十八話・悪意のない狂気
アリスの連絡から数分後。青い子供の家に俺と友華は到着する。
「ありがとう、いちき!」
「串木野先生、ありがとうございます!」
「はい、私もついていきましょうか?」
「いちきは施設長の明智さんに連絡を入れなさい。今の時間あの人は買い物に出ていて留守のはずよ。私と優作で鈴音の部屋には行ってくるわ」
「はいはい! あわわ、番号どれでしたっけ!」
俺の担任である小学生のような身長の女性、串木野いちき先生。
一応オカ研の顧問なのだが、まさか車の免許を持っていたとは……。この人が大人であるということを初めて自覚させられた。
しかし、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
俺は鈴音の部屋まで駆け出していた。
「あ、兄ちゃん! 姉ちゃんが!」
「安心しろ! もう大丈夫だから案内してくれ」
施設の子供が俺を見るなり駆け寄ってきた。その焦り方から二階で何が起こっているのかが想起される。
嫌な予感がするんだ。どうしても、拭いきれないシコリのようなもの。
友華と一緒に二階にある鈴音の部屋の前に到着した。
「――アリス!」
部屋の扉の前で体操座りをしながらアリスがうずくまっている。
駆け寄って声をかけると俺たちに気づいたようでうっすらと笑みを浮かべた。しかし、すぐにその口は締められる。
「や、山元! 鈴音が、鈴音が!」
動揺しきっていて俺の肩を掴みながら涙ながらに何かを訴えるばかりだった。
「友華、アリスを頼む」
「ええ。お前も気をつけなさい、鈴音を怪我させたらダメよ」
「わかってる」
扉の前で少し強めにノックする。音は部屋の中に響いているのを確認できた。
「鈴音! 入るぞ!」
ドアノブを回すと幸い鍵はかかってなかったので、ぐるりと回転する。
そのまま部屋の中に入っていくと、思わず目を細めてしまう。外との空気感の違いによって。
鈴音の部屋、といってもこの建物はトイレや風呂は共用なので四角い間取りにベッド、教科書を入れる本棚、そして勉強机とクローゼットがあるくらいで必要最低限のものが準備されているといった様子だ。
しかし、今は本や服は泥棒が入ったかのように散らされている。
その部屋の窓側に置かれていたベッドの上に鈴音が布団を被って座り込んだいた。
「す、鈴音。何してるんだよ、カーテン開けるぞ?」
部屋の空気が悪い。入った瞬間にこもった空気を吸ってしまいむせ返りそうになった。
おそらくこの三日間一度も換気をしていない。
カーテンで日光を遮断していたから、俺は鈴音のベッドの横に向かう。
そしてカーテンを開けようと手を伸ばした。
「だめえええええええええ!」
次の瞬間布団から鈴音が血相を変えて飛び出してきて、俺を押し倒した。
床に背中から倒れてしまい少し痛みが走る。
「が! どうしたんだ鈴音!?」
鈴音は俺にそのまま抱きつくような体勢になる。体がガタガタ震えていて何かに怯えているようだった。
「鈴音?」
少し自分の声色を優しくして問うように話しかけるが鈴音は震えるばかりだ。
「お父さんが! 怒るから! ああ、外は見ちゃダメなの!」
悲鳴にも似た声を挙げられる。
驚いた友華とアリスも部屋に入ってきたが、倒れた俺を抱きしめながら泣いている鈴音を見てその、いつもとは違う別人のような姿に息を飲んでいた。




