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VS〜コノヨノコトワリ〜  作者: TERIS
FILE2:『闘争』
12/33

FILE2.3:蹴技狂の信念

「くっ……!」

 唸りを上げて迫る脚が、上下左右から突然軌道を変えて襲いかかる。こちらのブロックをあざ笑うかのようだ。致命傷は避けているが、そう長くはもちそうもない。かわしてもかわしても、ハリケーンのように絶え間なく蹴り足が飛んでくるのだ。さすがにキツい。

「オラオラどうしたよ!」

 歓喜に顔を歪ませた男は、笑いながら蹴りを繰り出している。防ぐたび、嬉しそうに同じことを繰り返す様は、学校で習った事を何度も親に話したがる子供みたいだ。そのタチの悪い純粋さで、自らの渇きを癒している。

 しかも、連続で攻撃しているにも関わらず、嵐は勢いを全く緩めない。オレも極によく体力バカ呼ばわりされるが、コイツも相当なスタミナだ。バテた所を攻撃……、なんて甘い考えは通用しそうにない。それどころか、こっちの息が少し上がってきやがった。

「チィッ!」

 眼前を通過する蹴り足をかわしきった所で、後ろに向かって地面を蹴り、いったん距離をとった。着地と共に乱れかけたバランスを立て直す。休みなく動かし続けた体が、酸素をよこせと主張している。これだけの相手だ。そうなるのも当然だろう。精神、肉体共に疲労がハンパない。

 そもそも防御側ってのは、攻撃側よりもプレッシャーがかかるし、疲労も大きい。攻める方は一撃入れるだけでいいが、守る方はそれを全て防ぐ必要があるからだ。ナイフで鉛筆を削るように、無駄な思考を削ぎ落としながら、神経を尖らせ続けなければならない。

 前を見ると、男はトントン、と体を揺らすように軽く左右に跳んでいた。顔には笑みを張り付けたままだ。息を整えるオレに追い討ちをかける事もない。余裕を保ったまま、「早く来いよ」とでも言いたげな様子だ。

 勝つか負けるか。コイツにはそんな事は問題ではない。自分の蹴りでオレが倒れるか。それともそれをオレが超えて、自分が倒れるか。それだけなのだ。大事なのは結果ではなく過程ということか。

「マジで狂ってやがる……」

 戦闘に快楽を見出すヤツの考えは理解できない。さっさとブッ飛ばすに限る。

 守ってばっかりは性に合わないが、それでも防御を続けた甲斐があった。確かに強い。しかし、だんだんと目が慣れてきた。よく考えろ。オレはコイツより強い人間を知ってるじゃないか。ハリケーンどころか、アルマゲドンとかビックバン級の人間を、オレは知ってる。その人に比べたら……。

 不意に男が笑みを崩し、怪訝な顔をする。なんだろうと思っていると、声をかけてきた。

「何ニヤニヤしてんだよ」

 言われて気が付いた。いつの間にか笑っていたらしい。でも、別に楽しい訳じゃない。ただ、気付いた存在があまりに強大で、呆れに笑みが出ただけだ。

 表情を戻して答える。

「あんた、確かにバカ強ぇよ。ここ最近見ねぇくらいだ。けど、オレはあんたより強い人間を知ってるぜ」

 それを聞いた途端、男の顔に凶悪な笑いが広がった。自分より強いというのを信じたくないプライドの叫びと、それを知りたい好奇心と。混ざり合ったような表情だ。総じて、常人のものではないということは理解できる。

「へぇ……、」

 男の動きが止まった。どうやら本格的にスイッチが入ったらしい。殺気を抑えようともしていない。こっからは本気モードで来るだろう。こちらも負けてはいられない。スッと右足を引いて構えをとる。

 構えた瞬間、男が地面を蹴った。速い。

「ならその認識、改めてから殺してやるよ!」

 間合いが詰まる直前に迎撃姿勢をとったが、

「!?」

 男が突然、視界から消えた。いや、消えたんじゃない……!

(上か!)

