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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
一章・鈴音
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   文化祭開始③

 ガッツポーズではしゃぎたい衝動を抑えて尋ねる。

 おそらくこの状況を意図して作った天才少女は、腕を組んで不適に笑った。


「ふふ、アリスと鈴音は二人とも学内で人気の女子生徒でしょ。そんな二人が、メイド服で接客すればかなりの集客効果があると思ったのよ。ほら、先週お前たちが鈴音の家に行った時アリスはここにいたでしょ。その時に、からだの寸法を計ってたのよ。鈴音のは以前のデータがあったから、それに従って作ってみたわ」

「作ったのか!?」


 どう見ても既製品のような出来だ。

 本当に多才だなこいつ。


 アリスと鈴音の二人は、マスターの厄介カメラマンみたいな行動に恥ずかしがりその場から動けないでいた。


 どれ、そろそろ手助けを。


 そう思い二人に近づこうとすると、俺よりも先に幸耀さんがマスターの両手を後ろから掴んだ。


「こら奏。二人とも嫌がってるよ、やめないと」

「わ! こ、幸耀さん……。すまん、気付かんかったわ」


 例によって旦那の前では乙女になるマスターが、顔を赤らめカメラを胸前に構えて地面を見る。どこか申し訳なさそうにしていた。


「お、お父さん……まずい」

「ふう、ありがとうございます。助かったあ」


 鈴音が安堵したように息を吐く。アリスは何故か苦虫を噛み潰したような顔をした。


 友華も汗をかいていることから相当抵抗した上でこの服を着せられたんだろうな。さすがに一人では厳しいと判断したのか、マスターは友華の手伝いとして呼ばれようだ。


 そんな二人に幸耀さんは、仏のような優しい笑みを返していた。


「大丈夫だよ、ごめんね奏がこんなことしちゃって」

「いえいえ、全然気にしてませんよ。その、こんな服着たのが初めてであんまり慣れなくて、あはは」


 鈴音が苦笑すると、何故か幸耀さんは眼鏡の縁を右手でくいっと上げた。


「いや、本当に申し訳ないよ。本当に……」

「……幸耀さん?」


 よくわからない気迫に鈴音が一歩身を引く。いつものほんわかした雰囲気ではなく、幸耀さんは歴戦の勇士のようなキリッとした顔で唇も真一文字に噛み締めている。


「アリス、止めるで!」

「う、うん!」

「今すぐ機材とってきてしっかり写真撮るよ!」


 幸耀さんがどこかに駆け出そうとする直前、妻と娘が腰に抱きついて動きを制止させた。阿吽の呼吸のような、完璧なタイミングであり思わず見惚れてしまう。


 って、そんなこと言ってる場合じゃない!


「ど、どうしたんですか幸耀さん!?」

「そこの男二人! お前らも幸耀さん押さえるの手伝いや!」

「お父さんは、その、写真のことになると、我を忘れるの……」


 アリスが本当に恥ずかしそうに、というかもはやリンゴくらいに顔を真っ赤にして説明してくれる。


「わ、わかった! おい孝宏!」

「ええ……、朝から何これ!?」


 俺と孝宏で正面から幸耀さんを押さえる。

 す、すごい力だ。体格は良いと思っていたが、ラグビー選手を押さえている気分になってきた。


「よし、でかした! あとはうちに任せや!」


 慣れた手つきでマスターが幸耀さんの首に手を当てる。


「撮るんだあ! アリスのメイド服を、額縁に保管するんだ! そして御神体としてお店に飾るんだ!」

「絶対にやめて!」

「幸耀さん、少し眠ってもらうで! ほい!」

「こぺ!?」


 幸耀さんがが何かヤバそうな声を出してその場に力無く倒れた。ズルズルと下がる体の脇に手を入れてマスターが支える体勢になる。


「こ、これ、死んだんじゃないの!?」

「ちゃうわ。秘孔を押さえて気絶させただけや。一時間もあれば起きるやろ」


 孝宏が心配そうに言うが、マスターは一息吐いてまるでいつものことのように、何食わぬ顔で説明してくる。


「はあ、まさか幸耀さんにこんな一面があったなんてな」

「まあ、昔はカメラマン目指してたから職業病? みたいなもんや」


 引きずりながら幸耀さんをソファーの上に乗せる。

 カメラマンを目指してたって、初めて聞いたな。


「ま。そんな話は置いといて。友やん、旦那が起きたらそっち向かうから、先にセッティングの確認してもらってきてもええか?」

「その呼び方やめなさい。わかったわ、ほらアリスと孝宏も来なさい」

「へいへーい」

「私も行くの? じゃあ、着替えてから……」

「どうせ後で着るんだし、脱いだら面倒増えるだけよ」

「ええ……」


 渋々言いながらもアリスはメイド服のまま二人について行く。


 あの姿で出歩いたら間違いなく注目されると思うんだが……。いや、そこまで踏まえて友華はアリスを呼んだのかもしれないな。


「俺と鈴音は何かすることあるか?」


 部屋を出かけていた友華が顎に手を当てて、一瞬考え込む。チラリと俺たち二人を交互に見た気がした。


「そうね……。二人は今日使う食材が揃っているか確認しときなさい。料理研究会のクーラーボックスを使ってるからそこにあるはずよ」

「了解」

「わかった! じゃあ、奏さんも後でね!」

「おう! 頼んだでー」


 そう言って各々が部室を後にする。

 俺と鈴音は途中までアリスたちと一緒に歩いた。


 もちろん、メイド服の美少女が二人もいれば学内では浮きに浮きまくる。飢えたハイエナどもの前にウサギを放つようなものだ。


 道中に何回もどこでお店をやっているのか聞かれたので、友華の狙いどおり集客を期待できそうな宣伝効果はあったっぽい。


 部室で着替えてわざわざ生徒が増えてきた時間帯に廊下を歩かせるのは、もう完璧な計算の内なんだと思う。


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