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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
序章・アリス
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   アリスとの出会い⑤

 偶然か必然か、周囲に俺以外の人間はパタリと見えなくなった。車通りも少ない。

 足がすくんでいるが、大丈夫だ。昨日と違って想定していたことだし武器もある。


「やっぱり見逃してはくれないよな、ならやってやる!」


 ポケットに若干はみ出しぎみに入れていたタッパーを開ける。

 中には対幽霊用の塩があるので、無造作に手を突っ込み一握りした。

 相手が間合いに入る。

 落ち着け。

 肝心なのはタイミング。

 絶対に外してはいけない。


 息を深く吸い、無理矢理にでも落ち着く。

 そして、完全に当てられる距離で一歩踏み込み勢いをつけ。

 手の中の必殺の武器を勢いよく放り投げた。


「くらえ! 悪霊退散!」


 塩は近づいてきていた幽霊の胴に命中する。

 これで少しは足止めが……!


 恐らく苦しんでいるだろう、幽霊の顔を見る。無表情だ、声も出せないほどのダメージを喰らったのだ。


「……え、いや、なに?」


 じと目で不審者を見るような訝しげな視線を向けてくる。


「――やっぱ! 普通の! 塩じゃねえか!」


 タッパーを地面に叩きつけた。

 そりゃ、怪しいと思ったさ。友華が何で除霊の塩を持ってるんだって。

 でもなんというか、その場のノリで信じてしまっていた。


「……ねえ」


 幽霊が話しかけてくる。


 不味い、完全に無防備だ。唯一の頼みの綱はなまくら以下。というか塩。


 俺はこれから呪い殺されるのだろうか……?