 男は、跳んだのだ。鍛え上げられたバネで、かなりの高さ、オレの身長より少し上くらいまで跳んでいる。

 なんつー跳躍力だ。バスケかバレーやれよ、もったいねぇ。

 どこか冷静な頭の中でそんな事を考えていると、男が空中で右脚を振りかぶった。空中右回し蹴り。狙いは頭部か!

(来いや!)

 空気を切り裂いて、蛇の牙が迫る。当たる前でも、その質量が本能的に伝わってくる。あれはヤバい物だと。ただの蹴りじゃない。殺意の塊を纏った、マシンガンや爆弾と同じ類の物だと。もはや人間の一部ではないのだ。

 蹴りの軌道を、瞬時に捉える。

「ふうっ!」

 最大限に集中して、上半身を軌道上から逸らすと、顔の数ミリ前を蹴り足が通過していった。風圧が顔を撫でる。対象を失った足は、急速に離れていく。

 かなり速い蹴りだったが、なんとかかわせた。かわしたはず、なのだが……、

(なんだ……?)

 針で背中を刺されているような、独特の緊張感が抜けない。反撃に転じられるはずなのに、オレの勘が、まだ駄目だと警鐘を鳴らしている。警戒しなければ死だと言っているのだ。

 勘、いわゆる第六感と言われるものだが、戦場ではデータや戦術なんかより頼りになる。一見、確実性も無くあやふやな判断基準。しかし現場で経験を積むたび、本を読んで知識を蓄えるのと同じように、それは体に勝手に蓄積していく。加えてオレは、もともと勘が人一倍鋭い。それに頼る事は、決して間違っていない。今まで何度もそれで生き抜いているのだ。

 そして今回も、その判断は当たりだった。男が空中で体を捻るのと同時に、下からさっき同様、空気の裂ける音がする。

 瞬間的に、その意味を理解した。二撃目がくる。しかも今度の攻撃は左脚。ただの攻撃じゃない。狂気を纏った凶器が迫ってくる。これこそかわさなければ、ホントに死ぬ――!

 上半身を逸らしたせいで、体のバランスは若干崩れている。死はすぐそこまでやってきているのだ。

 それでも、死ぬな。止まるな。生きてぇだろ!

(かわせ……!)

 視界の端に、金属光沢を捉える。

(かわせ…………!)

 上半身に移った力を、むりやり下半身に戻し、右足に集中する。

(かわせェ!)

「あああああああああああ!」

 気合いの声と共に、後ろに跳ぶ。一瞬、視界が鈍い色で埋まった。金属の義足が、さっきよりももっと顔面スレスレの場所を鋭く通過していく。目の前を疾風のように駆け抜ける蹴り足。再び視界が開けると同時に襲ってきた風圧で、今度は頬が少し切れた。生温かい、ねっとりとした液体が肌を伝う。

二撃目もかわされた男は舌打ちして両手で着地し、そのままハンドスプリングの要領で距離をとった。

 こっちも更に後ろに跳び、相手と同じく間合いを開けた。着地した瞬間、汗がどっと吹き出す。極度に集中したために、少し頭痛がする。心臓がもの凄いスピードで拍を打っており、呼吸がさっきよりも荒くなった。顎先まで到達した血が、床に落ちて紅を散らした。

「っはあ、危ねぇ……!」

 思わず声が漏れる。とんでもねぇ技だ。空中右回し蹴りから、地面に向かい合うように体を捻って、そのまま左の踵を振り上げてきやがった。上半身を逸らした事で、オレの視界の下側は死角になる。そこを突いてきた。しかも左は金属の義足(あし)。完全に殺し技だ。

 オレの回避も、まさに生死を分けるバックステップだった。一瞬でも判断が遅れたら、間違いなく死んでいただろう。死にはせずとも、顎に蹴りが突き刺さって、意識を失っていたはず。そうすれば相手はやり放題だ。どちらにせよ、待っているのは死。

 頬の血を拭い、前を見ると、男は不満げな顔つきで軽く左右に跳んで体を揺らしていた。よほど自信のある攻撃だったらしい。

(でも、かわせたんだよな……)

 そうだ。オレはあのバカみたいに無茶苦茶な蹴りを避けたんだ。多分、相手の中でも一、二位を争うほどの攻撃だったに違いない。それを避けた。つまり……、

(勝てる……!)

