二十三話・文化祭開始
三日後。
俺が鈴音と二人であいつの家に行った次の日に、鈴音は学校に登校していた。
もちろん全員歓迎ムード。鈴音は最初ぎこちなかったが、次第にその空気に慣れ始めていつるようだった。
そして、現在。
文化祭の日の朝。
俺と孝宏は一緒にオカ研の部室に向かっている。
「いやー、本当に今日ばっかりは別の空間みたいだよねー」
周囲を見渡しながら、孝宏が嬉々として呟いた。
各教室は折り紙や風船で飾り付けがされ、廊下もいつもの無機質な感じではなく売店の看板や装飾に使われている紙テープなどでお祭り会場のようになっている。
生徒の気分も最高に高まっており、まだ開始されていないのに既にテンションが高くなってわいわい騒いでいる学生も多いようだ。
「そうだな。何か最後の方は文化祭準備どころじゃなかったから、実感は薄いけどな」
「はは。まあ、結果的に上手くいったんだし良かったじゃん」
確かに鈴音の件はもうほとんど解決した。
学校にも来るようになったし今日の文化祭にも参加するそうなので、あの事件から立ち直ってはいないかもしれないが多少は回復したのだろう。
「にしても、女子も薄情だよね。僕たちだけ遅れた時間伝えてるなんてさ」
「確かに。さっきアリスに連絡したらもう部室にいるって言っていたから、多分友華の考えだろうよ」
唇を尖らせて不満そうにする孝宏。
それは俺も同感で、なぜ俺と孝宏だけを遅れて来るように指示していたのか分からない。
別に早起きはしたくないので構わないのだが、今回ばっかりはひどく不満だ。
何故かというと……。
「がはは! お前ら朝から辛気臭い顔するな! 楽しい日だぞ!」
豪快に笑うもう一人の男に朝から絡まれているからだ。
「大門寺。お前の声は耳に響くんだよ、つうか朝からテンション高いな……」
「そうか!? まあ、クラス全員が文化祭に参加できるからな。テンションも上がるというものだ」
「うええ、女の子なら何でもいいけど暑苦しい男は嫌いだよぉ」
大門寺に肩を組まれてむさ苦しそうにする孝宏。
いつもテンションの高い男だが、文化祭のようなイベントごとになると雰囲気に酔うというか、普段に輪をかけてハイテンションになるやつなのだ。
「ははは、まあそう言うな! このような場合でもないとお前らとも話せんだろ。優作は放課後になるとすぐにオカ研に行ってしまうからな」
「俺? 何か用事があるのか?」
そういえば朝も教室の前で立っていたな。俺たちを見たら嬉々として話しかけてきたんだった。
それは何か話があったからなのだろうか。
大門寺からの用事というのも珍しいな。
「いやなに、用事って程でもないのだがな……」
頭をかいて少しバツの悪そうにする。らしくもない、普段はうるさいだけなのに。
「あれだ、鈴音の件。解決したのはオカ研と優作だろう? 本来は学級委員である俺の務めだというのに、何も力になれずにすまなかったな」
そう言って頭を下げてくる。予想外の行動に俺だけでなく、孝宏も固まっていた。
「まてまて、頭上げろって。別にそんな大層なことはしてない、こっちが悪い気持ちになるから謝罪はしないでくれ」
「そうか、すまない。……まあ、伝えたかったのはそんなところだ! 今後何か困ったことがあればいつでも頼ってくれよな! 力になるぞ!」
「暑苦しいな……。まあ、そのうち頼らせてもらいますよ。パシリにでも使おうかな」
孝宏がうんざりしたように呟く。
まあ、なんだかんだ言って大門寺は良いやつなのだ。
クラスメイトというだけで鈴音に親身になってやれるほどに、責任感も強いし友情にも熱い男。
普段の性癖全開のドМ行動のせいでつい忘れがちになってしまうが。
そんなことを考えていると、五メートルほど先の空き教室の中から小学生が出てくる。
いや、違うな。小学生は青いレディースのスーツを着て文化祭になど来ないだろう。
そこにいるのは俺たちの担任、串木野先生だった。
何故か大門寺を見るなり、敵将の目の前に到達した足軽のように目をぎらつかせる。
「ああ! 見つけましたよ大門寺くん! 没収した展示物をまた設置してますよね! こっちに来なさーい!」
「む、バレたか! さらばだお前ら、達者でな!」
全力で串木野先生とは逆方向に駆け出していく学級委員長。
背の低い串木野先生は足の速さも小学生並みだ。柔道部で県内トップの運動神経を持つ大男には追い付けないだろう。
しかし、その当たり前の状況はこの二人の場合ひっくり返る。
「お、先生おはようございます」
「串木野先生おはよーう。今日も可愛いね」
「おはようございます、二人も一緒だったんですね!」
「僕が大門寺捕まえてこようか?」
「大丈夫です。大門寺くん! 先生は怒っています! お説教しますよ!」
「お願いします」
先生がそう大声で呼びかけた瞬間変態が廊下に土下座の体勢になって待機し始めた。
大門寺曰く、背の低い年下の女の子から怒られているようで自分がすごく恥ずかしいことをした気分になる、たまらん! らしい。
「じゃ、お二人ともあまり羽目を外しすぎたら駄目ですよ」
「おう、先生もな」
「私はお説教をするんです! 羽目なんて外しませんよ」
「売店にりんご飴売ってるところあったよ?」
「本当ですか!? ご、ごほん! まあ、巡回中に? 屋台に寄ることはあるかもしれませんね。仕事として!」
俺たちは笑顔でトタトタと変態のところに向かっていく串木野先生を見送った。
「あの二人、すごくいいコンビだよ」
「そう思えるお前も大概だぞ……」
足止めを食らったが俺と孝宏は部室に向かって歩を進めるのだった。
何となくこうしていると、いつもの日常が帰ってきたのだなと実感してしまう自分がいた。