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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
一章・鈴音
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   狂気と本心②

「お父さんとお話し中だったんだ。私たち突然来ちゃったけど、邪魔しそうだったら帰ろうか?」

「いやいや大丈夫だよ! 友達紹介するの初めてだから、お父さんも喜んでる!」

「そうなの? よかった。あ、こんにちわ。鈴音の友達の上赤アリスです。娘さんにはお世話になってます」


 アリスは話を合わせて、座ってから行儀よくお辞儀した。

 それを見た鈴音はお菓子を貰った子供のように嬉しそうな顔をする。


 俺はというと、目の前の状況についていくことが出来なくて情けなく口を開けその光景を見ていることしかしていなかった。


「やめてよアリスちゃん! お世話になってるのは私だよって、お父さん何の話してるの!? 昔の事だし、恥ずかしいからやめてよー!」

「へー、鈴音にそんな事があったんだ」


 イタズラっぽく笑い、鈴音をからかい始めた。


 鈴音の世界を理解するとは、つまり話を合わせてこの状況になるまで追い詰められた鈴音を説得するヒントを得ようということか。

 アリスの行動からその真意はわかった。


 だが、俺たちにそんなことが出来るのか?


 狂気の一歩手前。その領域に足を踏み入れかけている少女を、俺たちが救うことなんて俺には荷が重すぎる。ここにいるのが俺ではなく、友華や孝宏だったのなら鈴音の心を開いてあげることが出来るはずだ。


 俺はあいつらのように飛びぬけた知識や、コミュ力、そして他人に親身になれるような心を持っていない。

 そんな人間が鈴音の説教を……、閉ざされた心を開けることができるのか?


「山元もこっちに来て。鈴音のお父さんが話したいことがあるんだって」


 アリスから声をかけられる。出来る出来ないではなく、どうやらやるしかないようだ。

 自分への後悔をしている暇があるなら、アリスのフォローをする方がまだ役立てられる。


「ああ、悪い。今座るよ、失礼します」


 人形に立ったまま一礼して用意され座布団に座る。アリスは安心したように俺を見据えていた。こいつは俺のことを勘違いしている。


 お前が思っているほど、山元優作という人間はすごい奴じゃないんだ。たまたまアリスの件は上手くいっただけで、本来は実の親に殺意を抱くような醜悪と罵られてもおかしくない部類の人間なんだ。


「ふふ、優作は女の子の部屋に慣れてないから緊張しているんだと思うよ」

「そうなの? あんまり気にしなさそうなのに、なんか意外かも」


 座ってしまった以上、俺はこの会話に混ざらなければならない。


「そうか? まあ、この部屋もまだ二回目だしな。慣れてないのは本当だよ」

「……二回目?」

「ううん。ふふ、優作ったらおかしい。鈴音が友達を家に呼んだのは初めてなんだよ」

「だよねえ! ビックリしちゃった!」


 冗談っぽくアリスが微笑むと、鈴音もおかしそうに笑った。

 その瞬間理解する。アリスがどれほど一言一句に注意を払っているのかを。


 鈴音は現実逃避の末に今の状態になっている。救い出すために必要なのは無闇に現実を思い出させないことだ。何が原因なのか。トラウマってものは根本を抜かないと、更に強固になって生えてくる木の枝のようなものなのだ。下手に現実に戻すのは危険だろう。


 理解したからといって咄嗟に出来るようなものではないが、アリスは日常会話に興じる素振りでそれをやってのけている。


 つくづく出来の違いを思い知らされるな……。


「悪い、勘違いしてた」

「もーう、変な冗談やめてよね! お父さんも落ち着いて、連れ込んだりしてないってば!」

「ふふ。鈴音のお父さんは元気な人なんだね」

「元気……なのかな? 少しお酒の癖は悪いけどね」

「そ、そうなのか」

「……いま、お父さんはお酒を飲んでいるの?」

「ううん! 今日は飲んでないよ!」


 アリスは安心したように一瞬強張らせた表情を緩める。


 鈴音との会話はピンと張られた糸のように、少しのブレも許さない緊張感が漂っていた。俺は相づち程度だが、率先して話しかけているアリスは額に汗が滲んでいる。


「そうなんだ。明るい人なんですね、お父さん」

「あ、お父さん照れてる! そうなの、お父さんは明るくていつでも私のことを一番に考えてくれてるんだ!」

「うん。鈴音を見ていたら、どれだけお父さんが好きなのか伝わってくるよ。鈴音もすごく明るいのは子は親に似るっていうあれかもね」

「そうかなあ、えへへ」

「うん。鈴音はいつも明るくて、見てる私まで元気をもらえるもん」

「……あか、るい? アリスちゃんは、誰の話をしているの?」

「っ!」

「お父さん、少し俺と話しませんか!? 鈴音ちょっと部屋出るな! 外に行きましょう!」

「お父さんに用事? よく分からないけど、お互いに変なこと言わないでよね!」


 不穏な気配を感じ取ったので、多少強引な気もしたが人形の背中を押す素振りをしながら部屋から出る。


 最後に見た鈴音の調子はいつも通りだったが、どこに地雷があるのかまだ分からない。鈴音の本心を早く見つけなければ、ボロが出るのは時間の問題だろう。


「ふぅー、よし!」


 自分を鼓舞するように一呼吸吐き出してから、部屋の前に人形を置いて再び鈴音の前に戻る。

 当然、父親と一緒に帰ってこなかった俺を目を丸くしながら眺めていた。


「あれ? お父さんは?」

「あ、ああ。どうも急に用事が出来たとかで出ていったぞ! 新台がどうとか言ってたような……」

「ああ、パチンコだね。お父さんそういうの大好きなんだよねー」


 苦笑いしながらポリポリ頬をかく鈴音に笑い返しながら、アリスの横に着席した。俺がいない数秒の間にも会話はあったようで、先ほどより汗が増えていた。



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