三十話・始まりの日
激動の高校生活一日目を終えた。
時刻は午後三時。
入学初日の学生の中だったら、帰るのは最後の方ではないだろうか。
理由は単純。孝宏と打倒友華の作戦会議をしていたからだ。あの悪女に一矢報いるべく敵と認定した男とプライドを捨てた共闘戦線を結ぶことにした。
水攻め、投擲、普通に戦う等。様々な名案が浮かんだが、全て盗聴機ごしに友華に聞かれてしまっていたので泡に帰った。
校門を抜けて家に直帰するのは嫌だったから、商店街の方に向かう。
たまには料理でもするか。そんな気まぐれからの行動。しかしその行動は、突然の乱入者によって止められる。
「待ちなさーい! この不良生徒!」
「げ! この声は……」
まだ日も落ちていない青空の下、勢いよくこちらに向かってくる何かの存在がある。
方向は背後から、聞きなじみのある声が聞こえる。幼馴染のお節介女の声だ。
「どっせい!」
「あっぶねえ!」
振り返ると眼前に蹴りが迫っていた。
長年の勘で反射的に体が動き、鼻先を掠めるだけでかわすことに成功する。
「飛鳥! お前急に何するんだよ!?」
顔は見えなかったが声と蹴りの鋭さで誰がいるのかを確信する。
神谷飛鳥。俺の幼馴染で、小学生から一緒の唯一の友人。委員長気質であり不真面目を嫌う、俺とは正反対のような優秀な奴だがそのせいか昔から妙に突っかかってくる。
紺色の髪をポニーテールに結って、今はかなり怒っているのか鋭い目つきで睨んできていた。
昔からはっきりと物を言う若干男勝りな面があるやつなので、異性同性問わず人気はあるのだがここまではっきり怒りをぶつけられるのは俺くらいのものだろう。
「急にも何も、あなたが悪いんじゃない! 入学式に遅刻しただけじゃなく結局教室に顔すら出さなかったんでしょ。幾ら素行が悪くても、最初くらいはしっかりしなさいよね!」
「ああ。それには仕方のない理由があってな。本当は時間に間に合うように歩いていたんだけど、変な女に絡まれて遅刻したんだよ」
飛鳥がびしっと俺に指していた指を引っ込めた。
本気で疲れている俺の状態から、今のが嘘だと疑うことはやめてくれたらしい。
「変な女? この学校の生徒なの?」
「ああ。如月友華っていう二年だ」
「如月友華!?」
途端に糸で引かれたかのように飛鳥が背筋を伸ばす。
び、ビックリした……。こいつがここまで驚くのも珍しいな。
「もしかして、知り合いなのか?」
「違うわよ! え、あんたこそ何で知らないの!? いまこの学校で間違いなく一番の天才よ! ……何でも授業に全然出ないのにテストでは常にトップ。全国模試でも、その時ハマっていたゲームのせいで二徹していたのに一桁台の順位を出した人よ」
……。
「マジで?」
「おおマジで。学校一の有名人だから、もう一年生の間でも話題よ。才色兼備の漫画に出てくるようなハイスペック先輩がいるって」
腕を組んで律儀に解説してくれた。
飛鳥のこの反応からして多分嘘ではないのだろう。噂に尾ひれがついた可能性もあるけど、あの女なら本当にやっていそうで怖い。
孝宏といい友華といい、俺は一日で二人の大物と出会っていたのか。
あの二人が優秀……。
なんか、認めたくないな。
「う、噂が人伝いに大きくなったんだろ。そこまでの女じゃなかったよ」
「あら、そうなの?」
「ああ、なんと言ってもオーラが無い。クラスだと間違いなく隅で黙っているタイプだな。そんで裏では、ねちねち陰湿な事をやりそうな奴だ。俺の嫌いな感じだな」
「へー。お前、そう思っていたのね。写真公開してやろうかしら?」
あれ、飛鳥にしては言葉遣いが妙だな。
どうにも今日でトラウマになりそうな感じの声が、俺の背後。学校の方から聞こえていた。
「って、おわあ! お前!?」
驚いて叫んでしまう。先にそいつの名前を呼んだのは飛鳥だった。目を丸くしてあわあわと動揺しながら。
「あ、あなたは友華先輩ですか!?」
そう。俺の後ろにいるのは今しがた馬鹿にしていた渦中の人物だった。
振り返ると綺麗に口角を上げて、それはそれは満面の笑みを浮かべていた。気味が悪いくらいに。
あれ、というかよく見たら目の奥が笑っていないような……。
「お、おう。友華。奇遇だな」
「ええ。本当に偶々会えたわね。でもよかったわ、私の悪口を広められる前で、ね?」
やばい。おこだ。