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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
一章・鈴音
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   鈴音の世界④

鈴音編、最終話になります。

少し普段より長めですが最後まで読んでいただけますと幸いです。

 そんな折、この雰囲気には似つかわしくない間の抜けた声が響き渡ります。


「え、ねえねえアリスったらブチ切れてない? 威嚇する猫みたいな顔してるんですけど……。なんで鈴音を睨んでいるのよ」

「誰よりも先に走っていったと思ったら、すごい声が聞こえてきたもの。過去最高に怒ってるんでしょうね」

「あれアリスの声だったの!? 意外と喉強いのね……」

「真っ先にそこを気にするお前も相当変わり者よ」


 言いながら二人のよく知った顔が、アリスちゃんや先生のいる観覧スペースにドアから入ってきました。

 何で、なんでそこにいるのでしょう。


「友華ちゃんに飛鳥ちゃん!? 二人ともどうして!?」


 そこにはアリスちゃん同様にオカ研の出店が忙しいはずの友華ちゃんと、生徒会の仕事で文化祭の間は私たちのお店に遊びに来る暇もなかった飛鳥ちゃんがいました。

 二人とも、本来あんなところにいる訳がない人たちです。


 友華ちゃんは私に気が付くと、笑顔で軽く手を振ってきました。


「あら鈴音。よかったわ、間に合ったようね。少し遅れてしまったから始まっているかと思ったわ」

「鈴音―! 頑張ってねー!」


 二人とも今入ってきたので状況が分かっていないのでしょうが、今この空間からは文化祭のどこか浮ついた雰囲気が消え去っているのです。

 生徒も保護者も教師も、全員がなんでアリスちゃんや先生が私にあんな声をかけたのかを気になっている様子でした。


 流石に友華ちゃんも何となく重い空気に気づいたようです。あら、と目を見開いてバスケゴールよりも高い位置から下にいる人を見下ろしていました。


「アリス……。あなたあれ程言ったのに鈴音に声をかけたのね?」


 そして、アリスちゃんに少し不満げに声を掛けました。


「うう……。だって、鈴音が帰ろうとしたから」

「はあ、まあいいわよ。結果的に私たちが間に合ったのだから。その分の時間を作ってくれていたと考えることにするわ」

「って! 鈴音帰ろうとしてたの!? 駄目よー! 歌いなさーい!」

「あわわ! 飛鳥、さすがにそれは駄目だよ!?」


 三人がこの場の空気をかき乱していきます。

 本当にどうして……。


 ですが、私が気にするよりも早く目の前の事態は進行していきます。

 私に怒る飛鳥ちゃんを止めるアリスちゃん。そして、呆れたようにその様子を見守る友華ちゃん。

 そこに更なる要素が加わってしまうのでした。

 音は体育館のスピーカーから響き始めます。


『――あ、ああ、マイクテスト。マイクテスト。本日は晴天なり、と。どうだ優作、僕の声は聞こえてる? とりあえずこの部屋だけに流してるんだけど』

『なあ、それ音入ってないか? なんか学校中からお前の声が聞こえたような……』

『何言って――うわあ! やっば、ボタン間違えた! 今の校内全部に放送してた!』

『馬鹿! 友華の指示があるまで体育館には流すなよ! せっかくの作戦が無駄になるだろうが!』

『し、知るか! 悪いのは僕じゃないからな!』

『このクズが! と、取り敢えず今すぐ放送を切れって!』


 プツン。

 スピーカーが切れる音がしました。


 今の声は優作と孝宏?