 そうだ。勝てない相手なら、数回の攻防で本能的にわかる。実力差が圧倒的なら、それを悟って逃げる事は恥じゃない。実力を見誤れば、死は確定するからだ。

 でも、コイツにはそれがない。つまり、強くてもオレが勝てるってこと。しかも相手は銃を捨ててるんだ。体術ならよっぽどの事が無い限り、負けない自信がある。

「ハッ、」

 上等。その狂ったオアソビ、付き合ってやろーじゃん。

 一度構えを解いて、銃をホルスターにしまった。それを見て、またも男は怪訝な顔をする。

「なんだ、諦めたのかよ」

「バカ言うな。あんたの遊びに付き合ってやるだけさ」

 軽く深呼吸して、右拳で胸をトントン、と叩く。ナイフを右手に持ち替え、しっかりと構えた。こっちも殺気を隠さない。体術の完全ガチモードだ。

 まずは初撃。絶対に決める。この一発で流れに乗れば、こっちが断然有利だ。

「ほざけ。抵抗もできねぇウチに殺してやるよ」

 男は吐き捨てるように言い、構えようとするが、

「ああそうかい!」

 それを待たずに地面を蹴った。敵との距離5メートルくらいまで一気に接近し、そこから更に体を振って懐に入る。

「チッ!」

 構えが遅れた男が舌打ちするのが聞こえるが、知ったこっちゃない。殺し合いにルールもクソもないことは、お互いに百も承知のはずだ。

 左右に体を振った事で、男の視線もそれに合わせて動く。が、オレの狙いは……、

(正面!)

 初撃は小細工無用だ。真っ正面から一撃叩き込んでやる。

 いつも通り、わずかに後ろにステップして、右足に体重を乗せる。パワーの充填が完了し、右拳を振りかぶって前を見ると、フェイントが功を奏したようで男の体は若干左にバランスを崩していた。

 体重移動を始める。

「抵抗なんざなあ、」

 男がブロックの姿勢をとるのが見えたが、構わない。そんなモン関係ない攻撃をブチ込めばいいだけだ。

 肉体の連動を意識しながら、一分の無駄もなく体重を左足に移す。そして、

「初めっからする気ぁねぇよ!」

 その勢いのまま、凶器と化した右拳を思いっきり相手のブロックに叩きつける。次につなげる事なんか考えてない。ただ重い一撃で、相手をねじ伏せることだけ考えて出した攻撃だ。

 ゴリッ、と鈍い音がした後、オープンフィンガーグローブを通して、何かを砕いた感覚が手に伝わってきた。会心の手ごたえだ。衝撃を伝えきった拳を振り抜くと、男の体は吹っ飛んだ。長身が宙を舞う。しかし、空中で体勢を立て直したようで、よろめきながらも地に足は付けた。

 なんとか着地に成功した男が、「オイオイ」とでも言いたげな、呆れと驚愕が混ざったような表情でこっちを見る。その左腕は、力なく垂れ下がっていた。ブラブラと、振り子のように揺れている。

 二ヤリとして、右拳を左手のひらに打ちつける。パン、と乾いた音がした。

「勘違いすんなよ。こっからはオレの手番(ターン)だ。抵抗するのはオレじゃない。そっちだろ」






「とんでもねぇガキだな。どうやったらパンチ一発で人の骨が折れんだよ。ヘビー級のプロボクサーじゃあるまいに」

 痛みに顔を歪めた男が、自嘲気味に笑いながら左の前腕を押さえて言う。いくら奇襲とはいえ、さすがに骨折までするとは思ってなかったんだろう。

 オレは接近戦でのパワーファイターだ。それもカウンター狙いじゃなく、自分からガンガン攻めるという、一般的に見れば無謀極まりないスタイル。だが、父さんから教わったこのスタイルは、十年近くかけて骨身に染み込ませてる。そのおかげで、特警内でも屈指のパワーの持ち主と言われているのだ。それこそ今のように、打撃で相手の骨を折れるくらいまでの域に練り上げている(極曰く、「殺人パンチ」)。

