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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
一章・鈴音
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   悪意のない狂気(おまけ)

「それじゃあ今日は解散ね。明日からの予定は把握したかしら?」

「ああ、ばっちりだ。アリスも怪我は大丈夫だったらしいから明日から参加するってよ」


 夕方の施設は子供たちが帰ってきて何かと忙しそうだったので、友華と俺は明智さんの話の後に帰路に着いた。


「そう、よかったわ。孝宏には私から連絡しておくから、明日は任せなさい」


 黒髪を風になびかせ友華が背を向けて自宅の方に歩いていく。

 俺と友華の家は真逆にあるので今日は現地解散だ。アリスは先生が家まで送ってくれるそうだ。 


「おう。期待してるよ」


 軽く手を振って友華と別れる。

 明日から俺たちは文化祭準備と鈴音の説得で二手に分かれることにした。


 俺とアリスは明日は学校となっている。

 明日から残り四日で文化祭当日なので一日も無駄には出来ない。気合入れて頑張らないとな。


 しかしアリスといい鈴音といい、家族の話に最近関わることが多い気がする。

 自分の家のことすらままならない俺には、荷が重すぎるがやれることはやらないといけないだろう。


 鈴音は父親からの暴行、俺は。

 母親からの、ネグレクトとその方向性は異なっているんだから。

 自分の問題が解決していなくても、関わってバチは当たらないと思う。



――――――――――――――――――――――――



 玄関を開けて木造二階建ての家に入る。

 三人家族で暮らす予定だった場所。

 父親が蒸発したのか、それとも事故で亡くなったのか、俺は何一つ聞かされていない。


 リビングには夜の暗闇に包まれた部屋でテレビだけを光源にしている母さんがいる。

 相変わらずサイズの大きな長袖ジャージを着て、地蔵のように黙々とテレビを見ていた。


「……ただいま」


 俺は数年ぶりかもしれない家族っぽい挨拶をしてみる。

 アリスの一件で柄にもなく親の温かみを味わってみたいと思ってる自分がいるんだ。


 抱きしめるとか、料理を作ってくれるとか、そんなことじゃなくていい。

 ただ、当たり前の挨拶くらいは交わしてみたい、そう思っていた。


 それだけで満足なんだ。

 

「……ん」


 母さんからの反応は以上。

 視線をテレビからずらさずに喉を鳴らしただけ。耳が聞こえていると俺に伝えただけだ。


 ああ、まずい。


 自分が無意識に歯を食いしばっているのに気づく。

 どす黒い、決して親に抱いてはいけない感情が浮かび上がるのを全力で堪えようとしているのだ。


「弁当。もらうよ」

「……ん」


 そのままコンビニ弁当を投げつけてやりたかった。

 思いっきり顔面に。そして足で上から踏み潰して、押し倒してその後は机の上の空瓶で。


「……っ!?」


 自分の思考に恐怖する。

 俺は今何を考えていた?


 ……ここにいたら、駄目だ。


 今日も、自分の部屋にこもって机の上でコンビニ弁当を食べる。


「はは。あんだけ偉そうにしながら、家では鈴音と一緒だな」


 自嘲気味にそう呟いた。

 その声が妙に反響して聞こえ、この家では自分は一人なのだということを強く感じさせられる。


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