滅びの角笛(ふえ)のヘカーテ外伝 「白鳥の戦姫オデット」
本編よりもコミカルな仕上がりとなっております。
ヘカーテが【医術都市トリスメギストス】で螺旋太公を倒してから一か月後、魔界貴族との不戦条約を人類が一方的に破棄してきたという名目で魔界貴族たちは己の支配領域を拡大すべく聖戦を始めた。
【芸術都市ミュセイ】を以前から狙っていた魔界貴族の中でも武闘派としてしられる【恋愛公女】は手勢を率いて侵攻に乗り出す。
かくして人類と魔の眷属たちとの最後の戦いが始まる。
ハートのマークの中に黒いタキシードの紳士と白いドレスで着飾った淑女。
完全な世界、ペルフェクティオでは決して許されぬ奔放な旗を掲げる異形の軍勢。
誰であろうか五大魔界貴族の一人、恋愛公女の【キュンキュン萌え萌えラブハート騎士団】だった。
ドレスとプレートメイルを足して2で割った衣装に身を包んだ体毛と筋肉がモリモリのマッチョたちは一般兵士たちを蹴散らして回っている。
【ミュセイ】は芸術家たちの都市なので基本、戦姫や戦騎士を置く事は許されない。”完全な女神”が決めた絶対の法ゆえに。
「あっはーん!」
白地にピンクと青の水玉模様入った乙女メイルに身を包んだ巨漢が棍棒をぶん回して数十人の兵士たちをぶっ飛ばす。そして髭面の大男は棍棒で掌を軽く叩いて笑う。
「もー。お姉さまがここが欲しいって言っているんだからさっさと出て行きなさいよー」
兵士たちは剣を構えて突進する。
カキ―ン!巨漢は一本足打法で兵士たちをぶっ飛ばした。
「おほほ。乙女に手荒な真似をしようなんてお馬鹿さん。はみ出た脳みそでジャム作っちゃおうかしら」
「じゃあアタクシはクッキーとお茶を用意するわね」
キャハハハハハ!巨漢たちは笑う。
「そこまでだ、魔界貴族」
黒い修道服の上に銀色の板金鎧を着た戦姫たちが現れる。
戦姫は斧や剣、槍を構え、巨漢たちに立ち向かう。
「アハッ!テンション上がるわー!乙女と乙女の乙女対決だなんてえ!」
「黙れ、化け物ども!お前らのような変質者と我々を一緒にするな!」
ガンッ!先頭にいた戦姫の一人が棍棒で頭を潰された。
だが…ゾンッッ!!次の瞬間には後方にいた戦姫の槍が巨漢を串刺しにする。
「ぐほぉ!?」
巨漢は口から血を吐いて後退る。
「お返しだ。冥途の土産にしろ」
頭を潰された戦姫が巨漢の首を刎ねた。そして別の巨漢にもう一度、頭を叩かれて絶命する。巨漢と戦姫は壮絶な潰し合いを始める。目には目を、歯には歯を。きっちりと揃えたかのように両者は互いの数を減らし続ける。
魔物たちは心底、戦いを楽しんでいる。戦姫は戦い以外に生きる術を知らない。それは正に血を血で洗う地獄絵図。誰も止めようとはしない。
「あらあらー。ずいぶん楽しいお茶会が始まっているみたいねえ…。アタクシも混ぜてくれない?」
がっ!がっ!どの巨漢よりも大きな手が戦姫たちの頭を掴んだ。戦姫たちは一転集中で男を攻撃するがまるで歯が立たない。
ぐきゃ!!ついに男の怪力が戦姫の頭部を兜ごと握り潰した。
男は髭の生えた口元に戦姫の死体を近づけて間欠泉のように吹いている血を飲んだ。
ぐじゅぐじゅぐじゅ…べっ。否、口をすすいだ後に吐き出す。
「マズッ!!…もっと上等なコロン使いなさいよね。身だしなみとお洒落はか弱いオンナノコの武器よ?」
”ぐああああ…汚ええよ!!”と気味の悪い裏声の後に野太い地声で呟く。
「貴様は…五大魔界貴族の一人”恋愛公女”か!!」
へぐう!!恋愛公女のボディが戦姫に入った。
「テメまずは自己紹介からだろうが…クソビッチがあああ!!!」
そして、そのまま戦姫の身体を持ち上げて地面に叩きつけた。続いて容赦ないストンピング。
