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VS〜コノヨノコトワリ〜  作者: TERIS
FILE3:『再会』
20/33

FILE3.2:光の矢(ライトニング・アロー)

すみません、遅くなりました。

「……しかしツジ、どうする? ちょっとやそっとじゃ殺れそうにないぞアレ」

 虚ろな目で辺りを見回す敵を見て、構えを解かずにツジに小声で問う。ゆらゆらと危なげに体を揺らす敵の様は、まるで幽霊だ。人外の物に例えてこれほど違和感の無い相手もいまい。

 ツジもまた、ファイティングナイフを右手に持って構え、相手を鋭く睨みながら答えた。

「どのみち、ヘタな小細工は無意味なんだ。変則の攻撃を仕掛けても、タイミングをずらすくらいの効果しかない。アイツには『驚く』って概念が無いからね」

 ツジの言う通り。感情が無いアイツは、予想外の事態に驚く、ということが無い。どんなにトリッキーな動きを繰り出そうとも、機械のようにその場その場で冷静に対処してくるのだ。先ほどツジの変則技を、いとも簡単に返したのがいい例だ。

 つまり――、

「真っ向勝負しかねぇってことか……」

「そうなるね」

 強く握ったナイフのブレードを美しく光らせながら、ツジは大きくうなずいた。

「大丈夫。自分のスタイルでやろう。僕も友も、強いからこそ今まで生き残ってるんだから」

 ――頼もしいよ、まったく。

 心中で呟き、うなずきを返す。右拳で胸を二度叩くいつもの動作を行って、足に力を込めた。血液のように流動する力の流れを、確かに感じる。

 二人同時に、敵に向かって地を蹴った。体勢を低くしつつ、敵との間合いを詰めていく。相手も身構えて迎撃の姿勢を取った。

 スタートは同時だが、スピードの速いツジが先に敵に到達する。オレはパワーを充填しつつそれに続いた。

 どうやら、ツジの本気が見えそうだ。さっきは防御に回った為に劣勢だったが、ひとたび攻勢に出ればヤツは恐ろしいほど強い。

「ふっ!」

 敵の目の前で、ツジは相手に向かって右に踏み込んだ。右足に体重をかけて、ナイフを振りかぶる。当然、それに合わせて敵の視線はそちらに動いた。ツジの攻撃を迎え撃とうと、虚ろな目でその動きを追う。

 チラリと見えたツジの顔が、二ヤリと笑っていた。こうなればもう、アイツの術中にはまったも同然だ。

 次の瞬間、ツジは地面を鋭く蹴ったかと思うと、凄まじいスピードで左側に移動した。あまりに速いその動きは、目では完全に捉えられないほどで、体感的にはほとんど瞬間移動と言っても過言ではないかもしれない。消えたと錯覚するような動き。そんな常人にはあり得ない行動を、ツジはいとも簡単にやってのけたのだ。

 更に、移動した場所から跳躍。当初敵の右側にいたツジは、時間にして1秒もかからない内に敵左斜め上に姿を現した。そして、その場所で既に右足を振りかぶっている。敵の視線は右下を向いたまま。

 つまりもう、敵にツジの姿は見えていない。

 ツジが強く振りきった右足は、相手の首を捉えた。肉体を打ちつける鈍い音が響き渡り、相手の体は、視線が向いたままの右側へと弾き飛ばされる。そしてその先には――、

「はァッ!」

 オレがいる。

 ツジが相手を蹴り飛ばした方向に先回りしたオレは、力を溜めに溜めまくった右拳を、相手の腹部にアッパー気味に突き入れた。

 オープンフィンガーグローブを通じて伝わる、確かな手応え。強引に拳を押し返してくる反作用を、力で無理矢理跳ね返すように、更に踏み込んで腕を振りきる。

 オレの拳からの作用をモロに受けた相手の体は、くの字に曲がった状態でふっ飛び、先ほどのオレ達のように地面を転がる。同時に、見事な空中攻撃を見せたツジが、ストンとオレの隣に着地した。差し出されたツジの右手と、ハイタッチ。

