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VS〜コノヨノコトワリ〜  作者: TERIS
FILE2:『闘争』
15/33

FILE2.6:バッテリー

野球は好きなのですが、経験者ではないので描写に自信がないですね……。

 春にしては少し暑い空気の中を、自転車で走って行く。後ろに乗ったみつきがオレの腹部にきゅっと捕まっており、そこだけが子犬を抱いているように温かい。ペダルを踏むたび、ギシギシと錆びた音が響く。

「いい天気だねー」

「ホントな」

 後ろからの声に空を見ながら相槌を打つ。みつきの言う通り、ハンパなくいい天気だ。目に痛いほどの蒼が視界いっぱいに広がっている。自己主張の激しい太陽のせいで、早くも額に汗が浮かんできた。

「ゆう、大丈夫?」

「よゆーよゆー」

 心配そうなみつきの問に右手を振りながら答えた。強がりではない。夏に比べたら全然マシなのだ。マジで。

 通学路の途中にある一番キツい坂を越えると、あとはゆるゆる漕ぐだけで学校に着いた。校門の前でみつきを降ろし、自分も降りてから駐輪場まで自転車を押す。先に教室行けばいいのに、みつきはとことこと後ろを付いて来た。

「先行ってろよ。暑いのに」

「や」

 促しても即答で拒否された。まあいいけど。

 設けられたスペースに自転車を入れ、きちんと鍵をかける。カゴに入れたカバンを取り出し、一つはみつきに渡した。

 校舎に入って、道中出会ったクラスメートと挨拶を交わしながら2‐2の教室に向かう。階段を上がり、目的地の扉の前に到着すると、なんだか中が騒がしい。なんかあんのか?

