文化祭開始②
オカ研の部室前に到着する。すると、既に到着していた人がドアの前で呆然と立ち尽くしていた。
「あれは、幸燿さん?」
「本当だ。あれかな、手伝いでもう呼ばれたのかな?」
銀髪の長身で眼鏡がよく似合う男性。遠目にもかなりのイケメンだということがわかる。アリスの父親にして、喫茶店【司】の厨房担当。上赤幸耀さんだ。
物静かだが妙に抱擁感があり、優しくアリスを見守っている絵に描いたような素晴らしい父親である。
「ん? ああ、二人とも来たんだね」
「うっす、おはようございまーす」
「幸耀さんも、この時間に呼ばれていたんですか?」
二人して駆け寄って話しかける。手前三メートルほどであちらも気づいたようで、笑顔で挨拶してくれた。
「うん。会場は別の部屋だから特に用事は無いんだけど、奏に呼ばれてね」
「マスターに? じゃあ、この中にはマスターもいるんですか?」
「うげ、あのアリスちゃんのお母さんとは思えないハイテンションな人がこの中に!? 朝からあれの相手はきつそう……」
「おい」
「ははは、良いんだよ。奏はそこが可愛いんだから」
結婚して十年以上は経過しているはずなのに、この溺愛っぷり。おしどり夫婦とは、このような人たちを指すのだろう。
とりあえず失礼なことを言った孝宏は頭から叩いておいた。
「いてて、そんで部室には入らないんすか? 廊下に立ってたら憎いぐらいイケメンなので、噂になっちゃいますよ」
「それがねえ、あと少し待ってくれって友華さんに言われているんだ。僕も何のことだかわからないんだけど、中で女性陣が楽しそうにしている声は聞こえるよ」
どうやら待ちぼうけをくらっているらしい。何をしているのかは知らないが、一応助っ人をしてくれるんだし雑に扱うのは良くないだろう。
俺は部室のドアに手をかける。
「なら、ここは俺が。友華、入ってもいいか?」
ノックしながら呼びかけると、ドアが開かれ友華が顔だけ出してくる。妙に恍惚としていて、過去一番に満足そうな表情をしていた。
心なしか少し息も粗い。
「はあ、はあ、あら、二人ともついていたのね。ちょうどよかったわ、今終わったところよ」
「いや、何がだよ。つうか水でも買ってこようか? 死にそうだぞ」
「友華ちゃん息粗いよ? 生理?」
そしてまるで勝ってもらったおもちゃを自慢する子供のように、含み笑いを浮かべながら一気にドアを開いた。
「お黙り、そして孝宏は死になさい。見なさいな! これが私が文化祭のために用意した秘策よ!」
まるで光が溢れ出さんばかりに一瞬部室が眩しく見える。
その中は大していつもと変わらない様子だった。家具や机の配置が変わっているわけではない。
ただ、俺と孝宏、幸燿さんまでもが時間が止まったように固まっている。
部室の中には二人の人物がいつもと違う服を着て立っていたのだ。
「わわ! 山元、見ないで!」
「友華ちゃん、なんで開けるの!?」
恥ずかしそうにブンブン手を振る女子生徒二名。
いや、さながらこの世に降り立った天使といってもいい。三大美女だろうが、名画だろうが、俺からしたらこの二人の魅力には到底及んでいないと断言できるほど完成された美がそこにあった。
文化祭、レストラン、ともなればお決まりの展開なのだろうか?
ふ、馬鹿いえ。これがテンプレだったら俺は全国の学校の文化祭巡りを趣味にしてやるよ。
……まあ、気持ちの悪い考えはここまでにして冷静にありのままに状況を説明すると。
アリスと鈴音がメイド服姿で、部室内に立っていたのだ。
「ああ、アリス! かわええで! 鈴音ちゃんも最高や! ほーれこっち見てみい、お姉さんが写真に撮ったるから!」
既に限界化している母親が部室内で二人の周りをカメラ片手に駆け回っていた。
コスプレの撮影会のような気分なのか、当然そのような格好でカメラに撮られたことのない二人は顔を真っ赤にしてメイド服のロングスカートの丈を押さえている。
長袖で袖口はボタンで止められており、白いエプロンを下に着ている黒のワンピースが引き立て、さらにそれと掛け算のように関わっているフリルが付いたロングスカートが破壊的な魅力を醸し出している。
どことなくクラシカルな雰囲気漂う様子で、清楚と可憐そしてキュッと絞められた腰回りのラインが見えるところに若干の妖艶さを感じる。
フリル付きのカチューシャはただでさえ整っている二人の容姿に愛嬌を加えていて、それはもう、すごい。
そう、端的にいえばヤバイ。目の前の光景はそれほどまでに素晴らしいものだった。
「と、友華、これは……?」
ガッツポーズではしゃぎたい衝動を抑えて尋ねる。




