表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VS〜コノヨノコトワリ〜  作者: TERIS
FILE2:『闘争』
14/33

FILE2.5:ドッキリ

OP:I Bless Thy Life(いとうかなこ)/MY LONELY TOWN(B'z)

と勝手に思っています(笑)

 処理班の到着後、報告の為に本部に戻った。ひとまず手だけ洗っていつも通り所長室に向かい、ありのままの事実を話す。

「そんな感じです」

「そうか……、」

 デスクの前で立ち、報告を終えたオレに、所長はそう答えた。終始机に両肘をついて、手を口の前で組んだ状態で話を聞いていた所長は、一度大きく息を吐いて手をほどく。

「なるほど、機械の脚か……。どこのどいつが考えるのかはわからんが、御苦労なこったな」

「そっスね」

 若干皮肉の混ざった所長の言葉に、軽くうなずく。

 それを見た所長は、数度頭を掻いてオレに問う。

「体はどうだ」

「多分腕、左にヒビいってますね。背中にも数発喰らいましたし。一応今から検査受けて帰ります」

「ならいい。体と武器の管理だけはしっかりしろよ。まあ、お前は言わなくてもやると思うが」

「わかってます。じゃあ、オレはこれで」

 「失礼します」と言いながら頭を下げて、所長室を後にする。後ろ手に扉を閉め、上を向いて目を閉じ、大きく深呼吸した。毎度のことだが、所長への報告には妙な緊張感が漂う。息を吐き終えて目を開け、痛む左腕を押さえながら廊下の突き当たりまで歩いてエレベーターに乗り込んだ。

 エレベーターを降りて、本館一階から渡り廊下で続いている医療部へ向かう。さっさと帰りたかったが、さすがにヒビを放置はマズイと思い、一応身体検査を受けることにした。医療部棟に入り、セキュリティーボードに携帯をかざしてから、指定された部屋に向かう。到着した部屋にいた顔なじみの医療師に挨拶してから、検査は始まった。診察、レントゲンや血液検査等を行い、30分ほど待つ。結果は背中の打撲と、左腕の骨にはやっぱりヒビが入っていた。あとは頬の傷と、地面に叩きつけられたことによる全身の痛み。そこそこのダメージはもらったが、別に大したことはない。最近は医療技術の発達で、普通の骨折なら3日程度で治る時代だ。ヒビくらいなら専用の薬を使って1日で完治する。

 注射器で数種類の薬品を投与されると、痛みはかなり引いた。あとは1日安静だと言われて、検査は終わり。担当の医療師に頭を下げてから、医療部を後にした。

 いったん本館に戻ってシャワーを浴びて、今度は財務部へと足を運ぶ。特警の給料(隊員は報酬と呼ぶ)は任務ごとに電子マネーで仕事用携帯にチャージすることになっているので、こうして所長への報告を終えるたびに受け取りに行かなければならない。

 財務部室の扉を開けると、部長の朝倉さんがテレビを見ながらお茶を飲んでいた。

「ども」

「あ、日向君。所長に聞いてるよ。ちょっと待ってね」

 小柄な体をクリーム色のレディースーツに包んだ女性が、頭を下げたオレの方を向く。28歳なのに、相変わらず見た目の幼い人だ。

「今なんか失礼なこと考えなかった?」

「いや、んなこと無いッスよ」

 危ねぇ……。

 朝倉さんは湯飲みを机に置くと、立ちあがって部屋の隅にあるATMのような端末に歩み寄った。そして、端末の指紋認証、静脈認証を終えると、茶色いショートヘアを揺らしながらオレに右手を差し出す。