 扉を開ける。

「っはよーす」

「おはよー!」

 オレ、みつきの順で声を上げながら室内に入ると、来ているクラスメートは全員教室の中央に集まっていた。やはり何かしているようだ。

「お、日向に愛本」

「ちょうどよかった。来い来い」

 呼ばれて行ってみると、人だかりの中央で男子体育委員の寺居、女子体育委員の有野が名簿を持って椅子に座っていた。

「お、来たか友」

 ペンをくるくる回していた寺居が、こっちに気付いて言う。

「なんかあんの?」

「クラスマッチの種目決め」

 あー、そーゆー事。

「何出る?」

「野球で。一応元野球部だし」

 我が校のクラスマッチは、なぜかソフトではなく野球を行う。

「友が野球っと。ピッチャーだったっけ?」

「そ」

 名簿のオレの名前の所に「野」と書き込みながら問うた寺居に、うなずきながら答えた。

「おっけサンキュ。定員の都合で変更とか無かったらこのままいくから」

「おう」

 種目決めを終えて自分の席へ足を運ぶ。みつきも既に出る競技を決定したらしく、席に座ってケータイをいじっていた。

「あ、ゆう。決めた?」

 机にカバンを置くと、みつきがケータイを閉じながら聞いてきた。

「うん。いつも通り野球。みつきは?」

 椅子に座りながら問を返す。すると、みつきは少し恥ずかしそうな笑みを浮かべながら答えた。

「私はバレーと、野球の応援。競技の方はあんまり出来ないと思うから、応援だけでも頑張る」

 確かにみつきあんまり運動得意じゃないもんな。

「応援するから。優勝してね?」

「そりゃなんとも言えねーな」

 冗談めかして言ったみつきに、苦笑いしながらそう返す。実際ウチの学年野球部多いし、勝つにしても一筋縄ではいかないだろう。

 その時、教室の後ろのドアがガラリと開いた。そっちを見やると、入ってきた人影がドアを閉めてこちらに向かってくる。

「おお、今日は早いじゃん」

 誰かと思えば、オレの後ろの席で変態代表の藏城極だった。オレとみつきを見て少し驚きながら、机にカバンを置いている。

 即座に立ち上がり、起きた時に考えた通りその腹部に強烈なボディーブローをお見舞いした。

「ぐぼぇぁ!?」

 極が奇妙な声を上げながら腹を抱えてうずくまる。少し目元が濡れているようだが、きっと汗だろう。チャリをブッ漕いできたせいで汗だくなんだなかわいそうに。

「え、ちょい何!? まだ俺なんもしてないよな!?」

「うっせーこの変態。お前のせいで朝起きた瞬間から不快な思いをしただろうが」

「理不尽!?」

「だいたいテメーこのヤロー。『まだ』ってこたぁなんかする気だったな」

「は? 別に? 完璧に偽装したパッケージに入れたアレなDVDをお前の机に入れようとしてなんか……、」

 そこまで言ってから、極はしまったというような表情を浮かべる。

 コイツ、自供しやがった。

「変態は土に帰れ」

「あんコラ!? 貴様ホントに思春期か!? 男はみんな変態なんだよ!」

「逆ギレかよ!? テメーブッ殺す!」

「来いやこのすっとこどっこいが!」

「日向と藏城がまたなんか始めたぞー!」

「やれやれー!」

「日向に300円!」

「藏城に200円!」

 いつも通り、無駄にノリのいいクラスがにわか活気づく。ちなみにクラス内では、「普段クールな日向の意外な一面が見られる」とかで、この取っ組み合いが密かに人気らしい(寺居談)。

 そのオレと極の争い。決着はものの30秒でついた。足払いで極を転がし、表アキレス腱固めをかけてやると、あっさりギブアップしたからだ。なんでコイツすぐ負けるのに毎回仕掛けてくるんだろう。

「おま……、ガッコで関節技(サブミッション)かけんなよ……」

「いや、顔面パンチよかマシだろ」

 かけていた技を外し、痛む足をさすりながら漏らした極に答える。実際、前に力加減ミスってパンチを打ったら、しばらく極が起き上がれないことがあったのだ。それ以来打撃はなるべく打たないようにしている。

 一騒動終えると、今度は教室前のドアが開いて玉本先生が入ってきた。人だかりの真ん中にいるオレと極を見て先生は呆れたような表情を見せる。

「日向、藏城、お前らまた取っ組み合いしてんのか」

「すいません……」

 極と同時に謝った。あんまり派手に騒ぐと停学にされかねん。

 いつもの事なので、先生もそれ以上何も言わずに教壇に立った。それを合図に、クラスメート達も席に着き始める。

 オレと極も着席した。とその時、ふと視線を感じて右隣に目を向けると、みつきが少し怒ったような顔でこっちを見ていた。童顔だからあんまり迫力無いけど。つか、なんかしたっけオレ……?