「ケンカだけならプロボクサーにも負けやしねぇよ」

 相手に気付かれないように、左手で背中側のポーチを探る。数秒で目的の物を見つけ、それをしっかりと握った。

 仕掛けを終え、ゆっくりと構える。同時に、男もスッと腰を落とした。構えが速い。さっきの二の舞にはならないってことか。

 一度小さく息を吸って、

「っし!」

 攻撃に出た。ほぼ同時に相手も駆け出す。体勢を低く保ったまま、一直線に突っ込んでくる。それこそ蛇が這うかのようだ。

 あと一、二歩でお互いが間合いに入る瞬間、さきほど握った左手のモノを、後ろ手に親指で強く弾いた。方向は斜め上前方。オレの頭上を越すイメージだ。

 間合いが詰まる。オレが左拳を振りかぶるのと同時に、相手も左脚を引いた。このままだと打ち合いだが、その前にオレの仕掛けが作動する。

 カラン……、

 相手の後ろで、軽い音がした。

「!」

 振り向きこそしなかったが、反応した男の動きが一瞬止まった。反射的というにも早過ぎるほどの反応だが、今回はそれがアダになる。殺し合いでは、一瞬の隙=死だ。

 右足を踏み込みながら相手の腹部に、アッパー気味に左拳を突き入れる。

「っぐ……!」

 呻き声を聞きながら、めり込んだままの拳を上方に振り上げる。180センチ+金属の義足を付けた男の重い体が、地面から引き抜かれるように浮いた。

 ナイフを順手に持ち替えた。相手の心臓をロックオンし、

「っはぁ!」

 一気に切っ先を突き出す。矢のような軌跡を残しながら、黒く塗られたブレードは狙いの場所へとその殺意を尖らせる。ショートアッパーで浮いた男の体は宙にある。逃げ場なんざありゃしねぇ!

 勝った、と思ったその時、

「舐ァめてんじゃ、」

 男が空中で体を捻った。体勢が崩れているとは思えないほどのスピードで、竜巻のように回転する。

「ねぇぞコラ!」

 ナイフが相手の心臓に到達するより先に、オレの左こめかみに鈍い衝撃が叩き込まれた。

「なっ……、」

 ブン殴られたような衝撃に、頭が右に引っ張られた。飛びそうになる意識を必死にとどめる。激しく揺れる視界の端に、男の右足が見えた。高速の空中回し蹴り、だろうか。変則のカウンターをまともに喰らい、ナイフの切っ先は空を突いた。

「くっ……」

 倒れそうになった体を、なんとか立て直した。クラクラする頭を振って、感覚を引っ張り戻す。

 前を見ると、男はオレから離れて地面に手を伸ばしていた。何かを拾い上げ、まじまじと見つめる。

「9パラの空薬莢か……。なーんかどっかで見た事あんな」

 こっちを見て二ヤリとしながら男がわざとらしく言う。いちいち勘に触る言い方しやがって……。

「見た事あるも何も、アンタのだろうが。さっきのお返しだよ」

「なるほど……。拾っといたコイツを俺達の頭上を越すように投げて、俺の後ろに落とすと。すっきりパクってくれやがって」

 指に挟まれた空薬莢がくるくると回る。その度に鈍色の光をあちこちに反射する金属の筒は、牙のようにも見える。

「っと……、」

 カラン……、

 が、指を滑らせたのか、空薬莢は地面に落ちた。それを拾う為に、男はしゃがむ。

(いけるか……?)

 この隙に一撃、と思い、右足に力を込めた瞬間、

「っら!」

 男はしゃがんだまま、手裏剣術の要領で空薬莢を打ってきた。回転しながらオレの目に向かって飛んでくる。

「チッ!」

 当たる直前に体をずらしてかわし、ナイフを構え直した時には、既に男はオレの前にいた。対象を失った空薬莢が部屋の隅の机に当たった軽い音を、背後に聞く。

(速っ……!?)