「ナイス」

「ん」

 吹き飛んだ敵を見ると、よろめきながらも立ち上がろうとしていた。見た感じ、残念ながらあばらを折るまでには至らなかったようだ。恐らくふっ飛ばす直前に、相手は衝撃を逃がすように自分で飛んだのだろう。

 それでも、オレ達のコンビネーションは完璧だった。恐るべきは、その連係を作りだしたツジの技術か。さすがは戦闘時の協調性が高い、と評されるだけある。

 ツジが踏み込んで移動した後、相手には彼が突然消えたようにしか見えなかったはずだ。いくら動揺することが無い相手とて、目の前から掻き消えた敵の、どこから来るかわからない攻撃を防ぐことなどできまい。

 ツジが行った、敵の前から姿を消す、地を這う稲妻のような動き。これこそがツジの真価であり戦闘スタイルなのだ。

 特警で訓練する人間は、バランス良く鍛えてもやはり何かしらの能力に特化する。例えば、オレがパワーと勘、極が狙撃と頭脳と言ったように、それぞれ得意分野、長所が出来るものなのだ。

 ツジはその中でも、スピードに特化している。地上を動く速さから、跳躍時のスピード、攻撃の速度。とにかく速い、というのがツジの特徴だ。特警守川支部の若手隊員の中では、間違い無くナンバーワンのスピードを持っている。

 それでも、いくら素早いからといって、人間の視界から一瞬で消え去ることは、やはり不可能だろう。相手が全ての能力を強化された薬物狂化体ならなおさらだ。

 だがツジは、もう一つ、それを可能にするある能力に特化している。

「せぁっ!」

 もう一度、敵に向けてツジは駆け出した。今度は正面からだ。相手も迎撃しようと腕を振りかぶるが、

「友!」

 ツジはオレの名を呼びながら、それより速く、相手の眼前で両手を叩いた。その声を聞いて、オレも攻撃のタイミングを計り始める。

 パチン、と乾いた音が鳴る。ツジは手を叩いただけで、それ以外に何も特殊なアクションは起こしていない。つまり、ただの猫だまし。

 古典的過ぎて実戦では使われないような手で、まして相手は凶暴な薬物狂化体だ。しかし、薬物狂化されても、そのベースが人間の体であることに変わりは無い。「反射的に目を閉じる」という行動からは、決して逃れられない。

 相手が目を閉じた瞬間、ツジは跳躍した。相手の頭上を宙返りで跳び越すように、くるりと空中で一回転。一瞬で、相手の後ろ空中、後頭部の辺りに出た。

 再び目を開けた相手の視線は、猫だましを喰らう直前まで見ていた正面を向いている。その視界に、ツジはいない。彼はまた、敵の前から消えたのだ。


 ツジのもう一つの能力。それは、「死角を作り、そこに素早く入り込む」というもの。その驚異的なスピードを用いて相手の視界の外へと一瞬で移動し、そこから攻撃する。的の小ささと素早さを生かして攻撃をかわし、「対峙してからの暗殺」を行うのが、ツジの戦闘スタイルなのだ。

 そんな彼の師匠は、現財務部部長、朝倉久美。彼女の現役戦闘員時代の技を全て受け継いだ、あまりに素早いその動きから犯罪者は畏怖を込めて、時に彼を光の矢(ライトニング・アロー)と呼ぶ。それが、辻山鷹行という男だ。


 空中で回転した勢いを乗せて、ツジは踵で相手の頭を後方に蹴り飛ばす。突然、後頭部に力を加えられた相手は、つんのめるようにして倒れそうになるが、なんとか持ちこたえた。

 だが、持ちこたえたその瞬間は大きな隙だ。パイソンを抜き、照準を定めても十分過ぎる時間がある。敵を挟んで向こう側には、着地したツジが、オレと同じように銃を懐から抜くのが見えた。グロック26。オレのパイソンのちょうど3分の2ほどの大きさしかない、プラスチックフレーム製の超小型拳銃だ。いつもは付けている減音器(サプレッサー)を、今日は外している。

 引き金を引くのと同時に、グロックの乾いた発砲音と、パイソンの咆哮のような発砲音が同時に響いた。撃ち出された9ミリパラベラム弾と、454カスールが、相手をサンドイッチするように飛ぶ。

(よっしゃもらった!)