 その手にオレの携帯を渡すと、朝倉さんは受け取ったそれを端末にかざす。1秒ほどで電子音が鳴り、報酬チャージの完了を伝えた。

「はい、終わったよ」

「あざす」

 返却された携帯を受け取って、ポケットにしまう。軽くうなずいて、朝倉さんは座っていた椅子に戻った。

 頭を下げて、ドアノブに手をかけた時だった。背中に電流のような痛みが走る。

 背後で、空気の裂ける音がした。

「っ!」

 反射的に振り向きながら右手を振ると、オープンフィンガーグローブを通して手に軽い衝撃が走り、何かを弾いた。その何かは、宙を舞って床に落ちる。

 見ると、訓練用の黒いゴムナイフ。緊張が解け、思わずため息が出た。

「ったく、いい加減やめて下さいよ朝倉さん。仮にもオレ負傷者ですよ?」

 床に転がっているそれを拾って投げ返すと、朝倉さんは右手でキャッチし、うんうんとうなずく。

「さすがいい反応してるねー、日向君は」

 無視かい。

「傷が悪化したらどうしてくれるんですか」

「いいじゃない。優秀な若手の腕を試すくらい。まあ、まだちょっと遅いけどね」

 朝倉さんは、特警が創設された10年前から部隊に在籍しているベテランだ。元々は戦闘員だったようだが、何かの任務で足を負傷し、財務部配属になったらしい。

 戦闘員時代は暗殺に近い戦闘スタイルだったらしく、たまに今みたいな死角からの攻撃をしかけてくる。けっこう怖いから割とガチで勘弁して欲しい。

「も、オレ帰りますんで。失礼しました」

「はいはい。光月ちゃんによろしくね」

 ちなみに、見た目の幼い朝倉さんは、同じく見た目の幼いみつきと仲良しだ。よくメールとかしているらしい。きっとオレの悪口でも言ってるんだろう。

 ちょっと警戒しつつ頭を下げ、財務部を出る。今度は何も飛んでこなかった。内心でホッとしながら、本館を後にした。

 駐輪スペースでバイクを引っ張り出す。夜光塗料でぼんやりと光る腕時計を見ると、時刻はもう23時を回っていた。なるべく早く帰る、なんて言っておきながら結局はこのザマだ。空に輝く月を見ながら自分の言葉を思い起こすと、後味の悪い後ろめたさが胸を満たした。

 大きくため息をついて、エンジンをスタートした。針のように突き刺さってくる冷たい風を切り裂きながら、家路を急ぐ。途中、コンビニに寄ってケーキを買った。みつきが好きな、苺のショートケーキ。こんなことでしか彼女を喜ばせられない自分が、なんだか情けない。それでもみつきは、嬉しそうに笑いながら「ありがと、ゆう」と屈託なく言うだろう。

 ほんとは、わかってるんだ。こんなことより、いつもいっしょにいる方が、何十倍もみつきが喜ぶなんてことは。オレが自分のエゴで、最愛の人間を幸せにできていないことも。

 この葛藤、ジレンマは、多分一生消えないと思う。

「最低だよな、ホント……」

 小さく呟く声は、虚空へと消えた。

 やるせない気分のまましばらくバイクを走らせると、家の灯りが見え始めた。家に帰るまでが遠足、と昔よく言われたものだが、今のオレにとっては家に帰るまでが任務、なのかもしれない。あの灯りを見るだけで、自分の中の緊張が溶けていく。特警の日向友という殻が破れ、一人の人間としての日向友に戻れるような気がするのだ。

 家に着き、駐輪スペースにバイクを入れ、ロックをかける。メットインスペースからアタッシュケースを取り出し、外したヘルメットをしまった。その後、コンソールボックスから、買ったケーキを出す。

 ポケットから鍵を取り出しながら、玄関に歩く。右手にアタッシュケース、左手にケーキ入りの袋ってあれ? これデジャブ?