「ふっ!」

 ギン!

 地面と水平に薙ぐように振られた男の左脚が、鋭い金属音と共にオレの右手のナイフを弾き飛ばした。あまりに速いせいで、突然手からナイフが消えたようにしか見えなかった。手から離れたファイティングナイフは、落下の後、地面を滑っていく。

 男はなおも止まらず、振り切った左脚を、蹴りの軌道の逆をなぞるようにして後ろ回し蹴りにつなげてきた。バックブローのキックバージョンといったところか。

「くっそ……!」

 左腕でブロックするが、ガードの腕にぶつかってくるのは金属だ。鉄パイプや金属バットで思いっきり殴られるのに等しく、生身の蹴りとは比べ物にならないほどの衝撃が伝わる。勢いを逃がしきれずに体が数メートルふっ飛んだ。周りの景色がやけにゆっくり流れていく。バランスを崩しかけたものの、どうにか地面に両足を着けた。

 なんとか着地には成功したが、骨にヒビが入ったかもしれない。

「痛ぇ……」

 筋肉に直接張り付いたような痺れが、左腕全体を走る。かもしれないじゃない。完全にヒビ入ったな……。ズキズキと脈打つ痛みが徐々に広がっていくのがわかる。完全に使えないわけじゃないけど、戦力ダウンは確実だ。

 広がる痛みをむりやり押し込めて、思考をクリアの状態にもっていく。

(にしても……、)

 問題はやっぱりあの義足(あし)……。ただでさえ鍛え上げた人間が放つ蹴りなのに、それが更に二倍三倍の威力になって襲ってくるんだからバカにならない。いくら力に自信があっても、打撃の打ち合いになったら素手で鎧を殴るようなもんだ。どう考えても不利。なんとかならないか。なんとか……、

「オラ、ボケっとしてる場合かよ!」

 即座に間合いを詰めてきた男が、右足でローキックを繰り出してくる。

「チィッ!」

 ゆっくり考えるヒマも無しかよ……!

 バックステップでどうにかかわす。しかし、振り下ろした足を地面に付け、その足を軸足にして今度は左の後ろ回し蹴り。それもかわせばまた右のハイキック。避ける度に、コマのように回転しながら連続で蹴りが襲ってくる。

(この動きは……、カポエラか!? マジで色々やってやがる……!)

 クソッ、考えろ……。どこかに必ず糸口があるはずだ……。何か変なところとか、違和感があったところ……。

 武器を捨てて、殺し合いを楽しんで、空中の二段殺法。変則のカウンターに、空薬莢のフェイントの打ち合い。ナイフを弾き飛ばす蹴りに、回転連続蹴り……。

(いや、待てよ……)

 今までの相手の行動を大まかに思いだすと、どこかで引っかかったような感じがあった。言いたいことが喉元まで来てるのに出てこない。そんな感覚だ。

 何かがおかしい。普通ならあり得ない出来事が、この短い間に起きてる。なんだ? 何が変なんだ?

「っはァ!」

「こんの……!」

 回転から跳躍して放ってきた回し蹴りを、しゃがんでかわす。反撃にハイキックを繰り出したが、ギリギリで避けられた。

(なんだ、何が、どこがおかしい……)

 思い出せ。この違和感は思い過ごしなんかじゃない。勝利への重要なピースだと、本能が叫んでいる。あと少しで全部つながる……!

 記憶の奥の奥まで潜っていったその時、男が左脚で回し蹴りを打ってきた。地面と水平に、薙ぎ払うような軌道。バックステップでかわしたオレの右手付近を、唸り声のような風切り音と共に鋭く通過する蹴り足に、なぜか激しい既視感を覚えた。

 いや、違う。これは既視感じゃない。オレはこの蹴りを一度見ている。いつだ? いつどこで見……、

「!」

 カチリ、と頭の中で音がした。ズレた歯車が噛み合い、少しずつ、しかし一分の狂いも無く思考回路が動き始める。

 思いだした。あの時だ。確かに、常人ならあり得ないことを、コイツはやってる。それは、あの義足が無ければ出来ないことだ。そしてそれこそが、唯一の弱点――!