戦姫の身体は瞬く間に血だまりに変わる。
「おほほほっ!最近の戦姫はだらしがないわねえー。さっさと最強の戦騎士ダイモスとやら出しなさいよ。イケメンだったらアタクシがペットにしてあ・げ・る」
恋愛公女は純白のラブレターになっている顔を赤く染めて身体を左右に振る。周りは戦姫の死体だらけだったので彼の部下も含めて誰も笑えなかった。
「さあ、ダイモス出ていらっしゃい!アタクシが恋のイロハを教えてあげるわあああ!」
そして首と腰に手を当て筋骨隆々のボディラインを誇示したセクシーポーズ。
「いやあん!お姉さま、大胆!」
「流石はお姉さま!素敵いいい!」
恋愛公女の下僕たちは一斉に嬌声をあげた。
(お、犯される…。今出て行ったら確実に犯されて男子の尊厳を踏みにじられる…)
その頃、先遣隊に随行していたダイモスは建物の影で震えていた。
一条の光輝、恋愛公女は華麗にターンしながら是を回避。
白い槍の先端が恋愛公女に向って伸ばされていた。
「昼間から愛だの恋だのと破廉恥な!」
「アタクシに当てに来るなんてアンタもよっぽどよ。アタクシは恋愛公女、恋に恋する永遠の乙女よ。さあ、名乗ってごらんなさい」
「我が名はオデット。女神アルモニカの檄、白鳥の戦姫オデットだ」
全身を白銀の鎧に包んだ堂々たる戦士の姿がそこにあった。残光を浴びて屹立するオデットの姿は頂上に白雪を戴く霊峰のように美しい。
「オデット。とうとうアタクシにも恋敵が現れたってワケね。いいわ、何で勝負するつもりかしら…お料理?お裁縫?それともフォークダンス?」
オデットは一瞬だけ地面を見て苦悶する。
料理実習の時の黒焦げの目玉焼き。
家庭科の授業のガタガタのハンカチ。
いつかのフォークダンスの後、ダイモスは笑って許してくれたが次の日に彼は踏まれた足にギプスをつけていた…。
つまり全部、苦手だったのである。
「私は戦姫。戦イコソ我ガ人生…」
ジャキッ!オデットはいつもの数倍の殺気を放った。
「いいわ。アタクシも実は戦いの方が好きだったりするのよね…」
恋愛公女は両手を頭上に掲げ、今まさに空へ飛び立たんとする水鳥のポーズを取る。
「我が閃光の突撃槍【ブリュンヒルデ】の一撃を受けよ」
オデットは背中の白鳥の翼に形状を模したフライトユニットを起動させて天高く舞い上がる。そして【ブリュンヒルデ】を構えて降下のタイミングを計った。
「おほほほ…。あの女のお人形に何ができるのかしら、オデット!!」
恋愛公女は左胸のあたりに手でハートマークを作った。ピンク色の魔力が集積し、天空に静止するオデット目がけて襲いかかる。
「ぬかせ、魔界貴族が。神の定めし摂理を良しとせず、破壊の限りを尽くす貴様らに大義などあるものか!」
「大義なんて必要ないの…アタクシは乙女だから!!超必殺フォーリンラブエレガンティックビーム!!」
ピンク色の光がオデットに迫る。
オデットは二枚の翼をはばたかせ、恋愛公女に狙いをつける。
「乙女だと?だから何だ!そうやって若さを自慢できるのは15歳までと知れいッ!蒼天騎士団奥義…エンジェルアロースラストッ!!」
突き出したブリュンヒルデの外装が開花の時を迎えた蕾のように展開すると槍の穂先は砲口に変わる。
オデットはフルフェイスのヘルメットごしに恋愛公女を睨んだ。神の敵は己の敵。彼女の細胞の一片にまで刷り込まれた聖なる教えでもある。
「はっ」
恋愛公女はそれを笑い飛ばした。一個の人間の情熱を術理如きで縛れる物か。女神と同じく世界の真理の傍らに立つ者たちにとって聖なる教えなど世迷い事にすぎない。
「ビーム & パンチッ!」
恋愛公女はビームを放出したと同時に殴りかかってきた。
ドゴゴゴゴゴゴッ!
