表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VS〜コノヨノコトワリ〜  作者: TERIS
FILE2:『闘争』
17/33

FILE2.8:愛情表現

2章はFILE2.8で終わりの予定だったのですが、意外に長くなったのでもうちょい続きます。

 家に着いた時には、もう21時半を回っていた。けっこう遅くなってしまったが、どうせ今日は遅くまで起きているのだ。あまり関係ない。

「寒かったねー」

「ん」

 外の冷気のせいか、頬を赤く染めたみつきが靴を脱ぎながら言う。軽くうなずいて応え、オレもスニーカーから足を抜く。

 大きなあくびを漏らしながら自室に向かおうとすると、

「えい!」

「ぐおぁ!」

 背中に軽い衝撃が走った。衝撃は大したことないのだが、突然の事態に驚いて思わず声が出る。

 振り向いて見ると、みつきが背中に抱きついているらしい。腰に回された手が、腹の前で結ばれている。

「ど、どしたいみつき」

「ゆう、ちゃんと手洗わないとダメでしょー?」

 怒られた。至極当然のことを注意されては、大人しく従うしかあるまい。

 進路変更して洗面所に体を向けるが、みつきは離れない。回転したオレを軸に、同じ方向を向く。

「みつき、」

「なぁに?」

「オレ今から洗面所行くんだけど」

「うん」

「いや、“うん”じゃなくて」

「?」

 小首をかしげるみつきさん。可愛いなコノヤロ。

 いや、違う違う。

「なんでくっついてんの?」

「ゆうだから」

「答えになってねーよ。手洗いに行くから離れな」

「……、」

 まだ少し赤い頬を膨らませて拗ねるみつきさん。やべ、マジ可愛い。

 いや、だから違うって。

「なんで拗ねる」

「……、お姫様だっことどっちがいい?」

「よしこのまま洗面所に行こうか」

 駄目だ! 勝てん!

 そのまま歩くと、みつきはひっついたまま「きゃー」と楽しそうに声を上げて引きずられた。小さい子供みてーだ。

 みつきをずるずる引きずりながら到着した洗面所で手を洗い、メンドくさいからおぶってリビングに向かう。電気を点けてからみつきを下ろして、ジャケットを脱ぐ。

「みつき、飯どうする?」

 脇の下からホルスターを外しながら問うと、みつきはしばし考え込んだ。小首をかしげながら腕を組んでいる。

「どうしよう? ゆうお腹空いてるよね?」

「まあ、減ってるっちゃ減ってる」

「うーん……。時間も遅いから、簡単なのでいい?」

「全然おっけ。カップ麺でもいいくらいだし」

「ダメだよぉ。食べれる時はちゃんと食べなきゃ。待ってて。すぐ何か作るね」

 そう言ってみつきはエプロンを身につける。簡単な物、と言っても、みつきはそれなりの物を作ってくれるだろう。遊んだ後で疲れてるだろうに。なんか申し訳ない。

 それでも腹は減っているので、大人しく彼女の厚意にあやかることにした。台所でせわしなく動き始めたみつきを眺めながら、銃をアタッシュケースにしまう。小さな体でちょこちょこと動くみつきは、なんつーかやっぱ可愛い。

 ちょっと幸せ気分に浸っていた意識を引っ張り戻し、アタッシュケースを自室に運んだ。武器専用に置いてある両開きの棚にケースとホルスターをしまってから部屋を出る。

 リビングに戻ると、みつきは遅い夕飯の準備を続けていた。その背中に声をかける。

「みつき、オレなんか手伝う?」

 呼びかけに反応したみつきは振り向いて、口元に人差し指を当てながら大きな目をぱちくりさせた。少し考えた末、皿といっしょに置かれたレタスに視線を向ける。

「じゃあ、レタスちぎってもらえるかな? お皿に一人分ずつ入れて欲しいの」

「りょー」

 指示を受けたので、サラダ作り(ちぎり?)にかかる。手を洗ってからレタスを手に取り、葉を一口大にちぎり始めた。

 鼻唄交じりに単調な作業を続ける。そのリズムを聞いていたらしいみつきが、料理を続けながら問うた。

「LOVE PHANTOM?」

「お、正解」

「やっぱり。ほんとB’z好きだよね、ゆう」

 みつきが楽しそうに笑う。一番好きな曲だから、何かの拍子につい口ずさんでしまうのだ。何度も聞いているみつきにはすぐにわかるんだろう。足でリズムをとっていただけで当てられたこともある。

