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VS〜コノヨノコトワリ〜  作者: TERIS
FILE3:『再会』
19/33

FILE3.1:『一体』の理由

 真っ暗で、物音一つしない寝室の中、オレは仰向けに寝転がって天井を見つめていた。窓の外には星がまたたき、夜空は見る度に深さを増すような紺色だ。その中で、寝てしまおうと先ほどから何度も目を閉じているが、まるで眠り方を忘れてしまったかのように、一向に意識が落ちる気配が無い。0時には布団に入ったはずなのだが、今チラリと見た時計の針は既に2時を回っていた。無駄な足掻きと知りつつも試しにもう一度まぶたを落としてみるが、やっぱり駄目だ。眠気なんか微塵も感じない。

 まいったな、と思いながら横を見ると、そんなオレとは対照的にみつきが寝返りを打って丸くなっていた。何か夢を見ているようで、時々むにゃむにゃと寝言を言っている。あまりに無防備で、愛らしいその寝顔を見ていると、自分の殺伐とした生活とのギャップを感じずにはいられない。触れれば砕け散ってしまいそうな儚さを纏って、無垢な彼女は安らかな時に身を任せている。

 もの凄くナチュラルにみつきが隣で寝ているが、これには訳がある。寝る前になって急に、みつきはオレの隣で寝たいと言い出したのだ。さすがに駄目だろと説得したのだが、みつきは『だって寂しいんだもん……』と、小さく呟いた。ただでさえデートを途中で打ち切って寂しい思いをさせたオレが、彼女にそれを直接訴えられて拒否し続けることなどできるはずもなく、こうして並んで寝るという事態になっている。

 規則正しく寝息を立てる横顔を見て少し表情を崩すが、すぐに引き締めて再び天井を見つめた。

 明日、じゃない、もう今日だな。今日は光夜さんの見舞いに行くんだから、さっさと寝てしまいたい。しかし、相も変わらず体はそれを拒否する。眠れない苛立ちを吐き出すように、大きく息を吐いた。

 考えなくても、眠れない理由はわかってるんだ。死を目の前にしたその日に、そんな簡単に眠れるはずはない。

 今日、じゃない、もう昨日か。みつきを置いて向かった任務で、オレは殺されかけた。本当に危なかった。助太刀が来なければ、間違いなく死んでいただろう。今までにも、そんな経験が無かった訳じゃない。それでも、自分ではどうにも出来なかったほどの危機はほとんど体験したことが無かったのだ。

 身に染みた恐怖は、簡単には消えない。今だってリアルに思い出す。こちらを見上げる無感情な瞳、喉を締め上げられていく感覚、意識を刈り取られる直前の景色。そんな物が、目を閉じる度に列を成して襲ってくるのだ。安眠なんて言葉が、今のオレには程遠いのなんて当たり前だろう。

 もう一度、深く息を吸って、吐く。こうなってしまっては、自分で反省会を開くより他ない。寝転がった状態のまま、両手を後頭部で組む。

 すこしの間、眠るのは諦めることにした。襲い来る恐怖に正面きって向き合い、もう一度事件を最初から思い出してみる――、






 うららかな春の日差しの中、オレはバイクを操り、所長から指示のあった場所、本町北へ向かっていた。背中に注がれる日光は温かいが、神経は凍るほどに冷え切っている。現場に着く頃には、凍った神経がナイフのように尖っているだろう。そのイメージを確かなものにしながら、任務についての情報を整理していく。

 今回の相手は薬物狂化体。時に狂戦士(バーサーカー)と呼ばれることもあるほどの、最も強く、厄介な敵の一つだ。タカフミの店で聞いた直後のタイミングで来るということは、その取引で扱われた狂化薬物である可能性が非常に高い。やっぱり、聞いておいてよかった。事前に情報を聞いているのとそうでないのとでは、心構えが全然違うのだ。