 だが、そのサンドイッチの具材たる相手は、驚異的な反応で2発の銃弾をかわした。体勢を低くしながら地面を転がり、射線上から体を外す。

「チッ!」

 舌打ちし、銃をしまった。再び格闘戦に入ろうとしたところで、ツジがまだ銃を構えているのを視界にとらえる。

 オレのリボルバーは一発の威力が高い代わりに反動がキツく、連射は出来ない。しかし、自動拳銃であるツジのグロックはそれが可能だ。しかも、その装弾数は18発。リボルバーの3倍もある(通常は10発だが、ナオさんに改造してもらったらしい)。

 味方の射撃中に接敵するのはご法度だ。駆け出そうとしていた足を止め、再びタイミングを計る。

 なおも逃げる相手を追うようにグロックの銃口が動いて行き、次々と銃弾が発射される。その度に排出される空薬莢がツジの足下に落ちては軽い音を立てた。

 連射が効いたのか、数発命中したものの、相手の動きは衰えない。心臓には当たらなかったようだ。

「ダメか……!」

 全弾撃ちきったツジが再装填(リロード)する。その隙を埋めるため、今度はオレが接敵した。体を振りながら間合いに入る。

 それに気付いた相手が、ガードの姿勢を取ろうと腕を上げた。

(いや、ガードっつーよりは……、)

 よく見ると、相手は拳を完全には握らずに少し開いている。恐らく、蹴りなりパンチなりを受けた後に、足や腕を掴んで関節技(サブミッション)にでも持ち込む気なのだろう。

 よっぽど高度な戦闘プログラムをブッ込まれてんだな。かなり実戦的な手を使ってくる。

 けど、そうは問屋が、

「卸さねえ、よっ!」

 いつもの蹴りではなく、少し力を抜いた素早い蹴りを繰り出す。刀のように鋭く振りきった右足が、相手のガードをすり抜けるようにかいくぐり、その顔面を捉えた。両腕を上げたままの相手が軽くよろめく。

(っし、手応えあり!)

 まあ、脚だけどな。

 あの蹴技狂(キックマニア)とやって気が付いたんだ。ヤツは2種類の蹴りを持っていた。ガードの上から叩きつけるようなパワー重視の蹴りと、ガードが完成する前に当てる鋭い蹴り。事実、今の相手のようなガードをしようとしたオレに、ヤツはそれより速く蹴りを撃ってきている。単調な攻めで反撃を喰らうより、状況に応じた攻撃で主導権を握る。敵から教えられたことだが、非常に大切だ。

 よろめいた相手に、今度は威力重視の蹴りを撃った。例えるなら、刀に対して大振りの大剣。ごうっ、と低い音を響かせ、腹部を捉えかけるが、ギリギリで避けられる。蹴り足が空を切って、唸るような風切り音だけが残る。

 けど、避けられたって構わない。オレがここで相手の隙を作れば――、

(ツジ!)

 その後ろからは、光の矢が飛来する。

 突き刺すようにナイフを順手で握ったツジが、相手に後ろから迫る。必殺の一撃を突き刺さんとするその姿はまさしく光の矢(ライトニング・アロー)の異名に恥じない物だった。

 ツジは自分で相手の死角を作ることが出来るが、今のオレのような相方がいれば、注意をそちらに引き付けることでより確実に死角からの攻撃を行うことができる。「死角を作る」というアクションが一つ減る為に、攻撃の精度が増すのだ。まさに現在の状況がツジにとっての好機と言える。

 相手もさる者で、背後から接近するツジに気が付いたが、既にその刃は相手の体に突き刺さる瞬間を迎えている。そのまま心臓をブチ抜いてやれば、オレ達の勝ちだ――!

