文化祭準備④
「あ、そういえば看板はどうするのさ?」
孝宏が思い出したように口にする。
そういえば話の最初はそれだったな、なんでここまでよくわからない話をしていたんだ。
宛があったので挙手して皆の注目を浴びる。
「それなら俺に任せてくれ。頼りになりそうな人がいるから」
「山元、学校外に知り合いいたの!?」
「聞いたことないよ! 優作が!?」
「泣くぞ」
最近どうも話の腰を折られる事が多いな。なんでこの部活には話を素直に進められるメンバーが一人もいないんだ……。
その後しばらく文化祭の話をして、この日の部活は終わった。
「そういえば、鈴音。帰る前に歌を披露してもらえない? 本番は見れないから是非聞かして欲しいわ」
最後に思いもよらないイベントが起こる。
そういえば鈴音の歌なんて聞いたことなかった。文化祭で歌うということはそれなりに上手いのだろうが。
「え、ああ、そうだよね。歌ね……」
「微妙な反応?」
鈴音は目を端に寄せて苦虫を噛み潰したようになる。
この反応、まさか。
「もしかして鈴音ちゃん、歌下手なんじゃないの?」
俺と同じことを考えた孝宏がからかうように代弁してくれる。
このような場合に想像されるパターンは二つ。歌が上手いか、下手か。中間なんて存在しない。どちらかの色に染まっているのがお決まりだ。
「うう、実は人前で歌ったことがなくて自信がないんだよお」
「歌ったことないのに、友達はお前を推薦したのか?」
まさかそんなはずはあるまい。ステージの上で歌う以上少なからず好奇の視線にさらされる。去年の春休みから話が出ていたのなら、人数不足を補う代役というわけでもない。
「……はあ、やっぱり根っこはそんな感じなのね? からかわれてステージに上がらされてるんでしょ?」
友華がその結論にたどり着くのも無理はない。
「えへへ……。多分半分はノリみたいな感じだと思う。でも、練習してるし本番は全力で歌うよ!」
「そうね、杞憂だったわ」
安堵したように笑みを浮かべる。もし心配してあんな質問したのなら、友華の優しさとやらは度を超えて不器用なものだ。
「おっほん! というわけで歌うよ、本番まであと少しだし聞いた感想言ってね! 友華ちゃんパソコン、音鳴らすよお!」
吹っ切れたようにマイクを持つ素振りをしながらステップを踏み始める。
鈴音は、人がいい。
先生にしろ生徒にしろ、何か頼まれごとをされたら決して断らない。今回のステージ発表も多分そんな感じ。だがそれは時として、鈴音に想像以上の負担をかけることもある。善意が鈴音自身を押し潰そうと大きな岩を背中に乗せる。
バスケ部やバレー部、陸上部など多くの部活の助っ人をしていた。その度に、その期間は誰よりも真面目に真摯に練習して。
そんなことをして疲れないわけがない。でも、それは鈴音の選択だ。俺たちにできるのは手伝い程度。鈴音は後悔しないし、何回もそのような状況に直面して乗り越えてきた。持ち前の元気と明るさで。
俺の知る限り誰よりも強く、誰よりも純粋な善意を持つ人間。
そいつは今、俺たちの前で元気に歌おうとしている。




