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VS〜コノヨノコトワリ〜  作者: TERIS
FILE2:『闘争』
11/33

FILE2.2:鉄蛇

十月中に更新したかった……。

 完全に回復した目を、暗視スコープを外して右手でこする。二、三回まばたきすると、感覚的にもすっきりしてきた。至近距離で閃光を直視してしまったが、特に違和感も無いから視神経に異常はなさそうだ。

 モロに強い光を受けたせいで安全装置が作動したらしく、スコープは電源が切れていた。幸い、壊れてはいない。よかった。これがあるか無いかじゃ動きやすさが段違いだ。安堵の息を吐いて、もう一度電源を入れ直し、しっかりと装着すると、グリーンの画面の向こうに戦場と化した廃墟が映る。

 ひとまず状況整理をする事にし、トイレを出た所の壁に背中を預けて座った。体と頭が少し熱い。敵を逃がしてしまったという失態にひどく苛立っていた。

 冷静になるには気分を落ち着かせなければならない。何かリフレッシュ出来る物はないかと考えを巡らせた時、ふと思い出して、ポケットからリンゴ味の飴を取り出した。今日の昼休みにみつきがくれたものだ。

 包装を解いてポケットに突っ込み、飴を口の中に放り込むと、ほどよい酸味が思考をクリアにしてくれた。

「ふぅ」

 小さく息を吐き、思考を開始する。

 とりあえず、相手が相当な実力者という事は嫌でもわかった。一つ一つの動作に全く無駄がない。パワー、スピード、精神的なタフさ。どれをとっても一級品だ。ここ最近の任務の中じゃ、一番の強敵かもしれない。

 そんな相手を追い詰めておきながら、みすみす逃がしてしまったのは、やはり痛い。優位にいたのに、相手の話術だけで隙を作ってしまった。ある意味最悪なパターンだ。タラレバを言ってもしょうがないが、男の言葉に動揺せずにスタングレネードに気付いていたら……。

「ったく。情けないったらねぇよな」

 再び熱くなり始めそうになった思考を、慌てて頭を振ってニュートラルに戻す。過ぎた事を言ってもしょうがない。今は目の前の問題を片づけるだけだと、自分に言い聞かせた。

 戦況はどうなんだろう?オレが相手に与えたダメージは、踵落としで左肩に一発、そこから変則の空中蹴りで胸部に一発。そして、鳩尾に肘を一発。多分これが一番効いてるはずだ。更に、相手の反応からして、最後に乱射したリボルバーが一発当たったようだ。ただ、すぐに気配は消えたから、足に当たった訳ではないし、それほど重傷というほどでもないのだと推測した。

 一応、そこそこのダメージは与えられているようだ。まあ、その分こっちもカウンター気味の膝蹴りとかもらってる訳だが。

 それと、男が最後に言った言葉。“次の相手は俺の相棒だ”。聴覚に攻撃喰らった直後だから、ぼんやりとしか聞こえなかったが、確かにそう言っていた。

 とりあえず、さっきの男が回復するまでの間に、もう片方と戦闘になるって事は間違いないだろう。正直、勘弁して欲しい。あんなおっそろしいおっさんがもう一人いると思うと、気が重すぎる。しかも、さっきの男は相棒にオレの情報を喋るはずだから、精神的なアドバンテージは相手にある事になる。直接拳を交えていなくても、事前にこちらの特徴なんかを知られているのは、やはり小さくない損失だ。

 少し、戦い方を工夫する必要がありそうだ。さっきの戦闘でオレが使ったのは、銃、警棒、閃光弾。逆に使ってないのは、ナイフと手榴弾。未使用の物を主体にして戦闘を組み立てた方がいいな。それと、もう少し積極的に攻めてもいいかもしれない。さっきはちょっと守勢に回り過ぎだった。

