十二話・類は友を呼ぶ
不安要素を取り除くために、あの男は俺の参加を黙認しているんだ。
「へー、文化祭かあ。えあなあ。うちも若い頃はミスコンに出て学校一の美少女の名をほしいままにしとったわ」
文化祭と聞いて過去を懐かしむように目を細めるマスター。しかし、この人が学校一の美少女か。
「……は」
「鼻で笑うなあ!」
思わず出てしまった笑いに、マスターがむきになって胸ぐらを掴んでくる。
「まあまあ、奏。落ち着いて」
丁度厨房から出てきた幸耀さんがマスターを落ち着かせる。
「あん。幸耀さんに言われたら、うち落ち着くー!」
急にしおらしくなって頬を赤らめもじもじし出す。この夫婦はアリスの年齢的に、結婚してかなりの年月を過ごしているだろうがずっとこの調子なのだろうか。
「それで、少し聞こえたんだけど文化祭で飲食店をするんだね」
幸耀さんが手近なカウンター席に座って話を聞く状態になる。
「そうなの。それで、少しお願いがあって」
「うん。なんだい、アリス」
たまに思うが幸耀さんはまるで人の心の声が聞こえているかのように、相手の本心を見抜いている時がある。
喫茶店のお客さんともよく話しているが、ぶっちゃけた話マスターよりもマスターらしい対応をしている気がする。マスターは何かの質問に対して結構根性論を唱えるので、部活帰りの学生からの人気は高いようだが。
「実は、その飲食店の料理を手伝って欲しいの。どうしても人手が足りなくて。」
それはアリスが以前両親にしたことがなかったというお願いだ。
自分の意思を伝えること。それができなかったアリスは自責の念に駆られて、自殺を考えるまでに追い詰められていた。
あの一件以来、アリスは今回の転校もそうだが親に自分のやりたいこと、自分の考えを伝えられるようになったらしい。
その現場を初めて見ることができたので、少しだけ安堵する。
「文化祭のお手伝いか……。それは父さんが参加しても大丈夫なのかな?」
「あ、えっと、それは!」
「大丈夫ですよ。クラスでなく部活の出し物なのでそこまで厳しい決まりもないので」
アリスがたじろいでいたので俺あら助け舟を出す。
本来はかなりのグレーゾーン。部活動の出し物の要項に、部外者の参加を禁止するものがないという屁理屈を理由に今回の協力を考えたのだ。
アリスはそういった誤魔化しが下手そうだし、最初から俺がこの辺は説明するつもりだった。
「そうなんだ。それなら僕は構わないよ。アリスが楽しんでくれるなら喜んで引き受けるさ」
「うちもええで。文化祭には元々行くつもりやし、楽しそうやん」
二人とも快諾してくれた。
「ありがとう。それならお願いするね。」
「ええんや。うちも学生気分に戻れて若返りそうやしなあ」
「そういえばマスターって今何歳――」
「まだ口を開くんか?」
「な、なんでもない。」
「ははは。山元くん、奏は年齢を気にしていてね。この年になっても僕はそんなこと気にもならないのに」
「幸耀さん。女はいつだって旦那に若く見られたいんや!」
「うーん、奏は十分昔のままだと思うけど。可愛いよ?」
「好きや! ちゅー!」
「わわわ! 二人とも山元の前でイチャイチャしないで! 恥ずかしいから!」
いつの間にかこの場所を心地いいと思っている自分がいる。
底抜けに明るいマスターがいて、悩みを的確に見抜いて親身に相談に乗ってくれる幸耀さんがいる。
そして、どこか掴みどころのない善人。アリスがいる。
数ヶ月前の俺はこんな人たちに囲まれるなんて未来を想像できただろうか。
本当に人生とは不思議なものだと常々感じさせられる。
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「おはよう、山元」
翌朝。
朝のホームルームギリギリに教室に入ると、後ろの席に座っていたアリスが挨拶してくれた。
これも同じ学校になったからこその出来事だ。
「おはようアリス。って、その弁当箱は何だ? 早弁?」
アリスは自分の机の上に青い弁当箱を置いている。
早弁は冗談だが、きっと家で朝ごはんを食べ損ねたとかだろう。
「むう。違うよ。私そんなにご飯食べないもん」
アリスが頬を膨らませてジト目で見てくる。
そんな姿ですら絵になりそうなのだから、アリスがどれだけ容姿が整っているのかが分かる。
「悪かったって。何もそんな怒るなよ」
机に鞄を置きながらアリスをなだめる。
「駄目。朝からデリカシーのないこと言われて、私は傷ついた。そんな山元には罰ゲーム」
「罰ゲーム?」
座ったまま後ろを振り返って、疑問を投げかける。
「この弁当は誰のでしょう? 当てたら許してあげる」
「ん? よくわからない質問だな……。そうだな、順当に考えて幸耀さんが作ったんじゃないのか?」
思いもよらない質問に少し驚いたが、アリスの家にはきちんとした調理資格を持った人がいる。
マスターの料理の腕は不明だが、恐らくそういうのは幸耀さんが率先してやりそうだ。
「そういうのを聞いてるんじゃない。……ちなみに作ったのは私」