 扉の前に着き、鍵穴に鍵を突っ込む。回すと、カチリと解錠の音がした。

 ドアノブを捻って扉を開け、明るい室内に入る。

「ただいまー……」

 小声で言って靴を脱いでいると、

「おかえり!」

 いつも通り、パジャマ姿のみつきがリビングから飛び出してきた。オレの頬の傷を見て目を丸くする。

「どうしたの……!?」

「ああ、銃弾かすっただけだよ。大したことない」

 手をひらひら振りながら答えた。なるべく深刻に聞こえないように言ったつもりだったが……、

「ぅ……、っく……」

 みつきはぽろぽろと涙を流し始めた。小さな肩を震わせながら、感情を押さえこむようにしゃくりあげる。

「みつき、泣くなよ……」

 中腰になって視線を合わせ、その肩に手を置きながら言った。これじゃ、他の怪我は言えそうにないな。

「でも……、」

「仕方ねぇよ。お互い生きる為には相手を倒すしかないんだ。オレだってそうだし、相手だって同じ。その結果だから」

「でも、痛いんでしょ……?」

 まだ涙をこぼしながら、みつきはオレの腰に手を回して抱きついた。濡れた瞳が、痛いほどの心配を含んでオレを見上げてくる。

 軽くうなずいた。

「痛ぇよ。でもさ、オレだってこんくらいでどうこうなるほどヤワな体も鍛え方もしてねーって」

「な、大丈夫」と笑いながらみつきの頭に手を置く。みつきは、オレの胸に顔をうずめたまま、こくこくと二度うなずいた。

 小さな体を、少しきつく抱き寄せる。

「ごめんな、早く帰るって言ったのに遅くなって……」

 小さく謝ると、みつきは顔を上げてふるふると首を振った。

「いいの、そんなの」

「またコンビニのだけど、ケーキ買ってきたから」

「本当?」

「うん。ほら」

 コンビニ袋を持ち上げて見せる。中を覗いて「わー」と感嘆の声を漏らしたみつきの表情が、少し明るくなった。

「ありがと、ゆう」

 いじらしいほどの笑顔で、嬉しそうにみつきは言う。ほんのりと輝いているようにすら見える、邪気のない笑み。

(ああ、そうだ)

 改めて実感する。オレはこの笑顔が見る為に、どんな場所からでも、どんな敵が相手でも帰ってこられるんだ。どんなに血に染まっても、この純粋さに触れるだけで、オレは自分を見失わないでいられる。

「みつき……」

 最愛の人物を、もう一度抱き寄せてその名を呼ぶ。いつもはいっしょにいられない。だからこそ、こうしていられる時がオレに与えられた至福なんだ。

「ゆう、どうしたの?」

 少し驚いたような顔をしたみつきが、オレを見上げながら問うた。大きな瞳に、さっきまで流れていた涙がわずかに残っている。

 その涙を、手で拭いてやりながら首を振った。

「いや、なんでもない」

「ほんとに?」

「ああ。さ、飯にしようぜ。マジ腹減った。グラタンだったよな?」

「うん。待ってて。すぐ温めるから」

 にこりとしてうなずいたみつきが、トテトテと台所に走って行く。ケーキ入りの袋とアタッシュケースを持ってその後に続いた。

 リビングに入ると、そこにはなんとも食欲をそそる臭いが満ちていた。なんかもう、これだけで飯食えそうってくらいだ。鼻腔に入っては、とろけるように消えていく。

 部屋の隅にケースを置き、袋は机の上に置く。みつきはグラタンをレンジで温めているみたいだ。

「みつき、なんか手伝うことある?」

 ジャケットを脱いで椅子の背もたれに掛けながら問う。

 みつきは数秒考えてから、食器棚を見て答えた。

「じゃあ、お茶ついでくれるかな?」

「りょー」

 右手を挙げて了解の意を示し、食器棚からみつきのコップと、オレの湯飲みを一つずつ取り出した。やかんからお茶をそれぞれに注ぐ。ちなみに、ウチは麦茶派だ(たまにみつきの要望でルイボスティーとかになるけど)。