「みつき、どした?」

「ケンカはダメでしょ? ゆう」

 ぷーっと頬を膨らませながらみつきはお咎めのセリフを発した。子供みたいな動作が逐一愛らしい。かわいいなコノヤロ。

「んー、ケンカっていうか……。いや、まあケンカか。ごめんみつき」

 弁解しようと思ったが、弁解になりそうになかったから素直に謝った。最初に仕掛けたのはオレだし。

 軽く下げた頭を上げると、みつきは「もう怒ってないよ」と言うように二度うなずいた。

「暴力はダメだよ?」

「ん」

 でも極と話し合いで解決ってのは一生無理な気がする……。

 なるべく、本当になるべく気をつけようと思っていると、クラス全員の着席を確認した先生がホームルームを開始した。

「よし、全員いるな。えー、今日はクラスマッチの種目決めの締め切りだったはずだけど……。体育委員、希望とったか?」

 先生が委員の二人を順に見ながら問うた。その二人は、名簿を見ながら答える。

「女子は完了しましたー」

 とは女子体育委員、有野の弁。

「男子はバスケが一人いません」

 体育委員の片割れ、寺居は名簿をシャーペンでトントン叩きながら言った。

 先生は手元のファイルを見ながらため息を漏らす。

「なんだ決まってないのか。えー、バスケと時間がズレてるのは……、野球とサッカーだな。よし、という訳で日向」

 先生は当たり前のようにこっちをご覧になる。嫌な予感しかしない。

「はい」

 だが大人しく返事をしてしまう自分が恨めしい。

「お前出ろ」

「嫌です」

「即答かよ。なんでだ」

「メンドいす。だいたいなんで迷いなくオレなんすか」

「迷ってばかりの人生には飽き飽きなのさ……」

 うざっ。

「そーゆー小ネタいいんで理由を言ってください」

「チッ、面白みのないヤローだ。理由なんざ一つしかねえ。お前がクラスで一番でかいからだろ」

 先生は単純明快にお答えなすった。

「いや、俺ドリブル出来ないからボール運べないしゴール下しかシュート入んないし、」

「オイオイ日向、彼女の前で言い訳たぁ見苦しいぜこのすっとこどっこい」

 先生はすっごい腹立つニヤニヤ顔でそうのさばる。なんで一日に二回もすっとこどっこいって言われなきゃいけないんだ。流行ってんのか、すっとこどっこい? つーかすっとこどっこいって何よ。

「それ言うの反則……、」

「問答無用だ。はい、日向がバスケで異論無い人ー?」

 はーい!

 最後の反論を試みたが、先生はガン無視でクラスに問う。そして無駄にノリのいいクラスはオレ以外全員挙手でそれを可決しやがった。

 それを満足げに眺めた横暴イケメン教師は凄いドヤ顔でこっちを見ると、

「という事だ日向。せいぜい彼女の前でいいカッコするんだな」

 ニヤニヤ通り越してニタニタ顔でそうほざいた。オレの中で先生への言葉遣いがどんどん悪くなっている気がするが、きっと気のせいだ。

「さんきゅー友。助かった」

 寺居は安心したように言って名簿にペンを走らせる。そしてそのまま先生に提出。オレのバスケ出場が確定してしまった。

 続いて有野も名簿を出そうとしたが、ふと何か思い出したような表情を浮かべてみつきを見た。

「光月ー、」

 呼ばれたみつきがぴくりと反応する。

「どーしたのありちゃん?」

「バスケの応援、一人追加しとくよ?」

 有野は快活な笑みで提案した。それを聞いたみつきの顔が、花が開いたようにぱあっと輝く。

「うん! お願い!」

「はいはーい、バスケ応援追加っと」

 微笑ましいといった感じの表情ですらすらと名簿に書き込んだ有野が先生に提出する。一瞬こっちを見てニヤッとしてきたのは見間違いじゃないはず。

 諦めて大きくため息を吐くと、右側から学ランの袖をくいくいと引っ張られた。

「ん?」

 首を捻ってそっちを見やると、そこにはにっこりとしたみつきの顔。みつきはオレの耳元に顔を寄せると、ひそひそと喋り始めた。

「頑張って応援するから。ゆうも活躍してね?」

 えへへ、と照れながらみつきは離れる。

「…………、」

 頑張ろう。バスケ嫌いじゃないし。むしろ好きな方だし。

「お前わかりやすいな」

 極に心を読まれた。

 みつきにうなずいてから、後ろを振り返る。極は後頭部に両手を回し、椅子にふんぞり返ってこっちを見ていた。

「なに、お前読唇術まで使えんの?」

「何を言っている、愚か者め。思いっきり表情に出てんだよ。目つき悪いのが一瞬で緩むからわかりやすい事この上ない」

「わざわざ指摘すんな。恥ずい」

「あんコラ? それが人に物を頼む態度か? なんなら今すぐセンセに言ってやってもいいんだぜ?」

「……今度は裏アキレス腱ホールドをかけてやろうか」

「ごめん嘘」

 極の顔がさっと引きつった。きっとさっきの足の痛みを思い出したに違いない。引き際良過ぎだろ。

(このチキンめ……)

「オイオイ、俺がいくら焼き鳥丼好きだからってチキンは無いぜこのすっとこど……、」

「心を読むな。あとそれ以上言ったら次はマウントポジションから、誰か判別つかないほど顔が腫れるまでタコ殴りにしてやる」

「お、恐ろしいことを平然と言うなお前は……」

 極の顔が引きつるを通り越して青くなった。額に脂汗らしきものが浮かんでいる。さすがのアホもビビったようだ。オレがやると言ったら本当にやるのを知っているからだろう。試しに拳を堅く結んでみると、一瞬で大人しくなった。

