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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
一章・鈴音
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二十五話・鈴音の世界

 午前中の忙しい時間が終わりお店も落ち着いてきた頃。


 黒いドレスが妙に様になっている友華ちゃんと、メイド服が私よりも遥かに似合っていて外国のお人形さんみたいな容姿のアリスちゃんが、お客さんをたくさん呼んでくれたんです。いるだけであそこまで存在感が出るなんて二人とも本当に可愛いと思います。むしろその横に立つ私は、少し恥ずかしいくらいでしたもの。


 二人との差にげんなりしながらも私は、自分の歌の発表がステージであるので体育館に到着しました。


「あら鈴音。え、随分かわいい格好じゃない!」


 舞台袖で人の出入りを管理していた飛鳥ちゃんが、私の今の格好を見て目を輝かせながら近づいてきます。

 そういえば今日初めて見た気がします。おそらく生徒会の活動で朝からずっと体育館で仕事をしていたのでしょう。私も忙しいですが、こっちもこっちで大変そうです。


「そ、そうかな、恥ずかしい……」

「本当に可愛いわよ! 写真撮るわ、はいチーズ」

「えへへー。って、やめてよ!」


 思わずポーズをとってしまいましたが、飛鳥ちゃんのシャッターで正気に戻りました。


 私ったらなんて恥ずかしい事をしていたのでしょう。こっちの方の鈴音は、状況への適応が速すぎるので反射でやってしまいました。


「悪かったわよ、ああでも本当に可愛い……。あと三組したらあなたの番だからもう少しここで待ってなさいね。その間何枚か写真撮ろうかしら」

「ありがとう。あ、ちなみにだけどアリスちゃんも同じ服着てるよ」

「ホントに!? 後で写真撮りに行かないと!」


 ごめんなさい、アリスちゃん。死なばもろとも、です。


 最近知り合った同級生の上赤アリスちゃん。

銀髪、蒼眼そして白い肌。同性の私からしても目を奪われるくらいの美少女で、顔だけじゃなく性格も良い子です。


「服装はそのままでいいの? どうせ友華に着させられたんでしょ、それなら更衣室で制服に着替えてくる時間くらいあるから行って来たら?」

「大丈夫! せっかく友華ちゃんが作ってくれし、すごくかわいい洋服だからこのまま出ていくよ!」


 そう言って私はスカートの裾を少しだけ持ち上げました。フリフリのフリルが揺れて、自分には不釣り合いなほどに洋服の可愛さが強調されます。


 本当はこの洋服を着て出ていくのは恥ずかしいのですけれど、そこは頑張らないといけないところでしょう。


「そう、応援しているわ。あ、丁度終わったわね。ごめん鈴音、生徒会の仕事があるから少し離れるわ」


 飛鳥ちゃんが申し訳なさそうに手を合わせながら、反対側の舞台袖に向かうために体育館の地下通路の方に向かっていきました。


 この体育館は両方の舞台袖に地下への入り口があって、来賓用の椅子や廃部になった運動部の備品が置かれているんです。

 そこを経由して、ステージの人目につきやすいところを歩かずに向こう側に移動できるので、このような行事の際はなくてはならない移動手段でしょう。


「うん! 飛鳥ちゃんも頑張ってね!」


 胸の前でふん、とガッツポーズをとって朝から頑張っている飛鳥ちゃんを激励しました。

 飛鳥ちゃんはひらひらと手を振って、そのまま地下へと向かっていきます。

 最近ずっと忙しそうなので、これが終わったら一緒に遊びたいものですね。


「ふう……。よし」


 舞台の垂れ幕の近くに行ってその隙間から会場を見てみると、予想以上に人がいました。

 今ステージ上では、三年生が二人ダンスの発表をしていますがそこに向けられている好機の視線は計り知れないものでしょう。


 人前では常に明るく元気に、接しやすそうに心掛けている方の私でも流石にここまでの人の視線を浴びることは無かったので、舞台袖にいる今でさえ緊張してしまいます。

 心臓が自分のものではないように爆音でリズムを奏で、やばいっす、場違いっすと警告を伝えてきましたが、今更引くこともできないので息をすることも忘れてダンスの発表を見守ることしか出来ません。


「うわあ、すごい……」

 結局文化祭のリハーサルも最終日に一度ステージに立ったくらいなので、完全に練習不足です。


 オカ研の皆さんはすごく誉めてくれたのですが、目の前で他の人の発表をまじまじと見ると自分の陳腐さを思い知らされて、後ろを向いて全力ダッシュで逃げ出したい衝動に駆られました。


 そしてそんな素晴らしい発表を終えたお二人が私のいる舞台袖に帰ってきました。汗もいっぱいかいていて息も上がっているのに妙に満ち足りた、やりきった顔をしています。

 なんだか自分がメイド服を着てこんなところにいるのが改めて信じられません。


「はあ……はあ、あ、次の子ね? 頑張ってね!」

「ふう、楽しんでねー」


 気の良さそうな二人の先輩が私を見て激励してくれました。自分もキツいでしょうにすごい人達です。


「はい! 先輩たちのダンスで感動しました! 私も頑張りますよ!」


 嘘です。

 頑張りたくなんてありません。

 もし失敗したら……。

 そんな嫌なことばかり考えていて、自分の体が違うもののように小刻みに震えています。今の作り笑いは、かなり頑張って出しました。


 皆の前で歌って、もしそれで笑われたら、そのことが原因で虐められるのではないでしょうか。

 虐められる。そう、あの頃のように。


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