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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
序章・アリス
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二話・しかし、子の背景に親はいる

「おっはよー優作!」

「ごふ!」


 登校中、正面から狙ったかのような鈴音の頭突きをみぞおちに喰らって悶絶する。朝食べたものが出てきそうなほどのクリーンヒットだった。

 俺のほうが後ろを歩いていたのに、むこうが気づいたら走って突撃してきたのだ。

 そりゃあもう、さながら殺し屋のように。

 私の後ろに立つ者にはもれなくかましてやる、といった感じの流れるような動きだった。


「お、おはよう。鈴音。今日は遅いんだな……」

「優作はいつもどおりだね!」

「そうはっきり言うな……」


 女子の攻撃で悶絶するのは情けない、必死に平気なフリをしよう。

 鈴音は学校にいつも俺より先に着いている。

 ……俺が遅刻しない日の方が珍しいので基本どの生徒も俺よりは早いけれど。


「何かあったのか?」

「えっとね、ミケが木から降りれなくなってて助けてたんだ」


 嬉しそうに天真爛漫な笑みを浮かべた。

 朝からこっちまで元気をもらえそうな笑顔だ。ひまわり型のオーラが周囲に見える。


 ミケは鈴音が友達と言ってる野良猫で、名前のとおり三毛猫。鈴音以外には俺くらいにしか懐かない気難しい奴だ。


「そうか。なら急いだほうがいい。俺は今日も遅刻するだろうからな」


 そう言って手を普段とは逆方向に扇いで、先に行くように促す。

 しかし、鈴音にその手をがっちり掴まれた。


「もー、駄目だよ遅刻は……。そうだ、優作も一緒に行こ!」


 そう言って駆け出す。

 元陸上部の鈴音さんは女子の中でもトップの運動神経の持ち主だ。男子と比べると劣るけど、少なくとも俺よりは速い。

 手を引っ張られているから、逃げ出せもせず鈴音のペースに合わせるしかない。

 つまり。 

 地獄ってこと。


「ば、ちょ、待てって! 朝からランニングは勘弁してくれ!」


 俺も少し遅れながら足を動かす。

 しかし、既にスピードが乗り始めていた鈴音には俺の加速では追い付けない。

 半分引きずられるような形になった。


「急がないと、始まっちゃうよー!」

「待て! 待ってください! お願いします! 足が、足が変な方向向いてる! 

 鈴音!? 聞こえてるかー!」

「アイキャント、ジャパニーズ! たまには間に合わせるよー!」


 鈴音の強行で、学校前の心臓破りの坂をベストタイムで走りきる。

 足は犠牲になった。


「はあ、はあ! 殺す気か! この馬鹿!」

「あはは、まあまあ落ち着いて。朝から良い汗かけたし、ほら」


 校門前で鈴音が指差した方に視線を向ける。


「あ……。間に合ってるな」

「おめでとう優作! 一歩成長だね!」

「いや、お前はどの立場なんだよ……」


 意図せず鈴音のおかげで。

 俺は久しぶりに、遅刻せずに学校にたどり着いたのだった。


 

―――――――――――――――――――――



「ちーっす」

 