「っし!」

 膝に力を入れて立ち上がり、数回屈伸運動をして、体を捻る。それを終えたら、今度は装備の確認をした。残弾、消耗品の残り数、動作の確認などを、一つ一つ丁寧に行う。

 一通り確認を終えたが、異常はない。万全の状態だ。気合いを入れるため、頬を両手で軽く叩く。パン、と乾いた音を立てて、僅かな痛みが感覚をクリアにしていった。

「行くか……」

 自動拳銃を抜いて、右手で持った。安全装置(セーフティ)を解除して、グリップを握りしめる。汗で少し湿った手に、グリップが吸いついてくる。

 ごめんな、みつき。さっさと終わらせて、すぐ帰るよ。

 目を閉じて、心の中で謝る。一度深呼吸をして、暗い廊下に踏み出した。






 念のため、もう一度ざっと一階を見て回ったものの、特に気配はしない。罠らしきものも見当たらなかった。

 しかし、見回り中に一つ失敗に気付く。トイレから蹴り出したSMG(サブマシンガン)がない。まあ、どう考えても逃げた相手が回収したとしか思えないんだけど。あの時は余裕がなかったから仕方ないといえば仕方ないが、機関部を撃って壊しておくんだったと、少し後悔した。

「あー、なんで今日こんなボケボケなんだよ。ったく……」

 SMGはフルオートで拳銃弾をバラまく銃だ。反撃とか以前に、撃っている間はまず近づくのが困難になる。しかも今回相手が持っているのは改造銃。三点バーストだけじゃなく、威力のUPも図られている可能性は高い。防弾ジャケットを着ているとはいえ、まともに喰らえばあの世行きだろう。

(とりま、撃ち込んできたら回避優先だな……)

 戦闘時のイメージトレーニングをしながら、慎重に歩いていく。探索ついでに改めて見てみると、このビルが元々IT関係の企業の物だったことが、なんとなくわかった。今となっては古いタイプのPCの他に、サーバー、と極が言っていただろうか。巨大な機械も置かれている。内容はまったくわからないが、ソフトの開発案のようなものが印刷された紙も、数枚散らばっていた。

 そんな企業ビルも、人に忘れ去られ、廃ビルとなって、今や強盗のアジトだ。人を豊かにしていた技術が、今度は人に牙を剥く。現代の日本の縮図を見ているようで、少し嫌気がさした。

 相変わらず暗い廊下は、物音一つしない。その無音の状態が、よりいっそう闇を暗く感じさせていた。暗視スコープの画面に映る、PC等のかつての企業の名残から、今にも何か飛び出してきそうな不気味さが漂っている。人をそうした不安な気分にさせるのは、闇の持つ魔力なんだろうか。

 そんな事を考えていると、階段の前に着いた。ところどころ塗装が剥がれており、それなりに年季を感じさせる。金属製の手すりは少しサビが浮いていた。

 これを上がれば、おそらく敵と接触するはずだ。そう思うと、自然と気が引き締まった。今日何度目かの深呼吸を行い、胸を右拳でトントンと叩く。集中したり、落ち着いたりする時のクセだ。これをやると、自分の中でスイッチが入る感覚がある。バスケでも、フリースローの前に決まった動作を行う事で、気分を落ち着かせるらしい。儀式みたいなものだな。

 ゴクリと唾を飲み込んで、一段目に足をかけ、そのまま昇っていく。なるべく音を立てないように、忍び足で進むが、どうしてもギシギシと軋むような音が足下から漏れる。僅かな音だが、奴らなら聞き逃さないはずだ。すぐにでも仕掛けてくるかもしれない。

 階段の真ん中くらいまで昇り、センサーのように感覚を集中した、その時、

 カラン……、

 後ろで、何か音がした。

(後ろ……!?)

 ダン!

 即座に振り向いて、発砲する。反応は完璧だったはず。しかし、虚空を切り裂いて弾丸が削ったのは、誰もいない床だった。

 避けられた…?いや、これは…、

(フェイクか!?)