 そうこうしているうちに、食事の準備が整った。フライパンから立ち昇る匂いに、食欲が刺激される。幸せという、形の無い物を具体的に表すのは、こういう瞬間なんじゃないだろうか。そんな気さえした。あれ? ただ食い意地張ってるだけか?

 いやいや料理が美味そうなせいだと自分を(無理矢理)納得させ、料理をテーブルに運ぶ。メインディッシュらしいフライパンの中を覗くと、豚肉・ニラ・卵・モヤシの炒め物が湯気を上げていた。簡単に、とみつきは言ったが、かなり美味そうだ。とりあえずオレが本気で作るより絶対美味いだろう。鼻腔にとろけていく香ばしい匂いがそれを証明している。

 全ての料理を運び終わり、お互いに自分の席に着いた。

「んじゃ、いただきます」

「いただきまーす」

 両手を合わせて食前の挨拶を終え、箸を手に取った。テーブルの中央に置かれたフライパンから、炒め物を皿に取り、口に運ぶ。

 ん、これは……、

「うっめぇ。コレ美味いなみつき。飯にスゲー合う」

「そぉ? 簡単メニューって本に書いてあったから作ってみたんだけど、美味しいんならよかった」

 幸せそうに目を細めながらみつきは答えた。ホントに嬉しそうだ。自分の作った物で人が喜んでくれるってのは、やっぱり嬉しいモンなんだろうな。

 それにしても、みつきも頑張ったんだなぁ。小学生ん時は家庭科ニガテだったのに、今じゃ簡単にこんなの作れるようになったんだから。

 改めて彼女の成長を実感しながら料理をぱくつく。メインディッシュが美味いとご飯も進むもんだ。おかずの絶妙な味が、白米を何倍にも引き立てている。

「あ、そだ。みつき、カラオケどうだった?」

 自分でちぎったレタスを腹に収めている時、ふと気になってみつきに聞いてみた。有野達になんかボロクソ言われたし、みつきがクラスの友人と遊びに行くのは久しぶりだったから気になったのだ。

 オレの質問に、みつきは楽しそうに笑みを浮かべながら、はしゃいで答えた。

「うん、楽しかった! みんなね、歌上手なんだよ。普段話さない事も色々話せたし、ゆうの事も喋っちゃった」

 いたずらっ子のような表情でみつきは付け加えた。女子軍から批判を浴びたのはそのせいか。

「歌はみつきも上手いだろ。英詩は発音完璧だし」

 英語が得意なみつきは、英語歌詞の発音がハンパない。歌も元々けっこう美味い方だから、カラオケの採点ではほぼ80点台後半をマークしている。

 それを聞いたみつきは、顔を赤くして「そ、そんなことないよ……」と小さく呟いた。照れてやがる。かぁいいなオイ。

 最後に茶碗の中に残ったご飯をかっ込んで、夕飯完食。湯飲みから麦茶を飲んで、両手を合わせる。

「ごちそうさんでした」

「はい、おそまつさまでした」

 にこりとしたみつきがそう返してくる。ほぼ同時にみつきも食べ終わったようで、オレ同様に食後の挨拶を終えた。

 もう遅いのに、急いで夕飯を作らせてしまったので、食器はオレが片づけた。みつきは礼を述べてから、風呂に向かった。

 食器洗い機に皿を入れ、スイッチを入れてから、ソファーに座ってテレビを点ける。映画見るのは二人ともが風呂から上がってからだから、とりあえずみつきが出てくるまでは待たなければならない。