筋骨逞しいマッチョな乙女のパンチの乱打と凛々しくも美しい戦姫の光槍が正面から激突する。立ち塞がる者は例外無く破壊する恋愛公女の剛拳!そして神の敵を容赦なく焼き尽くす戦姫の槍!どちらも一歩も譲らない。
だが勝ったのは…ッ!!
「100均のファンデしか持ってないヤツはオモテに出て来ないで!!」
恋愛公女だった…ッ!!
オデットは最後の一撃以外は何とか楯で防いだが恋愛公女の言葉が彼女の心を抉った。
「ちが…ッ!!」
(違う。100均以外の化粧品だって使っている。今日はダイモスがいないし、月末で懐が寂しいから…)
オデットはブリュンヒルデと大楯を手放し、回転受け身を取る。
しかしそれよりも先に恋愛公女は両脚のつま先をつけ、シェネターンを決めながら着地点に先回りする。
「おほほほッ!ポイントを有効活用しないからそうなるのよ!超絶美技…クレッセント昇天脚ッッ!!」
恋愛公女は左脚を天に向かって突き出す。
気がついた時、オデットは空中に蹴り上げられてしまった。
どしゃあッ!そのまま地面に叩きつけられる。
オデットはひしゃげてしまった右肩と腕を外す。自慢の白鳥の飾りがついた白銀の兜もかなり歪んでいた。
「言わせておけば…。管理職の厳しさも知らぬセレブ気取りのフリーター風情が…」
「自分で税金の管理が出来ないから社畜のままなのよ。大体、アンタと同じ年齢の社会人がまともに年金なんか払ってるわけないでしょ」
ぐはっ!!
オデットの精神に200のダメージ!
「我が親愛なる”白銀の翼”隊の物に告ぐ。今から本気を出すから回れ右して壁を見ていろ」
オデットは半壊した鎧を無造作に投げ捨てる。ここまで虚仮にされたのだ。長としての体裁を繕う必要もない。
「ですがオデット師団長!!」
オデットの部下である”白銀の翼隊”の一人が悲痛な声を上げる。彼女にとって不敗のオデットは女神アルモニカに等しい存在だった。
オデットは既にマント、肩当て、胸、胴、ついでに腰の鎧を脱いでいた。最後にブーツとすね当てを脱ぎ捨てる。最後にヘルメットのベルトを外して素顔を晒した。
「私の真の姿を見たヤツは例、外、無く…コロス!!!!」
外気に触れたオデットは淡い金髪を寒風に靡かせる。普段のオデットの強気な口調には似つかわしくない可憐な少女の如き容姿である。
「はわわわ…。オデットさまあああ…」
オデットの部下は生生しい感嘆の吐息をもらす。
「くどい。消えろ」
がすっ!オデットはヘルメットを部下の顔面に当てた。
「きゃあああああ!JCよ!アダルトなJCがアタクシの前にいるわああ!」
恋愛公女は脇を内側に締めて身悶えをしている。彼女(彼)は可愛い物に目が無かった。
ブチッ!その痴態を見たオデットの額の血管が一瞬で切れる。
「恋愛公女、お前は絶対に許さん。衆目の前で私の容貌を晒しおって…万死に値するぞ!」
オデットは空間から剣の柄を引き抜いた。刀身は瞬く間に帯状の物に変化して鞭のようにしなる。
「へえ…。ただの重戦車女かと思ったけど、いい武器持ってるじゃない?」
恋愛公女は品定めをするような目つきでアンダーウェアになったオデットを見ている。
ぶちぶちぶち…。全身の筋肉が盛り上がり、純白のドレスが破れかかっていた。