 ハッとして前を向くと、階段の一番上に、SMGを構えた人影があった。はっきりとは見えないが、さっきの男と違う事はわかる。恐らくアイツが『相棒』だろう。

「チィッ!」

 舌打ちと同時に、銃をホルスターにしまい、後ろに飛ぶ。オレがいるのは階段だ。当然、背後には何もない。

 次の瞬間、体は二つ下の段に叩きつけられた。鈍い衝撃が体に伝わる。

「って!」

 そのまま階段を転げ落ちる。景色がぐるぐる回り、その度に体の痛みは増した。それでも、自分から勢いをつけて、転がるスピードを上げる。

 ダダダダ、と銃弾が無意味に階段を削る音が聞こえる。暗所で動いている物体に、狙いを付けて正確に銃を撃ち込むのは難しい。そう踏んで階段を転がり落ちたのだが、成功だったようだ。

 落ちつつも、反撃の為に手榴弾を取り出し、タイマーダイヤルを四秒にセットした。

「痛ぇ……、」

 一番下、つまり一階の床にたどり着く。体はむちゃくちゃ痛いが、そんな事を言ってるヒマはない。

 即座に立ち上がり、ピンを歯で引き抜き、手榴弾を持った右腕を振りかぶる。今でこそ帰宅部だが、中学ん時は野球部でピッチャーだった。体は仕事の都合上かなり鍛えてたから、球は速かったし、遠投も百メートルは余裕で超える。まあ、代わりに、ホントにとんでもねーノーコンだったけど。

しかしノーコンでも、肩が強い事に変わりは無い。コントロール重視で投げれば、そこそこの速さは保ったままで、狙ったところに投げ込める。

 右足に溜めた力を、左足に移しながら、相手の方に向かって踏み込む。股関節の回転から、腕にエネルギーを伝え、

「喰らえぁ!」

 一気に右腕を振り切った。指先から放たれ、手榴弾は糸を引くようにまっすぐ、階段の上の相手に向かっていく。久々に投げた割には、なかなかいいフォームで投げられた。もしここがマウンドの上で、本気でボールを投げていたら、百五十キロ近くは出せたかもしれない。

 相手の男は、オレが振りかぶるのを見てSMGの構えを外し、回避の姿勢をとったが、予想外に手榴弾の到達が速かったようだ。明らかに慌てた様子で転がって、爆弾の飛んでくる軌道から身を逸らした。

 ドバン!

 タイマーの設定通り、黒い塊が爆ぜる。爆破地点を中心に、黄色とオレンジが混ざったような色の凶悪な爆風が、内側から溢れるように展開した。少し離れた所から見ているオレには、小さな花火にも見える。

 仕留めたかと思ったが、相手もさる者だった。反応が遅れても、回避してからは速かったらしい。うまく爆風からは身を守っていた。

 だが、これはチャンスだ。リボルバーを抜いて、相手に向けるのと同時に照準を一瞬で定めた。オープンサイトの延長線上に、男の姿を捉える。

「Target、Lock On! Fire!」

 みつき直伝の発音で小さく呟いて、引き金を引いた。

 ずだん!

 .454カスールが銃口から放たれるのと共に、反動で右上腕が跳ね上がる。唸りを上げて、マグナム弾は直進していき、相手の左脚に吸い込まれていった。

(よっしゃもらった!)

 間違いなく、左脚への命中を目視で確認した。パチン、と指を鳴らした、その時。

 ギィン!

 あり得ない金属音が、高く鋭く響いた。

「あぁ!?」

 思わず間の抜けた声が出る。それほど今起こった出来事は、理解の範疇を超えていた。

 当たりはしたのだ。辺りが暗いとはいえ、当たったかそうじゃないかくらいは見える。完璧に入ったはずなのに、男は僅かによろめいただけで、倒れなかった。それどころか、痛がる素振りも見せない。だいたい、なんで金属音がするんだ。

(鉄板でも仕込んでやがんのか……?)