 リモコンを操作し、朝同様にニュース番組にチャンネルを合わせた。2、3の番組を巡ると、ちょうど目的のニュースをやっているチャンネルを見つけた。

 上半身だけ前傾姿勢になり、膝に頬杖をつきながら画面に意識を集中する。

『――昨日、水野銀行で起きた強盗事件の犯人の身元についてですが、ようやく判明したようです。坂倉正人(さかくらまさと)森幹久(もりみきひさ)の二人組で、共に年齢は36歳。坂倉容疑者は海外を渡り歩いて格闘技、それもキックボクシング、ムエタイ等の蹴り技を主体とした物を多数会得しており、いくつかの大会での優勝経験もありました。一方、森容疑者はかつて中東で傭兵として軍に所属。傭兵稼業を辞めたここ数年は東京の銀行に勤務していたようです。現金を強奪した手はずがスムーズだったのは、この辺りが関係しているのではないかと思われます。また、その他の情報については――、』

 そこまで聞いて、頬杖を外す。ソファーの背もたれに体を預け、口元に右手を当てた。

(なるほど……)

 元銀行員なら手際のよさも納得だ。最低限の時間で障害を突破し、最小限の力で目的の金を強奪する。これほど効率のいい犯罪は他にないだろう。

 二人の経歴も、おおよその予想はついていた。キックマニア、坂倉の方は見ての通りだし、タフなおっさんの森も武器の扱いや格闘術は一般のそれじゃなかった。軍人や元軍人、傭兵というのは、相手にすると最も厄介な敵の一つでもある。

 改めて、そんなヤツらと戦って生きて帰って来られた自分に驚いた。たまたま一人ずつとの戦闘だったからなんとかなったが、もし二人いっぺんに襲ってきたら、死んでいた可能性は非常に高い。

 奥歯を堅く噛み合わせる。ぎりっ、と歯ぎしりの音が鳴った。

 オレは、まだ弱い。逃れようの無い現実に、頭の中が熱くなる。怒りが熱に変換され、意識を焼いていく。冷静という名の氷河を融かす。

 こんなんじゃ、いつか死ぬ。目的も果たせないまま、無様に敵の前に屍をさらすことになるだろう。

 例え敵がどんな相手でも、どんな組織でも、そんな真似だけは絶対にしたくなかった。

 拳を強く握ったことによって、手のひらに爪が食い込んでいた。その痛みで我に帰る。頭を振って熱を振り払い、その拳で胸をトントンと叩いた。

(カンケーねぇよ)

 弱いなら、強くなればいいだけの話だ。オレはみつきを護る。そして、自分の目的を果たす。それだけの為に生きてるんだから。

 点けっぱなしになっていたテレビは、スポーツニュースに移っていた。リモコンのスイッチを押し、電源を落とすと、途端に画面は黒に戻る。

「ゆうー! お風呂空いたよー!」

 その瞬間、ちょうど風呂場からみつきの声が響いた。ボーっとしているうちにけっこう時間が経っていたようだ。リモコンを目の前のテーブルに放り出す。

「おー、すぐ入るー」

 立ち上がって返事をし、風呂場に向かった。映画見るんだから早く上がらねーと。

 脱衣所の扉を開けると、薄いピンクのパジャマを着たみつきがドライヤーを持って出てこようとするところだった。自室で髪を乾かすんだろう。風呂から上がったばかりの湿った長い茶髪が、ほんのりと湯気を上げている。

「お待たせ」

「ん。なるべくすぐ上がるから、DVDとか用意しといて」

「はーい。あ、シャンプー無かったから詰め替えといたよ」

「お、さんきゅ」

 笑顔でうなずいたみつきが、脱衣所を出ていく。あんまり姫を待たせると機嫌を損ねてしまいかねないから、さっさと上がってしまおう。

 風呂場に足を踏み入れると、まず目に入ったのは緑色の半透明になったお湯。なんかいい匂いがするから、みつきが入浴剤を入れたんだろうと推測する。風呂好きなみつきは、けっこう入浴剤とか温泉の素とかに凝っているらしい。