 少しだけ後ずさるが相手の接近速度の方が速い。


 幽霊は俺を睨みながら口を開いた。


「食べ物を粗末にしちゃ、ダメ!」

「……は?」


 そんな予想外のことを言う。


 呆気にとられる俺を無視して幽霊はタッパーを拾い上げた。


「調味料も大切にしないとダメだよ? 人に投げるのも良くない。良い気持ちはしないでしょ」

「……え、あ、はい」


 タッパーを持ってない方の手で俺を指差し注意してくる。

 動揺と、あと普通に正論を言われたので頷いてしまった。 


「ともかく、二度とこんなことしないで。怒るよ?」

「悪い。今度から気を付けるよ」

「もう。男の子なんだから乱暴しちゃめっ、だよ」


 幽霊はそのままタッパーを俺の手に握らせて、プンプンという擬音が似合いそうな表情のまま、背を向け歩き出していく。


「って! そうじゃない!」


 突然肩をびくりと強ばらせ、振り返ってきた。

 び、びっくりした。無感情のように見えて、意外と声が出るんだな……。


 目を見開いて俺に顔を寄せてくる。


 幽霊のはずなのに、吐息が伝わってきた。深い海の底を彷彿とさせる蒼眼に、至近距離で見られると普通に緊張する。


「あなた、私が見えてるでしょ? 見えてないのにこんなことするわけないもんね」

「お、おう。ばっちり見えてる。何で周りが気にしないのか不思議なくらいに」

「やっぱり……。昨日言ったことも聞こえてた?」

「もちろん。過去を知らないか、だったよな」


 そこで幽霊は俺から少し離れて、大きなため息を吐いた。

 残念そうに肩も下がっている。


「やっぱり……聞こえてて、逃げたんだ。ショック」

「悪い! その、驚いてな……」


 なんというか、思ったよりも接しやすいやつだ。


 幽霊は意志疎通できないと思っていたが、普通に会話できるし姿もくっきり見えるからその辺の女子とのコミュニケーションとなにも変わらない気がする。


 いつの間にか、俺の中にあった恐怖は薄れていた。


「……ひとつ聞いていいか?」


 幽霊に初めて自分から話しかける。


 これまでそんな経験はなかったのか、少し驚いたような目をするが幽霊は頷いた。


「いいけど、どうかしたの?」

「話を聞かなかったら、俺をどうするつもりだ? の、呪うのか?」


 幽霊といえば人を呪い殺すようなイメージが心霊番組のせいで定着している。いずれにせよ得体の知れない存在に対して、コミュニケーションがとれるだけでは不安も大きい。


 銀髪の幽霊は不思議そうに首を傾ける。


「そんなことしないよ……。

 私が見える人はいつもそうやって怯えるけど、ただ生きてる人に協力してもらいたいだけ。

 何もしてないのに怖がられるのは、やっぱり慣れないけど」


 話しながら徐々に落ち込んでいって、少し泣きそうな顔になる。

 見れば見るほど普通の女の子だ。


「今の質問は忘れてくれ。俺も少し遠慮が無さすぎた。

 さっきまであれだけ怯えていてなんだけど、話してみて危ない人じゃないっていうのは分かったつもりだ」


 弁解すると、幽霊は俺と視線を合わせる。ありがとう、とボソリと呟いた。


「そうだ。もう一つ質問だけど、お前はここから離れられないのか?」


 話を変えるために、友華が言っていた地縛霊かどうかの話題を持ち出す。

 幽霊は俺の言葉を聞いて首を横に振った。


「ううん。違う」


 予想外の返答だ。

 当たり前のように答えたが、そうならこの場所に居続ける理由がわからない。


「じゃあ、なんでこの交差点にいるんだ?」

「うーんと、私が見える人に会えたらって言うのと、あとはここ昔から事故が多いから少しでも手助けできればなって。ほら、私を見えない人でも触ることはできるから」


 そんな事を当然のように言ってのけた。

 俺は思考が一瞬停止していた。


 だってそうだろ。大勢の人間が利用するところなら商業施設とかに行けばいい。わざわざこんなところで突っ立てるのは効率が悪すぎる。


 だとするなら、こいつが言ってることは後者が本音だ。

 自分の過去が分からないくせに、他人の手助けをしていたんだ。


 そういえば、一年前からこの辺りで交通事故はぱったり起こってないような気がする。

 まさか……こいつ。


「い、移動できるってことは他の交差点や事故の起きやすい場所にもいたのか?」


 幽霊は頷いた。


「うん。まあ人探しも兼ねて、ね」


 少しだけ恥ずかしそうにそう言った。


 そんな。そんなことって。


「――っく、はは、あははははは!」


 気づけば俺は声を出し腹を抱えて大笑いしていた。

 何が幽霊は怖いだ。


 俺は今目の前にいるやつほど馬鹿みたいにお人好しなやつを知らない。

 自分のことよりも幽霊になって人助けをしてるなんて、んな話聞いたこともなかった。


「ど、どうして笑うの!」


 頬を膨らませて少し怒っているのがわかった。

 俺は笑いすぎて目尻から流れてきた涙を指で取る。


「聞くよ。話」

「え?」


 信じられない言葉を聞いたように幽霊は目を丸くして俺を見つめた。


「ほんとに、ほんとに聞いてくれるの!?」


 顔が目と鼻の先にまで近づいてきて無意識に後ずさる。


「嘘じゃない、本当だ! ここまで喋った相手を放っておけないだろ!」


 咄嗟にそんなことを口にしてしまったが幽霊は納得したように目を輝かせた。


「本当なんだ! じゃあ、あなたの家で話をしよう!」


 そう言って手を掴んでくる。


 幽霊という割には体温もある。ふよふよ浮いてるわけでもないし、尚更普通の女子との違いが感じられなくなった。


 ――でも。


「それは駄目だ!!」


 語気を荒げて否定してしまう。

 直ぐに今の発言がまずかったと思ったが、幽霊は動揺して少しオロオロしながら俺を見ていた。

 ああ、やってしまった……。


「す、すまん。そのあれだ、親がお前が見れたらビックリするだろうから。……今日はお開きにして、明日細かい話をしよう。」


 幽霊は俺の言葉に頷いた。


「いいよ。ごめん、私も取り乱しちゃった。――でも、嬉しいのは本当。明日は学校で待っとくね」

「学校? 記憶が無いんじゃなかったのか?」


 そういえばこの辺りの事故が多いということも知っていたな。

 幽霊は耳にかかった髪を手でどけながら答えた。


「無いのは記憶の一部。この辺は明日に詳しく話すね」


 ……さっそく新しい情報が出てきた。

 しかし全く記憶がないよりはその過去とやらの解明も遥かに簡単かも知れないな。


「おう。じゃあ、また明日。」


 そう言って奇妙な関係を持った幽霊に別れを告げようとする。

 明日から、少しだけ忙しくなりそうだ。


「あ、待って」


 肩に手を置かれて止められる。


 振り返ると幽霊は夕焼けのさいか少し顔が赤くなっているように見えた。


「どうした? 学校の場所わからなかったか?」

「ううん。その制服はよく見るからわかるよ。それよりも、私はアリス。名前だけは覚えてる」


 そう言ってはにかむ。


 その笑顔が綺麗で俺は顔を背けてしまった。不思議そうにアリスは横から俺を覗き込んでくる。やめろ、心臓がもたん。


「それで、あなたの名前は?」


 協力する以上最低限の自己紹介が必要だと考えたんだろう。


 本当に律儀なやつだ。


「俺は山元優作。二年三組だ。まあ、明日は部活棟のオカルト研究部にいると思う。だからまず部活棟に行ってみてくれ」

「……そうなんだ?」


 疑問を浮かべていたが、アリスは俺に左手を差し出す。

 これは、握手ということなのだろうか。


「ん。手出して」


 予想通りだ。

 言われるがまま俺もアリスの手を握る。


 想像以上に小さく細くて、少しでも力を込めれば壊れてしまいそうなほどに華奢な手だ。


「お、おう! これからよろしく、アリス」

「よろしく。山元」


 そして互いに視線を重ねた。

 いつもの午後にほんの少しの新たな出会い。


 奇妙な幽霊少女アリスとの出会いは、俺にとって哀れみにも似た同情だった。不器用すぎる目の前の少女を放っておけなかったのである。


 この日からだ。 


 俺が、忘れることの出来ない、輝きに満ちた日々を送るのは。


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