 オレが思考した間に、男は駆け出していた。最初からそう決めていたかのように、階段とは反対側に走っていく。二階の奥に行くようだ。

「逃がすか……!」

 リボルバーをしまい、自動拳銃に持ち替える。追おうとしたが、足下に鈍く金に光る物が見えた。いったん足を止めて、左手でそれを拾い上げる。

 空薬莢だった。これは確か、9mmパラベラム弾の物だったはずだ。現代ではかなりポピュラーな拳銃弾。同時に、相手が持っているMP5から発射される弾丸でもある。

 さっきの音はこれか。隠れて二階から、オレの頭上を越して一階に投げて、音に反応したところで攻撃――、と。オーソドックスなフェイントのパターンだ。つーかオレもこの前工場でチンピラ相手に使った手じゃん。うわ、自分が使った作戦にあっさりはまるとか、なんかマジ恥ずい。つか、ムカつく。

「やってくれるよ……」

 奥歯を硬く噛みしめ、拾った空薬莢は強く握った。屈辱を、手のひらに刻んでいく。手に痕が付くほど力を込めたところで、それを取り出し、腰のポーチにしまう。

 やられっぱなしは性に合わねえ。きっちり倍返ししてやらぁ。

 銃を握った拳を、左手のひらに打ちつける。自分の中の更なる気合いが、目を覚ましたような気がした。アドレナリンが出まくっているのが、感覚としてわかる。

「っし!」

 その場で二度、軽くジャンプし、駆け出す。階段を一段飛ばしで昇っていくと、十秒もかからずに二階に到達した。すぐに左右に銃を向けて警戒するが、敵が飛び出してくる気配はない。

(どこだ……)

 警戒は緩めず、一階同様、探索を続けていく。部屋の中やトイレは、さっきの二の舞にならないよう、特に慎重に捜査していった。

 何度か角を曲がり、二階の四分の三ほどを調べ終わった時、廊下の先に光が見えた。どこかの部屋から漏れているようだ。そういえば、このビルは使われていない割りに、電気や水道は機能するのだと、今更ながら思った。さっきトイレでも水は出ていたし、現に今、目の前で電気が点いている。真っ暗な中、照らされた床だけが、そこだけ切り取られたように白い。

 ドクン、と、心臓が鼓動した。光が漏れている部屋に、目が吸い寄せられる。そんな事あるわけがないのに、体中に流れている血が、熱いと感じた。

 また罠かもしれない。その可能性は十分ある。しかし、なぜか今回はそんな気がしないのだ。確証は全くない。それでも、その部屋から滲み出る、強者の気配のようなものを、本能は感じ取り、そこに敵がいると告げていた。

 いつの間にか立ち止まっていたらしい足を、一歩踏み出す。一歩、また一歩。気付けば、小走りになっていた。その一歩ごとに、聞こえる心音が大きくなっていく。他の音は聞こえないし、部屋の扉以外は目に入らない。

 やがて、その扉の前に到着した。部屋名を示すプレートには、【会議室】と書かれている。半開きになった扉を、一気に開いた。

 バン!

 蛍光灯の光が降ってくる。不意の眩しさに、反射的に目を腕で覆った。やはり、電気は通っているみたいだ。これなら暗視スコープはいらないだろうと思い、頭から外してジャケットのポケットにしまった。

 静かな空間だった。元が会議室として使われていただけに、かなり広い。置かれていたであろう会議机やパイプ椅子は、部屋の端の方にまとめて積み上げられていた。年季を感じさせるホコリがうっすらとかかっている。廊下に比べると、馬鹿に明るい部屋の中で、その男はあぐらをかき、目を閉じて座っていた。

「来たか……」

 その無音の中に、一つの声が響く。ゆっくりとした響きだった。目は閉じたまま、声を発した男が立ちあがった。

 さっきトイレでやりあった男と、服装はほぼ変わらない。身長はオレくらいだ。ただ、服装が同じでも、先ほどの男よりはやや細身だった。一言で表せば、スタイルがかなりいい。足は長いし、顔立ちも整っている。玉本センセに負けないくらいのイケメンだ。明るい茶髪がよく似合っており、三十代らしい実年齢よりもだいぶ若く見える。はっきり言ってモデルやれる。というかモデルだろどう見ても。今みたいに戦闘用のジャケットにカーゴパンツで雑誌とかに載ってても、多分全く違和感がない。

(聞いてたよりは優男系だな……)