 敵の退路を完全に奪う為、こちらからも右ストレートを撃つ。これで再び相手はサンドイッチ。前からは拳、後ろからはナイフだ。横にかわす時間はねぇよ……!

 勝ちだ、と思った。かわすことはまず不可能だ。だが窮地に追い詰められた相手が、瞬時に取った行動とは――、

「――!?」

 止まらず、オレにカウンターを撃ち込むことだった。しゃがみながらオレのストレートを紙一重でかわし、その運動エネルギーを100%利用したカウンターを腹に撃ってきた。

 めりっ、と鈍い音を響かせ、拳が、腹部に深く食い込む。

「がっ……!?」

 言葉にならない呻き声が、喉の奥から絞り出される。息が止まった。腹の中で爆弾が爆発でもしたかのような、形の無い衝撃が拡散する。内蔵を圧迫されて、何か熱くて気持ち悪い物がせり上がってくるのを感じた。

 衝撃を逃がす間も無く、踏ん張りきることも出来ず、カタパルトで射出されたかと思うほどの強烈な勢いでふっ飛ばされる。

 流れていく景色が、早いようにも遅いようにも感じられる。相手の背中にはナイフが刺さったままだ。当たりはしたが、心臓を貫くことには失敗したらしい。

「友!」

 焦りを含んだツジの声が遠くに聞こえた。それも一瞬で、次の瞬間にはどこかのビルの壁に、体が強く叩きつけられた。

「ぐっ!」

 折れはしなかったようだが、全身の骨がバラバラになったかと錯覚、体感するような痛みが体中を走った。いや、殴られた衝撃であばらはやっちまったかもな。

 ようやく直進をやめた体が、ずるずると地面に落ちる。這い回る痛みが熱を持って、体が熱い。

「ゲハッ、ゴホッ……!」

 地面に倒れ伏し、こみ上げる気持ち悪さに咳き込むと、地面に紅い華が散った。二度、三度。口内に溜まった生温い血液を吐き出す。

(くそっ……、)

 腹筋に力を入れる時間もないうちに、手本のようなカウンターを喰らってしまった。一撃重視のパワー勝負を信条としているオレにとって、カウンターは一番手痛い反撃だ。多少の反撃には耐えられるが、あそこまで完璧に合わせられると、オレが相手に加えようとした数倍の威力が自分に帰ってくる。

 けど、止まるな。前を向け。まだ任務は終わってない……!

(ツジ……!)

 ガタガタの膝をつき、腹を押さえて、なんとか立ち上がった。腕も足も折れていない。まだやれる……!

 まだ少し口内に残った血を地面に吐いて、前を見ると、ツジは敵との交戦を続けていた。相変わらず巧みに敵の死角を作っては、そこに入り込んで地上、空中から素早く立体的な攻撃を繰り出す。相手の反撃も、かろうじて防いでいた。こうして見ている間にも、発砲音が響き、マズルフラッシュが咲き、白銀の刃が踊る。

 しかし、それでもツジは劣勢なようだ。相手はオレ同様に勘が鋭いタイプなのか、ツジの放つ「見えない攻撃」を、当たる直前にギリギリで見切っている。死角からの速い攻撃をかわすのは非常に困難だが、“勘”という不可視の力で攻撃に反応する相手は、ツジが唯一苦手としているのだ。

 加えて、ツジの攻撃は速さの反面、一撃が軽い。ナイフや拳銃で威力を補ってはいるものの、やはり有効なダメージは与えられていないらしい。

「だったら……、」

 足に力を込める。アドレナリンが出まくって、痛みをマヒさせていく。

 ――威力はオレがカバーするしかねぇだろ!