 これでしばらく静かだろう。一安心して前を向くと、先生がホームルームを終えるところだった。

「よし、んじゃホームルーム終わり。一時間目はこのまま数学だな。前回の続きからやるぞ」

 その言葉を合図に、みんなバラバラと授業の準備を始める。オレも教科書とルーズリーフを取り出した。

 用意を終えてふと隣を見ると、みつきがしきりにカバンの中を覗き込んでは首をかしげていた。明らかに何か忘れてるなこりゃ。

「みつき? なんか忘れたか?」

 声をかけると、みつきは困ったように眉を曲げてうなずいた。

「ルーズリーフ忘れちゃったみたい」

「やっぱりか」

「ゆう……、ごめんね? もらってもいい?」

「最初っからそのつもり。遠慮せずに言えよ」

 袋からルーズリーフ1枚を取り出し、「ほら」と言いながらみつきに渡した。受け取ったみつきは照れたようにはにかみながら「ありがと」と謝辞を述べる。

「いるとき言えよ。渡すから」

「うん。ごめんね」

「前にオレも借りたろ。気にすんな」

 手をひらっと振る。こくんとうなずいたみつきは、前を向いてノートを取り始めた。それを見てから、オレもシャーペンを手に取る。二回ノックして芯を出し、板書を開始する。

 そのまま50分間の数学、そしてその後の2~4時間目も、滞りなく授業は進んだ。玉本センセはいつも通りからかって問題を当ててきたけど、出来る問題だったから全部答えてやった。ざまぁ見ろだぜセンセ。

 4時間目終了のチャイムに拘束を解かれたクラスが、ガヤガヤとした昼休みの空気に移る。この瞬間が嫌いな高校生はいないだろう。静かだった教室内にはあっという間に喧騒が満ちた。

 教科書や筆箱、ノートをカバンに突っ込んで、代わりに弁当を取り出して立ち上がる。ふと視線を感じて右を見やると、誰もいない。今度はそのまま下に目線を下げる。そこには可愛らしい包みの弁当を持ってにっこりと笑みを浮かべているみつきがいた。

「行くか」

「うん!」

「ヘイ、そこの駄カップル。このオレ様を忘れるんじゃねぇぜ?」

「行くか」

「うん!」

「あれ!? シカト!?」

 後ろから極っぽい声が聞こえた気がしたが、多分気のせいだ。

 教室を出ようとした時、教室の真ん中辺りから声が上がった。

「あ、友ー」

 その声が自分の名を呼ぶものだったため、立ち止まって声のした方を見る。手を振っている人物を見ると、男子体育委員の寺居だった。

「どしたー?」

「飯食ったらクラスマッチの練習しねー?」

 応答すると、寺居はそんなことを提案した。周りのヤツらも「やろうぜやろうぜ」と同意を促してくる。

 その提案に、軽くうつむいてしばし考える。練習か……。いいかもしれない。最近運動らしい運動してないし。

 再び顔を上げて答える。

「行く。グランドだろ?」

「そー。とりあえず野球な」

「りょー」

 手を挙げて了解の意を示した。そのまま教室を出る。

 廊下を歩いていると、みつきが覗きこむようにしてオレを見上げた。

「野球するの?」

「うん。負けるよりゃ勝つ方がいいし」

 問われた内容に、軽くうなずいて答える。

 みつきは数秒考えて、

「私、見に行ってもいいかな? ゆうが野球やるの久しぶりに見たいの」

 そう問うた。みつきは中学で野球部のマネージャーをやってたけど、高校ではオレと共に帰宅部だ。確かに、みつきの前で野球をする機会はあまり無い。半年前のクラスマッチ以来かな。その時は練習とかしなかったし。