 つーかイケメンでスタイルいいとか、仕事以外だったらマジ別の意味で殺意湧くわ。

 外見からそんな分析をしたオレだが、次の瞬間、そのイメージは吹き飛ぶ事になる。

 男が、目を開いたからだ。

「っ!」

 思わず息を呑む。槍で体を貫かれたようだった。目を開くのに音がするはずはないが、何か重い音と共に視線を向けられたような、そんな気がした。よく鋭い威圧感のある目の形容として、ナイフのような、という表現が使われるが、同じ鋭さでもこの男は性質が違う。自分の信念を貫き通す、一本の槍のような視線だった。顔が整っているからか、常人よりも余計に迫力を感じる。

 優男系だとか、そんなのは見た目だけだ。さっきのおっさん同様、コイツもただものじゃない。銃を握った手に嫌な汗が滲む。

「アンタが相棒さん、ってことでいいんだよな?」

 唾を飲み込み、仁王立ちのまま微動だにしない男に問う。いつのまにか、オレは構えをとっていた。男の迫力に、体が勝手に動いたようだ。

「違いない」

 男が返す。声もなんかアイドルっぽいな。絶対昔モテただろ。

「特警らしいな、若いの。強ぇのか? あー、いや、」

 今度は男が問うてきた。しかし、すぐに自分の言ったことを打ち消すように首を振る。

「弱い訳ねぇか。弱かったらヤツとやった時に死んでらぁな」

 ヤツ、とは先ほどの男のことだろう。互いに実力を認め合っている。一時間で十二人も殺してるだけあるな。

 その問いに、軽くうなずいた。それを見て、男はニッと笑う。そして、信じられない行動に出た。

 バンドを使って体の前に斜めがけにしていたSMGから弾倉を抜くと、机と椅子の山に投げ込んだのだ。それだけならまだしも、SMG本体まで同じように投げ捨てた。派手な音を立てながら、銃身が会議室の名残に埋もれていく。

 これにはさすがに面食らった。男の腰にはまだ拳銃が提げられているが、こんな閉所じゃSMGの方が制圧力は高い。それをみすみす捨てる……?

「おい、どういうこったよ」

 得体のしれない相手を睨みながら聞く。舐めてるんだろうか。男の口ぶりからは、そんな様子は見えなかったが……。

 銃を捨てた男は、右拳を二度、左手のひらに打ちつけた。そして、右脚を引いて構えをとる。

「よォ、若いの、」

 オレの質問には答えずに、男は問いかけてきた。さっきの笑みは消え、視線は槍の鋭さを取り戻している。

「んだよ、」

「蹴りは好きか?」

 反応すると、男はよくわからない事を聞いてきた。蹴りって……、キックだよな?

「意味わかんねー。どういう意味だ」

「そのままさ。蹴り、キックは好きかと聞いてる」

 ますます訳わからん。首を捻っていると、男は続けた。

「俺は蹴りが大好きでよ。それなりにこだわりがある。空手、ムエタイ、テコンドー、キックボクシングと、蹴りを使う格闘技は全部やったし、結構強くはなった。でもな、」

 そこで男は、一度言葉を切った。すぅ、っと息を吸い込んだ後、

「しょせんそれはスポーツだ。自分の蹴りがどこまで威力があるのか、何を壊せるのか、人を殺せるのか。そんな事はルールの中じゃわからない。蹴りの限界を知るんなら、ルール外でやり合わねぇと」

 更に鋭く、オレを睨みながら続けた。その言葉からは、純粋な渇望が窺える。この男は、渇いているのだ。ただ強い相手を求めている。

「驚いたな。あんた戦闘狂(バトルマニア)かよ」

「その表現がしっくりくるかもな。ま、どっちかというと蹴技狂(キックマニア)だけど」

 皮肉を込めた問いに、男はしれっと言い放つ。どうやら自覚はあるらしい。

 こういうタイプは、たまにいる。目的は金でもなく、復讐でもない。ただ己の強さのみを求める、戦闘狂(バトルマニア)。こいつらは、その理念に見合うだけの実力を兼ね備えているからやっかいだ。すんなり勝つことはまず不可能と言っていい。