 手早く体と頭を洗い、洗顔料で顔を洗ってから、湯船に浸かって目を閉じる。心地よい湯の温度が、体の芯に浸透していく。疲れが流れ出ていくような気もした。ナオさんはたまに湯に浸かったまま寝てしまって死にかける事があるらしいが、この気持ち良さじゃしょうがないかもしれない。

 十分に温まった頃を見計らって風呂から上がった。芯から温まっている為、あまり寒さを感じない。体に付いた水滴をバスタオルで拭いてからジャージを身に纏い、タオルを持ったままリビングへと足を運んだ。

 リビングではみつきがソファーに座ってケータイをいじっていた。入ってきたオレに気付くと、立ち上がってドライヤーを渡してくれる。

「はい、ゆう。いいお湯だった?」

「うん」

「ごめんね、入浴剤勝手に入れちゃって」

「いや、いいよ。なんかいい匂いしたし」

「そぉ? よかった」

 そう言って腹部に抱きついてきたみつきの頭を、よしよしと撫でる。さっき濡れていた髪は、もうシルクのような手触りを取り戻していた。

 有野達が言っていた「愛情表現」とかいうのは、みつきみたいなのを指すんだろうか。いやでも、オレがこんなになったら多分……、

 頭の中で想像する。みつき(っぽい)キャラになった自分を。

 …………、

(キメェ!)

 誰だよ! キャラ違い過ぎてオレの原形がない!

 さすがにあり得ないことを悟って想像を振り飛ばす。無理にキャラ作るのは良くないわ絶対。

「ゆう、どうしたの?」

「いや、なんでもない。マジでなんでもない」

 ひとまずみつきを剥がしてから、髪を乾かした。隣でみつきが「はやくはやく」とでも言うようにじーっと見つめてくる。苦笑いしながらその頭に手を置き、髪に温風を当てる。

 乾かし終わり、ドライヤーとバスタオルを片づけていざ映画鑑賞。自分用にコーヒーと、みつきのココアを作り、マグカップをみつきに渡す。

「ん」

「ありがと」

 既にDVDはプレーヤーにセットしてある。リモコンで【再生】を押すと、ディスプレイ上に映像が流れ始めた。

 ソファーに座ることはせず、背もたれにして床にあぐらをかく。すると、組んだ足の上にみつきが座り、背中を預けてきた。小さな体がすっぽりと収まる。伝わる体温は、柔らかく温かい。栗色のサラサラな髪から、桜のようないい匂いが漂ってくる。みつきは和風っぽいシャンプー使ってたから、その匂いだろうか。

 マグカップからコーヒーを一口すすり、画面に集中する。みつきが借りたのは十数年前の映画で、奥さんを亡くした男とその息子が、ある日突然雨の中でその奥さんと再会するって話らしい。少し前に美咲に教えてもらったんだとか。

 鑑賞を始めて1時間ほどした時、みつきがオレを見上げながら問うた。

「ゆう、起きてる?」

 うなずく。

「起きてるよ。どした?」

「なんにも言わないから、寝てるのかと思った」

「んー、見る方に集中してたから」

「ふーん。おもしろい?」

「うん」

 もう一度うなずくと、みつきは体を180度捻ってオレと向きあう格好になり、そのままオレに抱きついた。

「面白くねーの?」

「ううん。おもしろいよ?」

「んじゃこっち向かずに見てなよ」

「今はひっつきタイム」

 何その奇妙な時間帯。

「やめとけ。その体勢だとお前絶対寝るぞ」

「ひどい! ゆうは私が嫌いなのね!」

 今までの経験から分析して忠告すると、みつきはむっとした顔で不満を述べた。なんでそうなる。

 ここで曖昧な返答をすれば、みつきはふて寝間違い無しだ(子供?)。この場面で最適な流れは――、

『いや、好きだけど……』

『ならよろしい』

 こんなところか。ちょっと恥ずいが、まあヘタにはぐらかすよりいいだろ。素直な愛情表現しろって言われたし。

 さっそく実行に移した。

「いや、好きだけど……」

 さすがに直視は恥ずいから、ちょっと視線を外して言う。駄目だ。いまいち決まらないが、オレにはこれが限界だった。

「……」

(あれ?)