 それから10分もすると、食事の用意は完了した。見た目から美味そうな料理が、湯気を上げながら机の上に並んでいる。

「いただきます」

「いただきまーす」

 同時に食前の挨拶を済ませ、遅い食事を始めた。まずはみつき手作りのグラタンを一口。

「うおー、うめぇ」

 食べた瞬間、素直な感想が漏れる。なんかすげぇ。しっかり味を残しながらも、舌にとろけていくって感じ? 駄目だ。オレの国語力では表現しきれん。とにかく美味い。

「えへへ、そうかなぁ」

 少し頬を染めてみつきが照れる。かわええ。

 それからも、談笑しながら夕飯を進めていると、不意に何か思い出したようにみつきが言った。

「ゆう、」

「ん?」

「テストどうだった?」

「ああ、そういえば」

 言われて思いだした。そういや今日テスト終わったんだった。

「まあ、多分そんなに悪くはないはず」

「不定詞は?」

「あそこは完璧。みつき教えるのうめーよな」

「そんなことないよ。ゆう結構わかってたじゃない」

「んー、まあ思ったよりは覚えてたかも」

 白米をぱくつきながらこちらからも問う。

「みつきは? 数学、三角関数」

「私も教えてもらったところは完璧。ありがとね、ゆう」

「んにゃ。出来るとこなんだからいいよ」

 それから20分ほどで夕飯を食べ終わり、みつきはオレが買ってきたケーキを食べ始めた。オレはコーヒーを淹れ、食後の一服を楽しむ。

 半分くらいケーキを食べたところで、みつきがこちらを見ながら声をかけてきた。

「ねえ、ゆう?」

「ん?」

 マグカップを机に置きながら応答すると、みつきは小首をかしげながら問うた。

「今週の土日ね、何か予定とかある?」

「んー、」

 問われて大雑把に予定を思い出してみるが、特に何もない、はず。

「いや、ヒマだと思うけど」

「あの、ね。お買いもの行きたいな」

「うん。いいよ。何買うか決めてんの?」

 湯気を上げるマグカップからコーヒーを一口すすりながら答える。すると、みつきは少し恥ずかしそうに両手の人差し指同士をつんつんしながら、

「えっと、何か買いに行くっていうより……、久しぶりにちゃんとしたデート、っていうか」

 そう言った。つかその動き実際にやる人初めて見たわ。

 そういえば確かにここ最近任務ばっかで、どこか行くー、とかしてなかったな。

「了解。オレもちょうどCD買いたかったし」

「土日両方でも、い?」

「大丈夫だって。どこへでもお連れしますよ姫」

 ニッとしながら言うと、みつきは照れながらもにこりと微笑んだ。

「じゃあ、決まりね」

「おう」

 右手を挙げて答え、コーヒーを飲み干す。喉を通り抜ける熱い苦味を楽しみ、空になったマグカップを持って椅子から立ち上がった。

「よっしゃ、オレ風呂入ってくるわ」

「うん。わたし、歯磨いてからお布団敷いとくね」

「ん。悪ィ、頼んだ」

 マグカップを流し台に置き、風呂場へ向かった。脱衣所で服を脱いで洗濯機に放り込み、浴室に入る。

 あまり広くはないが、人が一人入るには十分な面積がある浴室。仕事で疲れた体には最高のオアシスだ、ってあれ? オレ何歳?

 とりあえず、湯船につかる。

「あぁぁー……」

 ちょー気持ちえー……。も、風呂考えた人天才。

 オレもみつきも風呂好きだから、浴室には防水加工のCDプレーヤーとか持ち込んであるのだが、今日はもう遅いから使わずにさっさと体と頭を洗った。

 一応、洗いながら左腕を捻ったり曲げたりしてみた。痛みはほとんどない。相変わらず特警医療部の技術には驚嘆してしまう。背中はまだ若干痛むけど、明日一日で多分治まるはずだ。

 最後にもう一度、1分ほど湯船につかり、風呂からあがった。バスタオルで体を拭いた後、パジャマ代わりのジャージを着て、ドライヤーを起動。髪を乾かした。

 歯磨きをして寝る準備を整え、寝室に向かう。部屋の扉を開けると、床にオレの布団が敷かれており、みつきはその隣、自分のベッドの上でケータイをいじっていた。

「お待たせ」

「うん」

 あくびをしながら部屋に入ると、みつきはケータイをパタンと閉じた。

「メール?」

「うん。久美おねーちゃんから来てたの」

「あー、あの暗殺ねーさんから」

 久美というのは、先ほどオレに死角からの攻撃を行った、財務部部長朝倉さん、28歳の名前だ。

「なんて?」

「ゆうの反応が0.2秒遅いって」

 知るか!

「あの人いつかオレを殺す気だな多分。怖い怖い」

「そぉ? かわいいよ、久美おねーちゃん」

 おねーちゃんっつってもオレらより十一歳も上だとは、本人には口が裂けても言えない。

 もう一度あくびをしながら、電気のスイッチに手をかける。

「消すぞ。大丈夫か?」

「大丈夫」

 充電器をケータイに差し、ベッドに横になりながらみつきが答えた。それを聞いてから、スイッチをオフにする。一瞬で部屋に闇が降りた。

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 布団にもぐって、みつきと寝る前の言葉を交わす。それでオレのスイッチも切れたのか、数秒の間にオレは眠りについた。






 突如部屋に響き始めた甲高い音に、心地よい眠りの中にいた意識が引っ張り出された。うるさい。できればシカトしていたいが、自分が起きる為に仕掛けたものだ。そういう訳にもいかない。