 そして、敵に向かって駆けた。一歩を踏み出す度に、拳に力をチャージする。

 間合いに入る直前、

「ツジぃ!」

「友……!」

 名を呼んだオレに気付いたツジが、敵から素早く離れた。同時に、相手がガードの姿勢を取る。

 ガードだと? 笑わせる。そんなもん、あってもなくても変わらない。

 ただ、へし折ってやればいいだけだ。

「ッハァ、」

 左足を間合いに深く踏み込んだ。振りかぶった右拳には、既に暴発しかねないほどのパワーが充填されている。ぎちり、と音がしそうなほど堅く結んだその拳を、

「しィ!」

 無駄の無い直線軌道で撃ち出した。ガードしているつもりらしいその左腕に、思いっきり叩きつける。振りきった拳は、押し返してくる力などたやすく撃ち砕き、溜めまくった力を一瞬で放出した。

 手応えがあった。何か堅い物を砕いたような、拳の威力を証明する感覚。それによって力の抜けた相手のガードが、弾ける。

「っらぁぁあああ!」

 そのまま殺気を緩めず、拳を振りきったフォロースルーを利用して、回転しながら左の拳を振り、バックブロー。切り裂いた空気が、鋭い音を立てる。

 が、オレの裏拳は相手を捉えなかった。バックステップで下がった相手が、すんでの所でそれをかわしたからだ。

 壁に投げたボールが跳ね返ってくるように、下がった相手が再び素早く接近してくる。濁った瞳のまま繰り出してきた左ストレートを、右半身を引いてかわす。拳の衝撃の代わりに、軽い風圧がぶつかってきた。

 よくやるよ、骨にヒビの入った左手で。けど――、

「っし!」

 パンチの勢いで伸びきった、相手の腕を取る。相手に背を向けるように体を捻じりながら、取った腕の肘部分を右肩に乗せた。

「せぁっ!」

 そして投げる。肘関節を極めて投げを打つ、先ほどの相手と同様の技だが、今回オレはカウンター気味に放っている。ツジのように、自分から跳ぶ隙は与えていない。

 その証拠に、ヒビが入っただけだった相手の左腕が、エグい音を立てて完全に折れた。通常ならあり得ない方向に曲がった腕は、まるで壊れた人形の物だ。痛みは無くとも、この腕ではもう攻撃には使えない。仮に使ったとしても、骨折した腕で放つパンチの威力なんて高が知れてる。

 背負うようにした相手の体を、頭から地面に叩きつける。オレ一人ならここで終わる技だが、この場には特警の隊員がもう一人。

「殺れェツジ!」

 オレの声に合わせて、ツジが動いた。空中でさかさまになった状態の相手の頭に、足先が見えないほどのスピードでローキックを放ったのだ。

 辺り一帯に響き渡る、クリーンヒットの音。サッカーのボレーシュートのようなツジのキックで、相手は土埃を上げながら地面を数メートル転がっていった。

 衝撃音から一転、静寂が訪れる。ボロ布のようにコンクリートの地面に横たわった相手はピクリとも動かず、僅かに聞こえるのはオレとツジの荒い呼吸だけ。

(殺った……、のか……?)

 口元の血を拭って、投げの体勢から体を起こす。その瞬間、

「ぐっ……、」

 全身に鋭い痛みが走った。腹部を中心に、体中にもの凄い圧力をかけられているかのような重い痛みだ。とっさのことに耐えきれず、思わず膝をつく。

「友!」

 慌てた声を上げて隣にしゃがんだツジが、銃をしまい、戦闘用(タクティカル)ジャケットのポケットから携帯用応急処置具ファーストエイドキットを取り出す。

「大丈夫か?」

「ああ、多分あばらは持ってかれてるけど、なんとかな」

 負傷したのにむりやり体を激しく動かしたからか、痛む箇所はあばらだけに止まらない。敵は簡単に放った投げだが、実際に使うと全身の筋肉をかなり酷使するのだ。

 蓄積したダメージのせいか、体が熱く、重い。体内に熱した鉄球でも入れられてるみたいだ。

「待ってろ、すぐ手当を……、」

「いや、大丈夫。標的(アレ)の状態確認してから、さっさと戻ろうぜ」

 ツジを手で制し、震える膝を押さえながら立ち上がった。手を止めたツジは、少し不安げな顔をしていたが、ゆっくりとうなずいた。

 倒れたまま動かない敵に目を向ける。

「蹴りが綺麗に入ったから、首の骨が折れたのかもな。どっちにしろただじゃ済ま――、」

 そう言いつつ、一歩踏み出した時だった。

 突然足下に、小さな穴が穿たれた。何かが刺さったのか、砕けたコンクリートの破片が足に当たる。

「!?」

 そのコンマ数秒後、何かが破裂するような、パン、という乾いた音がビルの森に響く。

 瞬間的に、その意味を理解した。同時に、背筋が驚くほど寒くなった。

(マズイ……!)