 決死の覚悟で言ったが、おかしい。みつきは無言だ。密着した状態だから、聞こえない訳は無いだろうし、もしかしてホントに寝たか? まさか怒ったんじゃないよな? 今ので怒ったらオレなす術ないぞ?

 10秒、20秒、30秒と経ったがみつきは相変わらず無言。さすがにおかしいと思い、ひっついたままのみつきを両手で引き剥がし、顔を覗き込んだ。

 そこにいたのは、

「え、」

 顔を真っ赤にした自分の彼女だった。外から帰ってきた時の比じゃない。本当に顔から火が出そうなくらい赤い。

 視線をきょろきょろとさまよわせていたみつきだったが、覗きこんだことによってオレと目が合うと、慌ててうつむいてしまった。その動きと共に、柔らかい髪が顔の前にさらさらと落ちる。

(ん? んんん?)

 これは、予想外になんか面白いことになってきた。無難な流れに持ち込むつもりが、それ以上に主導権を握った感じだ。海老で鯛を釣るってこういうのを言うんだっけ?

 眼前に垂れた髪を後ろに流してやりながら、もう一言。

「好きだけど?」

 ぴくりと反応するみつき。ホントに小動物みたいだ。

 ヤバい。なんか来たかも。

 もう一押し。

「大好きだけど?」

 恥より好奇心のが勝った。後で思い出したら絶対悶絶するだろうが、このチャンスを逃すわけにはいかない。

 みつきはさっきよりも大きな反応を見せた。びくりと肩が震え、縮こまる。

 トドメ、かな? 更に口を開く。

「愛してますが?」

 言ってしまった……。普段なら絶対言えねぇけど、人間調子に乗ると色々できるモンなんだな……。

 みつきは、「お前火の玉か?」と思うくらい赤くなっていた。すげぇ。むっちゃ照れてる。みつきとの付き合いもけっこう長いけど、ここまで照れまくっているところはほとんど見た事ない。レアだ。写メ撮りたい。

 みつきが黙ってしまい、オレも喋れないままで、部屋の中には点けっぱなしになっているDVDの音声だけが無意味に流れる。重苦しい沈黙、という訳ではないが、なんか変な空気になってしまった。

 さすがにやり過ぎたか、と思っていると、

「よ……、」

 垂れ流しの音声に混じって、何かみつきが言ったのが聞こえた。が、蚊の鳴くような声だった為に聞き取れなかった。

 聞き返してもいいんだろうか? いいよな。

「ん? どしたみつき?」

 ニヤニヤしそうになるのを必死にこらえながら問を返す。なんか極が乗り移ったみたいで嫌だが、この状況で平静を保てるほどオレの意志は強くない。澄ました表情してるだけでもマシだと思う。

 聞き返して数秒。みつきは一度こっちを窺うように視線を上げたが、オレと目が合うとさっき同様、慌ててまたうつむいてしまう。そして下を向いたまま、耳を澄ませてやっと聞こえるくらいの声でこう言った。

「わ、私も、大好きだよ……」

 それを聞いた瞬間、「やっべ超かわええ」と思うのと同時に、先の自分の行動を思い出して羞恥で死にそうになった。






「ん……、」

 眩しい。目は閉じているのに、瞼を貫通した光が眼球を刺激している。外でスズメが鳴いているというベタ過ぎる情報で、今が朝だということがわかった。

「あっれ……?」

 しかし、オレがいる場所はベッドの上じゃない。違和感を覚えつつ目を開けて、ぼんやりとした視界で辺りを見回すと、まず見えたのは正面のテレビ。ということは……、

(寝ちまったのか……)

