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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
一章・鈴音
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   オカ研の秘策②

 完全にプロの仕事ぶりだった。


「すまない、また迷惑かけた」

「大丈夫。山元は少し動きすぎたもんね。一回休んでくれば?」


 カーテン裏の、客からは見えない位置に移動してアリスと会話する。

 俺に休めと進めてくれるアリスはだが、その額には薄っすらと汗がにじんでいた。


「いや、俺はまだ動ける。アリスこそ病み上がりなんだから休んでくれ」

「私も平気。山元と私の二人が同時に抜けたらまずいから、先に休んでていいよ。私はその後にゆっくり休むから」

「……でも」


 流石に女子に任せて自分だけ先に休憩するのは気が引けるというか。


「いいからほら」

「わ、わかったって」


 アリスに押されて、そのままマスターたちのいる調理場の横に置かれた椅子に座る。自分が思っていた以上に疲労していたのか、どさりと勢いよく腰から倒れるように座った。


「じゃ、山元は少し休んでから来てね。今度はお客様に怒らないように」


 最後に厳しい目でびしっと指を突き立て注意してきたが、その顔はどこか優しいものだった。俺が何か言おうとした時には、アリスはそそくさと出て行って再び接客に戻ってしまう。


「はあ、あいつは凄いな……」


 気づけば口からそんな声が漏れていた。

 俺が少しでも力になりたい。そう思っているのに、鈴音の件でもアリスには多く助けられてしまった。つくづく自分の馬鹿さ加減が嫌になるな……。


「そらそうや! なんせうちの娘やしな! 昔から接客を手伝ってもらうこともあったから、経験がちゃうわ」


 マスターが自慢げに笑いながら、俺の正面に置かれた椅子に机を挟んで座る。

 首にタオルをかけて、ペットボトル飲料を飲んでいた。


「お、安心し。うちも休憩や、ピークまでもう少しやしもう一踏ん張り必要やからな」

「そうそう、疲れてるっぽいしちゃんと休んどいたほうがいいよ」


 背中を向けて調理をしている幸耀さんにも注意されてしまった。

 ここまで言われてしまっては、さすがに反論できない。これ以上は俺のわがままになってしまう。


「そうか、悪いな。俺たちの事なのに、巻き込んでしまって」


 マスターに謝罪というわけでもないが、お礼というわけでもない返事をする。

 俺たちのために頑張ってくれている人に今謝罪するのはお角違いだろうし、多分この人はそれをされたら怒る。


「構わへんよ。うちはアリスが喜ぶなら何でもするわ」


 タオルで汗を拭いながらマスターが答える。


「ほれ、これ」


 そのまま手に持っていたペットボトルを俺に投げてきた。


「ん? どうした?」

「飲んでええで、熱中症になったら目も当てられんし」

「俺はいいよ。孝宏だって休みなくやってるだろうし」


 そのままペットボトルを机の上に置くと、マスターは不満そうにむっと頬を膨らませた。


「斉場はお前と比べて器用やな。忙しい中でもしっかり休んどるから、多分今一番体力は余っとるやろ。周りには気づかれんようにな」

「ああ……まあ、あいつは妙に何事もそつなくこなすからな」

「はは、ああいう子は将来成功するから仲良くしといたほうがええで?」

「……善処してみる」


 言いながらマスターから貰ったペットボトルに口をつける。


 何故かはわからないがアリスの母親であるこの人には、砕けた言葉で話してしまう。

 そこに明確な理由があるわけではないが、不思議と同級生と話しているような気分になるのだ。

 失礼なのかもしれないが、マスターがその点に対して怒るわけではないので今更敬語で話すのも恥ずかしいんだよなあ。


「……」

「……」


 同級生の保護者と二人きりで、沈黙が訪れるのはきついな。

 な、何か話さないと間が持たない……。


「そ、その、マスターは、今日ずっと手伝ってくれるのか?」

「なんや藪から棒に。もちろんそのつもりやで、忙しいのはもう二時間もすれば終わるやろうしな。こんだけ繁盛しとけば、売り上げもかなりのもんになったやろ。山元も安心して午後は行ってええで」

「何のことだ?」


 話題が無かったので特に考えることもなく口にしたのだが、マスターからは予想外の言葉が返ってきた。

 俺の反応が意外だったのか、マスターは目を丸くして顎に手を当てて考え込む。


「ああ……。聞いとらんのか」

「まてまて! 何でかわいそうな目で見て来るんだ!?」


 思わず立ち上がって抗議する。


「そりゃまあ、隠し事苦手そうだからよ」


 後ろから当たり前のように発言してきた我らが部長を振り返る。

「友華? いたんだな」

「ええ。三年の出し物が終わったから今帰ってきたところよ」


 友華は三年の劇が終わって、かなり急いで帰ってきてくれたようだ。黒いドレスに身を包んで、若干額には汗がにじんでいる。それでも余裕そうな素振りで話しかけてきたのは友華なりのプライドかもしれない。


「思ったより早かったな……、ところでその格好は何なんだ?」


 まるでコスプレのような服装を無視することはできず尋ねる。

 何というか物語にいる魔女はこんな姿をしていそうな感じだ。


「これは劇の時の格好よ。着替える時間も勿体なかったから、そのままで来たわ。シンデレラの意地悪な叔母の服装よ、心外だけれど」

「そうか、道理でよく似合ってるわけだ」

「はっ倒すわよ」


 俺の心からの誉め言葉は友華の怒りを買ってしまったらしい。

 と、今はそんなことよりも……。


「ちょうど良かった。その、午後がどうこうって何の話なんだ?」

「まあまあ、待ちなさい。あなたとアリス以外には伝えていることだから、直前まで知らなくても大丈夫よ」

「俺とアリスが口の堅さで同レベルか……」

「山元もひどくない!?」


 偶然紙皿を取りに来ていたアリスに後ろからツッコまれた。

 マスターや幸耀さんまで知っている雰囲気なのに、俺たちが知らないのは流石に信頼がなさすぎではないか?


 きっとまた友華が何かを企んでいるんだろう。


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