「是為るは蛇神剣クロウ・クルワッハ…。一度鞘から抜かれれば星空さえも貫く神の刃の一振り。本部からのレンタル料も値段高め!!」
「うふん。じゃあアタクシも本気の勝負服で戦らないと駄目ねえ…ぬんッ!」
ズババババババ!恋愛公女は全身の筋肉を膨張させてドレスを内側から脱ぎ捨てる。日焼けした浅黒い肌は熱した鉄のように赤くなり、衣装は白いドレスから赤紫のセクシー系下着に変わった。
恋愛公女はガーターベルトを伸ばして最後のお洒落をチェックする。
「うふん。今日のアタクシも超カワイイわ…。それに比べオデットちゃんは40点よぉぉぉ」
白いアンダーウェアに身を包んだオデットの額に浮いた血管がさらに太くなった。
「フハハハハ…。お前が神の敵で良かったぞ、恋愛公女。これで私は実力を発揮できる…」
ゴゴゴゴゴゴッ!
オデットの背後から”テメエの敗因はたった一つ。テメエは俺を怒らせた…ッ!”と改造学生服を着た青年の姿をしたオーラが爆誕する。
「ホーリーライト…オルタレイションッッ!!」
オデットは頬に人差し指を当てニッと笑う。
そして右手を上げると薄布を持った天使が降臨してオデットの全身を包む。オデットはその中でアンダーウェアからフリフリのスカートがついたバレエダンサーのような衣装に着替えさせられる(演出上、オデットの裸体は白い光で隠されています)。
バレエシューズを履いた足が止まる。それは脚線美と表現しても過言ではない脚だった。
「私もいい年齢というヤツだからな。人前に出るのは些か…辛いッ!!」
ダンッ!そこには何の色気も無いアンダーウェアから、背中に白鳥の翼が生えたプロテクター付きのバレエダンサーの衣装に着替えたオデットの姿があった。
その手には例の剣が新体操のリボンよろしく握られている。
恋愛公女は目元(?)にハンカチを当て、声を殺して泣いていた。
「頑張ったわね、オデット。いいわ、66点をあげる。ようやくアタクシと戦えるステージに上がってきたようね…。お姉ちゃん、嬉しい…」
「呪え!【クロウ・クルワッハ】!」
両刃の直刀が螺旋状に変形して恋愛公女に迫る。蛇神剣クロウ・クルワッハの真骨頂とは武器の物理的な攻撃の威力だけではない。攻撃対象を”呪う”事で骨身を毒し、削る事にあるのだ。
ギャルルルルッ!猛獣、毒気をまきちらす大蛇の猛進を恋愛公女は…ブリッジで避けた。
「お姉さまが…避けた!?敵の攻撃は必ず美マッチョボディで一度は受ける…恋愛公女お姉さまが!?」
恋愛公女の配下のプリティ姫騎士たちが狼狽える。
だが恋愛公女は片手を突き出して小鳥たちの囀りを止めた。
「今のは軽いストレッチよ。最近のアタクシ、運動不足だったから」
ゴキッ!…ゴキッ!恋愛公女は首を左右に振って骨を鳴らした。
「呪いの対象は刃一本について一人ってか…。お前タダの戦姫じゃねえな。門番か?」
「答えてやる義理は無いな…」
オデットは蛇神剣クロウ・クルワッハを鞭のように振るう。すると七色の刃は刀身の色と同様に七つの刃となった。
オデットは両手を上げてその場で一回転する。
剣舞と衣装はクロウ・クルワッハを使用するには必要不可欠な過程だった。
