悪意のない狂気④
極端とは、どういうことなんだ?
「ええ。ある日突然人格が変わったように明るい鈴音になったんです。おそらくは、彼女の明るさの根源には他人への不信があったんでしょう」
「不信?」
不味い。話がわからなくなってきた。
鈴音が明るくなったことがまるで悪いことのように話すじゃないか。閉じ込められていた子供が他人と関われるようになっていくのは美談な気もするが。
「つまり鈴音は、根本的に人を信頼しないまま他人との距離を詰めていたってことよ」
横に居た友華が俺の気持ちを察してか補足してくれる。
「父親に訳も分からずに生まれてからずっと虐げられていいたんですもの。簡単に他人を信頼するなんてできないわ。でも、あの子にとっては施設の中で自分以外の人間が周りにいることも同じくらい恐怖だった。だから自分が他人を信頼するよりも先に、周りの人間に自分という存在を認めさせて敵意を抱かせないように努力したってことよ。他の人間から嫌われないために」
その推測は正解しているのか明智さんは何も言わずに目を閉じている。
作られた明るさ。
鈴音は確かに自分の周囲の人間を全て友達と言って気さくに接していた。転入初日のアリスにも挨拶の後すぐに友達になろうと言っていたのを覚えている。
「なんで気付かなかったんだ……。友達になろうなんて、普通に生きてたらそうそう使う言葉じゃないだろ……」
思い出して後悔に駆られた。その小さな違和感を俺は感じていたはず。
あの日鈴音は怯えていたんだ。自分のクラスに新しい人間が加わったことに。
だから開口一番、距離を詰めて『友達になろう』と発言したんだ。アリスに自分が敵じゃないことを伝えるために。
「自分を責めるのは後よ。そんな暇あるなら、鈴音を外に出す方法を考えなさい」
「わかってる、すまん」
友華が俺に苦言を呈する。
確かに今更考えても仕方のないことだ。他のことに頭を回す方がいいだろうな。
「二人の考えは大方合っています。鈴音は僕も含めて他人への信頼を持っていない。全くというわけではないのですが、それでも一般的な人が抱くような信頼という感情は持っていないでしょう。追い打ちを掛けるように昔の記憶を思い出したので、誰も頼れずに一人で部屋にこもっているのが現状ですから……」
自分を責めるかのようにそう告げる。
この間、友華は顎に手を当てて何かを考え込んでいた。
「それじゃあ、結局は鈴音から信頼を得れば良いってことよね」
そして勢いよく立ち上がる。
俺を見下ろしながら。
「優作、やることはわかったかしら?」
「ああ。失った信頼を取り戻すよりは、最初から無かったぶんいくらかマシなくらいだ」
「ふ、二人とも、どうしたんですか?」
不思議そうな目で見られるが、俺たちはお構い無しに頷き合う。
明智さんには悪いが、残酷な過去を背負った鈴音を俺たちは軽蔑しないし同情して慎重に接するつもりもない。
だって、俺たちは互いに遠慮なんてしたことないのだから。
その関係が心地いいから鈴音は俺たちと一緒にいてくれたはず。
「簡単ですよ。本当の意味で、鈴音の友人に俺たちがなるってことです!」
やるべきこと、今やらなければならないことを、俺は口に出すことで自分に言い聞かせた。
鈴音がアリスに挨拶したのは鈴音編の一話になります。




