二十二話・だから彼女は泣いていた
アリスの頬が赤く染まっていたのは、多分日差しのせいだろう。
俺はその姿に目を奪われてしまい、しばらく呆然としていた。だが、思考は回り始める。
「アリスのやつ。どこまでわかってるんだよ」
俺なんかよりも数倍鈴音に寄り添える筈のアリスが今回の件を任せてくれたのは、本心から俺でないと駄目だと思ったからだろう。
「友華も孝宏も大概だが、あいつまで俺を高く見すぎなんだよ……。そんな、すごい人間じゃないのに」
わかっている。
鈴音が何で悩んでいるのか、もう答えはあるはずなんだ。
「こんだけ期待されたら、やるしかないだろ……!」
鈴音の施設に戻る前に近くの公園のベンチに座る。この時間帯は子供も帰り始めるので誰もいない。集中するには絶好のポジションだ。
考えろ。
普段は使わない脳みそを無理やりフル回転させる。
問題は何だ。
鈴音の本質は結局のところどこにある?
アリスの言葉――鈴音は、落ち着いたように見えて今が一番危ない状態。
友華の言葉――鈴音は俺たちの前だと常に明るい。それこそ鬱陶しいくらいに。
明智さんの言葉――鈴音はある日を境に突然明るくなった。それは、父親の件で他人に嫌われることを恐怖していたから。
校長の言葉――相手を悪と決めつけて、それ以上の可能性を考慮しないのは滑稽である。
「あーもう! 何かが出かけているんだけどな! わからない!」
自分の馬鹿さ加減を呪う。
これだけの情報があれば誰でもわかりそうなのに、鈴音の人間不信の根本にあるものがわからない。
最後のピースは多分鈴音自身が伝えてくれたはずだ。
何を見逃している。あいつの発言の中から、俺は無意識に排除した言葉があるはずだ。
「――――あ」
え、まさかそんなことなのか?
そんな単純なこと?
もしこれが本当なら俺たちは皆大きな誤解をしていたことになる。
でも、鈴音の人間不信の根幹にこれが関わっているのなら、まだ未確定の情報もあるが辻褄は合うよな。
「は、はは。嘘だろ……、こんなことなのか。いや、断言はできないよな。まだあいつに対して知らないことがあるから、それを確かめに行くべきだよな」
意を決して歩き出す。
鈴音の元に、彼女を救う可能性を見つけたから。
――――――――――――――――――――
「鈴音、俺だ。少しいいか?」
ドアをノックして部屋の中にいる鈴音に声をかける。
先ほどまでは応じることは無かっただろうが、明智さんが言うにはだいぶ疲労しているけれど、以前の状態に戻っているらしい。
「優作? どうかしたの?」
「実は少し話があってな。……部屋に入ってもいいか?」
「大丈夫だけど……。二人きりになるなんて大胆だねぇ、先生に許可もらったの?」
「ああ。快く承諾してくれたよ」
明智さんには心苦しいが忘れ物をしたと嘘をついてきた。
これから俺がすることを、あの人は鈴音の親として絶対に否定するだろうから。
「ふえ!? そ、そうなんだ。えっと、どうぞ」
少しからかうように口にした一言を、否定することなく俺が流したので鈴音は見るからに動揺していた。
部屋に案内されると流石にまだ片付いてはいなかったが、先ほどの座布団に座る。鈴音はベッドに腰を下ろして緊張した面持ちでチラチラと俺を気にしていた。
「ふう、さてと。それじゃあ早速だが、聞いてもいいか?」
「は、はい。その、優しくしてくれると、助かる!」
「何の話だよ……。俺が聞きたいのは、しつこいかもしれないがお前の過去についてだ」
それを聞いたとたんにテンションが下がる鈴音。こいつ俺が何をしに来たと思っていたんだ……。
「私の過去って。先生から聞いてるでしょ?」
呆れたように口にする。実際本当に思い出したくない過去なのだし、他人から深掘りされるのはいい気分じゃないよな。
……でも、もう少しだけ耐えてくれ。
「ああ、聞いたよ。でも俺は鈴音から聞いていない」
「い、意地悪だなあ……。しょうがない! 話してあげましょうとも!」
「ああ、お前じゃない――もう一人の鈴音に聞いてるんだ」