「っらあ!」

「おぉあ!」

 男のハイキックに、こちらも同じ蹴りで迎撃する。互いの右足が交錯した。が、オレの蹴りは威力不足だ。打ち負けた足が弾かれた。

「くっ……、」

 叩き込まれた衝撃が、痛みに転化される。こんなに強力な蹴りを放てる人間が、本当にいるのか。敵ながら素直に感心してしまった。

 だけど、勝つのはオレだ。力の使いどころをはき違えた人間を、オレは許せない。

 左手で腰のポーチを探り、スティックのりの容器を一回りほど大きくしたくらいのボトルを取り出す。金属製のそれには、赤い文字で「L・E」とだけ書かれている。

 勝利への準備を終えて男を見る。男は体を揺らすように小さく左右に跳んでいた。

「なんか思いついたような目だな」

「さあ、どうだろうな」

 トントンとリズムを刻みながら、男が問う。その問に、構えをとりながら答えた。頬を伝う汗がやけに冷たい。緊張を温度で感じているみたいだ。

 それを聞いた男の膝が少し沈んだ。来る……!

 次の瞬間、予想通り男は突っ込んできた。まっすぐ来るかと思ったが、間合いに入る直前、体を振ってくる。

(どっちだ……!?)

 動きは目で追わず、意識は四肢に割く。見れば惑わされる。止まった一瞬を見極めれば……。

 オレから見てやや左寄りで、男は脚を振りかぶる動作を見せた。

(左か……!)

「セイ!」

 気合いの声と共に、そっちに向けて左ストレートを繰り出す。が、男は蹴りを打ってこず、ストレートをかわしながら右に跳んだ。拳が空を裂き、体勢が崩れる。

「なっ!?」

 フェイント!?

 まともに引っかかったオレに、男は左足、義足で膝蹴りを放つ。かわす事が出来ず、右手で受けたが、思いのほか軽い。完全に防いだ、と思った。

 しかし、それは間違いだった。

「!?」

 止めた膝が、下から上へと、受けた右手を押し上げてきた。急激に加えられた力を押し返す事ができない。慌てて腰を落とし、重心を低くしようとしたが、遅かった。

 凄まじい力で、体が上に引っ張られる。さっきのオレが打ったショートアッパーと同じ、ショートニーバットとでも言えるような膝蹴り。目的はダメージを与えることじゃない。相手を浮かせることだが――、

(浮き過ぎだろ……!?)

 気持ち悪い無重力をともなって、投げ上げたんじゃないかと思うほど体が浮いた。もはや飛ばされたといったほうが正しい。勢いをつけた膝でなく、一度オレに止められた膝。つまりほぼノーモーションでこの力……。明らかに常軌を逸している。だがそれも、あの義足のせいで全て正当化されてしまうのだ。

 視界の端で、男が跳ぶのが見えた。空中で足を上に、つまりオーバーヘッドキックのような姿勢で跳躍し、両足を龍のアギトのように開く。対応しようにも、空中で身動きがとれない。

「っらぁぁああああ!」

 そのアギトで、オレの体を挟む。人間の限界に迫る動きに、男が気合いの声を上げた。その刹那の間に、この攻撃を理解した。あまりに常識からかけ離れた、この攻撃を。

 男が足を振り下ろすのと共に、男の両足に挟まれたオレの体が、今度は下に引っ張られる。空中でさかさになった状態だから、このままじゃ頭から地面に叩きつけられる。そうすりゃ最悪、首が折れて死ぬ。

 だが、同時にチャンスだ。接敵しないとこの手は使えない……!

「はぁぁあああああああ!」

「だらっしゃぁぁあああ!」

 互いに声と同時にアドレナリンを引っ張り出し、体を最大限ひねる。頭を上にもっていき、着地時の衝撃を和らげる姿勢をとった。

 そして仕掛けの為に、口を開けたボトルを相手の左脚に突き立て、中身の液体をなすり付けるように動かす。濡れた場所が鈍い艶を放った。

 地面が迫ってくる。挟まれた状態で急激に下への力を加えられて、周りの景色がもの凄いスピードで上へと流れていく。死か、生か。全部このタイミングで決まる――!