 だがしかし、相手がいくら強かろうと、オレにはこの手のタイプには絶対に負けられない理由がある。

「一個聞くぜ」

 低い声で問う。

「あ?」

「つまり、自分の蹴りを試せるんなら、相手は誰でもいいってことだよな……?」

「そういうことだ。相手がお前みたいなヤツでも、全くの素人でもな。強いヤツ相手にはそれ用の蹴りがあるし、そうじゃないヤツにもそれ用の蹴りがある。一人の人間相手じゃ、全部は試せねぇよ」

 だから、力のない一般人を十二人も殺したというのか。武器まで持ちだして、無抵抗の人間を、ただ己の欲求を満たすために。

 オレがこのタイプを許せない理由。それは、自分の力を試すついでに犯罪を行っている、ということだ。戦う場所が、たまたま犯罪の現場だった。コイツらにとっては、それだけなのだ。人の命を片手間に扱う。そんな事が――、

「許されるワケ、ねぇだろ……!」

 右足を引いて、本格的に構えをとる。右手にはイーグルを、左手には、左肩の(シース)から抜いた大型のファイティングナイフを、逆手に持つ。意識を極限まで集中させ、戦闘時の体の状態に、感覚を深く沈めていく。

 スイッチを入れ終え、男を睨みつける。コイツは、許さない。いや、許してはいけない。

 こちらの気を感じ取ったのか、男は一度ヒュゥッと口笛を吹いた。しかし、すぐに表情を引き締め、

「CQB使いなんだよな? 俺もさ。近接戦闘ならなんでもアリだ」

 槍の視線でオレを射抜きながら言った。空気が、凍結するように緊張していく。

「来いよ」

 男のその言葉が、ゴングだった。

 右足で地面を強く蹴る。十メートルほどの間合いを一瞬で詰め、そのまま左手のナイフで水平に薙いだ。

「っとぉ」

 それなりに速い奇襲だったが、男はバックステップでかわした。必要最低限しか動いていない。ナイフの軌道を完全に見切っている。

「はぁっ!」

 足を止めずに、ナイフを振った勢いのまま今度は右足で前蹴りを繰り出す。

 が、これもかわされた。男はオレから見て向かって右に跳び、対象を失ったオレの脚は、何も無い空間を貫く。

 しかし、これがオレの狙いだったのだ。男はバックステップから横っ跳び、つまり縦から横へと急激に力の方向を変えて回避した。多少は体のバランスが崩れる。オレがその崩れを見逃す訳は無い。

 男の足が地に着くのと同時に、イーグルのオープンサイトで相手を捉えた。読み通り、体が若干流れている。

「もらったぁ!」

 ダン!

 トリガーを引き、弾の発射と同時に反動が手に伝わる、その瞬間。

 男が、消えた。テレビのスイッチを消すように、なんの予備動作もなく唐突に視界からかき消えた。

「何!?」

 外れた銃弾が、積み上げられた机に当たり、激しい音を立てる。木材の部分が抉れ、木屑が舞った。

 なんでアレがよけられんだよ……。いや、そんな事より……!

(どこだ……!?)

 慌てて探した時には、もう遅かった。鈍器で殴られたような鈍い衝撃が、右腰に突き刺さる。

「ぐっ……!」

 それでも体は勝手に反応し、ダメージを抑える為に、相手の攻撃の方向に合わせて跳んだ。派手にふっ飛ぶが、なんとか着地する。

 前を見ると、蹴りを放ったであろう相手が、右脚を地に着けるところだった。顔は二ヤリと笑っている。

(コイツ……、)

 二連撃からの体勢の崩れを布石に銃で攻撃したが、その崩れたバランスを脚力だけで立て直しやがった。そのまま高速でオレのサイドに回り込み、中段の右回し蹴り。しかも、そんな状態で繰り出した蹴りにも関わらず、威力がハンパない。腰に衝撃が張り付いたように、ビリビリと痛む。多分、オレがベストの状態で放つ蹴りより力があるだろう。

 結論。蹴技狂(キックマニア)の名は伊達じゃない。蹴りだけじゃなくて、足そのものを異常に鍛えてる。

 再び構える。中途半端な連係やフェイントは通用しそうにない。一発必中でいかなければ。

 一度息を吸ってから、攻撃に出た。まずは一撃与えない事には、何も始まらない。

 ナイフを今度は縦に振った。切っ先を固定し、鋭く振り下ろす。が、相手は余裕を持って右半身を引いてかわす。止まらずに右ハイキックで頭部を狙うが、これもしゃがんでかわされた。

