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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
一章・鈴音
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二十四話・オカ研の秘策

「おーっほっほっほ! レッツ・クッキングタイムですわー!」


 鼻がつきそうな距離まで近づいた鈴音が、顎を俺に寄せ始めた時、教室のドアが勢いよく開けられる。


「「わあ!」」


 二人して間抜けな声を上げる。

 予期せぬ来訪者に一気に心臓が爆発的な動きを開始した。


「あら、山元さんに鈴音さんではありませんか。うちに何か用事でしたの?」


 悪気はないために目を丸くしながら不思議そうな顔で俺たちを見ている山川。

 俺と鈴音は一瞬で離れて間に三十センチ程度の隙間が出来ていた。


「べ、別に何でもないよ!? 何も用事ないもん!」

「……? それならなんでこの部屋にいるんですの?」


 鈴音がてんぱって逆に怪しまれそうな発言をしてしまう。ワタワタと手も上下左右に振りながら全力で山川に弁解しようとしていた。


 しかし完全に逆効果だったようで、俺たちはまるで犯人の疑いでもかけられたような訝しい視線を向けられてしまう。


「……もしや、あなた方」

「違うんだ! 実は友華から今日使う食材の確認をするように言われたんだ。今はそれを確認しに来ていたんだよ」


 必死に弁明、というかありのままの事実を伝える。

 そう、俺はこの部屋に確認に来ただけなのだ。

 断じて不純な感情にはなっていない。


「なんだ、そんなことでしたの。それならそうと早く言ってくださいまし。危うくお二人が文化祭の朝にわざわざ二人きりになるようなご関係かと思ってしまいましたわ」

「そ、そんなわけないだろ、ははは!」

「もう! 節子ちゃんたら変なの!」


 二人して誤魔化そうと必死に笑いながらその場を逃れるのだった。正直、入ってきたのが山川以外のやつだったら言い逃れ出来なかった。

それだけは不幸中の幸いだ。


「ですわよねー! 私ったらお恥ずかしい勘違いを、これお詫びの石鹸ですわ」

「……あと少しでしたのに」


 隣で残念そうに何かを呟く鈴音だったが朝からテンションの高い山川の声にかき消されて、俺の耳に届くことは無かった。



―――――――――――――――――――



「孝宏! 三番には行ったか!?」

「まだだよ! こっちは手一杯なんだ! 任せた!」

「お前居酒屋でバイトしてたんじゃないのかよ!?」

「してたよ! ……一週間でバックレたけどね」

「頼りにならないな!」


 時刻は午前十一時。現在は友華が三年生の劇があるのでステージに行っており、一人少ない状態で何とか客を流している。

 カーテン一枚で見えないがキッチンの方ではマスターと幸耀さんが必死に料理を作ってくれているのだろう。


「あ、ごめんーん! テイクアウトで追加入った! 包装はするから調理だけ伝えといて!」


 メイド服を着た鈴音が笑顔で教室に入ってくる。

 鈴音には教室前の列で並んでいる人に店で食べるか持ち歩きかを聞いてもらっている。


 客の流れを良くするために、鈴音自身が提案して行動してくれているのだ。

負担は大きいだろうが、持ち前の笑顔で長蛇の列に並んでいる客が逃げないように相手までしてくれている。


 でもまあテイクアウトと店内飲食の二つのパターンで注文が来るので、店の中にいる客の数以上に負担がかかる。


 嬉しい悲鳴なのだが、九時ごろに開店してからというものの常に満員なのでろくに休憩が取れず少し苛立っていた。


「すみません、遅れました!」


 そういいながら俺が三番テーブルにトレイで食べ物を運ぶ。


「ああ!? 待たせすぎなんだよ、ぶっ殺すぞ!?」

「あ?」


 明らかに学生ではない皮ジャージを着た男二人に悪態を吐かれる。


「おいおい! 客を睨むんじゃねえよ!」


 そして反射的に俺もメンチを切ってしまった。まずい、去年までこんな連中とばかりつるんでいたから反射的に行ってしまった。


「ごめんなさい。今少し混雑していまして。最善は尽くしているのですが時間がかかってしまいました。こちらお詫びのデザートになります」


 アリスがさっと横から入ってきて、冷蔵していたケーキを皿に載せたものを机に置いた。礼儀正しくお辞儀までして。


 その姿は本物のメイドのようで、持ち前の美貌からもこの空間において一人異質な存在感を放っていた。ヤンキーどももアリスを見た途端に目を奪われたように釘付けになっており、文字通り俺のことは眼中になかった。


「お、おう……。なんだ、ちゃんと注意しとけや」

「はい、ご指摘いただきありがとうございます。ほら山元、行くよ」

「あ、ああ」


 最初は孝宏が活躍すると期待していた接客の業務なのだが、始まってみるとアリスの働きぶりには目を見張るものがあった。


 これだけ動いているのに笑顔を絶やさず、常に相手に誠意を持った対応をする。


 完全にプロの仕事ぶりだった。


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