さらにオデットの指先かの魔剣の呪いを受け、斑の痣が浮かんでいる。解呪をせずに七回使えば使用者の魂ごと持って行かれる制御の効かない魔剣、それが蒼天騎士団の最終兵器の一つ【クロウ・クルワッハ】である。
「カワイイ顔をしているクセに性格はちっとも可愛くねえ。お前にはつくづく失望させられるよ、オデット!!」
無敵の乙女は両の拳を握り、腰を落としてさらに筋肉を膨張させる。
バンッ!!怒れる恋愛公女の姿を見たマッチョの一人が叫んだ。
「あれは…伝説の魔技【阿修羅乙女のコーデ】ッッ!!」
恋愛公女は腕を六本に増やしてパンチを撃ってきた。
「行くぜ、【恋のスパイダー大作戦パンチ】!!うらあああああッッ!!」
パンチの”圧”でオデットの部下たちは吹き飛んだ。しかしオデットは倒れない。剣に封じられた七柱の蛇神が彼女の肉体を大地につなぎ止めているのだから。
(この技、次の日の朝が死ぬほど痛いんだよ。恋愛公女、テメエは絶対に許さん)
オデットは微笑を浮かべながら刀身が七つに分かれた剣を振るう。
「きゃああ!素敵、オデット様!」
その可憐な姿に部下たちは嬌声をあげる。
「絶技…蛇虹大瀑布ッ!!」
七色の大蛇が円錐状に絡まり突撃槍となって恋愛公女に襲いかかる。恋愛公女は乱打で是を正面から粉砕しようとする。全身を煮えたぎるマグマのように赤くして豪拳を放つ恋愛公女。
ががッ!!
恋愛公女の拳がクロウ・クルワッハの回転に巻き込まれ、砕け散る。
大事な事なので二回言っておくがクロウ・クルワッハは物理、魔法攻撃を仕掛けているわけではない。呪いで相手の肉体を毒しているのだ。故に敵の攻撃性はそのまま毒のダメージとして返ってくる。
ブツッ!恋愛公女の腕の一本が朽ちて吹き飛んだ。
「腕の一本くらいでケーキバイキング諦めてたまるかよぉぉ!!」
ブブッ…ブツッッ!!続いて四本の腕が千切れる。
クロウ・クルワッハの呪いの毒が骨にまで達して内部から崩壊を引き起こしているのだ。
「さっさと負けて死ね!恋愛公女ッッ!!」
しかしそれはオデットも同じで右手から夥しい血を流していた。
「ちょいと反則やらしてもらうぜ、オデットちゃんよう…!超ラブラブビーム光線ッッ!!」
恋愛公女は残った二つの腕を使って胸の前でハートマークを作って見せる。
「萌え萌えキュンキュン!」
一瞬で高濃度の魔力が集積し、ハート型の赤い光線がオデットの右肩を腕を斬り裂いた。
「ぬぐッ!?」
オデットは激痛のあまり剣を地面に落としてしまう。否、呪いで手が使えなくなってしまったのだ。
「はいっ!」
恋愛公女はすぐにクロウ・クルワッハを蹴ってオデットから引き離した。そして、天高く舞い上がり…オデットの手を踏みつぶした。
「ぐおおおおおおッ!!」
オデットは男のような悲鳴を上げると横転して追撃を免れた。
「おほほほ…ラフ・ファイトはお嫌い?」
恋愛公女はスカートを端をつまんで礼をする。オデットはマントを千切って手の甲に巻いた。
「相手次第だ」
オデットは負傷していない左手に短剣を持って構えた。その健気な姿に恋愛公女は好意的な視線を向ける。
「正直ここまで食い下がるとは思わなかったわ。腐っても【ラファエル型】ね。ガートルードのババア、ずいぶん必死みたいじゃない?」
「貴様は何者だ、恋愛公女。私の出自はおろか…なぜ三賢者の名前を知っている!?」