 あの二人も出店の方にいる筈では……。

 一体何が起こっているのでしょうか。妙に二人とも活き活きしていたような。


「まったく、あの馬鹿二人は……」


 友華ちゃんが頭を抱えながら携帯を何やら操作しました。

 アリスちゃんと飛鳥ちゃんは、その行動の意図が分かっているのか今の騒動にも特に驚いた様子はなくどちらかというと呆れたようにため息を吐いています。

 体育館の中では全員が今の状況を理解できておらず、キョロキョロ周りを見渡したり突然入ってきた友華ちゃんたちの方に視線を注目させています。


『えー、ごほん! 先ほどは、とんだ失態をお見せしました』


 またまた孝宏の声が体育館中に響き渡ります。

 いえ、きっと校内放送で学校中に聞こえているのでしょう。


『鈴音ちゃーん、聞こえてるー? 実はお店の方をこの時間は別の人たちに任せたから、僕たちは鈴音ちゃんの発表を見に行けるんだ! 待っててね! 今行くよ!』

『……なあ、孝宏』

『どうした優作』

『書いてあったのはその文章だけか?』

『うん。これだけだよ。……おかしいよな』

『ああ。あいつがこれを読ませるためだけに、俺たちをここに寄らせた意味が分からない……裏があるぞ。確実に騙されてる』

『だよな。友華ちゃんがこんな楽な仕事を僕たちに任せる訳がないし。根っこの部分で僕らよりも捻くれてるから、一体何をって! 優作後ろだ!』

『ん? わああ! 何で教師たちが!?』

『なんでも何も、校内放送の無断使用が許されるわけがないだろうが!』

『ちくしょう! 友華ちゃん僕たちを囮に使ったんだ!』

『話は後だ! 窓から逃げるぞ!』

『おうよ!』

『あ、鈴音頑張れよー! じゃあな!』

『待て、この不良ども!』


 そこで放送がプツリと途切れました。

 まるで嵐のように、始まってすぐに去っていった声。


 でも、どうしてでしょう。

 何故か、今のやり取りを聞いて、少しホッとしている自分がいるのに気づきました。



―――――――――――――――――――



 同時刻。

オカ研が飲食店をしている教室にて。


「しっかしまあ、結局オカ研のメンバーは誰も残っとらんやないか」

「ははは、まあまあ奏。アリスがあんなに人のために頑張っているのを見られて僕は嬉しいよ。すごい速度で走っていったからね」

「それはええんやが……」


 アリスの母親である上赤奏は厨房からフロアの方にジト目で顔を覗かせる。

 アリスの両親は客足は減ったものの、未だにぽつぽつと入ってくる来店者の注文を作っていた。二人がかりで。


 そのためそれまでオカ研メンバーが接客を担当していたのだが、今は全く違う人物の声が店内には響いている。


「がっはっは! お客様、ご注文の品だ! 全部食うんだぞ!」

「ちょ、大門寺さん! お客様にその態度は失礼でしてよ!」

「うふふ、このくらいいいではないですか。あ、お客様、こちら粗茶になります」

「千夜子さん! 勝手にお茶を提供するのはやめなさいな! 人によっては茶葉から入れたお茶が苦手な方もいましてよ!」

「もう。山川さんは、いい加減茶葉の魅力に気づいてくれてもいいですのに……。そこまで言われると少しショックです」

「いや、こう言ってはあれなのですが、私は今回に限っては至極真っ当な事を言っていてよ?」

「がっはっは! 山川! お前は少し神経質すぎるぞ! 俺を殴ってストレス発散しないか!」

「……今すぐ顔面にお茶かけようかしら」

「何!? 頼む、どうすればやってくれるんだ! 寝ればいいのか!?」

「お客様の前で寝るなですわ! ああもう、全員さっさと帰ってこいですのー!」


 山川の絶叫が教室中に響く。

 三人ともオカ研の面々から呼ばれて現在は店の手伝いをしているのだった。


「大変そうやな。あの子……」


 鈴音のためになることなら何でも手伝う。そんな約束をしてしまったばかりに、ライバル店である料理研究会から呼び出され、オカ研の出店を手伝っている山川を奏は同情した目で見つめるのだった。



―――――――――――――――――――



 人が大勢いるのに、不気味なほどにしんと静まり返った体育館。

 そこで最初に口を開いたのは、アリスちゃんでした。


「鈴音。あなたが私たちの事を本当はどう思っているのかなんてわからない。でも、あなたのために動いてくれる人がいるってことは気づいてほしい。そうじゃないと、友華や皆が可哀そうだよ」


 優しくアリスちゃんは微笑みました。


 知り合ったのは本当に最近。まだお互いに知らないことも多いし、私はアリスちゃんに心の中の本性を見せたことはありません。

 あるのは誰にでもフレンドリーに接する、元気な鈴音だけ。


 そしてアリスちゃんは心のどこかで私の本来の性格にも勘づいている筈です。

 それなのに、嘘をつかれていたと気付いているのに、どうしてあんなに優しい顔で私を見るのでしょうか。


「鈴音、まあ、何、私は正直今回何が起こってあんたが追い込まれたのか知らないのだけれど、友達として悩みなら何でも相談に乗るわよ!」


 ああ、本当に。

 この人たちはどこまでお人好しなのでしょうか。

 私と一緒にいても、こんな嘘つきといても、それすら受け止めてくれるなんて。

 一緒に馬鹿なことをして、毎日が楽しくて、たまに喧嘩をして。


 友華ちゃんが何か面白いことを考えて、孝宏や優作が面白そうにそれを行って、アリスちゃんが楽しそうに見ている。たまに飛鳥ちゃんが怒りに来て……でも結局、同じようなことを繰り返すんです。

