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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
一章・鈴音
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   鈴音の家庭③

 バンバンと廊下を叩いてギブアップ宣言するが、子供たちは笑顔で続けている。久しぶりに会ったが元気そうでなによりだ。


「友華ちゃんは人気だよね! みんな楽しそうに遊ぶから嬉しいよ」

「助けなさい! アリス!」

「友華羨ましいな……」


 指を唇に当てて羨ましそうにその様子を見つめるアリス。


「あなたはもう、立派なオカ研の部員よ!」


 友華が子供に埋もれながらも親指を立てて賞賛する。

 アリスは人でなしでは無いが、独特の感性故に早くもオカ研の空気に馴染み始めていた。


「お兄ちゃんも久しぶり!」


 俺と孝宏のもとに幸ちゃんという小三の女の子が駆け寄ってきた。


「おう、久しぶりだな。元気だったか?」

「少し見ない間に大きくなったねえ」


 二人して屈み幸ちゃんと視線を合わせる。やっぱり、子供は可愛い。なんとういうか話しているだけで、心が浄化されるような気がする。


「えへへ、毎日牛乳飲んでるもん! いつかお兄ちゃんと結婚する時の為に背を伸ばすんだ!」

「山元……?」

「子供の言うことだ! 睨むな!」


 背筋を永久凍土させられそうな凍てつく視線を向けられる。玄関を上がってすぐにここまで賑やかにしていたら流石に施設内の大人も気づいたらしく、リビングから一人の男性が顔を出す。


 メガネをかけた五十代くらいの男性。体の線が細いので少し頼りなさそうな印象を受けるが、ここの施設長さんで鈴音が親のように慕っている人だ。


「おやおや、騒がしいと思ったら鈴音の部活仲間さんたちですね。お久しぶりです」


 そう言って礼儀正しく腰を曲げてお辞儀してくるので、友華と鈴音以外は恐縮して頭を下げる。


「こっちこそ突然押しかけてすみません」

「いえいえ、子供たちも喜んでくれるのでありがたいですよ」


 そしてふと新たな部活メンバーであるアリスに視線を移す。


「あなたは、アリスさんでよろしいでしょうか?」


 アリスはもちろん初対面なので肩をピンと伸ばして礼を返す。


「あ、はい。初めまして、上赤アリスです。」

「ご丁寧にどうも。私は明智(あけち)宗介(そうすけ)と申します。鈴音とこれからも仲良くしてくださいね」


 明智さんはここの子供全員に信頼されている、確かな人柄と心の大きさを持つ人だ。勝手な偏見に過ぎないがこのような場所に来る子供は過去に重い事情を抱えている事が多いと思う。


 そのような子供に明るさと元気を取り戻すにはどれだけの労力が要るのか、この人の苦労は想像も出来ない。


「まあみんな上がっていってよ!」


 鈴音に先導されるような形で俺たちはリビングに入っていった。友華は放置して。




「なるほど。鈴音がそんなことを……」


 明智さんが顎に手を当てて感心したように口を大きく開けている。


 鈴音は今まで黙っていたことが後ろめたいのか居心地悪そうに床で洗濯物をたたんでいた。家事は分担しているらしいが鈴音は自主的に殆どの家事の手伝いをしているので、それと学校の課題や部活の手伝いもするとなると文化祭の歌の練習は厳しいだろう。そのあたりは明智さんなら容易に考えつく。


「鈴音」

「……はい」


 申し訳なさそうに鈴音が返事をする。

 しかし、明智さんはあくまでも優しい笑みを浮かべたまま話を進めた。


「僕たちは家族だろ? 困っていたなら相談してくれないと、少しショックだよ」

「ごめんなさい! 迷惑かけちゃうと思って!」


 顔の前で手を合わせて謝罪する鈴音。


 その様子を見て安心したように息を吐いたのは、きっと彼女の不器用な性格を誰よりも理解しているからだ。我が子を見るような暖かな視線。


「とりあえず、文化祭までは家事をやらないでいいよ。自分のやるべきことに専念して欲しい」

「でも、それは……」


 それでも申し訳なさそうにする鈴音だが、そこで他の子供に声をかけた。


「みんな、鈴音お姉ちゃんが学校で歌の発表をするんだって!」


 途端に周りに居た子供が大はしゃぎする。


「姉ちゃん歌うの?」

「楽しみー!」

「絶対見に行く!」


 各々無邪気に感想を述べるが鈴音はその圧に気圧されるように身を後ろに引いていた。


「うう……。先生ずるい!」

「ははは。決まりですね、僕も楽しみにしていますよ」


 アリスは羨ましそうに羨望の眼差しで鈴音の様子を眺める。


 文化祭にフルで参加できないのは痛手だが、それ以上に鈴音が楽しめたらいいな。

 そんな楽観的なことを考えられる程、目の前では順調に事が運んでいってるような気がした。


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