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幸福に生きたい不幸なあなたへ  作者: 木鳥
一章・鈴音
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   茶葉の生産量一位は静岡です④

 知覧が朗らかに笑う。ふと横を見るとアリスが顎に手を当てて何かを思い出すように、思案する顔をしていた。


「ん? どうかしたのか?」


 俺の問いかけにアリスは目を開けた。もしかしたら緑茶は苦手だったけど、知覧の前では失礼だと思って我慢しているのかもしれない。


「いや、その、記憶違いだったらあれなんだけど、茶葉の産地って一位は静岡じゃなかったっけ?」


 瞬間部屋の空気が凍りついた。いや、凍りつかされたのだ。ある人物の殺気にも似たただの嫉妬心によって。


 目があったものの背筋を凍らせ、背骨を曲げることすら許さない、圧倒的な気配。


 しかし、俺は経験から既に行動を起こしていた。


「まずい! 鈴音!」

「わかってるよ!」

「わ!」


 勢いよくアリスを抱き抱えながら横に飛ぶ。


 鈴音は俺の行動を予想していたのか背中を押して速度をあげてくれた。


「ちょ! 山元なにし――」

「アリス! 茶葉の生産量一位は鹿児島だ。だよな」


 俺の真剣な眼差しに半ば誘導されるかのようにアリスがこくりと頷く。


「え? まあ、曖昧な知識だし、そうだったのかも。……ひ」


 話しながら俺の体のむこう、先ほどアリスが座っていた地点を見て短く悲鳴を上げた。その場所には団子を刺すような木の串が突き刺さっているからだ。


「だ、だってよ、知覧。アリスは勘違いしてたらしい」


「あらあら、そうだったんですか。びっくりしましたよ。うふふふ」


 知覧は俺の方を見て相変わらず笑っていた。指の間に串を挟んでいたが……。


 アリスも薄々状況を察してきたようなので小さな声で耳打ちする。


「あいつは茶の話題で鹿児島が静岡に負けている部分が出るとキレるんだ。気をつけてくれ」

「わ、わかった。気をつける……」


 すっかり怯えたアリスだが、二度と同じようなヘマは踏まないだろう。孝宏が以前廊下でそれはもう悲惨な姿で見つかった一件以来、この学校では知覧の前で鹿児島茶の悪口を口にする奴はいない。一人を除いては。


 転校してきたアリスは知らなくて当然だったのに、教えてなかったのは俺のミスだ……。


 知覧は今は怒ってないだろう。

 笑ってる。え、笑ってるんだよな? なんか目の奥が笑ってないような……。


「そ、そうだ! 俺たち人探しててな! それを聞きにも来たんだよ!」

「そうそう! 私たちそのことを聞きに来たの!」 


 話を変えるために当初の目的である鈴音探しの話題を振る。アリスもいい具合に同調してくれた。


 知覧はよく窓際でお茶をすすっているので、校舎の外に出ていたら見ているかもしれない。


「は、はあ。人探しですか。構いませんが、どなたをお探しなんです?」

「鈴音だよ。色々あってまた逃げててな。見ていないか?」

「え? 鈴音さんですか?」

「うん。見てない?」

「鈴音ちゃんかー。どこかで見たような……」

「えーと、これって私のツッコミ待ちなんでしょうか?」


 苦笑いしながら頬をかく知覧。ツッコミ待ちって何言って――。


「て! 鈴音いたのか!?」

「ああ! そうだ、私追われてたんだ!」

「あ、待って!」


 くそ! まさかこんなに近くにいたなんて、隠れるのが上手い奴だ。アリスが手を伸ばすが綺麗にスライディングしてドアの方から出て行った。

 早く追わないと。


「すまん知覧! 鈴音を追ってくる!」

「また今度、お茶のみに来るね!」


 アリスと一緒に駆け出した。


「はいはーい。皆さん、毎日楽しそうですね」


 廊下に出ると鈴音の背中が見える。既に六メートルほど放されてるのか。


 流石に足では追いきれないな……。


 その時鈴音の向かっている廊下の角から一人の大男が出てきた。顔を知っていたので声をかける。


「大門寺! 鈴音を捕まえてくれ!」


 声は届いたようで俺の方を見る。目の前からすごいスピードで迫る鈴音に驚いたが、小柄な鈴音なら大門寺は捕まえる程度容易く肩を下から掴んで捕まえてきたネコのように持ち上げた。


「これでいいのか?」

「でかした!」

「ぐうう! 卑怯者!」


 ジタバタ足を動かして暴れる鈴音だが、大門寺は放す素振りを見せない。


 その間に俺とアリスも追いつく。


「はあ、はあ。ありがとう、えっと、同じクラスの大門寺さんだよね?」


 直接話すのは初めてなのか、少し遠慮がちにアリスがお礼を言う。


「なんだ、よそよそしいな! 確か上赤と言ったよな! 俺は大門寺(だいもんじ)炎人(えんと)だ、呼び捨てでも構わん。委員長としてクラスメイトの頼みは断れんからな、がっはっは!」


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