正義の男②
その話に俺は、反論できない。
その理屈を理解できてしまったから。
「つまり、鈴音の親があいつを虐待したのは、理由があったって言いたいのか?」
「その可能性もあるが、違うかもしれない。気に入らないのは貴様の姿勢だ。相手を悪と決めつけ、それ以上の可能性を考慮しないのは理性のある生物の行動としてあまりにも滑稽すぎるからな」
何となく、本当に僅かにだがこの男の言いたいことがわかった気がする。
偏見や片方からの情報で決めつけた考えでは、鈴音の本当の思いを理解できていない可能性がある、ということだと思う。多分。
でも、あいつを監禁してその上でトラウマを植え付けさせた男を俺は許すことは出来ないし、ましてやその気持ちを知ることなんか出来ない。
「わかったよ、その意見を参考に鈴音と明日話すことにするよ」
あくまでも一つの意見程度に話を受け止め、そう言ってそのまま部屋を出ようとする。
友華は今回は何も言わずにじっと俺を見ている。聞かせたい話は以上だったのだろうな。
「最後に一言だけ言っておく」
再度ドアに手を掛けたタイミングで校長から呼び止められる。
「何だ? 鈴音のことについてならもういいぞ」
「まあ聞いておけ。困難なことは自分自身を知ること、容易なことは他人に忠告することだ」
帰り際にこの男は何を言い出すんだ……。
「古代ギリシアの哲学者タレスの言葉ね」
友華の補足で誰の言葉かはわかったが、何故今その言葉を俺に言った?
この男のことだ。関係のない事を言うはずがない。
……わからん。
「それだけだな、じゃあ帰るぞ。友華は?」
「私はもう少し話してから帰るわ。気をつけて帰りなさいね」
何の話をするのか気にならない訳ではなかったが、それよりも校長の目の前にいる気まずさが勝ったので校長室を後にした。
明日は鈴音の部屋を訪問するんだ。
何かあってもアリスや鈴音が怪我をしないように気を張り続けねばならないので今日は早めに寝るとしよう。
この日は特にやることもないので、学校から直に帰宅して早々に眠りについた。
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優作が帰ったあと、校長室にて。
「ふふふ」
「何の笑顔だ。如月」
「いえ、あなたも結構優しいところあるじゃない。まさかあんな事まで言うなんてね」
「校長として当然の事をしたまでだ。特にあの生徒は、色々と面倒な人生を歩んでいるからな」
「……誰かさんに似ているのかしら?」
「馬鹿を言うな。それを言うなら、貴様もあの生徒には妙に肩入れしているだろう」
「ええ、私は優作がお気に入りだからそうしているのよ。あなたの理由は何かしら」
「そうだな。目の前で無知な善意を振り回す男を見ていると虫唾が走る。そんなところだ」
「面倒な人ね。そういうところが似てるわよ、あなた達は」
「貴様とのこの手の会話は嫌いだ。時間もないからそろそろ出て行け」
「わかってるわよ。あ、でも最後に一つ、これは私が個人的に話したかったことなのだけれど――」
優作の思っている以上に、人間は複雑で、様々な顔を持っているのかもしれない。




