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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
一章・鈴音
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二十話・正義の男

「失礼するわ」

「……ちーっす」


 普段より数倍はぶっきらぼうに挨拶しながらその部屋に入る。


 向かい合うように置かれたソファとその間にある膝程度の高さの机。そしてその奥には高級そうな茶色の机が置かれている。これは腰程度の高さがあり、座ったらすべてを征服した気分になりそうな革製の椅子とセットだ。


 若干オカ研の部室と雰囲気が似ている場所。

 いや、たぶんオカ研が真似したのだろう。

 奥で椅子に座っている男は俺達を見るなりため息を吐いた。


「貴様らのために時間を作ってやったのに礼を感じんな。オカ研の部員たちよ」


 低く渋めの声なのによく響く。柔道家のような体格に特徴的なハゲ頭と黒グラサン。そして高そうな黒いスーツ。


 目の前の一見人を殺っていそうな風格漂う男は、我が校の校長先生その人だ。


「ごめんなさい校長先生。鈴音の家で予想外に時間を使ってしまってね、後はいつものお茶会が部室であった、これが理由よ」

「俺はさっき聞いたから遅れた。本当に直前で聞かされたから、逃げれなかったっていうのが正しい」

「だろうな。貴様の反応を見ればわかる。御託はいいから要件を述べろ、時間は有限だ」


 俺はこの人が苦手、いや嫌いだ。


 人を見透かしたような話し方。特にオカ研の部員に対してはあたりが強く、何かと目の敵にしてくる。

 俺がオカ研に正式な部員として入部しないのも、この男が一枚絡んでいるからという部分もある。


「そう、それなら早速なのだけど、鈴音についてアドバイスを貰いに来たわ。何か話してちょうだい」


 この男にこれほど砕けた態度で接するのも友華くらいだ。


 自分を目の敵にしている相手だからこそ大きな態度を取りたいのか、他の先生が見ていたらヒヤヒヤさせるような絡み方をしている。


「ほう。それは山元、貴様の考えでもあるのか?」

「なわけないだろ。誰があんたに助けを求めるかよ。鈴音の件は俺たちだけでも解決できる」


 俺の答えに校長は目を細める。


 この人を苦手な理由のもう一つは、話している時に感じるプレッシャーの大きさも関係している。正直生きた心地がしないという表現がぴったりだろう。


 キャンバスに溢した黒い絵の具のように、この男は最初に会ってからずっと厳格な雰囲気を崩さない。それが俺からしたら不気味でならなかった。


 人間を色で表すとしたらほとんどの人は、多色での表現になると思う。

 だって人は一つの色で表せるほどに単純なものではないから。しかし、この男はどう見ても黒一色だろう。何者にも染まらず、また染められないからだ。


「なるほど。如月は相変わらず優秀だが、貴様は何も変わらんな。いつまでも子供のままだ」

「あ? 何言ってるんだ急に。友華やっぱり俺は帰るよ、この男と話すことはない」

「ちょ、優作待ちなさい」


 引き返して校長室に入り口に手をかける俺を友華が慌てて止めようとしてくる。こいつがこうまで引き止めてくるのも珍しい。


 でも、もううんざりだ。訳も分からず連れてこられたと思ったら馬鹿にされるだけ。そんなやつと話すことはない。


「その行動が、子供だと言っている」


 その一言で俺は動きを止める。

 今動いたらこの男の発言を肯定することになるからだ。

 この男は、本当に。


「うるさいぞ、いいよなあんたは。上から目線で説教を垂れるだけだから。鈴音の相談なんてしたところで、あんたはあいつについて何も知らないだろ。俺たちよりも、知っているわけがない」


 椅子に座り俺をじっと見る校長。そして呆れたように口を開いた。


「救いようがないな。私は貴様に説教をした覚えはない、述べたのは事実だ」

「だからそれが」

「貴様は! 貴様は他人について何を知っている?」


 突然の大声にびくりと強張る。多分それがこの男の狙いだろうが。

 サングラス越しにも、鋭い目つきで睨まれていることが伝わってきた。

 他人について、知っていること……か。


「例えばだ、子供を虐待して部屋に監禁していた親がいるとする。その親は何故子供を虐待したと考える?」


 この話、なんでこの男が鈴音の過去を知っている?

 あいつが施設に入る理由。そして今再び部屋にこもるようになった全ての元凶が鈴音の父親が行った虐待にある。


 歪んだ思考を持つ男の、ストレスのはけ口にされていたのだ。


「そんなの、理由なんてないだろ。あいつの親は性根が腐ってた、そうじゃないと普通の人間が自分の子供を監禁なんてするわけ無い」


「理由はない……そうか。お前の世界は能天気なものだな。強姦、窃盗、殺人、傷害、様々な事件を起こす犯罪者達に対してマスコミの報道とりわけメディアでは、その犯罪者への印象として信じられないという言葉が使われる。同調するように世間も騒ぎ立てる。その人間の浅い経歴だけ調べて、薄っぺらな人格を視聴者にイメージさせるのだ。貴様はそれ以上を考えたことがあるか? 当人がどんな悩みを抱えて、どんなストレスを抱えていたのかを」


「ある訳無いだろ。犯罪者は、世間の常識を逸脱した奴らの総称だ」


「窃盗をしてその際に相手が高齢者で大怪我をさせた男がいたとしよう。窃盗の理由は空腹の我が子に食事を与えるため。そのような場合、お前はその男を悪と断ずるのか」


「違う! そんな極論を言うな! 話がおかしくなるだろ!」


「極論ではない。やむを得ずに罪を犯した人間など数多くいる。そこまで深く報道されないから知らないだけだ。なぜなら貴様の言うとおり私たちは善悪の基準として法律を定めた。悪事を働く人間に、これが悪だと知らなかったと言わせないためにな。しかし何事にも例外は存在するものだ。罪を犯すに足る理由を持つ者が奴らの中にはいる。それは文字として存在する善悪の基準と人間の倫理的な思考による齟齬がもたらすものだが、その部分には大多数の人間は深く触れない。触れた瞬間に自分にとって唯一の正義とされる法が、脆くなるからな」


 その話に俺は、反論できない。


 その理屈を理解できてしまったからだ。


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