オカ研の秘策③
「あ、安心しなさい。あなたたち二人を除け者にしていた訳じゃないわ。信頼していたのよ、話したら絶対に鈴音にバレるっていう方にね」
「鈴音に関係していることなのか、だったら友華に任せるよ。下手に俺が口出ししない方が上手くやってくれるだろ?」
人と話していたらだいぶ疲れも取れてきたので席から立ちあがる。
そろそろ、接客に戻らないとな。一人抜けるだけでも本当はかなり大変だろうし。
「あら、思ったよりも聞き覚えがいいのね。てっきり意地でも聞いてくると思っていたのだけれど」
「まさか。お前が人のために企むときは、何から何まで考え抜いていつも成功させるからな。日頃の悪巧みはしょうもないが、誰かのためにする行動に関しては信頼しているって感じだ」
「……そう」
友華がぷいっと顔を逸らした。
その横ではマスターとアリスが顔を寄せて、俺を冷やかすような目を向けていた。ひそひそと何かを話している。
「見てみいアリス。ほんま都会の男は罪やなあ」
「違うよお母さん。山元はあれを素でやってるんだよ」
「なんや、気分は少女漫画のイケメンかいな」
「いや、どっちかというと少年漫画の鈍感主人公だよ」
「「それ(や)!」」
途中から何故か加わっていた鈴音の言葉に二人が同意していた。
すごく心外なことを言われていた気がするが、内容がよく聞こえなかった。
「あら鈴音、あなたも休憩?」
「ううん! 注文伝えに来ただけだよ!」
「私も料理持って行ってくる」
それだけ言うと足早に鈴音とアリスはカーテンの向こう側に出て行く。
「あの子本当に元気になったわね。……もう少しかしら」
友華が意味深なことを言っていたが、これが多分午後から行うという鈴音の何かに関係していることなのだろう。
今更俺がどうこうできることじゃなさそうだし、今は自分が出来ることに徹して店の売り上げに貢献することにしよう。
「よし! 俺も行ってくるよ!」
「おう! 頑張りやー」
ひらひらと手を振るマスターを背に、俺は再び接客作業に戻っていった。
相変わらず席はすべて埋まっていて、アリスが大衆からの視線にさらされている。マスターが孝宏は休憩上手と言っていたが、今は死にそうな顔で紙皿を運んでいた。
俺を見るなり殺しそうな目を向けて近づいてくる。
「おい優作! お前どこにいたんだよ!?」
「悪い、アリスから勧められて少し休んでた」
「え、僕、そんな気遣いされたことないんですけど」
「そりゃそうだろ。よし! こっから気合い入れ直して頑張るぞ!」
「ちくしょお! なんかムカつく!」
そんなことをいう男だが、何だかんだ任された仕事は放棄せずに行う孝宏だった。
「まあ、あれだ。日頃の行いの差じゃないか?」
「それだったら僕の方が報われる筈だよ。こんなに聖人のような人間なのに」
「お前が聖人なら俺は神だな」
「どういう意味だおい! って、あはい、わかりました。今行きますー」
「頑張れよー」
孝宏が客に呼ばれてそのまま律儀に走り出していく。
普段は馬鹿にしているが、孝宏は本当に器用な人間だと思う。
状況への適応が俺の知る限り誰よりも速い人間だ。
気の知れた奴らとこんな感じで馬鹿みたいな会話をしながらも、何かに全力で取り組んでいく。
本当のオカ研が帰ってきたような気分に一人で浸りながら、俺は接客を続けるのだった。