「ん……、」

 いつも通り、午前6時に鳴った目覚まし時計。頭元に手を伸ばしてボタンを叩き、やかましいモーニングコールを黙らせた。

「もう朝か……」

 窓から射し込む光がまぶたを通過する。ちょっと眩しいが、今日は天気がいいのだろう。

 さすがに4時間ちょいしか寝ないと早ぇなー、などと思いながら目を開けると、

「ん?」

 目の前に。みつきの顔があった。

 …………、

 うわー、まつ毛長っ。色白っ。肌つるっつる。童顔って寝顔まで幼いんだなーって、

「ーーーッッッ!?」

 声にならない声を上げながら飛び退く。いやいやいやいや、何これ? え? 何これ? 何このマンガみたいな状況!? いやいやいやいや、

 意味の無い高速思考をぐるぐる回して無限ループさせていると、

「んー……、」

 まぶたをぴくぴくさせながらみつきが起きた。寝ぼけ眼をこすりながらこっちを見る。

「あー、ゆう。おはよぉ……、」

「おはよじゃねーよ。なんでいる!?」

「ぇ……?」

 みつきは今自分が寝ていた場所と、本来自分が寝ているはずの場所を交互に見て、小首をかしげる。

「なんでだろう? ベッドから落ちちゃったのかな?」

「かな? って……」

 あー、びっくりした。最近のびっくりランキングぶっちぎりで一位だ。びっくりランキングって何?

 つか、ベッドから落ちたら気付くだろいくらなんでも……。

 眠気を振り払うように頭をふるふると振ったみつきが、体を伸ばす。窓から入る光を浴びて、眩しそうに目を細める。

「いい天気。今日朝ごはん私だったよね?」

「あ、ああ」

「待ってて。すぐ作るから」

 立ち上がったみつきは、長い髪を揺らしながら部屋を出ていった。

 残ったオレは、しゃがみ込んで大きく息を吐く。

「あー、」

 マジでほんとアレだわ。心臓に悪い。とりあえず極には絶対知られてはならない。知られたら最後、「あーっひゃひゃひゃひゃ! おま、どこのラブコメだよ! ベタベタベタベタ! あー、キモいわー! うひゃひゃひゃひゃ!」とか言うに決まってやがる。うわー、なんか想像しただけで腹立ってきた。学校行ったら殴ろう。

 頭を掻いて立ち上がり、洗面所に向かった。冷たい水で顔を洗い、眠気をブッ飛ばしてから玄関で新聞を取って、リビングに行く。

 リビングに入ると、みつきはパジャマにエプロンという姿で台所に立っていた。鼻歌を歌いながら、朝飯と弁当を同時に作っている。

「っはよ、みつき」

「おはよう、ゆう」

 改めて声をかけると、みつきは笑顔で振り向いて応答した。朝日を浴びた栗色の髪が美しく輝く。光の粒子が散っているようにも見えた。

 かわいーなオイ。

「っくあ。みつきが当番ってことは洋だよな?」

「そうだよぉ」

 あくびを噛み殺しながら聞くと、みつきは菜箸を手に持ちながら答えた。みつきが当番のときは、朝飯は洋食となる。(オレのときは和食)

「つか、今のダジャレ?」

「え? 何が?」

「『洋だよな?』、『そうだよぉ』」

「ち、違うもん!」

 ちょっ、おもれぇ……。

 そんな何気ないやりとりをしながらみつきが朝飯を作っている間に、オレはコーヒーを淹れた。自分のブラックと、みつきの砂糖&ミルクたっぷりバージョン。

「よーし、できた!」

 数分後、みつきがエプロンを外しながら言った。この臭いは……、ベーコンエッグだな多分。

 みつきが皿に盛り付けたものを、机まで運ぶ。メインディッシュは予想通り、ベーコンエッグだった。マジうまそう。

 準備が整い、互いに自分の椅子に座る。

「さ、食べよ」

「ん。いただきます」

「いただきまーす」

 食前の挨拶を終え、見た目からして既に美味そうな朝飯にかかる。

 口に入れ、咀嚼、飲み込む。

 あー、

「うめぇ」

「そお? よかった」

 口の中に広がった香ばしい味をなんの捻りもない言葉で表現すると、みつきはにこやかにそう返してきた。

 当番制の都合上、オレも料理をするけど、みつきには一生勝てる気がしない。気がしないっつーか、実際勝てないだろうけど。

 その後も、今週末の予定や、学校で今日ある教科について話しながら食べ続ける。最後にひとかけら残ったトーストを食べ終え、スープを飲み干すと、朝飯タイムは終了した。みつきは弁当の用意をすると言って台所に戻り、オレは身仕度の為に洗面所へと向かう。

 歯を磨いて自室に行き、着替えを始めた。学ランを羽織り、ボタンを下から3つ目まで止める。カバンの中身を確認し、ポケットを順に叩いて財布やケータイ、携帯があるかを確かめた。