 昨日の昼休みの運動と、帰ってからの筋トレの疲れが出たのか、映画を見たまま寝てしまったようだ。最初に再生した、みつきが借りた映画は全部見た記憶がある。最後に見たのは、戦闘機が垂直に猛スピードで急降下しながらミサイルを撃つ瞬間だったような気がするから、オレが借りた映画を見ていた途中だったっぽい。

 ソファーを背もたれにしているとはいえ、床にあぐらをかいて寝ていたから足がむちゃくちゃ痛い。というか体中が痛い。でもなぜか腹部だけ温かい、って……、

「みつき……」

 下を見ると、昨日ひっついたままの姿勢でみつきが眠っていた。丸くなった体は、組んだオレの足の上にすっぽりと収まっており、小さく寝息を立てている。小動物が眠っているようで、その姿は異様に愛らしい。時々もぞもぞと動いては、むにゃむにゃと何か言っている。

「ったく、風邪ひくぞ」

 すべすべした髪を数度撫でると、みつきは眠ったままで口元をほころばせた。猫のように体を擦り寄せてくる。

 このまま寝かせてやりたいが、今日はみつきと出かける約束だ。早いとこ準備をしなければいけない。

 さて、今日の朝飯当番は……、オレか。

 起こさないように注意しながらみつきを持ち上げる。長い栗色の髪が、重力に従って舞うように垂れる。まあ、俗に言うお姫様だっこの状態だが、寝てるからいいだろ。

「つか、軽っ」

 両腕にかかる重量は、驚くほど少ない。普段あんなに甘い物ばっかり食ってるくせに、食った物はどこ行ってんだ。

 みつきをそっとソファーに下ろし、寝室から薄手の毛布を持ってきてかけてやる。朝飯ができるまでは寝かしてやろう。

 固まった体を、捻ってゴキゴキ言わせながら台所に向かう。時計を見ると、時刻は7時30分。

「っくぁ……」

 一つ大きなあくびを漏らしてから、朝飯作りを始めた。今日はオレが当番だから和食。魚を焼いている途中、テレビを点けて天気予報を確認したが、今日は雨の心配はないらしい。

 30分ほどで調理を終え、テーブルに皿を並べたところで、姫を起こしにいく。背もたれ側からソファーを覗き込むと、丸まって毛布にくるまり、みの虫みたいになったみつきが眠っていた。起こすのをためらうほど気持ちよさそうだ。まあ、あくまでためらうだけで起こしはするんだけど。

 ソファーの正面に回り、肩をトントンと軽く叩いてみる。

「みつき、起きな」

 少し大きめの声で起床を促したが、帰ってきたのは寝息。

 今度は肩を揺すりながら言う。

「おーい、出かけるんじゃねーのー?」

「んー……、」

 呼びかけに反応したのか、みつきの目蓋がぴくりと動く。毛布の中の体も、もぞもぞと蠢いた。

 起きた。多分。

「ほら、飯出来てるから」

「や。抱っこ」

「幼児か」

「あ、ひどぉい。幼児は言い過ぎだよ」

 じゃあ小学生か。今時小学生でも抱っこなんて言わねーよ。

 頬を膨らませて不満を述べたみつきが、体を起こしてソファーから下りる。立ち上がったオレに向き合うと、途端に笑顔で抱きついてきた。

「おはよ、ゆう」

「はいはい、おはよ。顔洗ってきな」

「はーい」

 返事をしてみつきが洗面所に向かった。朝から機嫌がいいな。なんかいい夢見たんだろうか。

 一人肩をすくめて台所に戻り、ヤカンから二人分のお茶を注ぐ。それをテーブルに置いたところでみつきが戻ってきた。互いに椅子に座り、食事を始める。

「いただきます」

「いただきまーす」

 立ち昇る白米の香りに誘われ、さっそく茶碗を手に取った。米最高。

 ガヤガヤとうるさい朝のワイドショーを横目に朝食を続ける。今日は魚がいつもより上手く焼けたようで、焼き色が凄く美味そうに見える。まあ、それでもみつきには敵わないけど。