 と、その時。バイクのフロントパネルにあるディスプレイに、【着信】の文字が表示された。特警仕様のカスタムが施されたこのバイクは、コンソールボックス内にセット、接続した携帯と車体を連動させ、走行中にハンズフリーで通話が出来るようになっている。

 続いて、通信相手を表す文字が表示されるが、そこには、

「所長?」

 予想外の人物の名前があった。さっきの通信で何か言い忘れたのだろうか。そんな疑問を頭に浮かべ、左ハンドルの手元にある操作スイッチ群の中から【通話】を押す。ヘルメット内部の口元にある小型マイクに向けて応答した。

「はい、日向」

「こちら本部。今、隊員の出撃状況を調べたところ、その近辺で一人手の空いている者がいた。今回は二人一組(ツーマンセル)で任務に当たってもらう」

 同じくヘルメット内部、耳元にある小型のスピーカーから、所長の冷静な声が聞こえた。このヘルメットも特警製であり、ワイヤレスインカム内蔵となっている。車体から携帯の音声を無線で飛ばし、それをヘルメット内で聞くのだ。反対にこちらが話した音声は車体にセットされた携帯に届けられ、それが相手側に伝わるようになっている。

 しかし、いつもはオレの増員要請に『人数不足だ』としか言わない所長が珍しいことを言う。それだけ標的の危険度が高いってことか。武者震いしながら返答する。

「了解。相棒(バディ)は誰です?」

「辻山だ」

 所長の口から、心強い名前が発せられた。思わず聞き返してしまう。

「ツジですか?」

「ああ、既に連絡して現場に向かわせてる。恐らくお前とほぼ同時に到着するはずだ」

 淡々とした口調で告げる所長。相変わらず手回しが早い。特警守川支部のトップとしては当然なのかもしれないが、この人の手腕にはいつも感心してしまう。現場に向かう隊員に必要な事を、誰よりもよく知っているからだろう。

「わかりました。ありがとうございます」

「礼を言うのはまだ早いぞ。わかっているとは思うが、増員があった意味を忘れるな。では、健闘を祈る」

 頼もしい味方を呼んでくれたことを感謝し、謝辞を述べると、所長は若干緊張の窺える声色で注意を促して通信を終了した。こちらもスイッチの【切】を押す。表情を引き締め、所長の言葉を反芻する。

 そうだ。少数精鋭で運営される特警において、増員はめったに無い。この前オレ一人に中型工場一つ制圧させたのがいい例だろう。だが、そんな中でツーマンセルの指示があったのなら、つまり中型工場の制圧よりも標的一体を鎮圧する方が難度が高いと判断されたということだ。細心の注意を払って任務に臨まなければならない。失敗は死とイコールになる。

 余分な思考や感情を削ぎ落としながらバイクを走らせ続け、やがて目的地に到着した。即座に腕時計で時刻を確認すると、14時45分。目立たない場所にバイクを停め、手早く装備を確認していく。最後に、車体から取り外した携帯を操作し、ポケットにしまった。今まではヘルメットに登録していた無線の登録先を変更したのだ。スピーカーは、耳の後ろ側に引っ掛けた小型のイヤホン。マイクは腕時計がその役割を担う。それぞれがワイヤレスになっている為、戦闘の阻害になることは無い。

 軽いストレッチをしていると、遠くの方からオレのと同じようなバイクが走って来るのが見え始めた。いや、オレのよりは若干小型か。だんだんと近寄ってくるそのバイクに乗った人物こそ、今回の任務における相棒だ。

 そのバイクはオレの目の前で停車した。降車してヘルメットを外した小柄な隊員、辻山鷹行(つじやま たかゆき)、通称ツジが、こっちに向けて右手を挙げた。

「よっ、友。早いね」

「いや、オレも今来た」

 ツジとは、同い年で高校の同級生だ。悟と同じ一組で、いつも学校で顔を合わせている時はバドミントン部のエースで朗らかなヤツだが、いざ任務となればオレ達同様、驚異的な戦闘力を発揮する。

