三話・記憶探し
放課後。
アリスはあの後、学校を適当に回ってくると言っていた。たまに、俺が逃げ出してないか教室に監視に来たが……。
人にここまで世話を焼かれるのは久しぶりだと思う。
「よ、サボり魔」
教室で帰り支度をしていた俺に隣のクラスの孝宏が話しかけてくる。
「残念だったな。今日は全授業出席したよ」
「なにい!?」
大きなリアクションをとって驚かれる。鈴音にも似たような反応されたが一日完璧に授業に出たのをそこまで驚かれるのも心外だ。
俺をなんだと思ってたんだよ……。
「優作は本当に出てたよ。二限目だけ途中からだったけどビックリした!」
同じクラスの鈴音が会話に混ざってくる。
何故か体操服だ。
「俺の事より、鈴音のその格好は何なんだ?」
鈴音は自分の服を見下ろして、笑顔を浮かべる。
「これはね、今日の放課後バスケ部の練習手伝うからだよ! 部員が足りないらしくて、私に声かかったんだ!」
「運動部の助っ人か。お前もよくやるな」
鈴音は動きやすそうな髪型や性格からも快活そうな印象を受けるが、実際その通りだ。間違いなく二年の女子でトップクラスの運動神経だろう。
「鈴音ちゃん、この前はサッカー部の試合に呼ばれてたじゃん。元気だねー」
孝宏が呆れたように言う。
こいつも、運動は苦手ではないが運動部に今は入っていない。
「孝宏も混ざってきたらどうだ? 女バスの練習だ、不可抗力で多少は許されるぞ?」
「マジ!? お前天才だな! 鈴音ちゃん、僕もそれに参加させてよ!」
「私はいいんだけど、バスケ部の女の子から孝宏は誘うなって言われてる」
「なんでピンポイントなんだよお!!」
行動力の化身は見事に撃沈して地面でうなだれている。
日頃女子に対してナンパばかりしてるからこうなるんだ。因果応報とは、正にこいつみたいな状態をいうんだろう。
「優作は来ない? 今日もオカ研に行くんでしょ? どうせやることないのに」
鈴音が俺を誘う。いや、俺は良いのかよと思ったが目の前の男に恨みで殺されそうなので深掘りするのは止めた。
「あー、悪い。今日は用事があってオカ研にも顔を出さないつもりだ」
鈴音が残念そうな顔をした。
俺は基本放課後は暇なので、誘いを断られるとは思ってなかったんだろう。少し悪いことをした気分だ。
「えー、残念……。じゃあ、私一人で行ってくる!」
「おう。頑張れよ」
「えへへー! じゃあね、二人とも!」
そう言って鞄を持ち教室から出ていく。いつまで経っても高校生と喋っている気がしないな。小学生でもあそこまで素直じゃないと思う。
「それで優作。用事ってなんだ?」
鈴音がいなくなったことを確認してから孝宏が話しかけてきた。
変なところで勘が良いのか、普段は聞かないようなことなのに妙に真剣な表情で尋ねてくる。
俺は鞄を片手に持って教室の出入り口に近づく。
「別に大した用じゃない。先生に呼び出しくらっているだけだ」
「そうか。……まあ、無理はするなよ」
「しねえよ。俺が面倒くさがりなの知ってるだろ?」
「ああ、もちろん。面倒な授業をサボるから、クラスの女子から不良って思われてることもな」
「うるせえよ」
軽口を叩いた別れ際、孝弘から観察するような視線を向けられている気がして、俺は少しだけ足早に教室を出た。
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「あ、山元。」
「……今度から集合場所は事前に決めとこうな」
俺はいま屋上にいる。
昔は大きな花壇があり、学校の航空写真には鮮やかに彩られた屋上が写っていたが、今では見る影もなく花壇のあった場所は延びきった草で地面が隠れていた。
アリスがどこを探してもいなかったので、もしやと思いここに来たがビンゴだったようだ。
屋上の花壇が無い部分。そこにアリスは寝そべって空を見ていた。俺に気づいても一瞬だけ目を合わせると直ぐに元の位置に戻した。
「山元、息荒いね」
「ああ。お尋ね者の幽霊を探して学校を駆け回ったからな」
「むう。私が悪いみたい。山元も直ぐに屋上探さなかったじゃん」
「どこの世界に放課後は見つけやすい位置にいろって言って、屋上行くやつがいるんだよ。俺は飛行機やヘリを操縦して探す訳じゃないんだぞ」
「そう。 だったら山元が悪いね。あ、あの雲ネコみたい」
支離滅裂な話の流れに頭を抱える。
「お前は自分の世界に生きているんだな。つうか、あれはどっちかっていうと犬だろ。トイプードル」
「トイプードルはもっとモコモコしてるでしょ? だからあれは猫だよ」
「お前の世界にはモコモコの動物は猫かトイプードルしかいないのか……」
アリスはかなり独特な感性を持っているのかもしれない。芸術家なら天賦の才かもだが、日常会話がこれでは少し不安だ。
俺は寝そべったアリスの横に座り、同様に空を見あげる。
グラウンドからの荒々しい声。
少し傾きかけて眼球に直接入り込んでくるような位置にある日光。
夏にもなればこれに蝉の声が加わり、学のない俺でも風流を感じるような状況になるだろう。
思えばこんな風に時間を過ごすのはずいぶん久しぶりだな。