 振り返ってツジに叫ぶ。

「隠れろツジ! 狙撃だ!」

 言い終わらないうちに駆け出した。ツジは目を見開いたが、そこはさすが特警隊員。すぐさまオレ同様に地面を蹴る。

 ジグザグに、お互い別方向に走って、ビルとビルの間に跳び込んだ。最初の一発から銃声は聞こえていない。なんとか助かったようだ。

「っぶねぇ……!」

 色の剥げたビル壁に背中を預け、荒れた呼吸を整えるように深呼吸。アドレナリンのせいか、先ほどよりも痛みを感じない。

 吸って吐いてを繰り返していると、イヤホンに通信が入った。すぐさまツジの声が聞こえる。

『友、無事か!?』

「ああ。そっちは?」

『大丈夫。けど、狙撃って……、』

「銃声は聞こえたろ。その一瞬前に、オレの足下に何か刺さったんだ。まず間違いなくどっかに狙撃手(スナイパー)がいる」

 通信を続けつつ、ジャケットの内ポケットから小型の拳銃用スコープを取り出す。オレ達戦闘員が交戦中に精密射撃を行うことはほとんど無いので、普段は使わない物だが、望遠鏡代わりにはなるだろう。

『ターゲットの確認はどうする? 狙われてるんならうかつに近寄れないだろ』

「そうだな。仕方ないから、スコープで息だけ確認してみる」

 ツジに返答し、スコープを覗き込む。倒れた相手を視界に捉え、よく見てみると、胸部は上下していない。息は止まっているらしい。

 目はスコープに付けたままで、腕時計に声を発する。

「今見たら、胸は動いてないな。さっきから微動だにしないし、完全に死んでるはずだ」

『そうらしいね。今僕も見たけど、全く動いてない』

 落ち着いたツジの声が返ってきた。ここから姿は見えないが、おそらくオレと同じように、スコープか小型の望遠鏡で確認したのだろう。

 とりあえず、相手が死んでいるのなら、いきなり襲われることはない。未だ荒い息をゆっくりと吸い、現状を整理し始めた。あまりにも事態が急過ぎて、頭がこんがらがりそうなのだ。

(狙撃か……)

 超遠距離からのライフルによるピンポイント攻撃。その道のスペシャリストが行えば、対人戦において恐ろしいほどの効力を発揮する。それが狙撃という手段だ。

 しかし、なぜ急に撃ってきたんだ? もし狙撃手(スナイパー)がオレ達を撃ち殺すつもりなら、チャンスは今までに何度もあったはず。オレがふっ飛ばされた時など、倒れている間はいい的だっただろう。他にも、ツジが迎撃された時、膠着状態で互いに様子を窺っていた時。狙い撃つ時間は十分にあった。

 疑問はそれだけじゃない。そもそも狙撃を行った人物は何者なのか? オレ達に向けて撃ってきたのだから、特警やSATの関係者ではない。だとすれば、あの狂戦士(バーサーカー)を作りだしたヤツらの仲間か、もしくは単独犯か。しかしそれにしても、やはり戦闘に手一杯で狙撃に対しては隙だらけだったオレ達をさっさと射殺してしまわなかったのは腑に落ちない。

(なんなんだよ、ったく……)