 再び首を縦に振ると、みつきは嬉しそうにうなずき返してきた。

「みつき見てるんだったらヘタなプレーできねーな」

「えー? じゃあエラーするかフォアボール出す度に晩御飯のおかず一品減らす?」

「いや、それは……」

 さらりと恐ろしい事を……。フォアボールは多分出まくるし……。

 引きつった顔で恐怖の提案を否定すると、「じょおだんだよぉ」とみつきは笑う。オレのノーコンぶりを知っているからだろう。

 談笑しながらいつも通り屋上に向かい、扉を開ける。朝感じた気温は、昼になってもそのままだった。本当に今日はいい天気だ。雲はどこにも見当たらず、オレ達の間を、熱を孕んだ風が通り抜けていく。

 学ランの中に着ているTシャツを、中に風を送るように連続で引っ張りながら辺りを見回すと、場所を確保してくれている悟の姿が見えた。

「悟ー、悪りィな」

 感謝の意を述べながらそちらに歩く。それに気付いた悟は、いじっていたケータイをパタンと閉じた。

「いいよ。授業が5分早く終わったから」

「そっか。あ、ごめん悟。オレ今日飯食ったらすぐ行くとこあっから」

「先生に呼び出しでも喰らったの?」

 首をかしげた悟に答えを言おうとすると、

「グランドで野球の練習するんだって。私も見に行くんだー」

 みつきがその先を引き取って言った。そゆこと、と言って座ると、悟は「へー」と呟いてニヤッとした。

「友は野球なんだ。僕もだよ。どっかで当たるかもね」

「げっ、お前もか」

 悟が相手だと厄介だ。コイツの足があったら内野ゴロがほとんど安打になってしまうだろう。

 自分の足には絶対の自信を持っている目の前の小柄な親友は、不敵な笑みを浮かべる。

「三振とる練習しといた方がいいんじゃない?」

「かもな」

 今年のクラスマッチは荒れそうだ。寺居からの練習の提案を受けたのは正解だった。

「楽しみだ……、」

 ガラにもなく内心で密かに闘志を燃やしていると、後ろから変態の声がした。振り向くと、予想通りの変態がそこに。隣にはその彼女である無敵超人もいる。

「お前は最強の吸血鬼か」

「お、友。ネタに付いてこれるか。マンガを貸してやった甲斐があるというものだな」

 変態こと極が嬉しそうにうんうんとうなずいている。まあ、確かに借りたマンガのネタだけどさ。こいつの思い通りに事が運ぶともの凄くムカつくのはなんでだろう?

「お前と主人公の使用弾薬が同じと知った時には運命すら感じたさ……」

「安い運命だな」

 ウザい言い方の極のセリフをバッサリ切った。こいつに付き合ってたらキリがない。

 極はオレの隣にどっかと腰を下ろした。極といっしょに来たらしい美咲はみつきの隣に座る。

 全員揃ったところで、各自食事を始める。話題は必然的にクラスマッチになった。

「……という訳で、ゆうは野球とバスケに出るんだよ」

「へー、友は相変わらず大変ね。玉本先生が担任で」

 みつきに朝の出来事を聞いた美咲が苦笑を浮かべる。

 大きくうなずいた。

「あの変態教師、イケメンだからって調子に乗ってやがるな」

「ひがみか友? 男の嫉妬は見苦しいぜ」

「黙れ変態その2」

「2だと? 俺が1だろ?」

 極は論点がおかしかった。

「お前と話すと疲れる」

「ふん、愚か者めが。それはお前に理解力がないからだろう」

「極、腕ひしぎ十字固めって知ってるか?」

「嘘ですすみませんでした」

 懲りないアホを横目に、みつき作の卵焼きを口に放り込む。

「お、美味い」

「えへ、そう?」

 思わず口から出た感想に、みつきは照れながらそう返してきた。可愛いヤツめ。

「あ、そうそう聞いて美咲」

「ん? どしたの光月?」

「今朝ね、起きたらゆうの隣で寝てたの。びっくりしちゃった。あ、でもあったかくてなんだか幸せだったなぁ、えへへ」

 可愛いヤツが一瞬で悪魔になった。

 場の空気が凍りつく。みつき以外、全員の箸が止まった。オレは一瞬、卵焼きの味がわからなくなった。思考が追い付かない。下手に喋るとヤバいという事だけはっきりとわかった。

