三十一話・それに誰もが気づかない
「……ふう、ざっと話すとこんな感じだ。アリスが入る前、オカ研が出来る前の話は」
あの出来事から一年後。二年になっている俺は、アリスにオカ研創設前の話をある程度終えた。
思いの外長く話し込んでしまったので、すっかり日も落ち掛けている。
部室の窓からは黄土色の光が差し込み、普段は黒いソファや棚に入った白い食器、机の下の赤いカーペットが目立ち友華の趣味なのか若干洋風な部室の色が気にならないくらいに幻想的なものに変えていた。
一つのソファに俺と孝宏。
膝程度の高さの机ごしに、向かい合うよう置かれたソファにアリスと鈴音。
そして、二つのソファの間に位置するよう置かれた部長席に友華が座り専用のデスクで優雅に紅茶を飲みながら俺の話を聞いていた。
「アリス、どうかしたのか?」
話を聞きたがっていたアリスが、まるで不審者を見るような目で俺を見ていた。いや、アリスだけではない。
最近俺に優しかった鈴音までもが、同様の視線を浴びせてきている。
最初にアリスから口を開いた。
「山元、友華にエッチなことしたんだ……」
「ああ!?」
予想外の第一声に変な声で反応する。
まるで、ではなく本心で不審人物を見る目を向けていたということだ。
「優作さいってー! 友華ちゃん大丈夫だったの?」
「ええ……。あの時は驚いたけれど、今はだいぶ傷も癒えて立ち直ってきたわ」
「やめろやめろ! 被害者面するな!」
「理由はどうでも、女の子の胸を触ったんでしょ。……最低」
こんなとき無駄に適応力の早い友華は、わざとらしく涙を流して更なる同情を誘っていた。
ま、まずい! 五人中三人が敵だ!
こうなれば頼れるのは孝宏しかいない、と横に座っている男に助けを求める視線を送ると伊達に付き合いだけは積んで来たので、アイコンタクトで俺に任せろ、と意思を送ってきた。
普段の数倍は頼もしい孝宏が、ソファから立ち上がり部長席の友華を慰めている女子たちを見据える。
「まあ待ってよ。今回の件は優作は悪くない、友華ちゃんが脅しのためにやったんだから。落ち着いて話を思い出してみてよ」
素晴らしい。下手に弁明するのでなく本人たちに話の辻褄を考えさせるなんて。
やっぱりこいつは俺の親友だ!
「えーと。あ、そういえば孝宏って空手の選手だったんだね!」
「そうだった。イメージなかったからビックリ」
「のおおおおお!」
孝宏がその場に項垂れる。
別に恥ずかしいことではないのに、こいつにとっては何物にも変えがたい黒歴史らしい。理由は未だによくわからないけれど……。
「あんたそんなことしてたの? まったくこれだから思春期は……」
「飛鳥、お前はいつからいたんだよ」
何故か部室の入り口に飛鳥が立っていた。
腕を組んで呆れたように見て来るが、呆れたいのはこっちの方だ。
「飛鳥は何だかんだオカ研が大好きだから。いつも混ざりたそうにしてるよ」
「アリス!? 勝手な推測はやめなさい!」
「ツンデレってやつかしら?」
アリスが悪意なくもはや誰もが知っている飛鳥の本性を暴露する。適当な理由をこじつけてでもオカ研に来ることがあるから、部員は全員が知っていることだけどな。
「そ、そんなことより私が来たのはもう下校時間だからよ! いつまでもだらだらしていないで下校しなさい!」
びしっと俺たちに指を突き付けて、これ以上墓穴を掘られないように強めに言ってくる。
「わかったわよ。はい皆、今日は解散」
「はーい! お腹すいたよー!」
「夏休みの予定もほぼ確定だし、それでいいかもね」
「おう。俺は今日アリスの喫茶店に寄っていこうかな」
「あ、優作。私も行くわ。一緒に行きましょう」
全員が帰る準備をし始めて、飛鳥は既に部室の外に置いていた鞄を肩にかけていた。
ん? 何故かアリスだけが帰り支度をしていない。
友華の部長席の横で難しそうな顔をしていた。
「アリス。どうかしたのか?」
尋ねると、アリスは意識が現実に戻ったかのように目を大きくパチリと開いた。
「あ、いや、何でもないよ」
手を振って俺の心配が杞憂だと表現してくれるが、どうも少しおかしい。
最近人よりも体が弱いことを気にしているので、もしかしたら無理をしているのかもしれない。