 その光景には、私もいます。誰から勧められるでも、強制されるでもなく、私は自分で選んでそこにいたのです。

 もう、とっくの昔に、居場所を作っていた……。


 どうして。

 どうして、私はそんな当たり前の今から目を逸らし続けていたのでしょうか。


「どっせい!」


 アリスちゃんたちのいる場所に優作が入ってきました。

 汗だくで、走って飛び込んできたような勢いで。


 静まり返った体育館の中には、皆さんの声が反響してまるで出し物をしているかのように注目され続けています。


「あ、優作。間に合ったね、よかった」

「よかったってな……、先生撒くのに結構苦労したんだぞ」

「あら、孝宏はどうしたのかしら?」

「ん? 途中で押し倒してきた。今頃捕まってるだろ」

「あんたね……。よくそんな悪気の無い顔で言えたもんだわ」


 どこまでいってもマイペース。

 そうだ。

 そんな人ばかりだから、私はあの空間が好きなんです。

 誰にも気兼ねなく、誰もを拒絶しないあの場所が。


「あ、あはは……」


 マイクに入るのは私の乾いた笑い声。


「そういえば鈴音のやつまだ歌ってないのか!? 鈴音ー! 早く歌えー!」

「山元! それもう飛鳥で見たからやめて!」


 本当になんて最高な友達なんでしょう。

 ふと。その横にいた先生と目が合います。

 先生はにっこりと微笑みました。がんばれ、そう言っているのだと伝わってきます。


 ――はい、先生。ずっと私を見守ってくれてありがとうございます。ですが、もう大丈夫です。あなたが心配する鈴音は、今日この瞬間、本当の意味で変わるんですから。


 大きく息を吸い込みます。

 声はもう普通に出せる。今の流れを見ていたら、緊張しているこっちが馬鹿らしくなったからです。



 皆、本当にありがとう。



「もーう! バカバカ! 折角私の番が来たのに、皆騒ぎすぎだよ! ――最っ高に、ありがとうございます!」


 場違いなほどに意気揚々とした声が響きました。私はきっと今、作り物ではない最高の笑顔を浮かべているでしょう。


 私に、優作たちだけでなく、体育館の中にいた全ての人の視線が集中します。

 さっきまでだったら、既にテンパってあわあわしているでしょうが今はもうへっちゃらでした。

 怖がる必要なんて、最初からなかったんですから。


「あら、ごめんなさい。ついついはしゃぎすぎちゃったわ」

「わ、悪い……。少し声だしすぎた」

「後で全員お説教するからね! 覚悟しといてよ、先生も!」

「ええ! 僕もかい!?」


 どこか嬉しそうに動揺する先生をよそに、私はこの場所にいる全員を舞台の上から見渡しました。


「今日来てくれた皆さんも、お見苦しいところを見せてしまい申し訳ございません」


 ぺこり、と一礼。

 学校の皆は今の私の反応を見て、またオカ研が何かやらかしたんだな、と一連の流れに納得してくれています。


 そうです。すごいんです。

 この学校の問題児と呼ばれる人たちは、私の自慢の友人なんです。


「それじゃあ! あと半日だけど皆も全力で楽しんでいこう! あ、生徒会さん待たせてごめんね。音お願い!」


 マイクを強く握り、自分に気合いを込めます。

 自分でも驚くほど心がぽかぽかで満ちていました。

 ああ、私は幸せ者だ。



 お父さん。

 もう心配しないでいいよ。私は何だかんだ元気に生活できています。もう、お父さんの助けが無くても、私には私の繋がりが出来ていたんです。

 苦しんで。苦しんで。誰も信じられなくなって。自分すらも嫌いになって。

 もがいて、足掻いて、暗い闇の中に落ちても。

 その末に私は。

 鈴音には。

 

 ――友達が出来たよ。ありがとう。

 

 


鈴音編は以上になります。

この度は稚拙な箇所も多い長文に付き合っていただきありがとうございました。


鈴音編は終わりですが、話にはもう少し続きがあるのでお付き合いいただけますと幸いです。<m(__)m>


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