「チィッ!」

 立ち上がる相手に、右正拳を撃つ。と、ここで男は、回避以外の行動を見せた。

 オレの右拳を、肘を曲げてL字にした左の前腕で弾いたのだ。無理矢理軌道を逸らされ、正拳は不発に終わる。

「ヘァッ!」

 きっちりと防御した男が、反撃に転じてきた。先ほどのオレと同じように、右のハイキック。しかし、鋭さはオレのものとは段違いだ。一振りの刀のように蹴り足が迫ってくる。

「くっ……、」

 慌てて右腕を引き戻し、両手を組んで顔の前でブロックの姿勢をとる。

 それを見た相手は、スピードは保ったままで蹴りの軌道を変えた。ハイキックから足を振り下ろし、金的を狙ってくる。あまりに素早い上から下へのその動作は、落雷を彷彿させる。

 しかし、オレもそのくらいは読んでいた。蹴り足の動きに合わせて、ブロックを下げた。完全に防いだと思った、その時、

「そっちじゃねえよ!」

 男の声と共に、再び足が跳ね上がった。

「!?」

 一度眼前から消え、また戻ってきた鋭い右脚が、ブロックを下げているオレの顔面に突き刺さった。

「ぐっ……!」

 ノーガードで衝撃を叩き込まれ、呻き声が漏れた。痛いを通り越して熱い。完璧に入った。口の中はべっとりと血が溢れたが、歯が折れなかったのが奇跡か。

 勢いは緩めないままで、蹴りの軌道を二回も変えやがった……。一回ならよくあるが、それ以上なんて初めてだ。あんなの防ぎようがない。ジャンケンで後出しするように、ブロックをかわして蹴りを放ってくる。

 だが、なおも相手は止まらない。蹴りのフォロースルーのまま右足を地面に下ろし、その足を軸に左回転する。

「っはあ!」

 回転の遠心力を最大に乗せて、中段の左後ろ回し蹴りを放ってきた。攻撃を受けた直後のオレに、それを防ぐ手段はない。男の脚はサンドバッグを蹴るように、やすやすとオレの腹部にブチ込まれる。

「ガハッ……!」

 なんだ……!?蹴りが重い……。金属の塊を撃ち込まれたような、比喩ではなく質量的に重い衝撃が、リアルに伝わってきた。

 凄まじい圧迫感が腹を襲う。腹筋に力を入れるヒマすらない。蹴られた場所を中心に、痛みが体中を浸食していく。痛覚が焼き切れそうだ。正直、打撃でここまでの威力を出す人間を、オレは他に知らない。

 頭の中が真っ白になりそうだが、追撃されたら間違いなく死ぬ。なんとか後ろに跳んで、距離をとった。

「げはっ、ゴホッ……、」

 咳き込むのと同時に、足下に紅い華が咲いた。耳鳴りがうるさい。よく意識が途切れなかったなと、我ながら感心した。それほどの攻撃を、相手は顔色一つ変えずに繰り出したのだ。並の人間だったら、喰らった瞬間に間違いなく死んでる。

 相手の動きに合わせて、変幻自在に変化し牙を剥く蹴り。まるで――、

「蛇だな……」

 そう。蛇と形容するのがふさわしい。毒を持たず、力だけで獲物に襲い掛かる大蛇。この男の蹴りは、そんなイメージだ。

 ハッ。蜘蛛の次は蛇かよ……。なら、

(蛇狩りといこうか……!)

 ペッ、と、口内に残った血を吐き出し、口元を右手で拭う。まだ体は全然動く。こんくらいで倒れるほど、ヤワな体してないぜオレぁ!

