十四話・鈴音の家庭
「捕まえたぞー」
「降ろしてえ!」
「ただいま」
三人でオカ研の部室に戻る。部室内では友華がパソコンを、孝宏が何故かあやとりをしていた。
「あら、思ったより早かったのね」
「お帰り、鈴音ちゃん今日はすんなり捕まったんだね」
二人が話している最中に、横向きに抱えていた鈴音を地面に足から降ろす。
少しシワのついたスカートを引っ張って伸ばしていた。
「大門寺に捕まっちゃって……。逃げられなかったんだよ」
「あの変態に!? 何かされなかった!?」
「孝宏、お前も同レベルよ」
後ろにいるアリスは鈴音を追っていて疲れたらしく、少し息があがっている。最近動けるようになったのに、少し無理をさせてしまったな。
鈴音は流石に逃げようとはせず、ソファにどさりと音を立てながら座った。
「それで、鈴音。さっそく本題に入ってもいいかしら?」
友華はパソコンを閉じて鈴音と向き合う。俺とアリスは立ったままだが、視線だけを向ける。鈴音は少し、目を泳がせたバツの悪そうに体をもじもじさせたがしばしの沈黙の後に口を開いた。
「うう。実は、その、文化祭の、話なんだけど」
「文化祭?」
孝宏が疑問符を浮かべる。鈴音は申し訳なさそうに頷いた。
「実は、春休みくらいに文化祭で出し物をしないかって誘われてて、その、ステージで歌うことになってるんだ……」
「おお、すごいな。鈴音が歌か」
予想外の話だが嬉しい内容だ。友達がステージで何か大きなことをするというのは結構当日の楽しみになるし。
「良いことだと思うけど、鈴音はどうして逃げたの?」
アリスが先程の鈴音の行動と今の発言に齟齬を感じて質問する。確かに、恥ずかしがってるだけなら逃げるほどのことでもない。
「その、昨日の時点ですっかり忘れちゃってて、当日午後に歌うから午前中しか部活のお店にいれないんだ。なんか、それが後ろめたくて、あとは優作に騙されたから反射的に逃げちゃった……」
「あ、それはすまない」
軽く首を曲げて謝っておく。どうやら鈴音は俺たちに罪悪感を感じていたらしい。そんなこと気にする奴いないだろうに。
天真爛漫に見えて結構人の感情を気にするんだな。
「なるほどね。あなた結構気にしいなのね。少なくとも私の部活に野暮なこと気にするメンバーはいないと思うわよ」
「うん! 鈴音ちゃんが発表するなら当日は誰かに撮影してもらわないとね」
「むしろ楽しみだから、お店のやる気も出る。終わったらみんなで映像見たいし」
「俺たちのことは気にせず頑張ってくれ。応援してるよ」
各々の言葉に鈴音が感動したのか涙を浮かべる。
「ぶわあああ! みんな優しい!」
そしてアリスの胸に飛び込んでいった。驚いたように受け止めたが、すぐに笑って背中をぽんぽん叩き落ち着かせようとする。
友華はその様子を写真に収めていた。何に使うのかはわからないが後でデータを貰おう。
「じゃあ、鈴音ちゃんが疲れている理由はそれの練習で寝不足だったってこと?」
「うん。まあ、家の家事と両立してるとどうしても時間が無くなって……」
「ああ、確かにそうだな。少し手伝ってもらうことは出来ないのか?」
俺の問いに鈴音が首を横に振る。
「ううん。私のことだから、みんなに迷惑かけたくないよ」
「そうか……」
「うん……」
「「「……」」」
室内に沈黙が訪れる。恐らくアリス以外の部員の考えは共通している。孝宏や友華とは目が合って同じことを考えているのが伝わってきた。
封を切ったように喋りだすのは友華だ。
「じゃあ、行きましょうか」
「おう」
「りょうかーい」
友華に同調して孝宏と立ち上がる。荷物を纏めてだ。事情を知らないアリスと、俺たちの意図が分かっていない鈴音は体を傾けて不思議そうに俺達を見ていた。
「ねえ、みんなどこに行こうとしてるの?」
アリスの問いに俺は鞄を肩にかけてから答える。
「お前の家だよ」




