ふざけのせいでいまいち感心しきれないのをこの人はわかっているんだろうか。いや、多分わかってない。この人にとっては、オレをいじる理由など「そこに友がいるから」で十分だからだ。

 改めて自分の扱いのひどさに愕然としていると、みつきはやっと光夜さんから離れた。まだ名残惜しげな表情をしていたが、それでもとことことこっちに戻ってくる。なんとか今回も無事帰れそうだ。

 足下に置いていたガンケースを手に提げる。

「じゃ、また来るわ。お大事にな」

「じゃあね、おかーさん」

「はいはい。また来な。いつでも待ってるよ、光月」

 あれ? オレは?

 小さく手を振りながらみつきが部屋を出て行き、オレもそれに続こうとした時だった。

「友、」

 光夜さんが、オレの名を呼んだ。慌てて立ち止まって顔をそっちに向ける。

「なにさ」

「さっきも言ったけど、頼んだよ、光月のこと。今のあの子には、あんたが全てだから」

 真剣な声、真剣な言葉で、光夜さんは母親としてオレにみつきを託した。三年前と同じだ。オレがただの高校生でも、暗い闇の世界に生きていても、向けられるその信頼だけは揺らいでいない。オレに出来るのは、ただその信頼に応え、みつきを愛することだけだ。

 心配ねぇよ、姐さん。オレにとってもみつきは全てだから。

「ああ」

「特にあんたはなんでも一人でしょい込むんだから。それであの子を悲しませたらただじゃおかないからね。たまには色々話してやんなさい」

「わかってる」

 オレの答えに、光夜さんは大きくうなずいた。言いたい事は全て言った、というような、晴れやかな表情をしている。

「じゃあ、あんまり仕事で無理しないように。辛くなったらいつでも来なさい」

 そうは言われても、オレは戦場に立てば必ず無茶をするだろう。けどそんな中でさえ、姐さんは自分が帰る場所であってくれると、そう言ってくれているのだ。

 それはどんな慰めの言葉より、どんな励ましの言葉より、ありがたくて安心出来ること。

 右手を軽く挙げて、ひらりと振る。

「なるべくな。じゃあ」

 ――ありがとう、光夜さん。

 声には出さず、胸中で感謝し、オレは病室を後にした。極の言葉、光夜さんの信頼を、心に深く刻みつけながら。

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