純粋な善意②
「おーほっほっほ! 千夜子さん今日ものこのこいらしゃったのですわね、今回もボコボコにしてあげますわ!」
「今日は友華さんはいらっしゃらないんですね。よかった、誰にも止められる事はないようです」
龍虎が向かい合うように、二人は机を挟んで牽制しあう。
「山元。どうなったら勝ち負けつくの?」
「いつも山川が泣いて謝るまで続くな。知覧が満足したら勝ちだ」
「それって、山川に勝ち目ないんじゃ……」
「し。面白がって誰も触れてないんだから余計なこと言うなよ」
「おーほっほ! 生産量が人気を物語っていますわー!」
挑発を無視し手早く知覧が準備を済ませて山川の前に茶碗を置く。
「うふふ。御託はいいのでさっさと飲んでくださいね?」
茶碗を置いたとき机からゴリっていう普段は聞こえなさそうな音が鳴ったが、山川は怯む様子もなく茶碗を手に取った。
「ふう、今回も結構なお点前で。飲みやすいですし、最近疲れていたので体に染み渡るようですわ」
「うふふふ、褒めてるのか貶しているのかどっちなんですかね? あとお茶を飲む前に私に一礼してください、作法です。褒める際は、大変美味しゅうございましたと言いましょうね。場合によっては皮肉になりますので」
やっべ。完全に知覧が怒っている。普段は温厚なのにお茶のことになると人が変わるんだよな。
発言を指摘された山川は怯むでも訂正するでもなく、声高らかに笑った。
「だからなんですのー!」
「山元。山川が無敵だ」
「ああ、あいつは友華でも論破できない数少ない人間だからな」
指摘を注意として受け止めないので、あいつはいつもマイペースだ。
そこが山川の良いところでもあると思うんだがな。
「そうですか。では、そろそろ……」
知覧の視線が俺に刺さる。
了解、わかってますよっと。
「アリス一度部室を出るぞ。そうだな一分くらい」
「え? 二人っきりにしていいの?」
「最後はいつもこうなるんだ。少しでいいから二人だけの空間にしてやってくれ」
「……? まあ、山元が言うなら」
腑に落ちないアリスを連れて部室から出る。
「あら、人払いをして何をする気なのかしら? もしかして暴力に訴えようとしているのですの!? 滑稽ですわ! ざぁーこ、ざぁーこ、雑魚部活! 生産量全国二位!」
「うふふふふ」
「根性なしぃ! 恥ずかしくないんですの! かわいそー!」
俺がドアを閉めると部屋の中から音はぱったりとしなくなった。
そして一分後また部屋に入る。
「ごべんなさい! 私が悪かったですわー!」
「分かればいいのですよ。今度また茶葉の悪評を流すようでしたら、もう一度分からせますからね?」
「は、はい……」
散々人をおちょくっていた山川が泣きながらソファの上で綺麗に正座していた。知覧は対面のソファに落ち着いたように座っている。
「こ、これは……」
アリスがその様子の変わりように若干引いていた。
「これが知覧の必殺技だ。こいつに歯向かったら最後、どんなやつでも今の山川みたいになる。その間に何があったのかは知覧以外覚えていない」
「千夜子は何者なの!?」
アリスが山川に駆け寄って頬をツンツンと突いた。まるで新種の動物に遭遇した探検隊のような反応だ。
すると山川は外部からの刺激で、次第に目に生気が戻り始める。
「は! ここはどこ!? 私は何をしていたんですの!?」
いつもの調子に戻ったようだ。
「今回も私の勝ちのようですね。知覧茶は世界一です」
「ぐぬぬ、卑怯ですわ! 何があったかは覚えていませんけど!」
こんな感じでいつも知覧の一人勝ちに終わるのが恒例の流れでもある。しかし、自分にとって不利益な記憶を直ぐに抹消する山川は来月も戦いを挑むだろう。
お茶戦争の終結はまだまだ長そうだ。
「さて、と。今回はこの辺で見逃しといてあげますわ。私別の用事がありますので」
「はあ、そうなんですか? あなたに用事というのも珍しいですね」
すると山川は隣にいたアリスを見たあとに俺に視線を送る。
今までとは違い少しだけ不安そうな表情をしていた。
「その、失礼を承知で尋ねますわ。不愉快だったら答えないでも結構よ」
「どうしたの? 山川にしてはだいぶよそよそしいね」
「まあ、そうもなりますわよ。アリスさん、私のことは節子と呼びなさいな。千夜子さんだけ名前呼びは少し癪ですわ」
話がそれたが直ぐに咳払いをして、そのよそよそしくもなる内容を聞いてきた。
「その、鈴音さんの件なのですが、学校で回ってる話は本当ですの? その、父親に虐待されて施設に入っているというのは……。そして、父親が亡くなられた、というところまで」
ああ、その話か。
いつの間にか学校中に鈴音の父親の件が広まっているのは事実だ。
警察があの家に来たとき、騒ぎを聞きつけた近所の人から徐々に生徒へと情報が広まってしまったらしい。
そこに悪意は存在しないのだから、俺にはどうにもできない。
別に正直に伝えても構わないだろう。
「ああ、本当の話だ。本当に学校中に広まっているんだな」
「そうなんですの……。今学校を休んでいるのはそれが関係しているんですよね?」
「そうだな。少しその辺はややこしくて……」
「言わないでくださいまし。私も知りたくはありませんわ。知ったところで付き合いを変えるつもりはありませんし」
山川と視線が重なる。
嘘はついていない。山川は本当に知るつもりがないのだろう。
「ああ、そうしてくれると助かる。でも、だったらなんで鈴音の噂について聞いたんだ?」
少し意地悪な質問だと思うが、山川が何を考えているのか気になったので聞いてみる。
しかしそれに返答したのは机の上のお茶セットを片付けていた知覧だった。
「最近山川さんは、学校で鈴音さんの噂をしている人たちを注意しているんですよ。根も葉もない噂を広めるなですわ、と言って」
次の瞬間、山川が顔を真っ赤にして抗議を始めた。
「ち、違いますけどー!? 庶民の事情など興味ないというか、どうでもいいっぴ? いえ、どうでもよくはないのだってばよ!」
「山川さん、語尾がおかしくなってますよ」
なるほど、山川は鈴音の印象が下がるのを防ぐために行動してくれていたのか。
それを知っている知覧もこの場では言わないだろうが裏で何かしら動いていそうだし、本当にこの二人は良いやつだ。