 誰もいないオカ研の部室に入る。本来なら二限目が始まっている時間。

 俺はその授業をばっくれて、部活棟に来ていた。

 授業は出たとしてもどうせ寝るだけなので大して影響もない。


 何回かやっているので、学校が家に連絡してるだろうが母さんからは何も言われない。

 あの親のことだ。息子のことは本人に任せています、とか言っているに違いない。

 放任主義とは便利な言葉だ。


「あら、優作。今日は少し遅かったわね」


 先客はオカ研の部長。三年の友華がパソコンをいじっていた。


 友華は俺みたいに落ちこぼれて授業に出ないのでなく、その逆で頭が良すぎて行かない。

 退屈すぎてその時間を別なことに使う方が有意義と考えたらしい。


 それでも流石にテストと出席で考えて単位が取れるくらいは出席している。

 期末テストでは常に学年でトップの成績を修めているので学校側も注意しにくい状況にある。物語の主人公みたいな先輩だ。


「朝から鈴音に捕まっててな。

 おかげで朝のホームルーム前に出席してたのを驚かれたよ。その流れで一時間目は出てきた」


 言いながらソファに腰を下ろす。

 俺も友華ほどではないが普通の生徒と比べたら授業に出席していない方だ。

 他の生徒から見て俺だけが不良で友華は憧れの的なのは、そこら辺の違いだろう。


「あら、良かったんじゃないの。私と違って優作はただの不真面目なんだから。

 鈴音に感謝したほうがいいわ。

 ええそうよ、お前みたいな奴に構ってくれる時点で聖人級の人の善さだもの。今度菓子折りでも持って行ってあげなさい」


 ぐうの音も出ないほど事実だが、俺はそうですかと軽くあしらってスマホの画面を見ている。


 いや、待て。最後の方は言いすぎだったような……。よく聞いてなかったからわからない。


「そういえば昨日の塩は効いたかしら?」


 からかうように頬杖をつきながら尋ねてくる。この様子からして本人もただの塩だということは知っていたな。

 幽霊が見えるという俺の話も面白半分で聞いてい

たのかもしれない。

 そう思うと少し腹が立つ……。


「ああ。効いたぞ、幽霊も逃げ帰っていった」


 折角だから少しからかってやろう。

 友華が幽霊を信じない理由を俺は知ってるからな。


「え! ほ、ほんとに?

 こほん……、というかその話しぶりだと幽霊と会ったのかしら?」


 動揺した友華だが必死に余裕そうな顔を作って額に汗を流しながら俺に質問を重ねる。

 そう、目の前の知的な雰囲気を醸し出し、幽霊なんて非科学的なもの信じないといったタイプの先輩は何を隠そう心霊現象が大の苦手なのだ。


「ああ、それはそれは怖くてな。足の震えが止まらなかったが、友華の塩が役に立ってなんとか逃げられたよ」


 大げさに思い出して恐怖しているようなフリをする。

 友華は膝に手を置いて姿勢のいい座り方をしていた。わかりやすく動揺し始めたな。


「そ、そう。まあ優作にしては面白い作り話じゃない」


 そろそろいいか……。


「でもなあ。」

「……ど、どうしたのかしら?」


 俺が独り言のように呟いた声に、友華がひきつった笑みを浮かべながらも反応を示す。


「昨日の霊から逃げてる時に、幽霊が俺の落としたタッパーを持ってな。こいつか、って言っていなくなったんだよ」

「……ふええ?」


 見るからに汗の量が多い。

 小学生でも信じるか信じないか微妙なラインだが、上手く話に乗っているようだ。よし、ここでトドメ。


「ああ! 後ろに髪の長い女が!」

「――っ! いやあああ!」


 友華が突然大声を挙げて部屋のドアを勢いよく開ける。

 そして、一度振り返って室内を見渡すがもちろん俺しかいない。


「ね、ねえ! 本当にいるの!? この部屋に!?」

「ああ! ここは俺に任せて先に行け! 

 お前だけは生きろ!」


 そう言って俺が大げさに見えもしない何かに向かってファイティングポーズを取る。

 友華は俺の行動に一瞬驚いたように目を見開いて直ぐに頷いた。


「ま、任せたわ! あなたのことは忘れないから! いやああああ!」


 そう言って駆け出した。

 俺は一人部屋に残される。

 いやああああ、ってあんなに女っぽい悲鳴を出すこと出来たんだな。

 おかしかったけれど、妙に可愛い。

 情けないことに変わりは無いけど。


「ふう……もしかしなくてもやりすぎたな。後で冷静になったら怒るだろうなあ」


 部屋のドアを閉めて、室内に備え付けられていた冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに注ぐ。

 少し悪趣味な嘘をついたかもしれないが、友華が俺をからかったのが事の発端なのだから自業自得だろう。うん。多分。


 冷えた麦茶が喉の奥をつんと刺激する。心地よい勝利の気分に浸り、そのままコップを持ってソファに座ろうと振り向く。


「あ、ついたよ」


 するとソファには俺より先にアリスが座っていた。


「いやああああ!」


 俺は乙女のような悲鳴をあげてコップの中身を机上にぶちまけた。


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