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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
一章・鈴音
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   悪意のない狂気③

 俺は無意識に表情を和らげていたのかもしれない。明智さんが初めて少し厳しい顔をする。


「ただし、絶対に誰にも話さないでください。オカルト研究会の他の部員にもです。鈴音はこれを人に知られるのを嫌い、何より無意識に自分から封をした記憶なので。今回の父親の件で再び思い出したようですが、それくらい彼女にとって忘れたいことなんですよ」


 明智さんは苦しそうに、見ていられないものを見るように目を細めた。


 本当に人に話したくないこと。それはきっと、知られたら今までの鈴音という人間への認識を大きく変えてしまうものなのだろうな。


「構わない。俺は、鈴音の友人だからな。あいつの嫌がることなんて死んでもするか」

「同感ね。これ以上部員が減ったら確実に廃部だもの。あの子と一緒にいることは私にとってもメリットがあるのだから戻ってきてもらわないと困るわ」


 その言葉を聞くと明智さんは安堵したように笑う。


 今まで一人で抱え込んでいたことを他人と共有するのは勇気がいる。俺たちはそれをするだけの、信頼を得たのだろう。


「本当に君たちが鈴音の友人でよかった。それでは、話しますね」

「頼む」


 何故か緊張して背筋が延びている。


 友華はいつも通り机に肘をついて手で顎を支えていた。明智さんへの敬意はあるが、スタンダードな振る舞いを変えるつもりでは無いらしい。たまーに、その図太さは羨ましくも感じるな。


「……何みてるのかしら?」

「別に、何でもない」


 話がそれそうだったので視線を明智さんに移す。


「はは、君たちは本当にいつも通りですね。逆に安心しますよ」


 明智さんは一度息を吐いてから、真剣な面持ちで話を始める。


「鈴音は、親に虐待を受けていた。その話は二人とも知っていますよね」


 二人して頷く。

 鈴音は親の虐待が原因でこの施設に入っているんだ。そもそもの理由を忘れるはずがない。


 普段は温厚な父親にアルコールが入ると手がつけられないほど暴力を振るわれて、鈴音は虐待認定されるほどの傷を負っていたそうだ。


「実は鈴音の親が普段は温厚というのは彼女の作り話なんですよ」

「え?」


 思わず変な声が口から漏れる。作り話?


 俺に構うことなく明智さんは話を続けた。


「鈴音の父親は娘に日常的に暴力を振るうような人でした。その男に鈴音は監禁され平日に学校に行く時間以外はずっと部屋の中に入れられていたんです」


 どういうことだ。話が理解できても、俺の脳がそれを拒もうとしている。じゃあ、さっきの鈴音の様子は……。


「窓もカーテンも閉められて完全に外の世界と遮断された空間に、小学生の鈴音は一人で座っていたんです。しかもトイレすら部屋でペットボトルにしろと命じられていて大変不衛生でした。外に出る、カーテンを開けるなどの行為をすれば父親に叩かれ殴られ彼女の体には深く教育されたのです。特定の行為を行うことへの底知れぬ恐怖が」


 そこまで言って明智さんは最後に頭を抱える。

 身近にいる鈴音がどれだけ苦痛に満ちた時間を過ごしていたのか、それを改めて思い出してしまい自分を責めているようだ。


「質問してもいいかしら?」

「はい、何でも」


 友華は俺のように鈴音の過去に怖気付くことなく、淡々と自分に必要な情報を集めようとしていた。

 同意を得たあとに脚を組んで質問する。


「鈴音は私たちの前では常に明るいわ。それこそ鬱陶しいくらいに。でも今の話を聞くと、子供の頃のあの子は明るい性格だったとは思えないのよね。どちらが本当の鈴音なのかしら?」


 本当の鈴音。


 今の明智さんの話を聞くと俺たちの知る明るい鈴音の過去として想像できないほど、予想以上に悲惨なものの気がした。外部との接触を絶たれていた生活。子供の精神を狂わすには十分に狂気の体験だ。


「鈴音にとってどちらが本当の人格なのかは正直僕にもわかりません。彼女は親に対する憎悪を忘れるために自ら記憶を捏造して、酒を飲んだから親が暴力を振るっていたという理由を作った。理由もなしに殴られてたなんて耐えられないんでしょう。そして、この施設に来て最初の頃は今のように部屋にこもって塞ぎきっていましたが、他の子供たちとの触れ合いの中で極端に明るくなっていきました」


 少しだけ、本当に微かだが明智さんの広角が上がった気がする。


「極端に、明るくなった……」


 言い方に引っかかって言葉を反復する。

 極端とは、どういうことなんだ?



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