 今までにも何度か組んで出撃したことがあるので、戦闘時の勝手はわかっている。いつものように、無線やコンビネーションの確認をして、気合いを入れる為に互いに拳を突き合わせる。コツン、と軽い音が響き、それがオレ達の精神を戦闘時のモードに完全にスイッチさせた。

「よっしゃ、」

「行くか」

 声をかけ合い、走りだす。

 中心部ほどではないにせよ、いつもはそれなりに人の多い本町北は、完全に静まり返っていた。特警から避難命令が出た為に、人の気配は全く無い。あまりに閑散としたその光景に、まるでジオラマの中に迷い込んだかのような気分になる。所々、店のガラスが割れているのは、慌てて避難した一般人によるものか、はたまた標的(ターゲット)によるものか。

 その灰色の風景の中を、ツジと二人で探索していく。所長の言っていたビルの建設現場や路地裏、建物の中等、慎重に捜査するが、

「いないな……」

「ああ」

 ターゲットらしき姿はどこにも見つからない。おかしいな。狂化したヤツなら、そこかしこ暴れまくってるはずだからすぐに見つかるなずなんだけど。

 同じ疑問を持ったらしいツジが、隣で首を捻った。

「もう移動した、とか?」

「いや、もうこの辺に諜報部が張ってるはずだから、逃げたら連絡が入るだろ」

 首を振って答えると、ツジは「そうだよなぁ」と言って更に首を捻り、黒い短髪をガリガリと掻いた。

 耳を澄ましてみるが、聞こえるのはビルの間を風が通る音だけ。何かを破壊する音も、地面を歩く音もしない。その静けさが、逆に不気味さを増幅させる。周りの音が聞こえないのではなく、自分が聴覚を奪われた状態で敵を待っているのではないか。そんな錯覚さえ抱いた。

 もう一回その辺散策して来るか、と一歩踏み出そうとした、その瞬間だった。

「……! 友、退避!」

 オレ同様に耳を澄ましていたツジが突如声を上げた。明らかに切羽詰まっているその声を聞いて、考えるよりも先に体が反応する。右足で地面を蹴り、その場から放れた。ツジも一瞬でオレとは反対方向に跳ぶ。

 直後、コンマ数秒前までオレとツジがいた場所に、ソレは空中から降ってきた。鉄パイプを手に、衝撃音で空気を揺らしながら、死神のようにただ破壊する為にオレ達の前に現れた。

「なっ……、」

 落下の勢いを乗せて縦に振られた鉄パイプが、ソレが着地するのと同時に、さっきまで自分が立っていた場所に叩きつけられて鈍い音を響かせる。金属を介して凄まじい運動エネルギーを吐き出されたその場所は、コンクリートが抉れるという通常ならありえない状態になっており、衝撃に耐えきれなかった鉄パイプはひん曲がっていた。

 抉れた地面を見て、背中に嫌な汗がどっと吹き出した。ゴクリと唾を飲み込んだ後、全身の温度が数度下がったような感覚。もしあれが、自分の体に叩きつけられていたら……。

(いや、余計な事考えるな……)

 首を振り、そう自分に言い聞かせて前を向く。死をイメージするヒマがあったら、生きる方法を考える。特警の戦闘時の鉄則だ。

 数秒後、落下してきて地面にしゃがみ込んだ状態から、ソレはやっと立ち上がった。生気のまるで無い、濁った瞳で辺りを見回し、茶色のショートボブを揺らすソイツは――、

「女か!?」

 思わず驚きの声が漏れる。ツジも同じ様子で、声にこそ出してないが、目を見開いていた。

 恐らく170cm近くと背は高いが、間違い無く女だ。黄色いパーカーにジーンズという、至ってカジュアルな格好をした女性。本町や電車の中で見かけても、なんら違和感は無いだろう。年齢はパッと見20代中間で、どちらかと言えば華奢な印象を与える容姿。