 な、何を言い出すんだこのお子さんは……。

 膠着は、オレが卵焼きを飲み込んだ、ごくんという音で解けた。やはりと言うべきか、一番初めに喋ったのはニヤニヤした極だった。

「なるほどなるほど。友もついに男にな……、」

 その腹に朝より強烈なボディブロー。

「ごばはぁ!?」

 命中箇所を押さえて悶絶する極。とりあえず喋らせると一番危険なヤツを黙らせることに成功した。

「お前はホントに懲りるって言葉を知らんのか」

「べ、弁当が……。ちくわのいそべ揚げがリバースする……」

「トイレ行け」

 変態には死あるのみ。

 突然の出来事にみつきは驚き、首をかしげていたが、やがて何か思い出したように弁解した。

「あ、多分私がベッドから落ちちゃったんだと思うんだけど……」

「先に……、言え……」

 屍と化した極が蚊の鳴くような声で言った。慌ててたからちょっと力を入れ過ぎたかもしれない。

 屍の肩をつついてみる。

「極、ちなみに真実を知った時にオレが拳を構えてなかったらなんて言ってた?」

「どうせ言ったら殴るんだろう!」

「殴んねーよ。ほら、言ってみ」

「えー、『あーっひゃひゃひゃひゃ! おま、どこのラブコメだよ! ベタベタベタベタ! あー、キモいわー! うひゃひゃひゃひゃ!』とか言ったんじゃないか。俺なら多分」

 大きくため息を吐いた。

「なぜ俺は呆れられたんだ!?」

「いや、やっぱ腐っても幼馴染だわと思ってな……」

 まさか予想と一言一句同じとは思わなかった。当たっても全然嬉しくないけど。

 さて、極はもういいとして、この事態を引き起こした張本人は……、

 わざとだったらちょっと苦言を呈する必要があるな、と思いながらみつきの方を向くと、

「良かったねー、光月。朝から幸せで」

「えへへー」

 美咲とこんなやりとりをしておられた。

「……、」

 毒気を抜かれて呆然としていると、視線に気づいたみつきがにこりと微笑んだ。

 わざとじゃない。素だなありゃ。

 すっかり怒る気が失せてしまい、ヤケクソとばかりに弁当の残りをかっ込む。弁当箱を片づけ、手を合わせて「ごっそさん」と食後の挨拶をし、屍の首根っこを掴む。

「ほら、練習行くぞ極」

「腹がぁぁぁ!」

「うっせーアホ。もう痛くねーだろうが。半年振りのバッテリーだぞ。キャッチャーがいなくてどうすんだ」

「ダりィ」

「さて、今度はどこの関節を極めようか」

「よっしゃ行くぞ相棒!」

 変わり身早っ。

 立ち上がってみつきの方を振り返る。

「みつき、オレ先行っとくから。グランドな」

「えー、行っちゃうのー」

「いや、練習時間が……、」

「もぉ。ホントに晩御飯のおかず減らしちゃうからね?」

「だからそれは……、」

 駄目だ……! 勝ち目がない……!

「お、遅れると寺居に悪いから行くわオレ!」

「あ、ゆうー」

 追い詰められると逃走という自分の行動がマジ腹立たしい。

 後ろから極も追って来た。当然のようにニヤニヤしてやがる。

「やっぱお前光月には勝てねーのな」

「放っとけ」

 弁当箱を置きにいったん教室に戻り、学ランを脱いでジャージに着替える。昼休み終了まであと20分か……。

 教室を出て、グランドに急ぐ。

「極、明日からグラブ持ってきた方がいいな」

「そだな。明日は土曜だから休みだけどな」

「いちいち言い方うぜーな。『明日休みだから月曜からじゃね?』でいいじゃねーか」

「そんな普通を俺に求めるとはお前も落ちたものだな」

「当日はお前のリードを無視して全部顔面に投げ込んでやろうか」

「殺す気か」

「半分はな」

 内容は不毛極まりない言い合いをしつつ上履きから下足に履き替え玄関を出る。他クラスも考えることは同じなようで、グラウンドにはジャージ姿でクラスマッチの練習をしている学生の姿が多く見受けられた。