「死ねェァ!」

「死ぬかァァ!」

 視界が地面で埋まった次の瞬間、ドゴッと鈍い音を響かせて、オレの体は部屋の床に叩きつけられた。

「ぐぅっ……!」

 衝撃が体の中で暴れる。骨がバラバラになりそうだ。意識も感覚も吹っ飛びそうになるが、必死に留める。意識を手放した瞬間が、オレの最期だと本能で悟った。

 時が止まる。何も見えない。自分が生きているのか死んでいるのかもわからなかった。相手はどうなった? とどめを刺しにくるのか? オレに、反撃する力は残って……?

 手を動かしてみる。握る、開く。肘を曲げる、伸ばす。手は動いた。膝は、足はどうだ。

 自分の体を確かめていく。動く。感覚も、意識もある。音も聞こえる。痛みも感じる。オレは、生きてる。

 目を開いた。やけに明るい天井が映る。全身がむちゃくちゃ痛むが、動かないことはない。まだ、戦える……!

 震える膝に力を込めて、立ち上がった。右手を強く握る。爪が手のひらに食い込む。しかし、それはオレが生きている証だった。

「ハァ……、ハァ……、」

 呼吸を整えながら前を向く。男も同様に、立ち上がって荒い息を吐いていた。無理もない。明らかに人間の常識を無視した動き。あの瞬間、コイツは確実に人間じゃなかった。

 男もオレを見た。信じられないようなものを見るような目だ。その目でオレを見据えたまま、男がゆっくりと口を開く。

「お前……、人間じゃねぇなまったく」

 バケモノだよ、と小さく呟き、男は自嘲気味に笑った。

 よく言うぜ。あんたも十分バケモノだろ。

 ホルスターに手を伸ばしながら答える。

「アンタが言うかよ。足で投げ技打つ人間なんか初めて見たぜ」

 コイツは、本当に蹴り技しか使わない。相手を浮かせるだけなら、腕を使ってもよかったはずだ。それを義足の膝蹴りで行い、浮いたオレを脚で挟んで地面に叩きつける。格闘マンガで似たような技は見た事あるが、実際に使うことなんて不可能だ。いや、不可能だったというべきか。その技を、目の前の男はやってのけたのだから。

 これがこの男の、蹴技狂(キックマニア)の信念ということか。

「言ったろ、俺はキックマニアだって。さて……、」

 ボロボロになった男は、なおも構えをとる。

「どうする。まだ来るかよ特警の」

 戦場と化した元会議室に、凛とした声が響いた。この状況でも、まだ楽しんでいるのだ。

 右腰のホルスターから、パイソンを抜く。僅かに青みがかかった黒が、威嚇するような光を反射した。

「ったりめーだ。腹くくれよキックマニア……!」

 そして、銃を構える。狙うのは――、

「……、オイオイ」

 銃口の延長線上を見て、男が呆れた声で言う。

「どこ狙ってんだ?」

「見りゃわかんだろ」

 オレのリボルバーの銃口は、揺るがずに男の左脚を指していた。さすがの男も面食らっているようだ。その強度は、これまでの戦闘で実証済みなのだから。

 男が芝居がかった動作で首を振る。

「血迷ったとしか思えねぇな」

「どうだかな。悪いがこれで、オレの勝ちだ」

 カチリ。

 撃鉄を起こす。引き金にしっかりと指をかけた。

「終わりだ。蹴技狂」

 ずだん!

 轟音と形容するのがふさわしい発砲音を残して、.454カスールが発射される。螺旋回転を繰り返しながら、強力なマグナム弾は義足へと吸い込まれていく。

 高い音を響かせて、銃弾は弾き返されるだけ。

 そのはず、だった。

 弾が義足に衝突し、火花が散った瞬間、金属の脚が、爆ぜた。

 ドバン!