 どう見ても、鉄パイプの一撃で地面を陥没させるようには見えない。恐らく後ろにある4階建てのビルから落下し、その勢いを利用しての叩きつけだろうが、それでも地面が抉れるなんてことにはならないはずだ。

 それを可能にするのが、狂化薬物の恐ろしさか。そして、もはや人とは言えないその性質こそ、所長が「一人」でなく「一体」と呼んだ所以。

 女性は曲がった鉄パイプを捨てると、先に視認したオレの方に向かってきた。

(来るか……、)

 即座に構える。視野を広く取り、集中力を極限まで高める。四肢に力を均等に割り振り、どの行動にも瞬時に移れるようにする。

 相手が右足を振りかぶった。その初撃は――、

(右、ハイ……!)

 それを見て、こちらも同じように右足を振り始める。視界の端に、ツジが動くのが見えた。アイツがいるなら、ヘタにかわすより打ち合った方がいい……!

「はァッ!」

 気合いの声を上げると共に、オレと相手の右足が交差した。

 肉のぶつかり合う鈍い音が響き、ビリビリとした衝撃が足首に走る。ハイキックの打ち合いの結果、弾かれたのはオレの右足だった。強く振り切ろうとした蹴り足は、それ以上の力で弾き飛ばされた。

「くっ……、」

 衝撃が痛みに変わる。まるでスイングしているバットを蹴りでもしたような感じだ。相手が格闘家くらいの体格の持ち主ならまだしも、とても華奢な女性の体を蹴ったとは思えないほどの重さ。下手すりゃ骨折モンだ。

 だが引きつけた甲斐はある。今の攻撃の隙に、ツジが敵の後ろでファイティングナイフを構えているのだ。160センチ強という、相手よりも10センチほど低い身長をカバーする為に、少し跳躍している。そのまま振り切れば、強化金属のブレードは敵の延髄をたやすく切り裂くだろう。

(殺れ、ツジ!)

 もう数センチで急所を捉える、その時、

「がっ!」

 空気の裂ける音と共に、呻き声が聞こえたかと思うと、ツジの体は吹き飛んだ。3メートルほど空中を直進し、地に着いた後も2メートルほど転がる。その手から離れた大型ナイフが、地面を滑っていった。

 信じられない光景に、足の痛みも忘れて呆然とした。

「なんだ……!?」

 何が起こった!?

 目の前では、その何かを起こした原因であると思われる相手が、左拳を握った状態で立っていた。何事もなかったかのように再びこちらを見据える。

 推測するに、ツジが吹っ飛んだのはあの拳が原因だろう。オレと蹴りを打ち合った直後だから、おそらくはバックブロー。ツジの動きを読んで、後ろ手に拳を叩きつけたといったところか。つまり、オレとの戦闘の片手間にツジを攻撃したことになる。

