反省室にて②
おかしい。俺は何者とも極力関わらず、暇つぶしの学校生活を終えるつもりだった。
だというのに初日からなんだこの有様は。
「なんだよー、中二病かよー」
肩をけたけた笑いながら叩いてくる孝宏。
こいつ。顔は良いのに性格でだいぶ損をしているタイプだな。
現に俺の怒りをかなりためている。
初日から問題を起こすつもりはないが、もしこのまま変に絡んでくるのなら痛い目を見ることになってもらう。
中学の頃から気に入らない相手は力で屈服させてきた。
友華の場合は女だったから遠慮したが、同級生の男になら何も抵抗がない。
「お前なあ。変に絡むなよ? 自慢なんてしたくもないが、俺はその辺の奴よりは喧嘩の経験がある。それにどっちかというと気が短い方だしな」
そう言って少し脅してみる。
だが孝宏の反応は俺の期待していたものとは違っていた。
「ぷ、あはははは! お前、流石にそれは拗らせすぎだろ! 不良漫画の主人公みたいな気分なのかよ! あ、はは! 腹痛い!」
「っぷ! お前、それはいくら何でも言いすぎよ……! か、可愛くていいじゃない、あはは!」
「お前らなあ……!」
我慢が出来なかった。
多分普通の奴ならこんなことで腹を立てたりしないだろうし、ましてや人を殴るなんてしない。後々のリスクが大きいからだ。
でも、俺にとってはそんなことどうだって良かった。
今自分がすっきりできれば。鬱憤を晴らせればそれでいい。
単純な衝動を抑える能力が致命的に欠陥しているのだろう。
「お、なんだ? 本当に手を出すのか? 今時そんなの流行らないって」
「朝から本っ当に……うっせえんだよ!」
孝宏の顔面に拳を突き出す。
先手必勝。最初に顔へのダメージを与えればどんな相手でも勝てる。
この方法で、俺は中学の時に高校生のヤンキーだって倒したんだ。
だが。
「――っ!?」
「だから。流行らないって言ってるだろ?」
顔面にあたる直前で孝宏は俺の拳を右手で受け止めていた。
それもがっちりと。まるで型にハマったかのようにびくともしなかった。
孝宏自身は笑顔で、子供と喧嘩しているかのようににっこりと笑っている。
「っつ! お前、何者なんだよ……」
渾身の一撃をあっさり受け止められてしまった驚きから、思わず俺は後ずさった。
敵意が薄れたとわかるや否や、孝宏は俺の手を解放したのだ。
そして質問には孝宏ではなく、その後ろで腕を組んで傍観していた友華が答える。
「斉場孝宏。一昨年の中学空手の全国覇者よ。喧嘩をしてきたとはいえ一般人のお前が、勝てる相手じゃないわ」
ジト目で孝宏を見ていた。
その視線を向けられて孝宏は初めてバツの悪そうに顔をしかめる。
「あ、あはは。まさかこの学校でも知っている人がいるなんてね……。いやー、有名人は困るなあ」
「な、なんでお前みたいな奴がこの学校にいるんだよ?」
「それはな。えーっと、あんまり他人に知られたくないというか。面白い話でもないから、やめとくよ」
そのまま孝宏はドアに向かって歩き出す。
どうやらあまり掘り返されたくない話のようだ。それならば、これ以上問い詰めるのはやめておこう。
先ほどまでの沸々と湧き出ていた怒りはどこかに消え去っていた。
「その男は交通事故にあって一度死にかけているのよ。生きているのすら奇跡なほどの大怪我。その時の後遺症が残って左手に力が入りにくくなっているわ。武道家としては致命的な障害よね、本当にもご!」
「友華、お前なあ!」
慌てて友華の口を押さえる。
「本人の前でそんなことを言うなよ!」
「あ、ああ……。またやってしまったわ、私は少し他人の気持ちを考えられないところがあるの。素直に謝罪するわ」
友華もまずいと思ったのか申し訳なさそうに謝罪していた。
流石にここまでダイレクトに人の傷をえぐるのは見ていられない。言われた孝宏はわなわなと震えている。