純粋な善意③
それを知っている知覧もこの場では言わないだろうが裏で何かしら動いていそうだし、本当にこの二人は良いやつだ。
「そうか、二人ともありがとうな」
「いえいえ、言われる程のことは何も」
「お、おーほっほっほ! 褒め称えるがいいですわクソ庶民!」
「節子って本当の話し方はどっちなの?」
「実家が貧乏って話だからな。普通に標準語じゃないか?」
「違いますわよ! アリスさん私の家は総資産数十億以上ですわ」
「うん、そうなんだ。すごいね」
「その目はやめてくださいまし!」
「うふふ。ここに来ると山川さんは一層賑やかになりますね」
山川と知覧は正反対の二人に見えるが実のところかなり仲は良い。喧嘩するほどなんとやらだ。
そしてアリスは嬉しそうにその様子を見ている。
「ふふ。鈴音は幸せ者だね」
ああ、そうだな。
少なくとも友人には恵まれたのだから。
その後、知覧が場所を借りたお礼と言って看板を組み立ててくれた。一流の職人のような手際の良さだが本人曰く、大和撫子の嗜みらしい。
友華よりも実はハイスペックなのか?
「ただいまー。あら千夜子たちもまだいたのね」
ちょうど友華の事を考えていたら本人が部室に戻ってきた。えらく疲れている様子だが。
「おかえり友華。なんかやつれたな」
「こいつを引きずりながら帰ったからよ」
廊下には何故か石のように固まった孝宏がいる。
アリスがさっそくつついたが特に反応もない。妙だな、女に触られてこいつが喜ばないとは。
「う、何があったんだよ」
孝宏に尋ねるとかすれた声で反応した。
「うう、鈴音ちゃんに、きもいって言われた」
「ああ、そんなことか」
「そんなことってなんだよ!」
起き上がって抗議してくる。
そりゃまあ、いつも他の女子から気持ち悪がられるような行動しているのに、鈴音だけが何も思ってない訳無いだろ。普段は言わなかっただけだ。
今回の件で良くも悪くもはっきりと物を言うようになっているのかもしれない。
「まあ、実際結構なことを言われてたわ。ボディタッチが多いだの、汗かいてる日にこっちをジロジロ見るなだのね」
「ええ、本気のやつじゃん」
「孝宏さんそんなことしているんですの?」
「鈴音さんから言われるとかなり刺さりますねぇ」
女性陣が各々感想を述べる。
あの鈴音からの指摘とは思えないような内容だ。もし俺が言われていたら今の孝宏のように、この世の全てに絶望したような表情を浮かべていたかもしれないな。
「鈴音も本気で俺達を拒絶してるな……。明日が思いやられる」
がっくりと項垂れると友華がジト目を向ける。この男、昨日の発言はどこにいったんだという顔だ。
「あら、口だけ人間とはまさにこのことかしら」
「冗談だよ。アリスと二人で行くから、クラスの話とかしていい感じに距離を詰めるつもりだ」
「うん、がんばる」
ガッツポーズをとるアリス。実際俺と鈴音は休みの日に会うような仲でもないので、いざ話題を振るとなると学校のことしかない。
普段は鈴音から会話をしてくれるので、もしあいつが話を広げる気がなかったら終わりだ。
「その、私たちには何か出来ることはありまして? 手伝ってあげてもよろしいのですよ」
「山川さんは、鈴音さんが心配で少しでも力になりたいそうです」
二人からのありがたすぎる提案。
だけど。
「そうだな、鈴音が学校に来たらいつも通り接してやってくれ。それが一番ありがたい」
今の鈴音の詳しい状態をなるべく他の人に見せるわけにはいかない。
いもの鈴音が戻ってきたら、こいつらが当たり前のように話しかけてくれることで安心させられるだろう。
「よろしいですわよ! 私の特性料理を振る舞いますわ!」
「了解です。……頑張って下さいね、ほら山川さん行きますよ」
山川の背中を押して、知覧が部室から出ていく。最後の辺りで視線が合った時に知覧からウインクされたが、おそらく何かに勘づいている。
山川が邪魔しないように連れ出してくれたようだ。
「あの二人、実は仲良いよね」
「喧嘩するほどって言うじゃない、その類いよ」
同じような考えをしているやつらがいた。
二人もいなくなったので、わかりやすく部室に静寂が訪れる。
「さて、と。明日は優作とアリスに任せるわよ、いいかしら?」
腕を組んだ友華が俺達を見る。
「おう、任せてくれ」
「私たちが鈴音を連れ出すよ」
その反応を見て安心したように友華が笑う。
「そう。それなら安心だわ」
いつの間にか立ち上がっていた孝宏が友華のその言葉を合図にしたかのように、アリスの鞄を持った。
「僕はもう疲れたから帰るよ! じゃあ、行こっかアリスちゃん!」
「ええ!? 私の鞄返して!」
孝宏が廊下に飛び出し駆け出していく。アリスもそれを追っかけて走り出した。
こいつら、何企んでるんだ……。あからさまにアリスを引き離したな。
「はあ、それで何をするつもりなんだ?」
「人を待たせているわ。鈴音の説得にアドバイスをくれそうな人をね。アリスや孝宏がいたら鈴音の過去を話せないから二人には帰ってもらったのよ」
「鈴音の説得に?」
「そうよ。意見をもらいに行くの」
珍しく胡散臭いことを言う友華。
そのまま、俺にはお構いなしに歩き始めた。さっさと後を追ってこい、どうせ気になるんだろ?といった感じで誘導される。
「わかった! 行くから少し待ってくれ!」
当然気になるので俺も慌てて友華を追っかけるのだった。