 特警守川支部若手の中でも随一の素早さを誇るツジが死角から放った一撃を、拳のたった一振りで迎撃したのだ。深く考えるまでもなく人間技ではない。

「チィッ!」

 一度バックステップでその場から放れる。同時に、腕時計に向かって声を発した。

「ツジ、大丈夫か!?」

 携帯の近距離トランシーバー機能を使ってツジに呼びかける。ワイヤレスマイクの機能を持ったこの時計に向けて話せば、携帯を介してツジの元に声が届く。

 数秒後、ツジが立ち上がるのが見えた。ホッとするのと同時にイヤホンから声が聞こえる。

『ん……、なんとか……』

 声を聞いた限りは大丈夫そうだ。咄嗟にガードくらいはしてるはずだから、戦闘に支障は無いだろう。

 と、こっちもあまり人のことは気にしていられない。追ってきた相手が再び右のハイキックを撃ってきた。

「チッ!」

 舌打ちし、体勢を低くしてかわす。超低空を飛ぶ飛行機のような轟音を残して、頭上を蹴り足が通過していく。

 左肩部分の(シース)から大型ファイティングナイフを抜いて左手に逆手で持ち、下から上へ、膝を伸ばす勢いを利用して鋭く振った。

 縦一直線の軌道を残して走るブレード。しかし、相手はスウェーして避けた。対象を失ったナイフが空を切る。

 そのまま止まらずに右の膝蹴りを打った。モーションが小さい為に威力は低くなるが、鳩尾に突き入れれば多少のダメージにはなるはずだ。

 急所に向けて膝を突き出す。予備動作の無い攻撃だから、避けられない自信はあった。

 が、相手は右手で膝を止めた。

「なっ!?」

 攻撃を放った直後で、一瞬体が硬直する。その隙に、相手はお返しとばかりに金的への膝蹴りを打ってきた。オレと同じ、ノーモーションで急所を狙う蹴り。

(しまった……!)

 反応が遅れた。ガード出来ず、足が急所に突き刺さる――、

 衝撃を覚悟し、全身の筋肉を収縮させる。しかし、いつまで経っても痛みは襲ってこなかった。攻撃が当たる直前に、相手の動きが止まったのだ。

「……!?」

 何が起こったのかわからなかったが、好機と見て一度敵から離れた。バックステップで下がり、間合いを取る。同時に、敵のおかしな行動の理由を理解した。

 相手の足下にしゃがんだツジが、ナイフをその右足、地に着いた軸足に突き刺していたのだ。小型のバタフライナイフが、ジーンズを突き破って相手の細いふくらはぎに刺さっている。その位置を中心に、インディゴブルーの生地はドス黒い紅に染まっていた。

 相手は足に突き立てられたナイフを引っこ抜くと、それをツジに向けて勢いよく振った。しかし、ツジは軽くステップして回避。全く危なげない動作に、少し安心する。

『友、大丈夫か?』

 同時に通信が入り、イヤホンからツジの声が聞こえた。こちらも返答の為、腕時計に向けて言葉を発する。

「ああ、助かった」

『ならいいけど、まったくさ、狂化体にパワー勝負挑むのなんて友くらいだよ』

「仕方ねぇだろ。コレしか取り得が無いんだから」

 やりとりをしつつ敵を見ると、抜いたナイフを持って構えているところだった。自分の体を刃が貫いたというのに、痛がる素振りを見せるどころか表情一つ変化しない。やはり痛覚は完全にマヒしているようだ。ダメージがダメージとして認識されてない。相変わらず生気の無い瞳のまま、オレとツジの動きを警戒している。

(にしても、変だな……)

 その姿に、どうにも違和感が拭えない。薬物狂化が施されたヤツは、中毒症状に苦しんで見境なく暴れまわるだけだというのに、コイツはやけに冷静だ。少なくとも、今のように相手の出方を窺うような行動は見られなかったはず。たまたまか、それとも仕込まれた戦闘用プログラムにそうインストールされているのか……。

 こちらも構えつつ警戒を強めていると、不意に相手の体がゆらっとよろめいた。

 やっぱり足への一撃が効いてたのか、と思って攻撃に出ようとした時、相手は手裏剣術の要領でオレに向かってナイフを投げた。回転しながら、顔面に向かってバタフライナイフが飛んでくる。

「くっ……、」

「友!」

 素早く反応し、しゃがんでナイフをやり過ごした。しかし、相手の狙いはオレではなかったことを知る。一瞬視線がオレに向いたツジに向かって、相手は突進する。

(速えぇ……!?)

 反応が遅れたツジの右腕を取ると、相手はツジの肘を肩に担いで、柔道で言う一本背負いの投げを打った。その間、約1秒。動作にまったくムダが無い。しかし、その投げ方には違和感があった。

 ただの投げかと思ったら、違う。肘関節を極めた状態で投げてやがる……! ヘタに抵抗すれば、腕一本やられる!