「おぉあ!」

 地面を蹴る。接近しつつ、体を振って相手の左側に入り、勢いそのままで大振りの左フックを繰り出す。

「甘ぇ」

 男は呟きながら上体を逸らしてかわした。またも最低限の動き。表情は余裕の笑みを浮かべたままだ。

 が、オレは更に一歩踏み込んだ。かわされた左拳を、今度はフックと逆の軌道で振る。

「ふっ!」

「チッ!」

 男が舌打ちし、大きく後方へ跳ぶ。けっこう自信のあるバックブローだったが、これもかわされた。それを見て、オレはまたも右手の銃を相手に向ける。相手の体の中心に、照準を一瞬でつけた。

 打撃から、相手の回避の隙に発砲。さっきと同じ連係に見えるが、今度の相手は跳んだせいで空中にいる。銃はかわせないはずだ。

 トリガーを強く引き絞る。男がその様子を見て、左足を振り上げ始めたが、それがどうだというのだ。構わず指を引ききった。

 ダン!

 回避不能の相手に、銃弾が直進する。今度こそ直撃の脅威にさらされた男は、

「!?」

 笑っていた。これ以上の興奮はないといった、溢れ出すような笑みだ。その笑みとは対照的に、オレの背筋は凍っていく。

 馬鹿な?なぜ笑える……?コンマ一秒もかからないうちに、自分の体に銃弾が突き刺さるってのに……?

 男は、銃弾の軌道に向かって左足を振り上げる。そしてその足が、直進する凶器に重なった時、あり得ない出来事が起きた。

 ギィン、と、甲高い金属音が響いた。男が高速で振り上げた足に蹴り上げられる形になった弾丸が、上方に弾け飛んだ。

「な……!?」

 あまりに予想外の出来事に、目を見開く。そんな馬鹿な話があるか。回避が不能でも、防御できるなら攻撃は喰らわない。それは正しい考えだが、この場合前提が間違ってる。なんで銃弾を足で防げるんだ……?

 呆然とするオレを尻目に、男は余裕で着地し、左足を軽く振った。未だ事態が飲み込めないオレを、チラリと見やる。

「ああ、確かに隠してんのはフェアじゃないわな」

 そしてなんでもないように言うと、左足のズボンの裾をまくり上げた。

 そこに現れた物に、思わず息を呑む。鉄板を仕込んでるとか、そんな生易しい話じゃなかった。同時に、蹴られた時に感じた過剰な質量にも合点がいった。

 鈍く光を反射する、機械的な金属の足。無骨なフォルムのゴツい義足が、太股あたりまで続いていたのだ。地肌との境目の部分が目に痛々しい。今しがた銃弾を弾いたであろう部分から、小さく煙が上がっていた。

 あまりにぶっ飛んだ光景だ。まともに認識するのに数秒要した。その数秒の後に理解する。アレはただの義足じゃない。戦闘用に特化したものだと。資料では見た事あるが、実物を目の当たりにするのは初めてだ。

「オイオイ、アンタどこの錬金術師だよ」

 やっと口から出たのは、呆れ半分、驚愕半分の言葉だった。そんなのは、マンガの中の話だけだと思っていた。実際に使うヤツがいるなんて、本物を見ても信じられない。

 オレのツッコミ(?)に満足したのか、男は嬉しそうに小さく笑い、

「残念ながら、右腕は普通だけどな。昔、戦闘中に事故って義足(コレ)にしたけどよ。俺らみたいな裏の人間にはうってつけだぜ」

 そう言って義足の膝を曲げ伸ばしした。全く違和感のない動作だ。生身の足の関節と変わらない。ここまで技術は発展してんのかと、素直に驚いた。

「くっそ……」

 こいつぁ、想像以上に厄介になった。あの足にはメリットしかない。耐久力はさきほどの防御で実証済みだが、蹴りの威力も生身のそれとはケタ違いだろう。痛覚もないから、足への攻撃でも怯まない。機械に言える弱点に動作不良があるが、それに賭けるのは希望的観測というものだ。つまり相手は、ほぼデメリット無しで手札が一つ多い事になる。

 にしてもコイツ、隠してりゃ精神的にプレッシャーもかけられただろうに、自分からバラしやがった。ハンデがあっても意味ないってことか。真正のキックマニアだな。

 蛇は蛇でも、ただの蛇じゃなかった。コイツは――、

「鉄の蛇、ってわけかよ……」


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