 周りを見回しながら進むと、広いグラウンドの隅の方でキャッチボールをしているウチのクラスの集団を見つけた。

「悪りー。遅くなった」

 手を挙げながら謝ると、それに気付いたクラスメート達が手を挙げ返してきた。

「よっしゃ、友と極も来たし、いっちょやるか!」

 寺居が練習開始を宣言する。気合いの入った声が、その場の全員から上がる。

 ん? つーか、

「寺居よ、」

「ん? どした友」

「お前は野球だったけ?」

「いんや。バスケ。野球は補欠。でも練習しとくに越したこた無いだろ?」

 そういう事か。確かに寺居はバスケ部だ。運動神経かなりいいから野球にも補欠で入ってるんだろう。

 体育倉庫から持ってきたらしい大きな青いプラスチック製のカゴから、学校の備品であろうグラブとボールを取り出す。とりあえず、キャッチボールから始めた。オレも昔の感覚を思い出しながら極とボールを投げ合う。

「日向がピッチャーで、藏城がキャッチャーだっけ?」

 隣でキャッチボールをしていた野球部のショート、豊城(とよぎ)がオレに問う。

「そ」

「去年のクラスマッチ見たけど、お前球速ぇよな。期待してんぜエース」

「茶化すなよ」

 苦笑いしながら極にボールを投げる。

「豊城もスゲーじゃん。オレは野球部の練習チラッと見ただけだけど、守備範囲広ぇだろ。足も速いし」

「まあ、今年の頭くらいから一番打たしてもらってるからな」

 豊城がボールを相手に向かって投げる。綺麗なフォームから、まっすぐに速いボールが飛んだ。肩も強そうだな。

「にしても日向さ、」

「ん?」

「大人しいヤツかと思ったら案外喋るのな」

「よく言われる」

 再び苦笑い。誤解を招くことはしょっちゅうなのだ。

「ま、頑張ろうぜ。優勝したら売店で使える券出るらしいよ」

「お、マジか」

 返ってきたボールをキャッチすると、極がミットを二度叩いて座った。投げてこいってことか。

 うなずいて振りかぶる。とりま、5割くらいで投げるか。

 オーバースローのフォームで、下半身の回転を意識して体の重心を移動させる。指先に力を集約させ、大きく腕を振り切る。

 放たれたボールは、糸を引くような軌道でキャッチャーミットに吸い込まれ、小気味良い音を立てる。

 隣で豊城がヒュゥッと口笛を吹いた。

「いいキレじゃん。構えたとこに行ってるし」

「5割だからちゃんと投げれるけどな。全力だったらマジノーコンだから」

 極からボールが返ってくる。

「久々の割にゃ走ってんじゃねー?」

「時々シャドウくらいはやってっからよー」

 サムズアップしながら声をかけてきた極に答える。

 極とは小・中学校とバッテリーを組んできた仲だ。力しかないオレと違って器用なヤツだから、送球もリードもしっかりこなす。悔しいけどキャッチャーとしては頼れる。

 その後も、フォームを確認しながら一球一球丁寧に投げる。少し力を込める度にボールはバラついた。やっぱコントロール無いなオレ。

 しばらくして、極はボールを投げ返した後、ミットを拳で一度強く叩いて座った。その瞬間、極の体が一回りも二回りも大きく見える。

「友、本気で来い」

 キャッチャーとして、相棒としての親友の言葉に、心の中で何かに火が点いた気がした。久々に味わうこの感覚。一選手としての闘志が、体中に満ちる。

 極の構えは、右バッターに対するインハイへのストレート。オレの調子が最高にいい時、ボールの圧力で相手のスイングを取れる、決め球となるコースだ。

 うなずいて、ワインドアップ。体が軽い。血管の中を流れる血液のように一分の無駄もなく体内を力が移動していくのがわかる。

 直感で理解した。完璧だ。間違いなく、極の構えた場所に投げ込める。右バッターボックスの位置に、居もしない打者の姿が見えた気がした。

 全ての力を指先に集め、白球を放つ。いつも見ている銃弾の軌道と同じように、ボールは唸りを上げてまっすぐ飛んだ。