「ツジ、投げられろ! 極まってるから折れるぞ!」

 駆け出しながら声を張り上げる。それを聞いてか、ツジは投げられる直前に自分で跳んだ。ツジの体が高く宙を舞い、綺麗な半円を描いて地面に叩きつけられた。

 派手に投げられたように見えるが、そのおかげで腕は折れていないはずだ。事実、すぐにその場から離れたツジの腕は正常に動いている。紙一重のタイミングだったが、なんとか間に合った。

「喰らえ!」

 接近し、投げを打った直後の相手の背後から中段の回し蹴りを放つ。速い蹴りだったが、敵は振り向いてブロックした。足を取られそうになるのをすぐに引いてかわし、背中側に取り付けたバックサイドホルスターから自動拳銃を抜いて、照準を相手の体の中心点に付ける。

 引き金を引くと、銃声と共に空薬莢が排出され、357マグナム弾が撃ち出された。直進する弾丸は、相手の命を奪わんと牙を剥く。

 しかし、動き出しが速かったのか、相手はギリギリで弾丸をかわした。偶然の動きじゃない。オレ達同様、完璧に見えてるな。

「チィ!」

 そのまま銃身を右にスライドさせながら、連続で発砲。だが、同じ方向に動いて行く相手に、全てあと少しのところで避けられる。手首に反動の衝撃が走る度に、命中しない苛立ちが蓄積していった。

(なろっ……、)

 9発を撃ち、あと一発で弾切れという瞬間、突然ツジが相手の進行方向から迎え撃つように空中の回し蹴りを放った。反応した相手は足を止め、スウェーして蹴り足をやり過ごした。確かな隙が生まれる。

 ――さすが、ナイスだぜ、ツジ……!

 相手の体と、銃口上の照星(フロントサイト)、銃後部の照門(リアサイト)が重なり、着弾点を示す。その場所に殺意を尖らせる為に、引き金に掛けた指を強く引いた。同時に、残弾を撃ちきった自動拳銃は、スライドを後退させたまま、ホールドオープンになる。

 さきほどと同じく、手首への衝撃と共に発射される弾丸。人体に対してえげつないまでの威力を発揮するこのマグナム弾が当たれば、いくら狂化体といえどもただでは済まないはずだ……!

 高速で螺旋回転しながら飛翔した弾丸が、狙い通り相手の胸部を捉える。そしてその小さな金属は、身に秘めたエネルギーを吐き出した。

 鈍い音を伴って、相手の体の着弾した位置に風穴が明く。衝撃を受けたせいか、着ているパーカーの胸部はズタズタだ。明るい黄色の繊維が、見る見るうちに赤黒く染まっていく。空薬莢が地面に落ちた、カラン、という高い音が、やけに大きく響いた。

 死にはしていないだろうが、まともに銃撃を受けてなんのダメージも負っていない、なんてことは無いだろう。その考えはツジも同じなようで、彼はいつの間にか拾ったらしい大型ナイフを振りかぶっていた。

 だが、今回の狂化体はそんなに甘くなかった。オレ達は、まだはっきりと認識していなかったのだ。


 この相手が、もはや人間ではないという事を。普通の狂化体とは、全く異質な存在だという事を。


 ソイツは、自分の胸に穴が開いたことなど気にも留めず、ツジにカウンターの右ストレートを繰り出した。

「なっ……に……!?」

 驚愕から、無意識に声が漏れる。まさか、銃弾を受けて無傷な訳は無いだろう。そう思っていたのに、そのまさかが、いとも簡単に実現したのだ。相手はかわした訳でも、防御した訳でもない。一瞬の隙に射撃の的になり、その弾丸を木偶のように喰らった。なのに、風穴を明けたまま平然と動いている。

 痛みという概念が無いことに、改めて恐怖した。殺さない限り、コイツにダメージを与えた事実は生まれない。致命傷なんて言葉はそもそも存在しないのだ。

(そうだ、ツジは……!?)