「っし、忘れモンなしと」

 カバンを持って部屋を出る。みつきの支度はまだ時間かかるだろうから、しばらくのんびりしよう。

 再びリビングに入り、椅子に座って新聞を手に取る。オレが出た昨晩の任務については、さすがにまだ書かれていない。

 一通り紙面に目を通してから、今度はテレビのスイッチを入れた。朝のニュースにチャンネルを合わせる。

「お。やってる」

 やはりテレビは情報が速い。ちょうど目的のニュースを放送していた。

『――水野銀行に押し入り、従業員、一般客を12人殺害。現金7000万円を奪い逃走しました。強盗二人は多数の武器を所持し、無差別に一般人を攻撃。たった一時間で12人の命を奪うという、異例かつ非道な事件になりましたが、特警によって鎮圧されました。なお、犯人の身元は依然捜査中とのことです』

 手元の原稿を見ながら、ニュースキャスターが淡々と事件の概要を述べる。その後話し手は、キャスターの隣に控えていた犯罪心理学者に移った。スーツを着た初老の男性が、フリップを手に解説を始める。

 いつも思うけど、自分が関わった事件をニュースで見るのってなんか変な感じだな。

「身元わかってないのか……」

 普通特警のターゲットは、諜報部が調査した情報を元に判断される。しかし今回は急な出動だった為にまだ情報は少ないようだ。

 キックマニアの方は、格闘系の方面当たれば出てくるんじゃねーかな。色々やってたみたいだし。思いつくだけでも蹴り技主体の格闘技ってけっこうある。キックボクシング、ムエタイ、カポエラ、サバット、テコンドー。挙げればキリが無いだろう。

 目を閉じ、思考を巡らせた。唸る蛇のような蹴り脚や、銃弾を受けても止まらないタフさを思い出すと、背中が泡立ち、左腕にピリッとした痛みが走る。完治したはずだが、精神に痛みが残っている。そんな感じだ。

「はぁ……」

 大きくため息を吐いて頭をガリガリと掻く。朝っぱらから嫌なこと思い出しちまった。

 リモコンを手に持ち、テレビのスイッチを切る。キャスターや解説者達が消えて、画面は何もない黒に戻った。

 時計を見ると、時刻はちょうど7時半。みつきは、多分もうちょいかかるかな。

 カバンから文庫本を取り出した。しおりを挟んだページを開き、続きを読み進める。

 20分ほどそうしていると、

「お待たせ!」

 パタパタと足音がし、みつきがリビングに入ってきた。今まで綺麗に整えていたのであろう髪が、風も吹いていないのにさらりと揺れる。

「ん。終わったな」

 本に再びしおりを挟んで閉じ、カバンに放り込む。そのカバンを持って椅子から立ち上がった。両腕を上げて体を伸ばす。

「っし、行くか」

「うん!」

 うなずき合って玄関に歩く。みつきが綺麗に磨かれたローファーに足を入れる間に、もう一度ポケットの中身を確認した。それを終えると、オレもハイカットのスニーカーに足を突っ込む。

 扉を開けて外に出ると、少し暑いくらいの日差しが降ってきた。昨日の夜とは正反対だ。たった数時間で、刺すような冷気から包むような熱気に変化している。

「ちょっと暑ィな」

「そうだね」

 家の鍵を掛けて、手を団扇にして扇ぎながら呟くと、みつきはうなずきながら応えた。空を見上げると雲一つない快晴だ。抜けるような蒼に、光線をばらまいている光源たる太陽が浮かんでいる。暑い。学校に着く頃には汗だくの可能性が高いな。よかったタオル持ってきて。

 駐輪スペースから自転車を出して、ロックを解除した。カゴに二人のカバンを入れて、みつきを後ろに乗っける。

 サドルに座った瞬間、自転車からミシリと音が漏れた。

「このチャリもだいぶガタきてんなー」

「そう言えばそうだね」

 所々錆びてるし、ギアは半分しか変化しないし、ブレーキもなんか緩くなってきた。そろそろ買い換えた方がいいかな……。

「バイクで行ってもいいんじゃない?」

「んー」

 後ろからのみつきの問に、眉間に手を当てて考えを巡らせる。

 仕事用だからあんま使いたくは無いが、よく考えたら学校で任務入った時とかはやっぱりバイクのが早い。ちょうどチャリもヤバいし、検討してもいいかもしれないな。

「そだな。考えとく」

「うん」

「さて、んじゃ行こうか」

 勢いよくペダルを踏んだ。陽光の中、学校まで走る。


ED:明日もし君が壊れても(WANDS)/ふたつの唇(EXILE)

と勝手に思っています(笑)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