 極めて狭い範囲に爆風が咲く。しかし、爆発のエネルギーは本物だ。銃弾の当たった箇所を中心に、そのエネルギーは拡散する。なんの躊躇もなく、破壊する為に解き放たれる。

 突然の爆発は、始まりと同じように突然終わった。そこに男はいる。ただ違うところと言えば、

「なっ……!?」

 左脚が無くなっていることだ。ちぎれたのではなく、バラバラに粉砕されている。

 片足を失い、バランスを保てなくなった男が、右膝だけで膝をつく。突如消え去った自分の脚に、驚愕の色を隠そうともしない。

「なんだ……!? 何がどうなって……!?」

「コイツだよ」

 事態を飲み込めていない男の目に、先ほどのボトルを映す。「L・E」と赤文字で書かれた小さな金属製ボトルだ。

 男の目が見開かれる。そして、諦めたように首を振った。

「Liquid・Explosive……。液体爆薬か……」

 液体爆薬。その名の通り、液状の爆薬だ。特警製のモノは、狭い範囲に強力な爆発を起こすように出来ている。

 男は爆薬を見た時点で全てを察したようだ。

「その通り。そしてアンタの脚の利点にして唯一の弱点、それは、」

 ボトルをポーチにしまう。

「感覚が無いことだ」

 だからこそナイフを蹴りで弾き飛ばせたんだ。痛覚は無いが、逆に言えば足に何か異常があっても察することができない。だからオレは、液体爆薬を塗り付け、銃で撃って火花で起爆させて義足をブッ飛ばした。もしもコイツの足に感覚があって、液体が付いたのを認識していたら、成功しなかった策だ。

 パチパチと拍手の音が響く。見れば男が手を叩いていた。

「見事」

 乾いた音を聞きながら、パイソンを片手に男に歩み寄る。体中が痛むが、むりやり押し込めて歩く。オレは、コイツを殺さなければならない。例え信念を持って戦う人間でも、人の命を軽々しく扱う者を、許してはいけない……!

 男の前3メートルで足を止め、銃口を今度は男の心臓に向けた。

「よォ、」

 引き金を引こうとした時、不意に呼びかけられた。

「んだよ」

「最期に一個聞かせろや」

 照準は動かさないままで応えると、男は人差し指を立てて「1」を示しながらオレに問うた。

「さっき言ってた、オレより強いヤツってのぁ、誰のことだ?」

 ああ、その事か。

 グリップを強く握りながら、撃鉄を起こし、答えた。

「ウチの所長さ」

 オレの声は静かに部屋に響いた。それを聞いて、男は納得したようにうなずく。

「なるほど、どうりで強ぇガキなわけだ」

 そして、両手を上に挙げ、無抵抗の意志を示した。

「じゃあな、楽しかったぜ、特警の」

「ああ、じゃあな、蹴技狂(キックマニア)……!」

 満足げに笑った男に向け、

 ずだん!

 撃った。.454カスールは男の左胸を突き破って、なおも直進する。紅が飛び散った。狙い通りに撃ち出された弾丸は男の体内を破壊し、死に追いやった。力を失った死体が、ゆっくりと仰向けに倒れていく。

 その顔は、笑っていた。楽しい夢でも見ているような、そんな顔。整った顔立ちは、死んでもそのままだ。

 楽しかった、とコイツは言った。オレには理解できない。絶対に許せない男を殺した今ですら人を撃った事実に苦しんでるのに、殺し合いを楽しめる訳が無い。多分、一生かかってもわからない感覚だ。

 首を振って、パイソンをホルスターにしまった。左腕をかばいながら、ナイフが弾き飛ばされた方向へと歩く。部屋の隅の方に転がっていた。ブレードが黒く塗られたそれを、拾って鞘に戻した。

 小さく息を吸って、吐く。肺に新鮮な空気が満たされた。

 切り替えろ。まだ任務は終わってないんだ。

(あともう一人……)

 もう一人はバトルマニアじゃない。オレを殺すことだけ考えてくるだろう。けっこうダメージもらった状態で、どこまでやれるか……。

 ナイフを拾って立ち上がる、まさにその時だった。

「チッ、ちょっと遅かったか……」

 部屋の入り口の方から、低い声がした。


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