戦姫の知られざる呼称、【門番】。蒼天騎士団の中でも限られた上位の者しか知らないはずの機密情報である。
「それは俺様が元・三賢者様だからだよ。うふふ。これ以上は知らない方が身のためかも?」
「そうだな。私も想いを遂げるまでしぬわけにはいかぬ。これ以上は止めておこう…」
(ダイモス。貴男を思う度に私は強く在れる。なぜだろうな…)
そしてオデットは戦友ダイモスの横顔を胸の奥に仕舞う。戦姫は死を恐れない。恋をしない。愛を必要としない。
「お前…馬鹿な、何で涙を流しているんだ?」
オデットは頬に手をやり、自分が泣いている事に気がつく。
「そうか。これが”涙”か…」
さっと拭き取る。零れた涙は陽光を受けて儚く輝いた。
「だが今はお前を倒す事だけを考えよう」
「だな!」
恋愛公女はオデットの顔面を打ち砕くべく黄金のストレートを放つ。オデットは間髪の差でストレートを避けて恋愛公女の心臓を突き刺した。
「見事。88点あげるわ、オデットちゃん…」
どう!恋愛公女は地面に倒れた。
だが”命を奪った”という”手応え”は無い。
「きゃあああ!お姉さまが殺られたわああああ!覚えてらっしゃい、きいいいい!」
恋愛公女の部下たちは武器を捨て、芸術都市ミュセイから撤退する。オデットが気になって恋愛公女の死体を見たが霧や霞のように消えていた。魔界貴族は自分の領土にある心臓を見つけて破壊しなければ何度でも復活するという話は真実らしい。
「オデット、無事か!」
ゴゴゴゴゴゴッ!ダイモスが、愛機ダイモ・ジェット(ジャスティスガンダムのファトゥムみたいなヤツ)に乗って現れた。
「ダイモス…。どうしてここに…」
ダイモスはダイモ・ジェットから飛び降りてオデットのもとに駆け寄る。そして倒れそうになったオデットの身体を支え、そのまま抱き上げてしまった。ダイモスは前髪を払い、オデットの顔を見る。
「戦友の窮地に真っ先に駆けつけるのは当然の事ではないか?さあ私がこのまま運んでやろう。子守歌でも歌おうか?」
ダイモスは悪戯っぽく片目を閉じる。
周囲の戦姫や戦騎士たちは気を使って二人の姿を見ないようにしていた。
「子守歌はいい。今だけはお言葉に甘えるとしよう…」
オデットは目を閉じる。ダイモスは彼女を抱き抱えたままダイモ・ジェットに乗って蒼天騎士団の本部に向った。
想い人の胸に抱かれながら薄れゆく意識の中、オデットはふとある事について考えていた。
(最後の88点。一体、何が足りなかったんだろう…)
オデットは体力と気力を使い果たし、そのまま眠ってしまった。これから彼女はヘカーテと戦って死よりも過酷な運命を辿る事になる。だが彼女が戦いの果てにどのうな結末を迎えたとしても決して世界を呪うような事は無かった。
なぜなら愛するダイモスに抱かれた記憶だけは、どのような時でも決して消える事が無かったからである。
(本編に続く)
とある異空間、ヘカーテは恋愛公女に尋ねた。
「後学の為に効いておこうか、恋愛公女よ。残りの-12点、師団長はどんなポカをやらかしたんだ?」
「ヘアバンドに値段のタグがね…。ホラ武士っていうか乙女の情けをかけてあげたのよ…」
ヘカーテがそれ以上その話をする事は無かった。