 しかし、今日のみつきは本当に機嫌が良さそうだ。箸を動かしながら目の前のみつきを観察していると、なんか楽しそうにニコニコしている。微かに上気した頬もそれを物語っていた。

「みつき、なんかあんの? 楽しそうじゃん」

 鍋からご飯をおかわりし(ウチは炊飯器でなく、鍋でご飯を炊く)、席に戻ったところで問うてみた。

 問われたみつきは、咀嚼中だった食べ物を飲み込むと、心底嬉しそうな口調で答える。

「だってだって、ゆうと休みの日にお出かけするのって久しぶりでしょ? 今から楽しみでしょうがないよぉ」

 か、かわいいじゃねーか。その割にはぐっすり寝てたけどそこは気にしないでおこう。

「そっか」とだけ答えて食事を再開すると、みつきはちょっとつまらなさそうに唇を尖らせたが、すぐに何か思い出した様子でオレの目を上目遣いで覗き込んだ。

「ねぇ、ゆう?」

「ど、どしたい」

 思わずたじろぐ。悪魔ってほどじゃないが、小悪魔モード? どちらにせよ、なぜか嫌な予感がする。

 みつきはくすくす笑うと、

「ゆうって意外とSだね」

 そう言い放った。

 う゛……、

「ゲホッ、カハッ……!」

「あ! ごめんねゆう! 大丈夫!?」

「いや、だいじょぶ、むせただけ……、」

 盛大に咳き込んで乱れた呼吸をなんとか立て直す。

 予想外の攻撃だった。アレか。昨日のアレか。早々に忘れようと思ったのに、数時間の内に思い出してしまった。同時に、機嫌がいい最大の理由はこれだったかと納得する。やっぱ慣れないことはするもんじゃ無かった……。

 みつきが空になっていた湯飲みにお茶を注いでくれたので、ありがたく飲ませてもらった。喉を冷たい液体がすーっと通り、だいぶ呼吸が落ち着く。

 心配そうにその様子を窺っていたみつきに手のひらでサインを出し、もう大丈夫な旨を伝える。

「んで、Sって?」

「えー? だってー、ゆうったら思わぬところで素直なんだもん。私びっくりしちゃった」

 頬に両手を当てて、いやんいやんと恥ずかしがるみつき。こうなってしまっては、無難な流れに持ち込もうとした結果だとバラすことはオレのプライドが許しそうになかった。

「まあ、な。有野達にも素直に愛情表現しろって言われたし」

 脱インスタントを目指して自分で作った味噌汁をすすりながら誤魔化す。こうして人は嘘を重ねていくのかと、変な実感を得た。

「まあ、それはいいけど、出かけるんだろ? いつ出る?」

 話題における自分の不利を悟って仕切り直した。魚をもぐもぐ食べていたみつきは軽く上を向いて「うーん」と思案する。

 時計をチラリと見やったみつきが、こくりと喉を動かした。

「じゃあ、9時半に出よ。大丈夫?」

「ん」

 左手の親指と人差し指で円を作り、OKの意志表示。それを見たみつきは、にこりとしてうなずいた後、両手を合わせる。

「ごちそうさま。じゃあ、支度してくるね」

「あいよ」

 食器を流しに置いたみつきが軽い足取りでリビングを出ていく。その様子を、朝食を咀嚼しながらぼんやりと見送った。

 ベタだとは思うけど、自分の彼女が楽しそうにしている様は、やっぱり見てて嬉しいものがある。普段よく寂しい思いをさせているだけに、その喜びもいっそう大きい。せめて今日みたいな日くらいは思いっきり楽しませてやろう。そう決意して、オレも両手を合わせた。

 二人分の食器を片づけ、身支度を整える。伸びをしながら自室に入り、白地にペンキで書きなぐったような文字が書かれた長袖のTシャツ、迷彩柄のカーゴパンツに着替え、クローゼットを開けた。そのまましばらく悩んだ末、黒い薄手のジャケットを手に取って袖に腕を通した。