 こうして事実を再認識している間にも、戦闘は続いている。相手の拳はツジのすぐ目の前に迫っていた。

「っと」

 不意の反撃だったが、ツジは一度ナイフを引いて冷静にかわし、相手の腕が伸びきったところでその腕を掴んだ。取った腕を抱きかかえ、飛びつくように跳躍し、サンボの飛びつき腕十字の形に持ち込んだ。

 これは、ツジの得意パターンだ。サンボならこのまま腕に自分の足を絡めるだけだが、ツジはもう一撃用意している。

 それを見て、弾切れの自動拳銃を再装填(リロード)する。弾倉を入れ替え、スライドストップを押し下げてから、一度ホルスターにしまう。援護の為に、敵に向けて駆け出した。

 ツジは地面と平行に、敵の右腕に抱きつくような体勢のまま右足を振りかぶった。投げ、関節技から構成されるサンボに、蹴りは無い。しかし、ツジはここから更に顔面への踵蹴りを入れる。オレも知ってる格闘マンガであった技だ。奇襲を奇襲で返すつもりらしい。

 ツジの右足が、斧のように振るわれる。踵が相手の顔に突き刺さろうかという時、相手は予想外の行動を起こした。

 ツジの蹴りを、左手で止めたのだ。来るのがわかっていたかのように、しっかりと勢いを殺して受け止めた。

「なっ……!?」

 これにはツジも目を丸くし、オレも絶句した。無理もない。タイミングは完璧だったし、スピードもあった。何より奇襲だ。この変則のカウンターを初見で防いだ人間は5人もいないはず。それを、実戦の中で簡単に防ぐのか!?

 そして、なおも相手は止まらない。腕に組みついたツジを、接近するオレにそのままラリアットの要領で叩きつけた。

 先の防御に呆然としていたオレ達に、それを防ぐ時間はない。ツジの体は、オレの腹部に思いっきりぶつけられる。

「ぐっ……!」

「がっ……!」

 互いに呻き声を漏らし、体中を走る激痛に耐える。あまりの圧迫感に、胃の中の物が逆流しそうだった。いくら生身の人間とはいえ、戦闘用に鍛えられたツジの体だ。まして、それを振るうのは異常な筋力を誇る薬物狂化体。叩きつけられた瞬間は、鈍器で殴られるのに等しい衝撃が走る。

 一撃でふっ飛ばされて、無様に地面を転がった。その痛みも上乗せされ、体中に太い針をブチ込まれたように痛く、熱い。遠心力によって引き剥がされたツジも、同じようにオレの隣に転がっていた。頬に傷が出来て、血が滲んでいる。

 倒れ伏した状態で敵を見上げると、終始変わらない、感情の無い瞳でこちらを見据えていた。その瞳から逃げずに、正面から睨み返す。

 コイツが怖くない、と言えば嘘になる。全てにおいて凄まじい能力を持った相手を前にして、畏怖を抱かない訳は無い。

 それでも……、

「ヤロォ……!」

 唇を噛んで、膝に力を入れる。

 それでも、オレ達は特警だ。こんな所で、あっさりと死ねるような人間じゃねぇ……!

 この体は、今のような時の為に鍛え、作り上げてきた。圧倒的な力の前でも、決して屈しない為に。殺される前に殺し、生きて帰る為に。そして今この場には、その特警隊員が二人。なら、立ち上がる仲間の前で無様に屍をさらしてる場合じゃないだろ……!

「そうだろ、ツジ」

「ああ」

 隣で立ち上がったツジに、声をかける。傷から滴る血を拭ったツジは、当然だと言うように受け答えた。その目は、まだ死んでいない。屈していない。戦える人間の目だ。

 敵は強い。あの強さは、すなわち恐怖を体現していると言っても過言ではない。だが、考えろ。今ここでオレ達がその恐怖に負ければ、より多くの人間が死に至る。その中には、オレの最愛の人も含まれるかもしれないのだ。

 それなのに……、

「負けられるワケ、」

「ねぇよなぁ……!」

 オレとツジは、再び構えを取った。

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