続き屋さん
毎週土曜日の、夜中の9時過ぎ。
その時間になると、『続き屋さん』がやってくるのです。
太鼓やトランペットの音を響かせて、小さなトラックにゴトゴト乗って、『続き屋さん』はやってくるのです。
夜の町をかき分けて、赤・青・黄色、ピカピカ眩しい光が見えたら、『続き屋さん』のトラックがやってきたしるし。こどもたちはいっせいに外に飛び出します。昼間のうちに開けておいた裏口から、トイレの窓から、のき下のひみつの通路から、みんなこっそり家を抜け出します。『続き屋さん』のことは、お父さんお母さんにはないしょなのです。
真っ暗になった道が、町のこどもたちの群れで埋め尽くされます。時々雲の切れ間から、お月さまが顔をのぞかせて、こどもたちの表情を照らします。みんな何となく落ち着かない様子で、期待に胸を膨らませている子もいれば、緊張で顔が真っ青になっている子もいます。
レティも弟・クルムの手を引いて、こどもたちの群れに加わりました。
先頭は一体どこに向かっているのでしょうか。もしかしたら『続き屋さん』本人にも、分かってないのかもしれません。先週は町の外れの公園でした。そのまた先週は噴水広場で、『続き屋さん』の車は止まりました。その前は教会のそば、その前は川のほとり……。目的地は毎回違うのです。
「もうすぐだからね」
レティが言いました。
「手を離さないで……」
隣でフードを被ったクルムが、小さくうなずくのが見えました。もう片方の手で、しっかりと鳥かごを握りしめたまま。
数日前、クルムの飼っていた小鳥が近所の野良猫に襲われ、死んでしまったのです。
クルムは大いに悲しみ、それから毎日のように泣き続けました。お父さんもお母さんも同情しましたが、オロオロとクルムの周りを歩き回るばっかりで、どうすることもできません。レティはその様子を見て、『続き屋さん』のことを思い出したのです。
死んだ小鳥に『命の続き』があれば。もう一度小鳥は、元気に空を飛び回るかも。
そして次の土曜日。ふたりはこっそり開けておいた西側の窓から抜け出し、『続き屋さん』目指して出かけて行ったのでした。星のきれいな夜のことです。
先に進むにつれて、列はゆっくりと進んで行きます。
レティとクルムが並んで歩いていると、やがて前の方から、歓声や悲鳴が聞こえ始めました。レティが列から顔をのぞかせると、『続き屋さん』から『続き』をもらったこどもたちが、車の周りを踊りながら回っているのが見えます。
『絵本の続き』。
『昨日の晩ごはんの続き』。
『ゲームの続き』。
『夢の続き』。
『ハッピーエンドの続き』……。
『続き』を受け取ったこどもたちは、みんな嬉しそうだったり、悲しそうだったり。
『続き』が決して望んでいたモノとは限りません。時には「こんなはずじゃなかった」と頭を抱えたくなるような、そんな悲惨な『続き』もあります。昔”ふもとのジョニー”が、『食べ終わったお菓子の続き』を注文して、食べても食べてもお菓子が家に届き、とうとう引っ越ししなくちゃならなくなったこともありました。
やがて自分たちの番になり、レティとクルムは背をピンと伸ばして『続き屋さん』の前に立ちました。カカシのように背が高く、長いシルクハットを被り、真っ白なお面をつけた『続き屋さん』。オープンになった車の中で、『続き屋さん』はくるくると体を動かしながら、まるでホットドッグでも作るかのように『続き』を作っていました。
「お願い。この子に『続き』を作ってあげて」
レティは声を震わせながら言いました。『続き屋さん』は、笑顔のまま(お面が笑顔なだけで、その向こうの表情までは分からないけれど)、じっ……とクルムが抱えた小箱を見つめていましたが、やがて、
「あっ」
レティたちを傍で待っておくよう無言で指示すると、次に並んでいた子を先に相手し始めました。
「時間がかかるのかな……」
そのまま『続き屋さん』はレティたちの方を見向きもしませんでした。仕方がないので、レティとクルムは車の傍に座り込んで、他の子の『続き』が終わるのを待っていました。『お菓子の続き』『クリスマスの続き』『映画の続き』『旅の続き』……全部が終わるころ、時間はすでに夜中の12時近くにまでなっていました。
うとうとしかけていたふたりに、『続き屋さん』は助手席に乗るよう合図しました。レティは少し戸惑いましたが、ここまで待って手ぶらで帰るのもしゃくでした。勇気を振り絞って、クルムとふたり並んで、ひとつの助手席に乗り込みました。
ふたりを乗せた車が発進します。
ガタゴト、ガタゴト……一体どこに向かっているのでしょうか? 窓の外の景色を見ても、残念ながらレティには分かりませんでした。真っ暗で、何よりいつもの町の景色とはどこか違っているような気がします。虹色に光る灯台、逆向きに動く時計、壁一面に貼られたペチャクチャ喋るポスター。もしかしたらこの世じゃないところに連れて行かれるのかもしれない。そう思って、レティは首をすくめました。クルムは両目を閉じたまま、小箱を抱えて、小刻みに体を震わせています。
「手を離しちゃダメよ」
ふたりはお互いぎゅっと手を掴んだまま、車が止まるのを待ちました。
どれくらい時間が経ったでしょうか。やがて深い森の入り口で、ふたりを乗せた車は止まりました。黙って顔を見合わせていると、『続き屋さん』は先立って降り、スタスタと森の中へ歩いて行きます。仕方がないのでレティとクルムは『続き屋さん』について行きました。
道の先にあったのは、小高い丘でした。その丘には、たくさんの石碑や十字架……お墓が立っていました。目的地は、墓場だったのです。たくさんのお墓の一角に、『続き屋さん』はたたずんでいました。彼は黙って自分の足元を指差しました。そこにはちょうど小箱が入るくらいの、小さな穴が空いています。
「どういうこと? 助けてくれるんじゃないの?」
レティは目を丸くしました。
「違う」
答えたのは、クルムでした。驚く姉をよそに、クルムはその場に膝をつくと、抱えた小箱を穴に埋め始めました。
「どういうこと……?」
レティはもう一度そうつぶやきました。
やがてクルムが小箱を埋め終わると、雲の切れ間から、山の向こうからゆっくりと朝日が昇ってくるのが見えました。
「『昨日の続き』だ……」
クルムが眩しそうに目を細めました。それからしばらく、3人は黙って昇っていく太陽を見つめました。どこか遠くの森の奥で、小鳥がさえずるのが聞こえてきました。
結局……クルムの小鳥は生き返りませんでした。
彼に必要なのは、大切な小鳥が生き返ることよりも、その死を受け入れることだったのでしょう。実際小鳥をお墓に埋めてから、クルムは見違えるように元気になりました。少し寂しげに、空を見上げている日も度々見かけますが……もちろんこれからも、レティとクルムの毎日は続いて行きますが、今回はここまでで、おしまい。