 ファッションとかに頓着しない訳じゃないけど、派手な配色や格好が苦手な上に好きな色が黒と来れば、なんというか必然的に服装は地味になってしまう。よってオレの私服は、ほぼジャケットスタイルというシンプル極まる状態になっている。「高校生としてどうよ?」と自分自身でも思ってはいるが、みつきも「ゆうはシンプルな方が似合うよ」と言ってくれているのでそこはもう割り切っている。

 炎をモチーフとした形の銀色のペンダントが付いたネックレスを身につけ、腕時計を装着して身支度は完了。いつも通り、ポケットを順に叩いて持ち物を確認してから部屋を出る。

 リビングに戻り、ソファーに腰を下ろして腕にはめたばかりの時計を見ると、時刻は9時。まだだいぶ余裕がある為、ジャケットの胸ポケットからミュージックプレーヤーを取り出してヘッドホンを耳に引っ掛けた。みつきが支度を終えるまでは、音楽に浸ることにする。いくつか登録しているプレイリストのうちから一つを選択し、HOLDモードにしてから背もたれに体を預けると、聞き慣れたロックサウンドが耳元で響き始めた。目を閉じ、足で軽くリズムをとりながら、至福の時に身を委ねる。

 そのまま20分ほど音楽鑑賞に耽っていたが、ふと思い出してケータイを取り出した。ブックマークに登録してあるURLから、サイトにアクセスする。

「お、更新してる」

 ページの真ん中あたりにあるリンクを選択し、数秒待つと、目的のページが表示された。

「今回主人公頑張るな。あ、でも相変わらず目は死んでるのか」

 ディスプレイに目を滑らせると、自然と笑いが漏れる。

 あー、やっべおもしれー。一歩間違えればひっくり返って笑いそう。つか作者神だろ? 製本化したら間違いなく売れるよコレ。

 肩を震わせて静かに笑っていると、

「お待たせー!」

 背後から声がした。ケータイの時計は9時25分と表示していた。

 振り返ると、そこには予想通りみつきが立っていた。なんだか不思議そうな目でオレを見ている。

「おー、早かったじゃん」

 笑い過ぎで目元に浮かんでいた涙を右手で拭いながら応答すると、みつきは首をかしげた。

「珍しいね。ゆうがそんなにわかりやすく笑ってるなんて。なんかあったの?」

「いや、女系が更新してたからさ」

 オレの答えに、みつきがぴくりと反応した。

「ホント?」

「うん。今回もハンパねー面白かった」

『女系』とは、オレとみつきが利用している無料のネット小説閲覧サイトで連載されている、『女系家族』という小説のことだ。四人の姉と妹がいるツッコミ上手な主人公が、失踪した父を探したり探さなかったりする話らしい。コメディー好きなみつきが見つけてオレに教えてくれたのだが、ツボにはまってガラにもなく笑ってしまった。それ以来、二人で更新を心待ちにしている愛読小説なのだ。

 みつきはくすくす笑いながら、ケータイを閉じたオレを見る。

「作者さん凄いよね。ほとんど笑わないゆうが笑う小説なんて、なかなか無いよ」

「確かにな」

 苦笑しながらソファーから立ち上がり、ケータイをカーゴパンツのポケットにしまった。

 笑みを浮かべたみつきが、小さな手でオレの右手を取る。

「さ、行こ?」

「ん。了解」

 玄関に歩き出したみつきに、うなずいて答えた。


作中に登場した『女系家族』は、実際になろうで連載されている小説です。

とにかく面白いです。コメディー好きな人は絶対楽しめると思います。テンポのいいギャグに爆笑必至です。無愛想キャラの友が笑って読んでいることから、その威力は証明されています(笑)

俺の作者ページのお気に入り小説に登録されているので、ぜひ読んでみてください。作者であるブッチャーさんの作品はどれも面白いものばかりなのでオススメです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