 ドパン、と、ボールがミットを打ちつけた重いながらも乾いた音が響く。意識の中の打者が、スイングした。空振り三振。バッターアウト。

 極が満足げにうなずく。

「おっけ。ナイスボール」

 あー、すっげ気持ちいい。試合でもそうそう無いぞ。こんな完璧なピッチング。

「おぉー」と、クラスメート達から歓声が上がる。豊城は目を丸くしていた。

「スゲぇな日向。むちゃくちゃ速ぇじゃん。音も重そうだし」

「たまたまだよ。オレもびっくりした」

「そーそー。普段コイツすっげーノーコンだから」

 いつの間に来たのか、隣で極が笑いをこらえている。言い返したいが、事実なので何も言えない。

 その瞬間、昼休み終了を告げる予鈴が鳴った。グランドで体を動かしていた学生群が、バラバラと校舎に戻り始める。

「帰っかー」

「おー」

 誰となしに声が上がり、誰となしにそれに同意する。手早く道具を片づけ、体育倉庫に持って行くヤツ二人をじゃんけんで決めることにした。

「最初はグッ、じゃんけん」

 ポン!

 全部で10人でのじゃんけんだったが、珍しく決着は一発でついた。負けたのは極と寺居。

「だぁー、くそっ」

「ついてねー。10人いて一発ってどうよ」

 二人とも敗因であるチョキをひらひら振りながらカゴの持ち手に手をかける。

「んじゃ、先帰るぜ極」

「んあー。美咲いたら訳説明して先行くように言っといて」

「りょーけー」

 残った8人で校舎に向けて歩き出す。改めて話すと、ウチのクラスに野球部は豊城を入れて3人いるらしい。ファーストの久木原(くきはら)と、外野手の広手(ひろて)。ウチの学校、野球は割と盛んだから、どこのクラスもそのくらいの人数はいるようだ。

「野球部3人に、日向、藏城。ウチは経験者実質5人だな」

「けっこういけるんじゃね? 優勝狙えるだろ」

「日向のピッチングに期待だな」

「あんまアテにすんなよ」

 他愛のない話をしながら歩く。普段はそんなに話さないメンツだけど、喋ってみると楽しいもんだ。オレは特に人づきあいが苦手だから、こういう時間はなんか新鮮だな。

 と、グラウンドを出ようかという所で、誰かがこっちに手を振っているのが見えた。小さな体を目一杯伸ばして、栗色の髪を揺らしながら。

「ゆうー! お疲れさまー!」

 笑顔でオレの名前を呼んだみつきは、そのままこちらに向かって駆け寄ってくる。

「かっわいいよなー、愛本さん」

「羨ましいぞ日向ー」

「リア充だな、リア充」

「うっせ」

 苦笑しながらクラスメート、もといクラスマッチでのチームメイト達に手を振ってから、小走りでみつきの元に向かった。お互いが相手に向かって進んでいるのだから、数秒もしないうちにたどり着く。

「はい、ゆう」

 みつきはオレを見上げると、タオルを差し出してくれた。

「おー、さんきゅ。取って来てくれたのか」

「うん。多分忘れてるだろうなー、と思ってカバン見てみたら、やっぱり入ってたから」

 さすが元マネージャー。気が効く。

 首や顔の汗を拭きながら歩き出す。みつきは隣をとことこついて来ながら練習を見た感想を述べた。

「調子よさそうだったね」

「いや、最後のはマグレ。投げたオレがびっくりしたし」

「でもフォームも綺麗だったよ。本番もそのままで行ければいいね」

「ははは、そだな」

 的を射たみつきの意見に、思わず苦笑する。ホントにその通りだ。どんなにいい球投げても、ストライクが入らないとまったく意味が無い。

「楽しみだね、クラスマッチ」

「うん」

 背後に熱風の通り抜ける音を聞きながら、オレ達は静けさの訪れ始めたグランドを後にした。

感想、評価等頂ければ嬉しいです。

他、野球描写への間違いの指摘等あればよろしくお願いします。

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