 駄目だ。圧倒的に情報が不足している。いつまでもここに隠れている訳にもいかないし、なんとか打開策を見つけねーと……。

 まずは、どこかにいるスナイパーをなんとかしなければ、うかつに動けない。この辺に諜報部が張ってるんなら、撃ってきた位置を割り出しているかもしれないな。

 諜報部が使っている無線のチャンネルに、携帯の無線機能の周波数を合わせようとした時、それより先に通信が入った。ツジだ。

『友、聞こえるか?』

「ああ。どした」

 さっきとは打って変わって、ツジの声には焦りが見られる。問を返すと、ツジは早口で続けた。

『今、諜報部の無線周波数に合わせてスナイパーの位置を聞こうと思ったんだけど……』

 さすがツジ。どうやらオレより早く行動を起こしていたようだ。

「対応が早いな。それで、どうだった?」

『それが……、』

 ツジが一度言葉を切る。なんだろう、と思っていると、ゴクリと唾を飲み込んだツジが一気に言う。

『誰にも、繋がらないんだ』

 静寂の中で、ツジの言葉は嘘みたいに大きく聞こえた。頭の中で、たった今聞いた言葉がリピートされる。一瞬、耳を疑ったが、すぐに聞き返した。

「一人も、か?」

 オレの問に、ツジは答えない。しかし、その沈黙が肯定を意味することは容易に推測できた。

(まさか、諜報部が……?)

 特警の諜報部、俗に言うスパイ機関は、世界でもトップレベルの優秀さを誇っている。隠密行動、潜入行動は当然として、通信機器の扱いや緊急時の逃走、格闘術等、あらゆる事態に迅速に対応し、戦闘員に必要な情報を集めるのがその主な役割である。

 特警が設立されてもう10年が経つが、その間に隊員と諜報部の連絡が途絶えたことは未だかつて無いらしい。だというのに、ツジはその諜報部と連絡が取れないというのだ。しかも、この近辺に十数人は潜伏しているはずの、誰一人ともつながらないらしい。前代未聞の事態が、今まさに起こっている。

「クソっ、冗談じゃねぇぞ……」

 現場で起こったことは、現場にいる隊員か諜報部の人間しか分析できない。極に連絡を取っても、狙撃手の位置はわからないのだ。ヘタに動けないオレ達は、見えない糸でこの場に縫いつけられたに等しい。

 ――なんとかならねぇのかよ……。

 心中で呟きつつ、もう一度、倒れた相手の方を見やる。ビルの壁から顔を出し、動かない敵を視界に入れた瞬間、それは起こった。

 何か軽い音がするのと同時に、横たわった相手の体から、紅い液体が散ったのだ。水面を叩いて水が跳ねるように、ズタズタになったパーカーの胸部から鮮血が舞う。

 そして、そのコンマ数秒後に、先ほどのフラッシュバックのように響き渡る乾いた破裂音。

「!?」

『っ!?』

 予想外過ぎる出来ごとに、目を見張る。ツジが息を呑む音が、イヤホンから微かに聞こえた。

 意味がわからない。混乱が混乱を呼んで、頭の中が収拾つかなくなってきた。何度も同じ思考を行ったり来たりして、ようやく脳が導き出した一言は、

(どういうことだ……!?)

 それだけだった。

 意図がまるで読めない。オレに向けて撃ったかと思えば、今度は死体と化した相手に向かっての狙撃。狙われていることよりも、全く予想がつかないスナイパーの、ブラックボックスのような思考に恐怖を覚えた。

 音信不通の諜報部に、何者かわからず、標的をさっさと撃たずにもったいぶった行動を取り、挙句死体に向けて狙撃を行うスナイパー。ジグソーパズルを5セットくらいごちゃ混ぜにした状態から一つ一つ完成させようとしてるみたいで、頭が沸騰しそうだ。

 そして、その謎は、解決もしないうちに更に深まることになる。

 呆然とする視界の中で、動くものがあったからだ。ぐちゃぐちゃの思考の中に、ジグソーパズルがもう1セットブチ込まれる。

「嘘だろ……?」

『バカな……!』

 オレもツジも、声を漏らさざるを得なかった。

 オレ達が殺したはずの狂化体が、ゆっくりと、立ち上がったのだ。

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